慎重に辺りを窺いながら、横島はビル内を進んでいく。
横島の足音以外は物音一つせず、辺りは静まり返り、薄暗い。
いつ、どこから、何が襲ってきてもおかしくない雰囲気だ。
この仕事、気を抜けば死ぬ。
何度も美神に叩き込まれた言葉だった。
すっかり石橋を叩いて渡る癖のついた横島は、全身の神経を研ぎ澄ます。
横島は慎重だった。
「ああああっ、怖いッ! ホラーな雰囲気は苦手だと言っとろーが!」
…ただ臆病なだけ、とも言う。
もっとも、臆病なやつほど生き延びるとも言われているが。
だが、プロのGSとしては情けない姿である。
◆◇◆
さほど広くない五階建てのビルのうち、四階までを回り終えて、ふと横島が首を捻る。
「…妙だな? 何も出てこない…。」
しかし、肌を刺すようなプレッシャーは、依然変わらずある。
だとすれば。
「こっから先が本番、ってことかぁ〜…。」
五階へと続く階段を見上げながら、げんなりと横島はぼやく。
実際、異様な気配が上階から漂ってきている。
「行くっきゃ…ねぇよなぁ。」
ふいに空気を切り裂くような音がして、横島の手元から光が生まれる。
見る間に横島の腕と同化していく光の粒子は、やがて収束し実体化する。
まず現れたのは、拳から肘までを覆う篭手。
その手首から先が輝いたかと思うと、白刃が煌く霊気の刃が出現する。
以前より洗練され、より実体化した霊波刀《栄光の手》を、油断なく構える横島。
手甲部から伸びるカタールのような両刃の刀身が、主の緊張に応えるように低く唸る。
ここからは、何が起きるか分からない。
表情を引き締めて、横島は階段を登っていった。
◆◇◆
いる。
間違いなく、何かがいる。
それもいっぱい。
ちょっと表情を引きつらせながら、横島は通路の途中で動けなくなっていた。
先ほどから、そこここで何かが蠢いている気配がする。
「さっさと出て来い! 片っ端から斬り捨ててやる!!」
へっぴり腰でなかったら、格好良い台詞だったのだろうが。
少しは強くなったはずなのだが、どうもこういう情けないところは変わらない。
心の中で横島が小さく嘆いたとき、気配が動いた。
さっと身構える横島の視界に映ったのは。
子猫ほどの大きさの、角を持つ甲殻に覆われた蛇としか言い様のないもの。
それが、わらわらわらわらと、十数匹。
鎌首を持ち上げて、横島を取り囲んで睨み付けている。
「ギィーッ!!」
「ひっ!?」
一匹が赤い目を見開き、奇声を上げたかと思うやいなや。
信じられない速度で、横島めがけて飛び掛った。
ぎゅんと回転しながら迫るそれを、横島は間一髪でかわす。
そのまま後方の壁に、ざっくりと刺さる。
ブレード状の角が、ぎらりと輝いた。
それを皮切りに、他の連中も一斉に横島へと踊りかかった。
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
横島は必死で霊波刀を振るう。
弾き、斬り捨て、転がるようにして走り出す。
「じょ、冗談じゃねぇ!! 数が多すぎるし、危なすぎるわー!!」
ここは戦略的撤退と、一目散に通路を駆ける横島の後を、蛇たちが追撃する。
右に左にジグザグに走り、狙いを絞らせないようにして逃げる横島。
壁に、床に、蛇たちのブレードが傷をつけ、また突き立つ。
逃げる。
突き立つ。
逃げる。
突き立つ。
逃げる……。
数分後。
「…まあ、こうなるよなぁ。」
やや呆れたような表情で、横島はその惨状を見ていた。
十メートルほどの通路の壁や床に、蛇たちが角を突き立てたまま身動きできずにいた。
必死に抜こうとジタバタしているのだが、それを黙って待つほど横島はお人好しではない。
ざっくざっくと、霊波刀を振るってとどめを刺していく。
「ギィィイィィーッ!!」
息絶えた蛇は、塵となって消えていった。
「さて、この調子で全部片付けてしまうか。」
建物内に充満する異様な気配は、まだ消えていない。
なんとなく余裕の出てきた横島は、何気なく通路を曲がって……。
…見た。
警備員が立っていた。
だが、立っているのは下半身だけで、その上半身は地面に落ちている。
その傷口に、はみだした臓物に群がるように、さきほどの生き物が群がっていた。
ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が聞こえる。
それは食事だった。
蛇たちは、横島にも気付かず一心不乱に貪っている。
横島の彷徨っていた視線が、ふと警備員の死に顔に定まる。
その顔には恐怖と苦痛が刻まれ、そしてそれは、己の肉片を浴びて血に染まっていた。
恐らく、生きたまま喰われ、途中で息絶えたのだろう。
そこまで考えて、横島の感情が一気に沸騰した。
「…お前らぁぁぁぁッ!!」
叫ぶとともに飛び出す。
蛇どももようやく気付いて振り返るが、その前に横島の右腕が一閃する。
反撃する間もなく倒され霧散する蛇どもを睨みつけながら、横島は歯噛みした。
自分がもう少し早く来ていたなら…。
見れば、損傷が激しく判別し辛いが、女性のものらしき死体もあった。
すでに人の形は留めておらず、腕や服装の切れ端の残る『一部』からわかるだけである。
「くそッ…畜生ッ!!」
横島の中に、抑えようのない苛立ちが生まれる。
今日は完全に人払いをするよう伝えてあったのだが、そんなことはどうでもよかった。
彼らがここに来て、今こうして無残な姿に成り果てた事実は変わらない。
自分の落ち度を呪いながら、横島は静かに黙祷を捧げた。
その背後に、気配が生まれる。
はっとして振り向いた横島の目の前で、それは高らかな咆哮をあげた。
まだ私の出番は先だけど、作者にたのまれちゃいまして…。
あ、あとがきやんないと…!
えと、そうですね〜…横島さんが、ちょっとカッコよかった、かな?
え、違うんですか? 私の感想を言うんじゃないんですか?
これを…? はい、わかりました。
あの、今回出てきた蛇についての解説があるそうです。
名前は次回に出てきますが、『ヤトノカミ』って言うそうです。
夜刀神と書くそうで、頭に角のある蛇神…そのまんまですね(汗
祟り神っていう神様の一種で、常陸国風土記という文献に出てくるそうです。
日本の神様なんですねぇ。
あ、もういいんですか?
それじゃあ、皆さん、次回も楽しみにしててくださいねv (詠夢)
最後はピンチっぽいですが、どの様に切り抜けるのか楽しみです。 (ノーフェイス)
え? 『コメントレスも頼む』ってそんな、急に…!
わかりました…やってみます!
ノーフェイス 様
コメント、ありがとうございます、ノーフェイスさんw
>強くなっても横島くんは横島くんなんですね〜
くすっ…横島さんですからね〜。
作者は『なるべく原作に近く、でもほんの少し強くなった横島さん』を目標に書いてるそうです。
それが伝わってくれればいいんですけど…。
次回は横島さんがカッコよく戦ってくれるそうで、私、とっても楽しみですw
ノーフェイスさんも、次回を楽しみにしてくださいねv (詠夢)