椎名作品二次創作小説投稿広場


after day

時々は思い出してみたりもする


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/ 9

横島忠夫は時々思い出して考える。

あれは本当に恋だったのだろうか、と。

振り返ってみれば、あの時二人の間には確かな絆があった。
それは事実だ。
だが、それは本当に恋だったのだろうか。
生まれたばかりの彼女が初めて優しくしてくれた異性に傾倒し、短い寿命と危機的状況ががその思いを情熱的なものにした。
自分は優柔不断がゆえにそのあまりの思いに応えざるをえず、男の本能的な欲望がそれを後押しした。
ただ、それだけの事ではなかったのだろうか。
まるで、ロミオとジュリエットの喜劇のように。

あれは本当に恋だったのだろうか。

しかし、それを知る機会は永遠に失われた。
それが事実だ。

   ◆ ◆ ◆

「美神さん。バイト辞めます」
高校の帰りに事務所に顔を出した横島は唐突にそう切り出した。
美神は午後のお茶を楽しみながら気怠げに「ああ、そう」と相槌を打つ。
「はい、辞めます。月納めまでだいぶあるので今月の給料は無しでいいです」
「ホントッ!? ラッキー」
現金な美神は金の話に瞬時に反応した。
「……て、辞めるって誰が!?」
横島は淡々と「俺です」と答える。
「何を?」
「この事務所のバイトをです」
「何で?」
「学校のほうに専念するためです」
美神はしばし押し黙り、わざとらしい苦笑いを浮かべた。
「そんな、今さら……」
いつものような冗談事にしたかった。
「いえ、今より遅らせると卒業できなくなります」
横島は取り合わない。
いつもの、いや、かつての優柔不断な様は全く見えない。
「なにも辞めなくたって、出勤日を土日祝日だけにしてもいいわよ」
美神は食い下がる。
何か決定的なことが起きているような気がする。
「大学進学も視野に入れるとバイトをしている余裕はありません。なにせ、成績がひどく悪い上に出席率その他もろもろで平常点もほとんど有りませんから」
冷たく突き放される。
「大学に行くつもりなの? それに、バイトしなかったら生活費や学費はどうする気なの? 貯金なんてしてないでしょ?」
「あくまで視野に入れておきたいだけです。可能性は多いほうがいいですから。お金のほうは大丈夫です。なんとかします」
「なんとかって……」
すこし青ざめた顔で横島をうかがう。
「ええ、なんとかします。非合法なことはしません。真っ当な手段で対価を得ます」
「どうやって?」
「教えられませんよ。取引相手は美神さんじゃありませんから」
取引相手。
その言葉だけで美神は大体の事情を察した。
「GSになるのは諦めるの……?」
横島は一瞬あっけに取られた顔をしたが、すぐに気を取り直して答えた。
「GSを目指したことはありません。いや、その場のノリと勢いで言ったり行動したことはありますけど、それだけです。もちろん可能性の一つには入れてますよ」
美神は気が付いた。
もはや、何を言っても無駄なことに。
「……ルシオラ……の……せい……?」
横島は急激に冷えていく己の血を意識した。
ルシオラのせい。
ルシオラの、せい。ときたか。
「関係ありません。問題は出席日数と成績です」
そうだ、関係ない。
たとえあの事件があろうが無かろうが迫られるはずの決断だ。
「そう……よね。ゴメンなさい……」
「いえ、かまいません。それじゃあ美神さん――」
「横島クン――」
「――お世話になりました」

横島忠夫は予感する。
二人の線が交わることはもう二度とないだろう事を。


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp