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after day

第4話「違いなど有るはずも無い」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/12

 人と幽霊。その違いは何だろうか。

 生きているということか。
 死んでいるということか。

 生命の定義なんて知らない。
 かつてのおキヌや街の浮遊霊たちは、肉体など失っていたが生き生きとしていた。

 人と神族。その違いは何だろうか。

 膨大なまでの寿命の差か。
 圧倒的に違う能力の差か。

 横島は知っている。
 彼らとてあたりまえに失敗を犯す存在であることを。
 普通に笑い、怒り、感情をあらわにするその様を。

 人と魔族。その違いは何だろうか。

 許されないその存在。
 彼らはそこまで悪なのか。

 横島知っている。
 時に人が、魔族をも上回る下劣さを発揮するのを。
 ワルキューレの思い。アシュタロスの思いを。
 なにより、かつて愛した彼女は――

 違いなど有るのだろうか。
 横島には分からない。

 なのに、なのに俺は――

   ◆ ◆ ◆

 翌日の朝。4人は図書室に集まって部屋の片づけをした。
 横島は普通に振舞っており、他の3人の訝りを軽くあしらった。
 昼休みに担任のところにおもむき、幽霊について詳しく聞く。
「生徒たちの何人かが図書室で悪寒を感じると訴えてきたんだ。それに誰も居ないはずなのに物音を聞いたという話もあるらしい。
 そこでお前たちに除霊を頼んだというわけだ」
「それだけですか? 物が飛び上がったり、電気が急に消えたりとかはしてないんですか?」
 担任は驚く。
「そこまで酷かったら図書室を立ち入り禁止にするぞ」
「では立ち入り禁止にして下さい。生半可な除霊で逆に霊が活性化したかもしれません」
「なに!? それは本当か!?」
 担任は責めるような目線で横島を見る。
「たかが生徒の委員会活動にそれほど期待しないで下さい。
 いざとなったら、知り合いのGSを格安で紹介しますよ」
 横島は冷たく言い放つ。
 担任は目を見開く。
「横島……お前本当にどうしたんだ? なにかあったのか?」
 担任は本当に心配していた。
 横島は出来の悪い生徒ではあるが、悪い生徒ではない。
 それなりの職業倫理を持つ教師として――人生の先輩として、この出来の悪い生徒にはけっこう心を砕いてきた。
 明らかに足りない出席日数を補習で免除したりもした。
 横島のあまりの変わりようは担任を心配させるには十分すぎる。
「なにもありません。しいて言えば時が過ぎたということです。
 人間、良くも悪くも成長します。人は変わっていくものです」
 担任の目を見てキッパリとおきまりのごまかしを言う。
「そうか……」
 なにもないとここまで強く断言する人間に本当になにもないことはあまりない。
 しかし、それを無理に聞きだすことに意味は無い。
 担任教師は一抹の寂しさを覚えた。
「では、失礼します」
 横島が教師の前を辞す。
「横島」
 去り行く横島に声をかける。
「俺は頼りない教師もしれん。しかしお前の担任だ。頼ってくれとは言わん。だが、お前が何か悩んでいるのなら、相談くらいはしてくれ」
 横島は担任に向き直り軽く頭を下げる。
「ありがとうございます、先生。
 でも、もうしばらく俺一人で考えてみたいんです。色んな事を」
 横島は寂しげに微笑む。
「そうか、分かった。お前が話せるようになるまで、しばらく待とう」
「はい。その内、酒でも飲みながら話しましょう」
「そんなに待たせるのか?」
「カタイこと言わんで下さい。お互いそんなに真面目な教師と生徒じゃないでしょーが」
「確かに」
 横島と担任は笑いあった。

 教室に向かって歩く横島に3人はついて行く。
 居たのかと言われそうだが、居たのだ。
 なんだか口をはさめそうに無い雰囲気だったので黙っていたのだ。
 しかし、3人は少し安心した。
 横島は本当に成長したのだ。
 何があったのかは分からない。だが何かあったのだ。それはきっと、横島にとってそう悪いことではなかったのだ。そう思った。
「それで、横島さん。これからどうするんですか?」
 ピートが尋ねる。
「とりあえず何か対策が立つまで図書室には立ち寄らない。
 以前美神さんが言ってた事を思い出した。この学校は俺たちのせいで霊的な溜まり場になっているってな。昨日の騒ぎはそのせいだろ」
「それで対策はあるの?」
「ない」
 横島は断言した。
「…………」
 3人は半眼で横島を見る。
「な、なんだお前らその目は! だったらお前らなんかいい考えがあるっちゅーんかい!?」
 3人を指差して問い詰める。
「それは、そうジャケンド……」
 3人は顔を見合わせて考え込む。
「もう、結局どうするのよ?」
 焦れた愛子が発言する。
「僕のダンピールフラッシュや横島さんの文珠で浄化するというのは――」
「却下だ却下。今回はそういう無理やりなやり方はせん」
「じゃあ、一体どうするって言うんですか?」
 ピートが不満そうに言う。
「相談する」
 横島はニヤリと笑う。
「幸い俺たちには頼りになる大人の知り合いが大勢いるからな。まずは相談する」
 3人は一瞬ポカンと口を開けるが、すぐに嬉しそうな顔をして横島の名を呼ぶ。
「そうですね! それがいいです」
「ええ、まったくその通りね!」
「まったくジャー!」
 横島は偉そうにガハハと笑う。
「それじゃあ早速今日の放課後から動くぞ。
 愛子は学校で待機。
 ピートとタイガーは交代で家に帰ったり、休憩を取ったりしてくれ。どちらか一人は学校に居るようにしておけよ。
 俺は――」
 横島は一瞬言いよどむ。
「俺は美神さんに相談に行く」

   ◆ ◆ ◆

 放課後、横島は美神を喫茶店に呼び出した。
「すいません。予定日も近いっていうのに昨日の今日で呼び出したりして」
「かまわないわよ。それで、相談ごとって?」
「ええ、それが……除霊に関することで、ちょっとご相談が……」
「除霊に関すること? それって令子には相談できないことなの?」
 美知恵は意地悪く微笑んだ。
「え、いや……美神さんには顔を会わせづらいというか……気まずいというか……」
 横島は言いよどむ。
「冗談よ。まあたしかに、しばらくは会わない方が良いかもしれないわね」
 美知恵は少し真剣な顔をして話す。
「でも、そのうち必ず会ってあげてね。あの娘、結構寂しがりやだから」
「はい。それは必ず」
 横島も真剣な顔をして答える。
「まあ、あの娘の話はいいわ。
 にしても、除霊に関することって――あなた令子の事務所やめたのよね? モグリの仕事でも受けたの?」
 横島は慌てて首を振る。
「違います違います。ただの学校の委員会活動で無料奉仕です」
 そう言って横島はこれまでのいきさつを話した。
「ふーん。それだけではどうにも判断の仕様が無いわね」
「あの、ポルターガイストってどんな霊なんですか?」
「横島クン。ポルターガイストは現象の名前でそういう霊が居るわけじゃないのよ」
「へ? そうなんスか?」
 横島はちょっと驚く。
「ええ。その理由は様々で代表的なのは幽霊、超能力、地震、妖精、悪魔とかね。とにかく、あたりの物が揺れ動いたり飛び上がったりする現象をポルターガイストって言うのよ」
「へー、そうなんですか」
 横島は感心しした。
「横島クン、見習とはいえGS免許持ってるんでしょう。令子のところでは何も教わらなかったの?」
「免許持ってるとはいえ、実質あつかいは荷物持ちと変わりませんでしたからねー。とくにオカルトの知識とかを教わった覚えは無いです。俺も必要だとは思ってなかったスから」
 美知恵は心底あきれた。
「下手をしたら命を失うこともある仕事なのよ、もっと真剣にならなきゃダメじゃない」
「う、以後気をつけます」
 横島は恐縮した。
「あの娘にも今度説教してやらないとダメね」
 そう言って美知恵はため息を吐いた。
「とりあえず小型の見鬼を貸してあげるわ。効果範囲はかなり狭いけど、逆に狭い範囲の弱い霊力を感知するのに便利よ。あと、結界札と封印護符をいくつかあげるからそれでなんとかしてみなさい」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「それから、終わったらきちんと報告に来るのよ」
「ええ、もちろんです」
「それじゃあ、がんばってね」

   ◆ ◆ ◆

 夕方、横島たちは再び図書室の前に立った。
「それじゃあ、みんな。手はず通りに頼むぞ」
 3人がうなずく。
「行くぞ!」
 横島を先頭に図書室に突入する。
 まず全員が入ったところでピートが扉を閉め鍵をかける。
 愛子が部屋の中央に本体の机を置き、その上に横島が飛び乗って天井に結界札を貼り付ける。その間にタイガーが部屋の四方の壁に同じく結界札を貼り付けていく。
 最後に横島が床に結界札を貼り付けて結界が完成した。
 この間わずか9.72秒の早業である。
 実は似た大きさの教室を使ってSWAT並みの実戦訓練を行っていたのだ。
 あたりの物が揺れ動き始める。ポルターガイスト現象の始まりである。
 愛子が本体を部屋の隅に移動させてその中に避難する。タイガーがその前に立ち、カバーする。
 横島は懐から手のひらサイズの透明な立方体を取り出した。中に球状の空洞があり、そこには矢印の描かれた玉がピッタリと収まっている。小型の見鬼である。
 本が飛び交い始める。
 横島はなるべく左手の見鬼を揺らさないようにしながらそれを避ける。見鬼に向かって飛んでくるものは仕方がなく、ハンズオブグローリーで打ち落とす。
「ピート。そこだ!」
 横島が図書室の一角、本棚の下の引出しのあたりを指差す。
 入り口の側で待機していたピートが跳びつき、引出しを開ける。
 飛び交う本がピートに集中する。しかし、ピートは霧になっていてすり抜けるばかりだ。
 ピートが横島の方を向いて指示を仰ぐ。
「中身を床にぶちまけろ!」
 ピートは引出しを引き抜き、放り投げるように中身を床にばら撒いた。
 ドサドサと数十冊の本が床に落ちる。そのうちのいく冊かはすぐに飛び上がってあたりを舞い始める。しかし、何冊かの本は床に落ちたままピクリとも動かない。
 ポルターガイスト現象は激しさを増していく。もはや椅子までもが飛び上がろうと大きく揺れ始めた。
 横島は飛び交う本を無視して床に落ちままの本に封印護符を貼り付けていく。
 横島がある一冊の本に――ボール紙の表紙に背表紙を革テープで補強した手作りであろうその本に封印護符を貼り付けた時、静寂が訪れた。
 激しい振動が収まり、本がバサバサと床に落ちる。
 皆、辺りをうかがう。

「愛子。電気つけてくれ」
 収まったと判断した横島が声をかける。
 愛子がスイッチを入れ、天井の蛍光灯に明かりがともった。
 全員、横島が最後に封印護符を貼り付けた本の周りに集まる。
 横島がその本を拾い上げ、本の回りで見鬼を動かす。
「これが原因だな」
 見鬼の反応を見て横島が告げる。
「何なの、その本?」
 愛子が本を指差して尋ねる。
「82年度文芸部文集『朔洸』……文集だな」
 全員が怪訝な顔をする。
「文集ですか……?」
「82年度……妖怪化するには若すぎるわね」
「なにか、これにまつわる殺人事件でもあったんじゃないんですカノー?」
 とりとめも無い意見を出し合う。
「調べてみれば分かるだろ」
 そう言って横島は辺りを見回した。
「とりあえず、片付けるか」
 3人はウンザリとした顔をする。
「昨日より散らかってるわね……」
「綴じがばらけちゃってる本もありますね……」
「ワッシは細かい仕事は苦手なんジャー!」
「ホレホレ、文句言っとらんでとっとと動け」

   ◆ ◆ ◆

「それで?」
 休日の午後。ちょっと高めの喫茶店で横島は美知恵に事後報告を行っていた。
「とりあえず古参の先生に事情を聞いたり、名簿で文芸部員の足取りを追って見ましたけど。原因になりそうな事はありませんでした」
 横島の前には大量の料理が置かれている。
「んで、その文集を読んでみたんですよ。そしたらこれがヒドイ出来で。
 文章的にどうとかってことじゃなくて、若さ爆発のスンゲー恥ずかしい文集なんスよ。
 そこでピーンと来ましたね」
 すごい勢いで料理をたいらげつつ、その合間に報告する。以前なら何を言っているのか分からなかったところだが、こんなところも成長している。
「なんせ、あの学校は美神さんが顕在化させたとはいえ、バレンタインのチョコレートまで意思を持ってる学校ですからね。
 あんな若さ溢れる文集が意思を持たないはずがないんスよ。
 最初のうちはどうだったか知りませんけど、多分しだいに見られたくなくなってきたんでしょう。
 まあ、物音を立てたり、不安な気持ちにさせて人払いをする程度しか力は無かったんですが。だけど俺たちが不用意な除霊をして力をつけさせちまったんです。貧乏神ん時も同じことしたんですけど、忘れてました」
 横島はハハハと笑ってコーヒーをすすった。
「原因が分かったんで、とりあえず元文芸部員たちに電話しました。
『学校の図書室で幽霊騒ぎがあって除霊したが、その時に本が数冊痛んでしまった。希望があればこちらで新たに作り直す。全員で話し合って決めてくれ。傷んだ本は返却します』って。
 電話切ったら本からは霊気が無くなってました」
 料理を全て平らげて横島は一息つく。
「これで一件落着ですね。同じことは二度と起こりません。
 多分、あの人達は本を処分して作り直す依頼もしないと思いますから。
 仮に本を取っておいたり、作り直してくれって言ってきても大丈夫です。そん時は読まれる覚悟が出来てるでしょうし、何より俺たちは居ないでしょうからあそこは霊的スポットじゃなくなっているはずです」
 美知恵は楽しげに横島の報告を聞き終えた。
「なかなかやるじゃない横島クン」
「いえ、それほでもないっすよ」
 横島は照れ隠しに鼻の頭をかいた。
「でも分からないわね。なぜ文珠で一気に浄化しなかったの?」
 美知恵はなんとなく理由を想像できていたがあえて聞いてみる。
「…………」
 横島は考え込む。
 なぜそうしたのかは分かっている。しかし、どう言ったらいいのかがよく分からなかった。
 美知恵はゆっくりと横島の言葉を待つ。
「……幽霊だった時のおキヌちゃんとか、街の浮遊霊たちとかってスンゲー元気なんですよね。なんせ生きてる奴より生き生きしてるぐらいで。
 でも、そいつらの溜まり場にビル建てようってなったら、多分GSが出てきてそいつら祓っちまうんですよ。お前ら死んでるんだからって。
 なんか俺、そーいうの嫌なんです。
 例えそれが幽霊とかじゃなくっても嫌なんです。
 俺、知ってますよ。
 幽霊は肉体が無いだけで生きてる人間と全然変わらないって。
 妖怪は大抵人間の被害者で、人食い精霊にだっていい奴はいて――
 その……魔族にだってきっと……」
 横島は窓の外見る。まだ、夕日の時間ではない。
「アシュタロスの目的って結局はふざけた輪廻からの開放だったんですよね。
 だったら、あいつはあんな反乱なんて起こす必要なかったと思うんですよ。俺たちだって、あいつを倒して消滅させるなんてことする必要はなかったはずなんです。
 きっと他に何か方法があったはずなんだ。俺馬鹿だから今考えたってそんなの全然浮かばないけど、でもなにか方法があったはずなんだ。
 俺気づいちまったんですよ。
 今まで散々美神さんトコで幽霊祓ったり妖怪や悪魔倒してきたけど……
 でも、今さらだけど気づいちまったんです。
 だったら――」
「今回の件はただの残留思念だったんだと思うけど?」
 美知恵は心にも無い疑問をぶつける。
「関係ありませんよ、そんなこと。
 意思があるかどうかが問題なんです。
 残留思念だろーが、機械人形だろーが、大自然の意思だろーが関係ありません。
 意思が有ってそこに存在してれば同じです」
「コギト・エルゴ・スム――我思う故に我あり、ね」
「そう、それですそれ」
 横島は美知恵の目をしっかりと見据える。
「俺、やりたいことが見つかりました」
 テーブルに手をつき頭を下げる。
「手伝ってもらえませんか?」
 まったく男の子ってやつは。ちょっと目を離した隙に凄く成長してくれるものね。このお腹の子を産んだ後、もう一回くらいがんばってみようかしら。
 美知恵はそう思った。
「ええ。私でよければ手伝わさせてもらうわ」
 美知恵は横島に向けて微笑んだ。
「でも――」
 意地悪く笑う。
「あなたは見習いGSだから、令子に許可を貰わないとね」
 横島はガバッと顔を上げた。
「そ、そうすね……そのうち、行かせてもらいます。
 今のところはとりあえず、やれることからやり始めようと思うしだいです。ははは……」


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