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文珠使い

悪魔との契約


投稿者名:ヨシ
投稿日時:05/ 1/19

私は最悪な未来の予測をする存在。



『私の未来はどうなるの?』


そう聞かれたなら―――――――

君の無限にある未来の中から、最悪な一生を囁こう。



『アタシは将来誰と結婚するの?』


そう聞かれたなら―――――――

君の無限にある未来の中から、最悪な醜い男との生活を囁こう。



『俺の病気は治るのか?』


そう聞かれたなら―――――――

君の無限にある未来の中から、最悪な病による死に様を囁こう。



『ボクのママとパパは仲良しだよね?』


そう聞かれたなら―――――――

君の両親の無限にある未来の中から、最悪な憎悪の果ての殺し合いを囁こう。



『我国は、この戦いに勝てるのか?』


そう聞かれたなら―――――――

その戦いの無限にある未来の中から、最悪な自軍の全滅と国民全てが虐殺される様を囁こう。





そう―――――――私は悪魔だ。



最悪な未来を囁くのが役目で―――――――そして、趣味でもある。







第二話―――――――『悪魔との契約』






《1997年12月28日》


ヴァチカン―――――――深夜2時17分。


雲の切れ間から、時折、小さく欠けた月が顔をのぞかせている。
日本とは違う、遥かな歴史を感じさせる街並みが、月の薄明かりに浮かび上がる。
観光客も地元民も出歩かない時間帯、めずらしく足音がこの街に響いていた。


「まったく、いけ好かない悪魔だったわね。
 ワガママ聞いて、この私が交渉してやってるのに、
 あっさり諦めやがって……なんなのよアイツはっ!」

「まぁまぁ、何事もなく終わったし良かったじゃないですか。」


ヴァチカン大宮殿での仕事を終えた、美神除霊事務所の三人である。
予約したホテル《アトランテ・スター》に向け、歩いて移動している最中なのだが、
怒れる美女と化した美神令子がハイヒールを鳴らしながら吼え続けているのだ。


「何が…『ああ、すまない。時間がかかるなら良いのだよ、ありがとう美神令子君。』よ!
 さも、ご苦労と言わんがばかりのあの態度っ、あたしゃアンタの召使いかっ!」

「あ、あはは、でも、おかげで早く帰れましたし、ね、美神さん。」


今日の依頼、前知魔ラプラスとのやり取りで、道化のように扱われたのが許せないようだ。
仕事で来たというのに、悪魔の玩具にされた自覚のある美神にとって、どこか敗北感なのだろう。
おキヌは美神の怒声が静かな街路に響き渡たるたび、住民が出て来ないかとオドオドしている。


「はあ、はあ、ったく……本当に何だったのかしらね、アイツ。
 意味もなく私を怒らせて……本当にたんなる暇つぶしだったのか、
 それとも……何か……―――――――って、あれ? 横島クンは?」

「へ? あ、横島さ〜ん、そんなに離れてると迷子になっちゃいますよ〜。」


彼女達からずいぶんと離れて着いて来ていた横島忠夫が、いつのまにか更に距離を空けている。
いつもなら仕事で疲れていても、帰り道では嘘のように元気な横島に戻っているのに、
今日はひどく疲れた様子で、見ていてそれとわかるほどに表情が沈んでいる。


「よ〜こ〜し〜ま〜さ〜ん。」


おキヌの呼び声も彼の耳には届いていない様子である。








『私と取引をしないかね―――――――文珠使い、横島忠夫君。』








―――――――お、俺と………取引?



『そう、私が《先を見通す目》と呼ばれているのは知っているね?』



―――――――……ああ。



『ルシオラ君を復活させられる未来―――――――私はそこへ君を導ける。』



―――――――なん…だって? で、できるんか!? 俺の子供としてじゃなく!? 復活が!?



『できるとも、未来は無限の可能性に満ちているのだからね。』



―――――――でも、小竜姫さまや、ワルキューレは無理って……



『彼女達は未来を見れるわけではない、神族だから魔族だからといって万能ではないのだよ。
 私は100年も前から文珠使いの横島忠夫君がここへ来るとわかっていたが、
 小竜姫君やワルキューレ君は、君が文珠使いになるとわかっていたかね?』



―――――――そ、それは……確かに…そうやけど



『私は全てを見通す目をもっている。
 ルシオラ君の復活する未来も見えているから、取引の交渉をしているのだよ。』



―――――――ルシオラが……復活……俺の子供じゃなく……ルシオラが……ほんとに?



『そうだ、もちろん君の知る、
 君を誰よりも愛してくれていた、あのルシオラ君だ。』




―――――――………………ルシオラ。



―――――――…………………。



―――――――……………。



―――――――………。



『ああ、すまないのだが時間はあまり無いのだよ、横島忠夫君。
 君とこうして話している事でさえ、希少な可能性の中で掴んだ僅かな時間なのでね。
 話はまた後でもできるよう今から君に思念体を送りこむが、構わないかね?
 戦う力も強い魔力ももたない私の思念だ、君が消したいと念じれば消えてしまうよ。
 まあ、君がルシオラ君を諦めて美神令子君を選ぶのなら、話はここまでで終わりにするが。』



―――――――!



―――――――俺が……ルシオラをあきらめる?



―――――――それで……美神さんを―――――――選ぶ……?



『?……どうしたんだね、横島忠夫君。』



―――――――……俺が、美神さんを選ぶなんて……あるわけないやろ……



『……………?』



―――――――取引は……ともかく………ルシオラの話を…詳しく聞きたい……







『そうか―――――――では、また後でな、横島忠夫君。』







「ああ、すまない。時間がかかるなら良いのだよ、ありがとう美神令子君。」


「ああぁ!? なんですって、このクサレ悪魔ぁぁぁ!! ぶっ殺すわよぉ!!!」


「きゃ〜〜〜、美神さん殺しちゃったら違約金ですよぉ〜。」








―――――――ルシオラ………。









《HOTEL アトランテ・スター》


ローマにあるホテルでありながら、ヴァチカンからは非常に近い場所に建っている。
ヴァチカン美術館や博物館への入口である、サンタンジェロ城の少し北に位置し、
ヴァチカン大宮殿までも徒歩で15分、そんな事から観光客には最適のホテルと言えよう。


「ふぅ〜、なんとか自分の部屋まで帰ってこれた。」


横島忠夫はロビーでルームキーを受け取ると、疲れたので、の一言で彼女達と別れていた。
部屋へ入るとすぐに荷物を放り投げ、自分はベッドに倒れこんだ。
今は一人で仰向けになり、天井のクラシカルなライトを見つめている。


『思念体とはいえ、君とは違う霊気を発するからね。
 よく美神令子君にバレずに辿りつけたな、横島忠夫君。』

「ホテルまで距離がなかったし、
 それに美神サン、随分アンタに怒っとるからな〜、
 冷静じゃない時なら、少しくらい誤魔化せるかなってな。」

『君が黙ったままなら、高確率で美神令子に見つかると予測したんだがな。』

「?……お前、ほんとに《全てを見通す目》なんか?」


第三者が見れば、一人でぶつぶつ話してる妖しい風景なのだが、
横島忠夫の中にはヴァチカンの地下、封印施設で話しかけてきた存在、
前知魔ラプラス―――――――その、思念体がとり憑いていた。


『クックックック、私の予測が外れるのは、
 私が高確率で予測した未来から、君がズレテいっている証拠だ。
 つまりは、ルシオラ君の復活の可能性が上がっていると言えるのだよ。」

「なに!? そ、そうなんか?? よくわからんが、そうなんか!?」


横島は飛び起きると天井に向かって話しかける。別にそこにラプラスがいるわけではないが。


『ああ、私がこうして君に憑依させてもらった事で、
 私は君の100年先の未来までを見通せるようになった、
 まあ、本来なら過去も未来も望むだけ見れたのだが、
 結界で能力を封じられてる状態から作った思念体だから仕方あるまい。
 ああ、それで何故ルシオラ君が復活する可能性が高くなるか?という答えだがね、
 私の見た君の無数にある未来の中で、彼女ルシオラ君が復活する可能性のある世界は、
 ―――――――たったの一つしかありえないのだよ。』

「!! なんやと!? 話が違うじゃねぇか!! 未来は無限だってお前っ。」

『まあ、待ちたまえ横島忠夫君。
 いいかね、未来は確かに無限の可能性を秘めている。
 だが、そのほとんどの世界において君は別の女性と結ばれているのだよ。
 もちろん、その中で最も確率が高いのが美神令子君というわけだが。』


横島は頭に直接聞こえてきたラプラスの言葉に、顔を歪めてしまう。
彼の中で美神令子との未来の関係が、何かの琴線に触れているようだ。
それはラプラスにも伝わったが、今は話を続ける事を選択した。


『なぜ君がルシオラ君の復活をあきらめ、他の女性と結ばれていると思うかね?』

「……わかんねぇって、そんな俺じゃない俺の事なんて!!」

『……それは、人の縁(えにし)によるものなのだよ。』

「―――――――縁?」


『そう、人の縁というのは転生を含めた、魂の長い歴史の中で、
 積み重ねられ、複雑に絡み合う、とても強い呪いのようなものだ。
 生まれたばかりだったルシオラ君の魂と、君の魂には今世の縁しかないのだよ。
 だから、君の魂と強い縁により結び付けられる女性達とでは、比べるまでもない。
 君は、その縁の呪いにより、ルシオラ君とは結ばれない未来へと引き寄せられている。』




横島忠夫は前世において、美神令子の前世と強い縁を持っていた。




―――――――今度会ったら、絶対逃がさないから……高島ぁ!!


それは、死に別れの誓いの言葉。


―――――――ああ、また会おう! メフィスト!


故に、その縁の呪いはとても強い。




「だ、だから、俺は……ルシオラを忘れて、
 美神さんと……結婚なんてしてたっていうのかよ…?
 昔の縁なんかに……なんで、俺はルシオラが好きなのに!?
 馬鹿言うなって、そんな奴は俺と違うっ、俺はっ、俺はルシオラを……っ」


『?……美神令子君と結婚………君は、それを知っているいるのかね?』


突然、取り乱し始めた横島は頭を抱え込み、丸まるように身体を縮める。
ついには嗚咽をもらして泣き出してしまう有様、あきらかに精神不安定状態だ。
ラプラスは100年前に視た、封印施設にやってくる横島の中で、
このような横島を視た記憶がない……いや、視た記憶が無い程に希少な横島忠夫なのだ。
なにせ、横島は知るはずの無い未来を口にしたのだから。


『横島忠夫君、相談などとは言わぬが、話せば楽になる事はこの世の中に多く存在する。
 君に何があったのか話してみないかね、なぜ―――――――未来を知っているんだね?』


横島忠夫はラプラスの言葉を頭にうけながら、乱れた息を整える。
頭を抱え丸まっているのは変わりないが、鳴き声が静まったようだ。
美神令子が感じていた彼の危うさは、ラプラスの前で崩された。
ここにいたのが、美神であれば未来もまた変わったであろう。


だが、この話を聞いたのはラプラスという悪魔である。




「……二週間くらい…前だったかな―――――――




アシュタロスとの戦いの後、横島が以前のような馬鹿をやり、笑えるようになってきた頃だ。
仕事のなかった学校帰り、彼はふらりと東京タワーの前を通りかかった。
夕刻の中、見上げる鉄塔は、ほろ苦い思い出をやさしく思い出させてくれるのだ。


ただ、その日の夕陽は……初めて彼女とキスをした――――あの時の夕陽のように美しかった。


ぽた。


ぽた、ぽた。


「あ、あれ……なんだよ……俺、涙?……は、はは、どうしたんだろな。」


ハラリ、ハラリと彼の目からは涙が零れ落ちる。


「どうしたんやろなぁ……なぁ、ルシオラぁ。」


彼はどんな時も心の奥で、ずっと彼女――――ルシオラの事を想っていたのだ。
失ってしまった恋人の温もりは、彼の心の奥を冷たく封印していたにすぎない。
強い、あまりに強い後悔は、彼自身を守るため深く考えさせる事を無意識にやめさせていたのだ。


それが、あまりにやさしい夕焼けの色に、ホロリホロリと溶け出してしまった。


流れ出した感情の激流は、次から次へと彼女との思い出を映し出していく。
それでも時間というのは残酷なもので、彼女が死んで、たった数ヶ月だと言うのに、
何気ない彼女の表情、何気ない彼女の言葉、何気ない彼女とのやり取り、
そのとても大切であるはずの思い出を、彼の中から少しずつ奪い去ろうとしていたのだ。


あの時、彼女はなんて言ったんだっけ?


あの時、彼女はどんな顔してたっけ?


あの時は、あの時は――――――――――――――






「……っ!?」






―――――――俺が……ルシオラを思い出せない?






それは、彼に強烈な恐怖として襲い掛かった。


横島が今も生きていられるのは、死んでいく運命であった彼の身体に、
ルシオラが死もいとわずに、自分の命を注いでくれたからに他ならない。
自分の身代わりに死んでしまった彼女の事を、その自分が忘れるなど許せるはずがなかった。
東京のまん中、大勢の人が冷やかに見つめる中、彼は地面を叩いて大声で叫んだ。


「消えるな! 思い出せって! どんな些細な事でも全部―――――――思い出せよ!!」


その強い想いは言葉となり、彼の―――――――文珠使いの力を発動させた。





『記』『憶』『再』『生』





それは、今まで制御した事もない、四つの文珠の並列使用だった。
それほどに強い想いが、彼の中で爆発を起こしたのだろう。
それを受けた文珠は正しく力を発揮し、彼女にかかわる全ての記憶を思い出させた。
そして……それは彼女の記憶だけではなく、
彼の中で『忘』れていた事さえ思い出させてしまった―――――――










『そう、俺も横島忠夫。

 ただし―――――――今年で27歳になる。』




「っく、なんだ……この記憶は!?」




『10年後の未来から、女房の命を助けに来た!
 
 女房の名は美神―――――――美神令子だ!!』



「なっ―――――――美神さんが―――――――俺の……!?」















「―――――――でさ、俺それがどうしても信じられんくてな、
 あ、違うか……信じたくなかったんやろな……そんな未来……。
 だってさ、俺が好きになった奴が俺の子供になるってだけでも信じたくないってのに、
 そのうえ―――――――ルシオラの事……忘れたように笑ってたからさ。
 未来から来て……ルシオラの事なんて一言も言ってなかったんだよ……あの野郎。
 女はべらせて酒飲んで、大切なのは美神さんだけって……そん頃の俺はうらやましかったけどさ、
 今はとても……間違ってもさ……あんな俺にはなりたくないんだよな。」


横島忠夫が悩み続けていた事、それは思い出した記憶の中にいた自分についてであった。
それが自分であるとなんとなくだが、頭の何処かで理解もできていた。
だけど現在の自分が、本当にあの自分になってしまうのかという未来への不安と、
美神令子と結婚しているという事が、彼にルシオラへの背徳感と自己嫌悪を与えていたのだ。
特に恐ろしいのは、無意識に自然な流れで美神令子に飛びついてしまう自分の行動であった。
飛びついて、殴られて、その後で自分の行動に嫌悪し、自己否定をし続けてきたのだ。

現在の横島忠夫にとってルシオラという女性は、自分が殺したも同然という罪悪感と、
初めて出来た恋人という二つの大きな想いにより、絶対的な存在として心の中に生きている。
対して、横島の周りの人間から見れば、すでに死んでしまった過去の存在なのだ。
この決定的な差が美神令子をして、ゆっくり時間をかけて見守る、などという、
彼女にしてはありえない時間のかかる選択をさせてしまった原因なのである。


『―――――――なるほど、君にそんな事が起きているとはね。』


そしてラプラスにとっても、横島忠夫が話した内容は珍しく彼に驚きを与えていたのだ。
彼が囁く前から、すでに横島忠夫は可能性の少ない未来へと歩み始めていた事に他ならないからだ。
それはつまり、この世界は無限に存在する世界の中でも、とても希少な世界であると言えるのだ。


―――――――クックックック、これは、面白い事になってきたようだね。


ラプラスは自分がこれから横島忠夫の心に、ルシオラ復活を甘いエサに囁き続けることで、
彼を悪魔へと堕落させ、これまで仲間として戦っていた者達を相手に、
壮絶な殺し合いをしてもらい、ついでに、ヴァチカンでも攻撃して自分自身も脱出する、
という最悪な未来へ横島忠夫を導くつもりで思念体を預けたのだった。

つまりラプラスは取引などどうでも良く、実際の目的は思念体であった。
この思念体をとり憑かせる事により、横島を最悪な未来へと誘導させるつもりなのだ。
彼は簡単に消せると言ったが、思念体は横島の心に絡み付き簡単には払う事など出来はしないのである。
だが、この希少な世界の希少な出来事の中では、彼の予測もこれ以上は思い通りにならなかった。



―――――――ああ、すまないね本体君。 私は私で見たいものが出来てしまった。



思念体は世界の中でも希少な横島忠夫に、自分がとり憑けた事に歓喜していた。
この世界と同じ時間軸にある平行世界であっても、こんな事象は起きてはいない。
この世界軸であっても、先をいく100年間の先行世界にも、無数の分岐の世界にもだ。
視ることはできない過去においても、おそらくは存在していないであろう。



―――――――あの暗い牢獄で、結果だけを楽しみにしている君には申し訳無く思うよ。



ラプラスの長い獄中生活で積もりに積もった退屈から生まれた思念体は、
希少な横島忠夫の存在により、ラプラスの導こうとした最悪な未来よりも、
自分の思い描くこの横島忠夫の最悪な未来に興味を持ってしまったのだ。
このことにより完全に本体の思惑から離れ、思念体は個性を得たのだった。



―――――――これからは、この私がラプラスとして最悪で過酷な未来を君に囁こう。



自分の中でそんなラプラス交代劇が繰り広げられたとは知らない横島忠夫は、
ずっと悩み続けていた事を吐き出して、気分が少し楽になったのを感じていた。


「はあ、悪魔に人生相談しちまったじぇねぇかよ。」


取り乱してしまった照れ隠しの言葉であるが、結構本気で感謝しているらしい。
悪魔に感謝する男というのも、希少といえば希少である。


『クックックック、やっぱり君はおもしろいな。横島忠夫君。』

「あ? おもろい話なんてしてないやろがっ」

『まあ、君にとってはな。
 だが私に話してくれた事、感謝しよう。』


ラプラスもまた、人間に感謝する希少な悪魔だった。
なにせ、希少な横島忠夫のおかげで、自我に目覚めた希少な思念体になれたのだ。


「感謝!? けっ、俺がおもろい人間なら、アンタは―――――――へんな悪魔だな?」


獄中のラプラスは、冷めた瞳をしていて得体はしれなかったが、暴れそうな気配はなかった。
そして、こうしてゆっくり話していても、悪意を感じるわけでも脅威を感じるわけでもない、
ただ淡々と自分の推論を述べ続ける科学者のような奴だと、横島はラプラスを推察してした。
もちろん、すでに獄中のラプラスと今のラプラスが変わっている事など知らないしわかるまい。


『変、と言われるなら高確率で君の方が変だよ、横島忠夫君。』

「………むかつくところは微妙に西条に似てんだな。」

『西条というと長髪の男か……ふむ、高確率で彼は部下とできちゃった婚をすると予測される。』

「お、マジかよ!? わははは『だが高確率で美人な部下だがな』って、どちくしょう!!」


横島はラプラスと話していて、ようやく彼本来の笑顔に戻れたようだった。
それと同時に彼は心の中で奇妙な懐かしさと、安心感すら感じ始めていたのだ。
そう、GS習得試験の際に小竜姫様に授けられた《心眼》と話す、あの感覚に似ていたからだ。


『くっくっく、少しは元気が出てきたようだね、横島忠夫君。』

「ッ―――――――悪魔が気ぃつかってんじゃねぇよ。ラプラス!」


そして、その感覚が横島忠夫の心の警戒を少しずつ緩めさせていく。
ラプラスはそこへと滑り込みながら、徐々に徐々に横島忠夫の心を変えていく。
本人に気づかれる事無く、さも自分で選んだ道を歩いているかのように、
巧みに誘導していく―――――――それがラプラスという悪魔の囁き方である。


『さて、そろそろ本題に戻るが―――――――取引はどうするかね?』


横島は心眼と話していた時の癖が残っているのか、上の方を見ながら答えを探す。
ラプラスは横島が自分への警戒を緩めたのを感じて話を切り出していた。


「このまま普通に過ごしていくと……ルシオラには会えないんだろ?」

『このままなら君の言った未来になる確率が今のところ99%だな。
 ここは未来から来た横島忠夫君の世界から、君がそれを思い出した事により、
 分岐した世界だと考えられる、そのため、一番近い世界に常に引っ張られていくのだ。
 だが同時に可能性は無限に与えられている。生まれたばかりで未来はまだ確定していないからな。』

「…………で、お前はその残った1%しかねぇ未来への行き方を知ってるんだな?」

『クックック、君はシリアスになると随分頭が回るのだな。
 ああ、その通りだよ。君が諦めない限りはその1%を100%に変える事が可能だ。
 だが諦めれば、そこで可能性は消えてしまう100%か0%かどちらかしか有得ないよ。』


ゴクリと横島の喉が鳴った。


「……ようするに、俺次第って事かよ……。」


ラプラスは余裕を持って囁いていく。


『私と契約してくれるならば―――――――私は君をルシオラ君の復活する未来へと導こう。』


それは、横島にとって何よりも甘い囁きであった。


「お前の……ラプラスの望みは―――なんなんだ?」


悪魔との契約。それは往々にして命が代価として払われるものだ。
それくらいのオカルト知識は横島の頭の中にもあった。
緊張が、ふたたび彼の喉をゴクリと鳴かせた。



『私の望みは―――――――君が最後まであきらめない事だ。』



だが、横島忠夫に囁くラプラスという悪魔は人間の命に興味がない。
ラプラスの興味は人間が最悪な未来に堕落していく過程であり、
それに抗い挑み続ける過程なのである。


「お、お前に何のメリットもないやないか? 俺の命とか…そういうのじゃないのか!?」


横島は、自分が諦めたらルシオラが復活できないとわかっている、だから諦めるつもりはない。
ここまでラプラスと話していて、心が決まりかけているのだ……ルシオラを求める方へと。
それなのに肝心の契約相手であるラプラスの望みが、横島が諦めない事だと言っているのだ。
横島にはラプラスに何の望みもメリットもないようにしか聞こえなかった。


だから聞いてしまう―――――――聞き入れてしまうのだ……悪魔の囁きを。


『私はね、横島忠夫君。
 あの光も届かぬ薄暗い地下牢獄で1000年を過ごしている。
 いや、その前も、その前も私は人間に捕らえられていた、
 だから、何千年と私は外の世界を自由に見ることもできずに幽閉されているのだ。

 悪魔だからではない、先を見通せる目を持っているからだ。
 人間は自分の未来を知りたがり、世界の行く末を知りたがる。
 未来を知っていれば自分だけは助かる、自分だけは裕福になれる。
 そんな考えから私を捕まえる者は、どの時代、どの世界にも必ずいるのだ。

 だが、私にそんな未来を聞いたところで、その人間が諦めてしまっては辿りつけないのだ。
 なにせ大きな望みを叶えるためには、それに見合った困難が用意されているものだからな。
 そして諦めた人間は皆私に言うのだよ、最悪な未来へ導く悪魔め、とね。』


ラプラスは横島忠夫が高確率で種族に差別を持たない人間だと予測できている。


『君ならわかるだろう、横島忠夫君。
 君はアシュタロス君を模した時、彼の考えを読んだはずだからね。
 悪魔というのは決して人間を滅ぼすために存在しているわけではない。
 恐怖を与え、悪事を働き、人間にこうなるなと指し示し導く存在なのだと。

 だから私は君に取引を持ちかけたのだよ。
 君なら悪魔である私の真意に気づく事が出来る。
 ルシオラ君復活の未来は君にとって過酷できついものになるだろう。
 だが、君なら、文珠使いである君ならきっとできると私は信じているのだ。

 私はいまだに自分の役目を果たした事は無い、
 何千年と生きてきたが、私の導きに最後まで挑み続け、望む未来を得た者はいないのだ。
 見てみたいのだよ、私は……私の導きで最高の幸せに辿りつく者をね。』


ラプラスは横島忠夫が高確率でやさしい人間である事を予測している。
だから最後に囁くのだ、彼の心に染み込むように―――――――


『それに……私は外の世界を見ていたいのだよ。
 この牢獄の中だけでは、あまりにも耐えがたい。
 次に私が外の……それも未来という映像を見れるのでさえ100年後なのだ。
 思念体を通じて感じる、この世界は忘れていたほどに美しく……感動的だ。
 だがね、私の思念体は契約がなければ、じきに消滅してしまうだろう。
 だから……だからお願いしよう横島忠夫君―――――――私と契約してくれないかね。』


―――――――と。


そして、その囁きは横島忠夫のゆるんだ防壁に静かに溶けこんでいく。


心眼を失ってしまった事もそれを優位に働かせただろうか。


ルシオラの死もそれに優位に働いただろうか。


僅かな時間の話し合いがラプラスという存在を彼に近しい者へと誤認させていた。






「お前―――――――かわいそうな奴なんだな……」






だから横島忠夫はラプラスの囁きに流されてしまったのだ。
横島忠夫は近しい何かを失う事がとても悲しく痛い事を知っている人間である。
そしてそれで後悔する事に臆病な人間である。


 
 
「…………いいぜ、ラプラス―――――――俺が契約……してやろうじゃねぇか!」





だから、彼は悪魔の囁きを受け入れてしまうのであった。










『ありがとう。横島忠夫君―――――――じゃあ、契約だ。』









この契約により、ラプラスの思念体は横島の魂と深く繋がる事に成功した。
それは横島忠夫が、思念体をルシオラの復活する未来へと導く《使い魔》にした瞬間であり、
その道がどんなに過酷であってもあきらめられないという―――――――逃げ道の断絶でもあった。


もちろん、悪魔との契約をやぶる者には死が訪れ―――――――


―――――――る、などという契約の力など思念体が持っているわけはなかったのだが。






横島忠夫がそう思い込んでいる事に意味があるのであり、それがラプラスの狙いであった。






こうして、思念体は―――――――本体を裏切り、横島を騙して使い魔ラプラスになったのだった。






―――――――文珠使い 第二話 END―――――――


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