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after day

第3話「夢に見る」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/11

 夢を見た。

 まだ、霊能力に目覚めていなかった頃。
 ただの荷物持ち。
 たくさんの荷物を背負って、ただ後ろをついて行く。
 攻撃を必死でよけて、時に盾にされる。
 霊が神通棍に薙ぎ払われている。
 破魔札で吹き散らされて、吸魔護符に封じ込められる。
 ただ見ているだけだった。

 夢を見た。

 霊能力に目覚めたばかりの頃。
 使えもしない神通棍を振り回す。
 ケチ臭く破魔札を使い渋って、結局赤字を出す。
 金のことだけ考えていた。

 夢を見た。

 霊波刀に目覚め、文珠も作れるようになった頃。
 ゾンビを切り伏せ、悪霊を薙ぎ払い、魔族を吹き飛ばす。
 必死だった。

 目の前に三匹の魔族が見える。
 触角の生えた人型の魔族たち。
 霊波刀を振りかざす。
 触角の生えた魔族は悲しげな目をしている。
 霊波刀を振り――

 夢を見た。

   ◆ ◆ ◆

 教室に緊張が満ちていた。
 生徒たちは椅子に座り真面目に授業を受けている。あたりまえの風景だ。
 だが、教師も生徒もその風景にこそ違和感を感じる。
 窓際の前から三番目の席に男子生徒が座っている。
 真っ赤なバンダナをつけた、少し変わった男子生徒だ。
 もちろん、彼も真面目に授業を受けている。
 真っ赤なバンダナ以外はいたって普通の男子生徒だ。
 別に変わったところも無い。あたりまえの姿だ。
 だが、そのあたりまえの姿こそが、緊張の原因である。
 横島忠夫17歳。
 不良ではないが、真面目な生徒でもなかったはずだ。

 二間目の現国の授業。
 担任でもある三十半ばの男性教師が違和感に耐えられず尋ねた。
「えー……横島。どうした? 今日はいやに真面目だな?」
 横島は一瞬戸惑ったが、すぐにどこか遠くを見ながら答えた。
「三十人を越す人間がみんな机の前に座って勉強をする。幻想的な光景だと思いませんか?」
 幻想的なのはお前が真面目に授業を受けていることだという突っ込みは行われなかった。
 なにか別の生き物を見る目線が横島に集中する。
 横島は気にせず続ける。
「俺は生まれ変わったんですよ、先生。世界が新しく見える。
 朝起きて学校に向かい、授業を受ける。なんて素晴らしいんだ。
 そこには命のやり取りも、神経をすり減らす駆け引きも、理不尽な暴力も無い。素晴らしい。
 ワンレン・ボディコンに包まれたチチシリフトモモがないのは寂しいけど。いいんです。最近は控えめな胸のスレンダーな女の子の良さが分かったような気がするから。素晴らしい」
 横島は多幸感に包まれた恍惚とした目で語りつづける。
 空の向こうのルシオラが微笑んだ気がした。
「――素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい――」
 とりあえず横島を無視して授業を続けることにした。
 横島が壊れるのはそんなに珍しいことでもないので、みんなそんなに気にしなかった。

 昼休み。
 横島はカバンの中からサランラップに包まれたおにぎりを二つ取り出した。
 ラベルをはがしたペットボトルも取り出す。中には麦茶が入っている。
「横島クン、またピンチなの? 青春してるわねー」
 机妖怪の愛子が声をかけた。
「ん? いや違うぞ。自炊を始めようと思ったんだが、料理できないからとりあえずご飯丸めてきただけだ」
 愛子は驚いた。
「ど、どうしたのよ一体!? どういう心境の変化? なにかあったの? 大丈夫?」
 愛子は本気で心配している。
「大丈夫っておまえなー。普段どーいう目で俺を見てるんだよ。
 俺もそろそろ真面目に生きないと将来大変だなって思い始めただけだっつーの。特にきっかけとかはねーよ」
 横島は多少憤慨したが、サラリと告げた。
「でも……」
 愛子は納得がいかない。
 以前の横島からはとても想像できない発言だ。
 それになんだか今の横島の雰囲気はとても危うい気がする。
 何気なく装ってはいるが、何か違う気がしてならない。
「まあまあ。横島さんだっていつまでも馬鹿なままじゃないってことですよ」
「そうですケンノー。横島サンだってちょっとは成長するんですジャ」
 多少は事情を知っているピートとタイガーがフォローをいれた。
 横島の変化の理由も大体察しがついている。
「フォローになってねぇっ!」
 横島が叫んで二人に食って掛かる。
 その様子を見た愛子はとりあえず納得することにした。
「そうよね。横島クンだっていつまでも馬鹿でスケベなままじゃないわよね。ゴメンなさい」
「お前らなー」
 横島はふてくされてお握りにパクつき、渋い顔をした。
「塩振るの忘れた……誰か、オカズ分けてくれ……」

 昼休みだというのに担任が教室に入ってきた。
「おーい、除霊委員。ちょっと集まってくれー」
 横島たちに声をかける。
「なんすか? また厄介ごとですか?」
 横島が代表して答える。
「まー、そうだ。最近図書室に幽霊が出るらしい。除霊してくれ」
 横島は少し考え込んだ後、答えた。
「かまいませんよ。除霊します。
 でも、除霊委員を正式な委員にして平常点の考査対象にして下さい」
 担任はあっけにとられる。
 横島が真面目に変だ。
「どうですか?」
 考え込む。
「……分かった。平常点の考査にいれよう」
「ありがとうございます。
 早速今夜から取り掛かりますから、宿直の先生に話を通しておいてください。それと、騒音や物音がしても不用意に近づかないよう注意しておいてください」
「ん。伝えておく」
 担任は怪訝な顔をしつつ教室を出て行った。
「で、お前らはどうする?」
 三人に尋ねる。
「私は学校に住んでるんだから、当然参加するわ」
「僕も参加しますよ」
「ワ、ワシも参加します!」
「それじゃあ今夜0時に校門前に集合だ」

   ◆ ◆ ◆

 深夜0時、校門前。
「で、集まったわけだが――」
 唐突に横島が切り出した。
「終電のことをすっかり忘れていた……」
「私は関係ないけどね」
「僕も飛べばいいだけですからね」
「ワ、ワシは関係あるんジャー! 終わっても帰れんですジャー!
 大体、メゾピアノの時みたいに昼間除霊してもよかったような気がするんですケンノー」
「まあ、集まっちまったものはしょうがない。後のことは終わってから考えよう。
 とりあえず、図書室まで移動しよう」

 図書室に着いた。明かりをつけて、一同はあたりを見回す。
「うーん。特に何も感じんなー」
「そうですね。特に霊気や妖気は感じないですね」
 横島とピートは図書室の中央で背中合わせに立って、あたりを警戒する。
「そういえば、どんな幽霊が出るの?」
 愛子が入り口のそばから聞いてくる。
「…………聞くの忘れてた……」
「もう、馬鹿ねー。横島クンらしいけど」
「そうですね。なんだか安心します」
「ホントですジャー」
「お、お前らなー。いいか、俺――」
 不意に電灯が消えた。
「――――!?」
「ピート」
「ええ。今、一瞬だけですが霊気を感じました」
「ああ。それに、さっきまで気が付かなかったがこの部屋、ほんのわずかだが霊気だか妖気だかがただよってる。
 愛子、とりあえず外に出てろ。
 タイガーは精神感応を試してみてくれ」
「うん……」
 愛子は不安そうに横島を見つめ、部屋を出た。
 タイガーは虎の幻覚をまとう。
「出てきんシャイ!」
 雷に似た幻覚の触手が部屋中に広がり動き回る。
 あたりの物が一斉に振動を始めた。
「ポルターガイストか!?」
 ピートが叫ぶ。
 部屋の中の本が飛び交いだす。
「くそっ」
 横島はそれをのけぞってかわした。
 ピートは霧になっているらしく本がすり抜けている。
「ぬー。これならどうですジャー!」
 本が体にあたるのもかまわずタイガーが精神感応の出力を上げる。
「ば、馬鹿っ!」
 あたりの風景がジャングルに置き換わる。
 飛び交う本が見えない。
 横島の頭がゆれた。こめかみから血が吹き出る。鉄製の本立てがぶつかったのだ。
「横島さんっ! こうなったら、ダンピールフラッシュで――」

 霊波刀を振りかざす。
 触角の生えた人型の魔族は悲しそうな目をしている。

「やめろー!!!」

 横島は絶叫した。
 ピートは動きを止めた。
 あたりの風景が図書室に戻り、タイガーも元に戻っている。
 本は床に落ちている。
「よ、横島さん……」
 ピートが声をかける。
「……やめろ……」
 横島が力なくつぶやく。
 拳を強く握り締め、上を向いて再度絶叫する。
「やめろって言ってるんだ!!!」
 また本が飛び交い始める。
 横島は避けようとしない。
「横島さん!」
 ピートが叫ぶ。
 タイガーはどうすればいいのか分からず固まっている。
「いったん逃げるぞ。校庭だ。ピートは愛子を連れてきてくれ」
 体に当たる本を無視して話し、外へと駆け出す。
 一瞬送れてピートとタイガーも続く。
「ちょっと、どうしたの!? 大丈夫――」
 外で待っていた愛子が慌てて声をかけてくる。
 ピートが霧になって愛子を運ぶ。
 横島は全速で逃げていく。
 タイガーはかなり遅れている。
「ま、待ってつかーさーい」

 校庭。
 タイガーも到着する。
「置いて、行くなんて、ヒドイ、です、ジャー」
 息も絶え絶えに抗議する。誰も答えない。
「いったいどうしたんですか横島さん?」
 沈黙を破ってピートが尋ねる。
 横島は厳しい顔をして向こうを向いたまま答えない。
「何があったの……?」
 愛子も尋ねる。
「…………」
 答えない。
「ウウッ……どうせ、ワッシなんて……ワッシなんて……」
 タイガーがいじける。
「……やっぱり……下調べもしないってのは、無謀だったな……」
 横島が向き直る。笑っている。
「いやー、失敗失敗。まったく俺も成長しねーなー。ははは……」
 力なく笑う。
「とりあえず、明日朝一番に登校して図書室の片づけをしよう。
 愛子は今日のところはピートと帰って教会に泊まってくれ。
 タイガーは宿直の先生に事態を説明して宿直室に泊まれ」
「横島サンはどうするんですジャ?」
「悪い。俺は家に帰るよ」
「もう電車は走ってませんよ」
「歩いて帰るさ。普段60キロの装備をかついで山の中歩いたりしてるんだ、3駅分くらいわけねーって」
 わざとらしく右腕で力こぶを作り左手で叩いてみせる。
 三人は納得のいかない顔をする。
「ほれ。明日朝早いんだからとっとと動け」
 横島は手を振って速く動けと催促する。
 しかし、誰も動かない。
「ったく。俺は帰るからな。お前らも早く帰れよ」
 校門の方に歩いていく。
「横島さん」
 ピートが呼び止める。
「本当にどうしたんですか?」
「なんでもねーって」
 横島は振り返ることなく手を振って答えた。

 帰り道。とぼとぼと歩く。
 うつむくと視界にクツが入った。
「はは、上履きのまんまじゃねーかよ。まったくしょーがねー奴だな、俺って奴は……」
 ため息を吐いて、上を向く。視界がにじむ。
「ったく。今さらなんだってんだ。今まで気にしたことなんてなかっただろーがよ。
 今さら……」
 バンダナをずらして目元を隠す。
 こめかみがズキリと痛んだ。
「ルシオラぁ……」
 無性に会いたかった。


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