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after day

第6話「それが存在理由 前編」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/16

 まず、咽を切る。
 悲鳴を聞く趣味は無い。

 女の顔に驚愕が浮かび、やがてそれは恐怖へと変わる。

 女は逃げ出そうと、踵を返して走り出す。

 足首を切る。
 女は倒れ込む。

 鋭い刃物で切られ、ショック状態の女は痛みを感じていない。
 地を這って逃げ出そうとする。

 ゆっくりと歩いて回り込む。
 見下ろす。

 女をいたぶる趣味は無い。
 この行為に意味など無い。

 最初の一撃で身体を乗っ取る事も出来る。
 女を狙うのは単に相性の問題だ。
 別に男を襲っても支障は無い。

 終に女の顔は絶望に染まる。
 地面に押さえつけてコートの前をはだけさせる。
 ゆっくりと、ゆっくりと、心臓を抉り出す。
 血が吹き出る。
 返り血に染まる。

 この行為に意味など無い。
 だが、それでもやらずにはいられない。

 なぜなら、
 それが、
 俺の、
 存在理由だから。

   ◆ ◆ ◆

 最近、横島は学校の帰りにGメンビルに立ち寄るようになった。その方がオカルト関係の勉強がはかどるからだ。
 いまだに美神と顔を会わせるのは気まずいので、裏口からコソコソとビルに入る。
 忙しく書類仕事をかたづけている西条の横でテキストを読みながら、分からない所を片っ端から質問する。ほとんど喋りっぱなしだ。
「あー、横島クン。僕は忙しいんだが」
 西条が苛立ちを隠さず告げる。
「そんなこと見れば分かるぞ西条」
 横島はテキストを読みながらしれっと返す。
 西条は怒りに身体を震わせるが、我慢してあくまで穏やかに尋ねる。
「それが分かっていながら何故、仕事の邪魔をするのかな?」
「判らない所が多すぎるからだ」
 横島はすぐに答える。
「…………」
 西条は黙り込む。
 上を向いて何かに耐える。
 前に向き直り、横島を見る。
「僕の言いたい事はそうじゃないんだが」
「分かってるぞ」
 横島は又もやすぐさましれっと答える。
「だったらなんで、仕事の邪魔をするんだ!」
 さすがに西条もキレて叫ぶ。
 横島はテキストから目を離し、西条の方を向いて答える。
「俺は別に困らないからだ」
「…………」
 西条は目をつぶり、拳を握り締める。身体を震わせている。
 かっと目を見開く。
「うがー!!!」
 吼えた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 西条が荒い息を吐く。
「落ち着いたか? 西条」
 横島が西条を気づかう。
「き、君ねぇ。本当に忙しいんだよ、僕は」
 西条が横島を睨む。
「だから、それは見れば分かるって。
 何をそんなに忙しく仕事してんだよ?
 アシュタロスの事件の後始末はさすがにもう終わってるんだろ?」
 横島は気にせず答える。
「ああ、あの事件の後始末は終わってる。
 でも、僕の仕事はそれだけじゃない。むしろ、今やっている仕事の方が本分なんだ」
「で、実際どんな仕事をしてるんだ?」
「今やっているのは、連続殺人の捜査だ」
 横島はその答えに違和感を感じる。
「連続殺人? それって犯人は妖怪なのか? だいたいお前、ここ最近ずーっとデスクワークしかしてねーじゃねーか?」
「いや、対象が妖怪かどうかは分からない。デスクワークしかしていないのは現場指揮権や捜査権をまだ持ってないからだ」
 西条が悔しそうに話す。
「なんだそりゃ?」
「対象が妖怪かどうか分からないから中々捜査の許可がおりないんだ。よくある警察の縄張り意識ってヤツだ」
 苦々しげに吐き捨てる。
「わざわざそんなややこしい事件に絡まなくても、明らかにオカルトな事件の方の捜査をしろよ。
 大体、お前。馬鹿高い除霊料のせいで泣きを見てる人達を助けるためにオカGに入ったんだろ?
 最初に会った頃はGSと同じ仕事してたじゃねーかよ」
「今はアシュタロス事件の直後だからそういう霊的な事件の数はひどく少ないんだ。恐らくあと半年はこのままだろう。
 それに、あの事件でオカルトに対する認識が変わったんだ。高額な除霊料も仕方が無いってね。しばらくはそっちの方はどうしようもないね」
「だったら、ヒマしてりゃーいいじゃねーか」
「そんな訳にはいかない。日本の警察は捜査にオカルトを全く使わないんだ。そんな不確かなものを捜査に使うわけにはいかないってね。
 だけど、それが有効であるのなら不確かだろうがなんだろうが使うべきなんだ。事件解決が遅れればそれだけ被害者も増えるんだ」
 西条は憤りをあらわにする。
「でもよー。お前、捜査に役立つような能力持ってねーだろ」
「そ、それは……」
 西条は言いよどむ。
「なら、君も手伝ってくれ。せっかく、苦労して君をウチの所属に入れたんだ。役に立ってくれ」
 西条は名案を思いついたと喜ぶ。
「んなの無理に決まってんじゃねーか。
 俺は確かにかなり強い霊的攻撃力と文珠という特殊能力を持ってる。だけど、それ以外は一介の高校生なんだぜ。殺人事件の捜査なんて出来るわけねーじゃねーか」
 横島は冷たく切って捨てる。
「し、しかし文珠を使えば……」
 西条は諦めきれない。
「無理だって。
 文珠はそこまで万能じゃねー。使い方難しいしな。
 美神さんだって文珠はほとんど直接除霊する時に使わせるだけなんだぜ。
 あと、お前は俺の美神令子除霊事務所時代の働きぶりから勘違いしてるんだろーが、あれは上司が美神さんだったからあんだけ働いてたんだ。
 別に美神さんがバイトを奴隷のように働かす冷酷非情の鬼上司だったからって訳じゃないぞ。少しは関係あるけど……
 美神さんは俺に常に的確な指示を出してたんだ。用意された状況でこれをすれば仕事が終わるっていう明快で簡潔な指示をな。
 俺はかなりイリーガルなワイルドカードだから――」
「扱いは難しい、という訳か……」
 西条は納得する。
 横島は「そういうことだ」と肯定する。
「くそっ、だったら一体どうすれば……」
 西条は歯ぎしりする。
「自分たちでどうにも出来なかったら、手伝ってもらえばいいのさ」
 横島は軽く答える。
「手伝ってもらうって……
 君をウチの所属にするだけでずいぶん苦労したんだよ。これ以上人員を増やすことは出来ない」
 西条は否定する。
「大丈夫だ。俺に一つアテがある。
 西条。オカGで精霊石を貸し出せるか? 親指くらいののやつだ」
「出来なくは無いが……なんに使うんだ?」
「人狼を昼間人間の姿にしておくためさ」
「人狼……シロ君か?
 だが、さっきも言ったがこれ以上人員を増やすことは出来ない。それが人狼ともなればなおさらだ」
 西条は落胆する。
 だが、横島は不敵に笑う。
「霊能警察犬として備品に登録しろ。これなら大丈夫だろ?」
 西条は驚愕する。
「そ、それなら大丈夫だが、シロ君がそれは承服しないんじゃないのか?」
「俺が納得させる。尊い人命のためだ、あいつも分かってくれるさ」
 横島は安請け合いする。
「それと、迎えに行くからスポーツバイク――いや、オフロードバイク貸してくれ」
「君、免許持ってったかい?」
「こないだ取った。金は美知恵さんに出してもらった」
「この間取ったって、運転の方は大丈夫なのかい?」
 西条が心配そうに尋ねる。
「美神さんトコに居た時はよく無免許で色んなモンに乗ってたからなー。全速で地下街を走ったり、走りながら銃も撃てるぞ」
 西条はもの凄く呆れた。言葉も無い。
「き、君は……シロ君の事といい、その事といい――」
 本当に令子ちゃんによく似ている。という言葉は言わないでおいた。

   ◆ ◆ ◆

 横島は人狼の里のある山のふもとまでバイクで行き、そこからは結界のところまで歩いた。
「この辺だと思うんだが……」
 結界のある辺りに着いた。
 横島は文珠を作り出し「開」の字を刻み、発動させた。
 文珠を中心に空間に波動が伝わっていき隠れ里への道が開かれた。
 隠れ里へと続く洞窟へと踏み込んで行く。

 洞窟を抜けた。隠れ里が眼下に見える。
 気配が二つ近づいてくる。しかし、横島は動こうとしない。
 後ろから首筋に刀が突きつけられた。もう一人は少し離れて刀を構えている。
「動くな!! 人間! 何者だ? どうやって入った?」
 横島は苦笑する。
「そりゃ、あん時はあんまし役に立たなかったけどよー。覚えてくれてたっていーじゃねーか」
 侍たちは怪訝な顔をする。
 離れて刀を構えている方の侍が横島に近づき顔をよく見る。
 横島だということに気づき驚く。
「こ奴――いや、この方。横島殿でゴザルぞ!?」
「横島殿というと。犬飼ポチが八房を持ち出した時に美神殿と一緒にシロを助けてくれたお人か!?」
 侍たちは横島から刀を離す。
「そう、その横島だ。シロに会いに来たんだけど、居るか?」

 人狼の侍たちに案内されて隠れ里の中を歩く。
 侍たちは横島を一軒の家の前に案内する。
「シロ! シロはおるか!? お客人を連れて参った!」
 侍の一人が家の中に呼びかける。
 少し待つ。誰も出てこない。
「シロ! シロ! おらぬか――」
「何でゴザル?」
 シロが家の裏の方から出てくる。手斧を持っている。薪割りをしていたらしい。
 横島に気づき、飛びついてくる。
「横島先生ー!」
 抱きつく。
 横島は抱きとめて頭を撫でる。
「久しぶりだなシロ。あんま変わってないな」
 シロは気持ちよさそうに目を細める。
 ハッと気が付きビックリする。
「せ、先生! いったいどうしたでゴザルか!?」
 マジマジと横島の顔を見つめる。
「どうしたって、何が?」
「だって、いつもの『いやー! こんなところでー!』とか、『やめんかー!』とか、『違うんやー! 俺はロリコンじゃねー!』はやらないんでゴザルか?」
 横島はほほを引きつらせる。
「あ、あのなー……
 師匠だって成長するんだよ。俺だっていつまでもそんなんじゃねーっつーの」
 言いつつシロの胸を見る。
「お前はあんまり成長してないようだな」
 シロは横島から離れる。
「むむ。余計なお世話でゴザル。人狼は寿命が長いから、超回復でもなければそうそう大きくなったりしないでゴザル」
 むくれた。
「そーいう意味だけで言ったんじゃないんだけどな」
「ホントでゴザルか?」
 シロは横島を横目で睨む。
「まあ、その話はおいといてだ。
 シロ、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが」
「手伝って欲しいこと、でゴザルか?」
「ああ、お前の力を貸して欲しい」
 シロは尻尾をパタパタと振って喜ぶ。
「先生が拙者の力を必要としてくれるとは――拙者、とっても嬉しいでゴザル!
 どこにでもついて行くでゴザル!」
 喜んでまた横島に抱きつく。
「ふむ。横島殿に力を貸すのはよいが、長老には断りを入れておくのだぞ」
 侍の一人がシロに注意する。
「分かったでゴザル! 先生! 早速、長老に断りを入れに行くでゴザル!」
 シロは横島の手を取り、駆け出した。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 横島は引きずられていく。

「長老! 長老! 拙者、先生の手助けをするでゴザル! 里を降りるでゴザル!」
 シロは長老の家に飛び込むなり叫ぶ。
「何じゃ騒々しい。一体何事じゃ、シロ」
 長老は目を丸くして驚く。
「だから! 先生の手助けをするでゴザル! だから里を降りるでゴザル!」
 長老の前に正座で滑り込んで手を上げ下げしながらまくし立てる。握られたままの横島の手も一緒に上下する。
「おお。これは横島殿。久しぶりじゃな。元気にして居られましたか――って、死にそうじゃの……」
 横島は体中にすり傷を作ってケイレンしている。
「ああ! 先生! いったいどうしたでゴザルか!?」
 シロが慌ててヒーリングしようとする。
 しかし、シロの台詞を聞いたとたん横島は復活して怒る。
「お前がやったっちゅーんじゃ! この馬鹿犬!」
「犬じゃないでゴザル!」
「相変わらず、人間とは思えん回復力じゃのー」

「で、詳しく話してみい」
 仕切りなおして長老が尋ねる。
「だから――」
「あー、俺が説明するからシロはちょっと黙ってろ」
 横島がシロの顔の前に手をやって遮る。
 シロは人差し指の先を唇に当て「むー」とむくれた。
「今。俺、オカルトGメンに――オカルトGメンっていうのは――」
「其れぐらい知っておる」
 長老は馬鹿にするなと話す。
「そーですか。
 んで。今、俺、オカルトGメンに所属してるんですよ――」
「先生! 美神殿の事務所はどうしたんでゴザルか!?」
 シロが叫ぶ。
「後で説明するから、ちょっと黙って聞いててくれ」
「でも……」
「シロ」
 長老がさとす。
「分かったでゴザル……」
 シロは納得できなさそうに答える。
「それで、オカルトGメンは今、人が足りなくて忙しいんスよ。特に事件を捜査できる人材が全くいなくて困ってるんです。だから、シロの力を借りに来たんです」
「なるほど。ですが横島殿。シロは人狼。何の問題もありませんかな?」
 長老は横島の目を見て尋ねる。
「なにを言っているんでゴザルか長老。拙者が先生の手伝いをするのになんの問題があるでゴザルか?」
 シロは何の心配もしていない。
 横島は長老の目を見返す。
「ええ、問題ありません」
 言外の意味をたっぷりと持たせた言葉。
「なるほど。あい分かり申した。シロを連れて行って存分にお使いくだされ」
 長老は言外の言葉を受け取りつつもそう答えた。
「ありがとうございます」
 横島は長老に向かって頭を下げた。

 横島とシロは里の結界を出てふもとのバイクの所へと向かう。
「先生。美神殿の事務所を辞めたとはどういう事でゴザルか?」
 シロが先ほどからずっと気になっていたことを尋ねる。
 横島は黙り込んで答えない。
「先生……?」
 シロは横島を呼ぶ。
 重たい沈黙が訪れる。
 シロは不安になる。
「シロ――」
 不意に横島が立ち止まってシロを呼ぶ。振り返りはしない。
「俺、失恋したんだ……」
 横島はポツリともらす。
「え……?」
 シロは聞き返す。
「失恋、したんだ」
 横島はもう一度告げる。
 シロはなんだか心臓の辺りが痛む気がした。
「失恋って、美神殿にでゴザルか……?」
「違う」
 横島は即座に否定する。
「お前のしらないヤツだ」
 シロは両手を軽く握って心臓を抑える。
 横島は振り返って力なく笑う。
「とりあえず。今はそれだけだ」
 シロの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。
「その内、お前にも話してやる。
 だから、ちょっとだけ、待っててくれ」
 シロは目をつぶって横島の手を意識する。
「はい、先生。拙者、待ってるでゴザル」
 横島の手が、心臓の痛みを癒してくれた気がした。


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