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山の上と下

2 一時(ひととき)の同行


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 1/29

山の上と下 2 一時(ひととき)の同行

「拙い!!」と加江は短く叫んだ。
 刃を向けていないとはいえ刀の一振りだ。肋骨の二・三本をへし折ったことだろう。
 断じて非はない(と思う)が、けが人を出してそのままにできない。そうなると旅に影響が出てしまう。

駆け寄ろうとするより早く、相手は起きあがり、大仰なようすで土下座を繰り返す。
「すんませんでした! きれいなお姉ーさんだから、お近づきになりたいな〜 って思って。別に、抱きついて、シリをさわれたらな〜 とか、フトモモを撫でられたらな〜 とか、チチに顔を埋められたらな〜 とか、少しも、考えてません、本当です! でも、少しは‥‥ できれば‥‥ なんて、思ってたりなんかして‥‥」

謝った最初はともかく、途中からの言葉に、抜いたままの刀が小刻みに震える加江。今度こそ、本気で無礼討ちにしかねないほど、顔が赤くなっている。

「『きれいなお姉ーさん』だってよ。なかなか見る目があるじゃねぇか。」
 のんびりとした口調で、涼が加江の肩を叩く。

加江は怒りを込めた視線を涼に向けるが、その分、高ぶっていた気持が削がれる。

さらに、助け船を出すようにご隠居が、
「それくらいでいいだろ。とりあえずは、本気で謝ってんだしさ。」

‥‥ 加江は、あらためて、目の前でペコペコし続ける若者を見る。
 見ようによっては卑屈な態度だが、それを感じさせない不思議な可笑しさ明るさがあり、怒りもなんとなく萎む。もっとも、今の一撃で平然とされていることが、女の細腕の限界を見せられているようで愉快ではない。

複雑な表情の加江を横目に、涼は若者に注意を向ける。

 歳のころは十代半ば、少年と大人の境界線上あたり。
 背丈は自分よりは低い。(自分は)背丈はある方だから、男としては普通ぐらい。体格はやや細めとういところ。目鼻立ちは十人並みの範囲だが整っており、身なりの割に見苦しくはない。
 雑然と短く切られただけの髪型と汚れの目立つ赤い布を鉢巻きのように額に巻いているのが目を引く。

 特に変わったところのない若者‥‥ と言いたいが、そうも言えない。
というのも、さっきの一撃を、加江は自分の非力さと感じているようだが、見たところ、頑丈な男でも悶絶させる威力は十分にあった。
 それが無事なのは、若者が、人外並の生命力を持つか世の理(ことわり:法則)を無視するような身のこなしで威力を殺したかのどちらか(あるいは、両方)だろう。

悪意といったようなものは感じられないが、自分たちの立場が立場だけに、警戒は怠れないと思う。

一方、若者は、加江の怒りが収まったので土下座をやめ立ち上がろうとする。そこで、目眩でもしたのか、そのまま力無く座り込んでしまう。
 うって変わった気弱そうな声で、
「すんません、ここ何日も水しか飲んでないんです。何か食べさせてもらえませんか?」


 宿で用意してもらったご隠居たちの弁当全てが、またたく間に、若者の(さほど大きいようにも見えない)胃袋に消え去った。

 若者の見事な喰いっぷりに、ある種の賛嘆を禁じ得ない三人。

「おかげさまで命拾いしました。この世できれいなお姉ーさんと仲良くなる前に、あの世できれいななお姉ーさんと仲良くなるところでした。」
そう礼の言葉(?)を言ってから、人の良さそうな笑顔で、
「俺は忠相(ただすけ)、横島忠相。除霊師‥‥ の卵です。」

 ご隠居は、行き倒れに相応しい貧しい身なりを見ながら、
「名奉行様と同じ(名前)か。似合う、似合わねぇは野暮だが、ご大層な名前だな。」

‘よこしま‥‥ 邪。’
 その隣で、加江は、耳にした音(おん)にけっこう失礼な字を思い浮かべている。

 横島は、加江の心の中を読んだように、「字は横の島と書きます。」

「あっ、すまない。」

「そう思われるのは慣れてます。」と横島。
「それに、本当のところは、名乗れる身分じゃないし。」

「『隠し姓』ってやつだな。それにしても、除霊師だって? また、危ねぇことを仕事をしているもんだな。」

除霊師−悪霊や人外といった、人にあらざる者を退治する者たちの総称。世にある生業(なりわい:仕事)の中でもとりわけ、珍しく、また、危険なものに属する。
 この、どこかまだ子どもっぽく見える姿とは結びつかない。

「少し、不思議な体験をしたもんで‥‥」

 両親はそれなりに有名な山師で、家族で各地の山を巡りながら、鉱山を捜し出すのを生業にしているという。

「ほう、ご両親とも山師かい。」若い頃、同じ仕事をしていたご隠居は親近感を抱く。

 ある時、踏み入れた山で天候が崩れ、遭難しかけた時、山間にしつらえられた屋敷に転がり込み助かったことがある。その屋敷を預かっているという武芸者風の女性に、霊力に見込みがあると言われ、除霊師の道を考えるようになったとのこと。

「山奥の屋敷に武芸者風の女‥‥ ひょっとして、その山は妙神山、女の人は、小竜姫って言うんじゃねぇのか?」
 涼が思わずという感じで口を挟む。

「良く知ってますね。たしかそんな名前でした。」

「その名なら、オイラも聞いたことがある。妙神山っていやぁ、霊力なんかの修行をさせてくれる霊峰で、竜神が仕切ってるって聞いたぜ。」
ご隠居も博識なところを見せる。

「へ〜え、そうすると、あの人が竜神だったのかも。」
 横島は、その女性の印象を思い出す。
「美しいっていうよりかわいいって感じでしたね。形は良いんですが、ちょっと、チチとシリが小振りなのが‥‥」

 加江の不愉快そうにな咳払いが聞こえ、首をすくめる横島。

「中に入るには、試練を乗り越えなきゃならないって話も聞いたんだが、それはどうなんだい?」

「やりましたよ。こっちは、道に迷っただけだって言っても聞いてくれないんで、ホント、困りました。」

「どんなものだったの?」加江も『試練』の言葉に興味を示す。

「首から上がない、身の丈(たけ)一丈(約3m)ほどの仁王様みたいな体つきをした鬼が二匹出てきて、儂らを倒せって。まぁ、親父がドツキ倒したんですけど。」
あっさりと、とんでもないことを言う横島。

 ご隠居は、横島の顔をまじまじと見て、
「嘘じゃなさそうだが‥‥ 世の中には、すごい豪傑がいるもんだな。」

「とにかく、それで、ようやく入れてもらって。そこで、小竜姫様に霊力の見込みがあるって言われたんです。」
横島は手を開き心を集中するように目を閉じる。掌にぼんやりとした光が生じた。
「この光は霊力だそうで、これで攻撃すれば‥‥」

「悪霊を倒すことができるんだな。」と加江。

「そんな”力”があるんだったら苦労はしません。」苦笑して首を横に振る。
「普通は、イヤがるぐらいかなぁ。ヘタをすると、怒って、こっちに襲ってくることも珍しくないですね。」

 怒った悪霊に何度も追い回され、一再ならず死にかけたとのこと。

「そういうことか。」涼には、さっきの不死身っぷりの理由がなんとなくわかった。

「頼りない霊力だな。見込まれたんだろ。その場で、修行をつけてもらときゃ良かったのに。」
ご隠居が聞いた話では、そこで修行すれば、そこいら辺りの除霊師を上回る”力”が得られるはずだ。

「親父ともども誘われたんスが‥‥ いや〜、けっきょく、いろんな理由で修行はできなかったんです。アハハハ。」
 ばつが悪そうに頭を掻いて笑う横島。

幾つかの理由はあるのだが、一番大きな理由が、小竜姫に父親が言い寄り、息子が抱きつきにいったのを知った母親が激怒し、拒否したためとは言いにくい。

「そう言えば、この布は、その代わりにって貰ったものなんです。」
自分の額の布を指さす。汚れかと思った黒い模様は梵字のようで、どうやら呪符になっているらしい。

「で、しばらくは普通に生活していたんですが、自分にそんな霊力があるんだったら除霊師をしようかなって、親元から離れたんです。」

「けっこう、立派なもんだ。」とご隠居。

「本当はそんな立派な話じゃなくて、きれいな姉ちゃんのいない山奥での生活が嫌でした家出みたいなもんです。」
 訊かれてもいない本音まで話すのは、根が正直なのだろう。
「それに、除霊師って名乗っても、この”力”じゃあ雑魚霊ぐらいしか相手にできないんで、何でも屋みたいなことをやってます。」

「情けない話ね。」加江は、手厳しい口調でそう切って捨てる。
「もう一度、妙神山とやらに行って、修行するぐらいやってみせなさい!」

「あの鬼をやっつけるって、俺には無理な注文ですよ。修行だって、死ぬのも珍しくないって。きれいなお姉さんとあ〜んなことも、こ〜んなこともしてないのに、死んじゃったらお仕舞いじゃないですか。」

『あ〜んなこと』『こ〜んなこと』にカッとする加江だが、口を開く前に涼が、
「ちょっと、本音過ぎるが、そいつも立派な考え方だよ。無理して、終わっちまったら元も子もないし、強くなるだけが人生の目標じゃねぇからな。」

‥‥ 加江は、涼の仄(ほの)めかしに怒りを見せる。
 だた、涼と言い合うつもりはないようで、口をつぐむ。

「俺だってこのままで良いとは思ってません。」と表情を改める横島。
「ちょうど、オロチ岳の峠の近くで『神隠し』が起こってるって噂を聞いたもんで、そこにいけば、ちゃんとした除霊師に会えるかもしれないかなって。その除霊師に弟子にしてもらおと思って、こっちに来たんです。」

 『ほぅ。』という顔したご隠居は、
「忠(ただ)さん、どうだい。俺たちも『神隠し』を知りたいってオロチ岳の方に行くんだ、一緒に来ないか?」

「ご隠居!」涼が、たしなめるような視線を送る。
旅の状況を考えれば、足手まといになりそうな者はいないにこしたことはない。疑えば、この出会いも、何らかの悪意が働いているという可能性もある。

ご隠居は、そこはわかっているといった感じで、
「助さんが仕留め損なったんだ、まんざら、ぼんくらってわけでもないだろう。それに、オロチ岳までは、一日ほどだ、そこで別れりゃ、そんなに影響もないさ。」

「あっ、ありがとうこざいます!」
横島は、とりあえず、これしかお礼の方法がないという感じで大きく頭を下げた。


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