「失礼しましたー。」
氷室キヌは、礼儀正しく挨拶をしてから職員室を後にする。
廊下では、級友の一文字魔理と弓かおりが待っていた。
「おキヌちゃん。先生、何だって?」
「うん。美神さんから連絡。学校終わったら、霊災本部まで来なさいって。」
魔理らに向けて微笑みながら、おキヌは答えた。
弓かおりが軽く眉をあげる。
「あら。それじゃあ、今日は午前だけですし、これからすぐ?」
「ええ…あ、私これから中等部にも行ってこないと。」
「ああ、『シロタマ』か。おキヌちゃんも大変だねぇ。」
現在、六道女学園中等部には、すでに名物となってしまった二人組みがいる。
人狼の少女、犬塚シロ。そして、九尾の狐、タマモ。
ともに美神除霊事務所の居候ズは、同じく居候のおキヌが面倒を見ることになっている。
「そんな…二人ともいい子だから、大変なんかじゃないですよ。」
「そうかしら…? 聞いたところでは、所構わず張り合って問題ばかり起こしてるそうですけど。」
弓の言葉に、おキヌの頬に汗が浮かぶ。
それは目の前の友人二人にも言えることなのだが、おキヌはとりあえず言わないでおく。
「そ、それじゃあ、私ちょっと行って来ますね。」
「うん。またね、おキヌちゃん!」
「ごきげんよう。」
級友たちに手を振り、おキヌは廊下を小走りで駆けていった。
◆◇◆
美神達は苦戦していた。
複数の敵に対して、戦闘力のないヒャクメと眠り続ける少年を守りながらの戦い。
だが、不利な条件下の中で、彼らはそれでも持ちこたえていた。
「くそっ! キリがない!!」
一体の敵を斬り伏せながら、西条が悪態をつく。
ギィギィと耳障りな声をあげ、周囲を取り囲む異形の者たちを睨みつける。
緑色の体に、不釣合いなほど大きなスプーンを持った子悪魔たち。
そのスプーンの先には、炎が燈されている。
その群れが二つに分かれ、その後ろにいたものが進み出てくる。
「むぅ…やはり『ウコバク』程度ではどうにもなりませんか。」
鎧甲冑とマントに身を包み、手には長槍。
黒馬に跨ったその姿は、さながら中世の騎士の如く。
「何者ッ、目的を言いなさい!!」
美知恵が、敵の火炎攻撃を防ぐための火炎封じの呪符を構えながら叫ぶ。
それを馬上から見下ろしながら、騎士は答えた。
「私は堕天使『エリゴール』。目的はそこの少年だ。引き渡していただこう。」
「残念だけど、いきなり襲ってくるような相手に、そう簡単に渡すわけにはいかないわね。」
すかさず言い返したのは美神だ。
負けん気の強い彼女らしい物言いで、即座に相手の要求を突っぱねる。
西条も美知恵も何も言わないが、気持ちは同じだ。
エリゴールは、やれやれと頭を振る。
「大人しく引き渡していただければ、危害を加えるつもりはなかったのだが……致し方ない。」
ブン、と長槍を美神に振り向ける。
次の瞬間、業火が穂先より迸る。
寸でのところで、美知恵の呪符が間に合い、それは弾かれる。
だが、それを意に介した様子もなく、騎士は高らかに告げた。
「ならば、お相手願おう!!」
その声を合図に、周囲の堕天使『ウコバク』どもが炎を撒き散らしながら踊りかかった。
◆◇◆
「何だ、コレ…ッ!!」
横島はその場に足を踏み入れたとき、思わず息を呑んだ。
いくつもの鳥居が立ち並ぶ本部施設前。
その光景に変わったところはないように見えるが、よく見れば結界がボロボロなのだ。
そして、その奥にある本部からは、異様な気配が溢れ出している。
「感じるヒホー!! 凄く強いアクマが、この中で暴れているホー!!」
自分の顔の横に浮かぶ雪ダルマが叫ぶ。
あの後、ノースと名乗ったこの雪ダルマは、なんと横島について行くと言い出した。
最初はもちろん断ったのだが、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく連れてきたわけだ。
しかし、こうなると事情を知ってるらしいこいつがいるのは、幾分心強い。
横島は緊張を漂わせる表情でうなずく。
「急ごう! 美神さんが危ない!!」
「おいらも戦うヒホ!! ヨコシマはおいらの仲魔。仲魔の仲間を助けるのは当然ヒホ!!」
二人は、本部に向かって駆け出した。
◆◇◆
金属のぶつかり合う音ともに、火花が舞い散る。
突きこまれた槍をかわしながら振り下ろした神通鞭は、驚異的な速さで引き戻された槍に弾かれた。
「くっ!!」
「人間にしてはなかなか…。だが、いかんせん力も早さも、わずかに足りない。」
悔しそうに歯噛みする美神と、まだまだ余力のあるエリゴール。
戦局は、依然変わらず不利であった。
ウコバクたちは、西条が縦横無尽に剣を振り回し、美知恵が炎撃を防ぐことで足止めしている。
いや、こちらが足止めをされているのか。
美神と対峙するエリゴールは、どこかこの状況を楽しんでさえいる。
「さあ、どうした!! やはり、人間風情ではこれが限界なのか!?」
「や、やばっ…!」
さらなる猛攻に、美神がさらされそうになった、そのとき。
「美神さーん!! 確か、エリゴールは隠された財宝を持ってた可能性があるのねー!!」
「…ぃよっしゃぁあぁーッ!!」
ベッドの脇に避難していたヒャクメの声援により、美神復活。
気合一発、神通鞭が唸りをあげて、次々と連撃をくりだす。
「むおッ!? きゅ、急に威力が上がったッ…!?」
「ほらほらほらほらァァーッ!!」
凄まじい欲望…もとい闘志で一気に立場は逆転し、美神の猛攻にエリゴールも圧倒される。
さすが、と言って良いものかどうか。
「このまま一気に決めてやる…!!」
「ちょ…調子に、乗るなァァァーッ!!」
怒声とともに槍が横一文字に振るわれ、衝撃波が生まれる。
まともに喰らった美神は、そのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「かは…ッ!」
「消し炭にしてくれる!!」
槍の穂先に業火の火炎球が生じ、それが美神へと放たれた。
娘の危機に、美知恵が飛び出そうとするも、ウコバクに阻まれそれも叶わない。
やばい…横島く…!
真紅に染まる美神の脳裏に、とある少年の姿がよぎり─。
「ブフーラ!!」
そんな子供の声が聞こえたかと思うと、美神の眼前に突如、巨大な氷塊が出現する。
火炎球はそれに防がれ、互いに相殺しあって消失した。
「何者だッ!?」
エリゴールの誰何の声に、美神がそちらを見れば、エリゴールと睨み合う雪ダルマの姿と。
先ほど脳裏をよぎった、自分の大切な…。
「お前、結構凄かったんだな…怒らせんようにしよう。」
「横島君!!」
横島は美神を見て、とりあえず大事はなかったようだと、ほっとした表情を見せる。
「大丈夫ですか、美神さ…。」
「遅い!! もっと早く来なさいよ、このバカッ!!」
間髪いれずに飛んだ罵声に、横島はコケた。
「たまには『ありがとう』の一言くらい言えんのか、アンタはッ!?」
「それに、あの雪ダルマは何なのよ!?」
「俺の意見は無視かい…!」
自分の抗議を完全にスルーした美神に、横島は引き攣った笑いを浮かべて拳を振るわせる。
そのまま二人でぎゃあぎゃあと言い争う。
しかし、何はともあれ横島が来たことで、美神は完全に調子を取り戻したようだ。
あの態度が照れ隠しだと気付いている美知恵たちが、にやにやと笑いながら二人を眺めていた。
西条だけは苦虫を噛み潰したような顔だったが。
「マハブフ!!」
先ほどの声が響き、横島と美神の背後から迫っていたウコバクが数体、まとめて凍りついた。
先ほどよりも小さいが、複数の氷塊が生まれ、ウコバクどもを貫いたのだ。
それを放った雪ダルマが叫ぶ。
「ヨコシマ、何やってるヒホ!?」
「た、助かった…! 悪い、ノース。」
続けて冷気を放って牽制しているノースに謝ると、横島も霊波刀を構える。
準備は万全と、美神もエリゴールに向き直り、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「さーて…第二ラウンドといきましょうか。」
美神の言葉に応えるように、神通鞭が翻った。
それじゃあ…どうも皆さん、美神美知恵です。
今回の見所は、やはり戦闘場面でしょうね。
本編ではこういうシーンを頻繁に出す予定のようよ。
ただ…令子のがめついところは、ホントにどうにかならないのかしら…(嘆
今回の悪魔の解説をするわね。
まずは、『ウコバク』。
手にスコップを持つ姿で描かれる地獄の下級悪魔よ。
蝿の王ベルゼブブの命令で、地獄の釜に油を注ぎ火を焚きつけたり、または、地獄に落ちた人を苦しめるために燃え盛る石炭をくべると言われているわ。
そして『エリゴール』ね。
こいつは、ソロモン王72柱の悪魔のひとりで、60個軍団を率いる序列15番目の大いなる公爵。
黒い馬にまたがった槍をもつ騎士の姿で現れると言われているわ。
戦争と兵士の結末を知る指揮官で、ほかにも隠蔽物を見つける能力を持っていて、宝のありかを教えるらしい…んだけど、それが令子の闘志に火をつけたのよねぇ…複雑な気分だわ。
そうそう。ちなみに今回ノース君が使っていた『ブフーラ』や『マハブフ』というのは、女神転生のゲームで使用されている氷結属性の魔法のことよ。
一応、作中で氷塊を生み出す魔法として表現されてるわ。ちゃんと書き分けられてるかは、不安だけどね…。
それでは、次回もよろしくね。 (詠夢)
このままがんばってください。 (ミネルヴァ)
登場悪魔がウコバク、ベリゴールということは、″異聞録″の方がベースのようですね。ペルソナシリーズでは一番好きだったので嬉しい限りです。
次の話で横島のペルソナ覚醒でしょうか?期待して待っております。 (七魅月)
ありがとうございます。
お許しも出たことで、このまま突っ走らせていただきますv
七魅月 様:
はじめましてw コメント、ありがとうございます。
さて、基本的に悪魔の出典は限定してません。異聞録あり、罪も罰もあり、ノクターンもあり…と真・女神転生シリーズなら、ということで悪魔は出していきます。
>次の話で横島のペルソナ覚醒でしょうか?
ご期待に添えず申し訳ないのですが、さすがにペルソナ覚醒はないです。
それを出すと、GSの世界観が壊れるというか、GS二次創作ではなく、メガテン二次創作になりそうなので(汗
ですが、思わずにやりとしてしまうようなキャラは出てきます。
ピアスの美青年とか、似非台湾人風盗聴バスターとか…(知らない人でも楽しめるような展開で) (詠夢)
この場合なら 「失礼します。」が一般的では無いでしょうか。 (yoga)
いや、恥ずかしながら、作者はそういうところを真面目に勉強しておりませんでした。
はい。まったくの勉強不足です。
yoga様のご指摘は、本当に助かります。
今回のことも、ご指摘を受けねば私は一生涯、『失礼しましたー』と言い続けることになっていたでしょう。
そんな謝ってばかりの人生で良いのか、私は。
これからも、宜しくお願いします。 (詠夢)