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横島の長い人生

プロローグ 横島の一番長い日・その6


投稿者名:銀
投稿日時:05/ 2/17

「う〜む…落ち着かん、落ち着かんなぁ」
ここは某所にある山荘、美神の隠れ家の一つだ。
その中で横島は、檻の中の獣のように部屋の中をうろうろしていた。
原因は部屋の奥の方にあるバスルームからの、ザーというシャワー音である。
「あそこに美神さんが…素っ裸の美神さんが俺の為に体を隅々まで綺麗に…」
荒い息で妄想全開である。
ほとんど条件反射で覗きに行こうかと思ったがさすがに思いとどまる。
そんな事をしなくても、今からじっくり見られるはずだからだ。
それに下手なことをしてぶち壊しにしたくない。
「えっと、爪は切ってあるよな。口臭問題なし、その他もろもろ問題ないよな…」
入念にチェックする。何といっても一生に一度しかない『初体験』である。念には念を入れておきたいのだ。
「完璧だ…後は実践あるのみ!大丈夫、イメージトレーニングならそれこそ何万回としとる!今日こそ!今日こそ未知の扉を開き大人の階段を昇るんだ〜〜〜〜〜!!」
「何大声で恥ずかしいこと叫んでるのよ!」
いつものツッコミが入る。後ろを振り向くといつの間にか美神が立っていた。
その姿はバスローブを羽織っただけで、しっとりと濡れている髪が妙に艶っぽく感じる。
「ふぅ、さっぱりしたわ。横島クンも入ったら?」
「俺、さっき入ったじゃないですか」
「そ、そうだったわね…じゃ、じゃあ何か飲む?取ってくるわね」
そそくさと部屋から出て行く。
どうも態度がよそよそしい。
(まさか…やはり心変わりしたとかでは…いやしかし…)
しばらくしてワイン瓶とグラスを持って戻ってくるがやはり目を合わせようとしない。
(ここは…俺からアプローチせねば何も始まらん!)
「美神さん…」
背後からそっと彼女の肩に触れたその瞬間、ビクリと体全体でおおげさなくらい反応する。
手からワインの瓶が滑り落ちる。
その反応に横島はあせる。
(も、もしかしてここに来てやはり嫌だとか?冗談ではない!ここまできて止まれるか!男の生理を何だと思ってる!)
「美神さん!」
強引にこちらを向かせる、そのまま一気に…と思っていたが、彼女の目を見てしまった瞬間全ての動きが止まってしまう。
その目に浮かんでいたのは拒絶などではなく、これから起こるであろう事に対する不安だった。
その目を見た瞬間自分の馬鹿さ加減が心底嫌になってしまった。
彼女がそうとう無理をしていたのだろうと言うことにまるで気づかなかったのだから。
平気そうに振舞っていたが、自分なんかよりよっぽど緊張しているに違いない。
しかしプライドがそれを許さない、そんな不器用なひとだと解っていたのに…
(自分のことしか考えていなかった…なんて情けないんだ、俺は…)
さっきまでの興奮が嘘のように冷めてくる。そしてかわりに浮かんでくるのは愛おしさ。目の前の彼女に対する限りない愛情…
そのまま優しく、想いを込めて抱きしめる。
「あ………横島クン…」
「大丈夫…俺に任せて…」
「……うん」
そのままそっと美神を抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。美神はそのままなすがままにされている。
(胸…結構厚いんだ…それになんだかいい匂い…)
横島の胸に顔を押し付けながらそんな事を考えていた。
ベッドに美神を横たえる。
そして横島がバスローブの帯に手をかけたとき、おそるおそるといった感じで話しかける。
「横島クン…その…」
「な、何です?」
「私…初めてだから………優しくして……ね……」
潤んだ瞳で訴える。
ゴクリと大きく喉が鳴り、カクカクと頭を上下に振る。
「は、はい…」
その返事に多少安心したかのような笑みをもらす。
そしてキスをせがむ様に目を閉じ唇を突き出す。
横島もそれにこたえようと顔を近づける…が、その時

ピリリリリリリリリリ

無粋な電子音が二人の動きをを止める。
一気に表情をきつくさせた美神が枕元にあった携帯をとる。
「もしもし」
「令子ちゃんアルか〜?」
「厄珍?」
「コードレッドアルよ〜気をつけるよろし〜」
「!…そう、ありがとう」
電源を切り、無言のままベッドから降りる。
「み、美神さん?」
不審に思い問いかけるが返事は無く、そのまま奥の部屋に入ってしまった。
「えっと…」
どうしたものかとベッドの上で呆然としていたが、しばらくたって部屋から美神が出てくる。
その姿は迷彩模様の服を着て神通棍や精霊石を装備している。
完全に戦闘態勢だった。
「あ、あの…続きは…」
「そんな場合じゃないわよ!さ、横島クンも早く着替えて」
「いやしかし…」
「つべこべ言わずとっとと着替える!」
「は、はい!」
横島を一睨み従わせる。
先ほどまでの甘い雰囲気など微塵ものこっていない。
美神はベッドの下に手を伸ばすと何やら大きな木箱を取り出す。
それを開けると黒光りする巨大な銃が出てきた。
「新婚初夜のベットの下にそんなもの隠しておかんでほしい…」
ちなみにそれは「USSR PTRS−1941」通称「シモノフ対戦車ライフル」といって、某大泥棒の相棒がお姫様救出の際に使っていた事で有名だ。
「あの〜あんまり聞きたくない気もするんですが…さっきの厄珍の連絡、一体何だったんですか?」
「厄珍には皆の行動を見張らせておいたのよ、何かあったら連絡するようにね」
「厄珍にまで手を回しておいたんすか…」
「金で買収できる奴は全員買収しているわ」
「………で、コードレッドて?」
「あいつら…諦めなかったらしいのよ」
「へ?それってどういう事です?」
「つまり…そこぉ!」
対戦車ライフルを天井に向かって発砲する。
「のわぁ!?」
凄まじい音と共に天井が半分なくなる。
そしてずたぼろになったジークが落ちてきた。
「ち、おとり!という事は本命は…!」
その時窓ガラスが割れ、数人の人影が飛び込んでくる。
同時にとっさに横島を部屋の隅に蹴りとばし、自分も飛ぶ。
その人影は横島の身を確保しようとしたが僅かに半瞬遅れる。
「さすが美神令子、いい反応だな」
ニヒルな口調で言うのはワルキューレだった。その後ろには小竜姫、パピリオもいる。
「弟をおとりに使うとは酷いわねぇ」
「うるさい!外道相手に手段を選べるか!」
優秀な軍人は目的のためならば手段を選ばないようだ。
「どうでもいいけど、俺の扱いの改善を要求したい…」
蹴り飛ばされた横島がうめく。が、誰も聞いてはいない。
一触即発でにらみ合う女性達。
「今度こそ横島さんは渡してもらいます!!」
「逃げ場はないでちゅよ!」
部屋の隅に追い詰められる。
逃げ場は無いが大人しく捕まる美神ではない。
「横島クンしゃがんで!」
「え?…どわぁ!?」
ライフルを立ち上がった横島に向けて撃つ。しゃがんだ横島の上スレスレの弾は壁に巨大な穴をあける。
「待て!逃がさ…」
「精霊石フラッシュ!」
追おうとするワルキューレ達を精霊石で目くらましをする。
その隙に横島の襟首を掴み、壁にあいた穴から飛び出す。
さらに外に飛び出した後、お札による結界をはり家全体を覆う。
破られるのは時間の問題だろうが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。
「ここがばれた以上次の場所に行くしかないわ!急ぐわよ!」
「あんたいくつ隠れ家持ってるんだ…」
横島の言葉には耳を貸さず、急いでガレージに停めてあるコブラに向かおうとした。
しかし
「そうはいかない!」
二人の前に立ちふさがる者が一人。
全身包帯で、松葉杖もつきボロボロではあるが西条だった。
「待つんだ令子ちゃん!君は騙されてるんだ!さぁ今からでも遅くは…へ?」
「横島クンアタック!!」
「げぶぁ!?」
横島クンアタックとは、文字通り横島を武器にして相手を殴りつける技だ。
吹っ飛ぶ西条。
「だから亭主を武器にするな!」
「しょうがないでしょ!さすがに西条さんを銃で撃つのは気が引けるから!」
この言葉を聞いても西条は嬉しくも何とも無いだろう。
「それに今は西条さん如きに構ってる暇は無いの!」
とうとう如きあつかいになった西条。
「それにしても完全に結界をはっておいたのに…ヒャクメだって見抜けないはずよ、何故ここが解ったって言うのかしら…」
「どうしてか知りたい?」
突如声が聞こえてくる。
「誰?」
「オカルト方面の対策は完璧だったけど、科学捜査にたいしては甘かったワケ。N○SAの衛星をハッキングして衛星軌道上からおたくの事見つけたワケ」
暗がりから勝ち誇った顔で出てきたのはエミだった。
こちらも呪術師姿で、戦闘準備万全である。
「エミ…あんたまで来たの?」
「言ったでしょう?おたくの幸せ絶対ぶち壊してやるワケ!」
その後ろからシロタマまででてくる。
「先生を渡すでござる〜」
「横島を渡しなさい!」
さらに申し訳無さそうな顔のおキヌまでいる。
「すいません、美神さん。止めたんですけど…」
「私も〜〜止めたんだけど〜〜〜」
冥子もいた。
さらにその後ろには小鳩や愛子、野次馬根性丸出しの雪乃丞やタイガーもいた。
要するに勢ぞろいしているわけだった。

今回の件で唯一の美神の誤算は皆の精神力であろう。並みの奴らならばあんな目にあえば最早手出ししなくなるだろう。
しかしそんなやわな精神の持ち主は一人としていなかった。
かえって闘志を燃やす結果となってしまったのである。

「わかったわ…要するに私が甘かったのね、あんた達の息の根を止めるまでやらなかった私がね…ふっふっふ」
「あ、あの美神さん?」
「行くわよ、横島クン!あいつらに今度こそ引導を渡してやるわ!!」
「穏便にすまそうという選択肢は無いのか!?」
「幸せってのは屍山血河の上に築きあげられるものなのよ!」
「絶対嘘だ〜〜〜!!」
その叫びは後に続く爆音や、怒号のためにかき消されていった。

横島の長い一日はまもなく終わろうとしている。しかし、はるかに長く波乱に満ちた彼の人生は今始まったところだった…

「こんな人生あんまりや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
横島の魂の叫びは虚しく響くだけであった…

プロローグ 終





おまけ

「ちくしょ〜…酒だ〜酒もってこ〜い」
「先生…今日は、今日だけは飲んでください…」
同じ頃、教会を破壊された師弟が、赤ちょうちんの下で涙ながらに自棄酒を飲んでいた。
「ううう…何で酔えないんだ〜…」


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