それは怒っていた。
自分の手勢が、目の前にいる貧弱そうな奴に打ち倒されて。
自分たちの『食べ残し』に向かって、何やら考え込んでいたときに襲うことは出来た。
だが、それでは腹の虫が治まらない。
この怒りのわずかでも刻み込んでから、喰らってやる。
それは、怒りのままに雄叫びをあげた。
◆◇◆
横島は、雄叫びをあげ続けるそいつを睨み付けた。
硬質な鱗に覆われた全身は、毒々しい赤色をしており、黄色の眼光がひどくぎらついている。
ばさりと、前腕の代わりについている蝙蝠のような翼を広げて横島を見下ろしている。
それは竜であった。
禍々しい気配をまとう、邪悪なる竜。
「お前が親玉ってわけか?」
だが、横島も怯みはしない。
今、自分は怒っているのだから。
しかも、邪竜の牙にからみつく髪の毛と衣類、そして滴る血を見ればなおの事だ。
「オ前! 『ヤトノカミ』殺シタ!! オレサマ、許サナイ!!」
怨嗟の言葉を吐き、ふたたび吼える邪竜。
「ヤトノカミ…ああ、あの蛇か? お前らだって人を喰ったじゃないか…許さないのはこっちの方だ!!」
「ガァーッ!! オレサマ、『クエレプレ』!! オレサマ、オ前、マルカジリ!!」
すうっと邪竜クエレプレは息を吸い込むと、次の瞬間、大量の冷気を吐き出した。
パキパキと音を立てて、周囲が凍りついていく。
「くっ!!」
横島はとっさに文珠を生成すると、『炎』と込めて投げつけた。
中和された冷気は蒸気となって、互いの視界を遮る。
だが横島は介さず、すかさず奴がいた場所へと斬り込んでいく。
蒸気を突き破った先にクエレプレの姿を捉え、横島は一気に霊波刀を振り下ろす。
だが、その切っ先が届く前に、邪竜が翼を振るう。
「う、うわっ!?」
途端、突風が吹き荒れ、横島は体勢を崩した。
そこへ竜の顎が、容赦なく襲い掛かる。
横島は体勢が流れるままに任せ、左腕を繰り出す。
邪竜の下顎をアッパー気味に殴りつけてかわしながら、さらに回転する。
よろけるクエレプレの喉元を、弧を描いた白刃が走る。
「グァアアアァッ!!」
鮮血とともに、邪竜が苦悶する。
だが、横島は止まらない。
そのまま刃を引き、一気に傷口へと突き込む。
続けざまに受けた手首まで埋まる一撃に、邪竜の喉から一層の叫びが迸る。
「おおおおおっ!!」
「グケェアアアアアアアアアッ!!」
轟音とともに体内で『栄光の手』が爆散し、クエレプレを粉々に吹き飛ばす。
四散した肉片は、すぐに塵となって消滅した。
「ハァッ、ハァッ…!」
横島は壁に体を預けた。
呼吸が荒いのは、疲れのためではない。
体の内側から湧き上がるような、感情を持て余してのことだ。
肩で息を整えると、だいぶ落ち着いてくる。
戦いへの興奮と、人の死に対する怒り。
半年前のアシュタロス事件の後、二つの感情が日々強くなりつつあった。
時折、自分でも戸惑うほどに。
思えば、かなり惨たらしい死体を見たというのに、割と平気だったように思う。
怒りなどはともかく、以前のように吐き気がこみ上げることもなかった。
力よりも、内面が次第に変わってきているような気がする。
あのときから、自分は一体どうなって…。
これ以上、自らの変化について考えることはやめよう。余計に気が滅入りそうだ。
大きく息を吐いて、心を落ち着ける。
ふと、ビル内から異様な気配が消えうせていることに気づいた。
どうやら仕事は今のやつで終わったらしい。
「…それにしても、あいつら何だったんだ?」
落ち着いたからか、ようやく頭が冷静に働き始めた。
「幽霊じゃないし、魔族なのか? でも、魔族は今、人間を襲わないはずじゃ…。」
アシュタロス戦後の神魔族は、より和解の道を選ぼうとしていた。
そんな動きの中、両族間で人間をむやみに襲うことをやめることが取り決められている。
大体からして、魔族が人間を直接襲うことは稀だったのだから、そのことに問題はないはずだ。
考えられるのは、和解に反対な神魔族の過激派だが…。
そのとき、横島のすぐ隣の扉が開いた。
まさか、まだいたのか!?
身構える横島の前に、それは現れた。
「ヒホ?」
「……………へ?」
一言で言うなら雪ダルマだ。
青い帽子を被った子供くらいの背丈の雪ダルマが、大きな黒い目をこちらに向けて立っていた。
見つめあうこと、数秒。
「ヒホォォーッ!?」
「のわぁぁーッ!?」
雪ダルマは突如叫ぶと、さっと扉の影に隠れる。
横島も、突然の大声に思わず自分も叫んでしまっていた。
「な、なんだっ?」
横島が混乱していると、扉の向こうから震えた声が聞こえてきた。
「襲わないでヒホ〜! オイラ、怖くてずっと隠れてたんだヒホ〜!!」
ぶるぶるとすっかり怯えたその声に、横島もどうしたらいいものかと迷う。
とりあえず、このままでも埒があかない。
「いや、そんな俺は、別に見境なく襲おうってわけじゃないから…!」
「…本当ヒホ?」
恐る恐るこちらを窺う雪ダルマに、横島は「ああ、何もしないから。」と頷いてみせる。
雪だるまは、その言葉にようやく安心したのか、扉から出てきた。
「お兄さん、クエレプレの仲魔じゃないヒホ?」
「あんなのと一緒にすんなよ。そいつなら、もう倒したさ。」
「えー!? 凄いヒホ!! あんなに強い『アクマ』を倒すなんて、信じられないヒホ!!」
「悪魔? じゃ、やっぱり魔族なのか…?」
和平反対派の奴だろうかと考え込む横島をよそに、雪ダルマはぺこりとお辞儀をする。
「ありがとうヒホ!! オイラ、あいつに協力しなかったから、狙われてたんだヒホ。」
「ん? そうか。そりゃ、災難だったな。」
ぽんぽんと頭を叩いてやると、雪ダルマはくすぐったそうに笑った。
くるくると、表情豊かな奴だ。
「ヒホホホッ! …お兄さん、なんて名前ヒホ?」
「俺か? 俺は横島忠夫。ゴーストスイーパーだ。」
横島が名乗ると、雪ダルマは手を差し出した。
「オイラは妖精『ジャックフロスト』のノース。今後ともヨロシクヒホ♪」
「あ、ああ…。」
横島が握手を返すと、ノースは嬉しそうに目を細めた。
◆◇◆
走り去るバイクを眺めながら、その人物はとあるビルの屋上から街を眺めていた。
「そう…役者はここに揃った。」
鏡のような仮面のせいで、どんな表情をしているかは分からない。
だが、その声には明らかに悦びの気配があった。
「集う運命の奏でる音色に踊れ、人形たち。」
風が、黒いローブをはためかす。
「さあ、最終楽章の開幕だ─。」
高らかな笑いが、いつもと変わらぬ姿を見せる青空に吸い込まれていった。
今回のあとがきはオイラ、ジャックフロストのノースが務めるヒホ!!
ようやく少しはバトルシーンっぽいものが出てきたヒホ。
作者は小心者だから、うまく伝わったかとびくびくしてたヒホ。情けないヒホ〜。
さて、今回も出てきた悪魔の解説をするヒホ!
まずは『クエレプレ』。
スペインの伝説にある翼をもつ竜ヒホ。
森や洞窟、地底に通じる泉などを住処とし、人間や家畜を襲い吸血行為をする怖い奴なんだヒホ〜!
堅い鱗は弾丸さえも通さないけど、弱点は喉元にあるらしいヒホ。
横島がそこを斬ったのは、偶然だったヒホ…。
そして、いよいよオイラ、『ジャックフロスト』だヒホ!!
イングランドに伝わる霜の妖精で、名前の意味は「霜男」。
オイラたちは悪戯が大好きで、冷たい息を吐いて人を凍らせてしまうヒホ!
怖いヒホ〜? 怖いヒホ〜?
かのナポレオンも、オイラたちの大雪に悩まされ敗北したとして、「冬将軍」と呼んだヒホ!!
凄いヒホ〜? 凄いヒホ〜?
…でも、あれはオイラたちの王様、キングフロストがやったことヒホ。
オイラは女神転生シリーズ、ひいては株式会社アトラスのマスコットとしても有名ヒホ!
それじゃ、今後ともヨロシクヒーホー!! (詠夢)
横島くんらしく偶然、敵の弱点を攻撃できる運の良さが光ってました。
横島くんの内面にて、なにやら葛藤があるようですが…
最後に出てきた「謎の人物」と共に、今後を期待しています!! (ノーフェイス)
作者代理でオイラからお礼を言わせて欲しいヒホ!
ありがとうヒーホー!!
ノーフェイス 様:
>横島くんとクエレプレさんの戦いは見事の一言です。
あの部分は作者も気に入ってるらしいヒホ。
バトルシーンは簡潔に、でもイメージはしっかり伝える、っていつも気にしてるヒホ。
勢いが伝わるのがいい、とも言ってたヒホー。
ノーフェイスさんに、そう言ってもらえて、作者も喜んでるヒホv
横島の内面については、これからも時折見えたりするヒホ。
三話でも登場した謎の人物ともども、どちらも重要なキーパーソンだから、見逃せないヒホー!!
次回も楽しみに待ってて欲しいヒホ! (詠夢)
疑問があります。
事後処理の為 警察なり(霊的事件が殺人になるか事故死になるかは不明ですが)
オカルトGメンなりに通報し、事情聴取を受ける必要があります。
美神達が襲われていると知らせがあり、慌てて飛び出す等の描写が必要です。
最低でも西条への連絡(オカGへの根回し)は欠かせないでしょう。
或いは バイクで立ち去るシーンを省き、次回の横島登場時に事後処理に手間取り
遅れたなど 書き入れるかです。 (yoga)
すいません!! 作者がすっぱりと忘れておりました!!
指摘されるまで気付きませんでした!!
殺人事件ほっぽってきたらダメだろ、横島ーッ!!(注:横島は悪くありません
yoga様のご指摘どおり、様々な部分が抜けてますね。
この状況でこじつけるとしたら……
『とりあえず、現場に警察が到着。軽い聴取の後、後日オカGに出頭すると言うことで、すぐ美神たちのとこに向かった。』
…これでも無理あるなぁ(汗
やはり、西条への連絡は入りますね。
これからも、恐らく何度もこういうヘマをやらかすと思います(もちろん気をつけますよ!)ので、何かありましたらまた、ご指摘のほど宜しくお願いします。 (詠夢)