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文珠使い

囁く者


投稿者名:ヨシ
投稿日時:05/ 1/16

もしも、あの時ああしていれば。

もしも、あの時こうしていれば。

失敗をした時、後悔をした時、人は過去を振り返る。

振りかえったところで、過去は取り戻せない。

過去は誰にとっても一つきりなのだから。




だが、わかっていても望んでしまう。

あの時、あの瞬間へ戻りたい。




人生をやり直したいと。






第一話―――――――『囁く者(ささやくもの)』






《1997年12月27日》


ヴァチカン大宮殿―――――――深夜。


教皇ヨハン・パウロ二世を国家元首とする、人口900人弱の独立国家ヴァチカン。
ここは、約10億6千万人の信者を擁する、キリスト教カトリック教会の総本山である。
宮殿内は中世の建築様式で作られており、そこに飾れられた壁画、彫刻、天井画は、
いずれも、宗教的にも文化的にも優れたもので、宮殿内に聖霊な空気を生み出している。
だが、今は深夜、陽光の届かぬ宮殿内はひっそりとした静寂の闇に包まれて……


「ふぁ〜、美神さ〜ん。
 なんでこんな夜遅くに仕事せにゃあかんのですか、
 夕方に着いたばっかりやというのに……明日じゃ駄目なんすか?」


―――――――いるはずだが、今日は少し事情が違うようである。


「バカ、いつもの仕事とはギャラもランクも違うのよ!?
 ヘタな事言って、怒らせたらどーすんのよっ、
 きついスケジュールだけどボロイ相手なんだからね!!」

「は〜、なぁんか私達……場違いじゃありませんか?」


カトリック総本山で堂々巫女さん衣装に身を包む黒髪の少女――――おキヌの言う通り、
大きな荷物を背負ったジーンズジーパンにバンダナな青年――――横島忠夫も、
小声とはいえ金稼ぎの話で長い赤髪を振り乱す女性―――――美神玲子も、
このヴァチカン大宮殿には、素晴らしく場違いな事この上なかった。

そんな3人を先導して宮殿内を歩く司教服の男も、引きつった笑いを浮かべている。
国務省長官―――――――アンジェロ・ラルーノ枢機卿。とても偉いお人である。


日本で最高のGSと聞いて依頼をしたというのに……こんな三人組だったとは。
まぁいい、あの汚らわしき場所には、こういう連中の方が相応しいからな。


ラルーノ枢機卿は笑顔とは裏腹な事を考えながら、観光客のように喧しい三人に声をかけた。


「ゴホンッ……このような深夜にお呼びだてして、申し訳ありませんね。
 今回の件に関しては、その……ヴァチカンにおいても極秘事項でして、
 人目の多い時間は避けざるをえなかったのですよ。」

「ええ、わかっていますわ。
 GS本部からの召喚を受けた際、あらましは聞いておりますから、
 なんでも、ここの地下にラプラスが封印されているとか。」


ラプラスとは、別名《前知魔》とも呼ばれる宇宙の出来事を予知する悪魔である。
ギリシア神話にある、パンドラの箱から様々な災厄が飛び出した時、
唯一残されたのが《前兆》であり、それがラプラスであるとされている。


「予知……それって未来がわかるって事っすか?」

「そうです、それも完全な予知。
 今までの結果からも、全てを見通す目といっていいでしょうな。」


全てを見通す―――――――予知能力。


ラルーノ枢機卿の言葉を聞いて、横島の顔が真剣なものに変わる。
リュックを握る手に力が入り、下唇が強く噛み締められ白く変色していた。


全て知っていれば―――――――。


美神はラプラスの説明をしながら、ここ最近、様子のおかしい横島忠夫を盗み見ていた。
原因はわかっている、少し前の戦いで恋仲になった女魔族を亡くした事を悔やんでいるのだ。
美神にも、彼がした選択を間違っていたとも、正しかったとも言うことはできない。

世界を救えば恋人の命を救えない……恋人を救えば世界が崩壊する……そんな残酷な選択だった。

あの選択があって今がある、彼は、自分の選択で恋人を失ったのだ。
いつもは、以前のように元気な彼を演じているが、夕刻になると彼の顔は苦悩と後悔に彩られる。
彼の変化を見逃してはいけない―――――――そう、美神玲子の勘が警鐘を鳴らしていた。


「これから行くところは地下封印施設になります。
 ラプラスの他にも、永いヨーロッパの歴史上、人類が出会った様々な災厄が封印されている場所です。
 一般には極秘になっておりますので……絶対に口外はしないようお願いしますよ。」

「わかってます、秘密厳守は当然ですわ!
 私ども美神除霊事務所はプロフェッショナルですから、ご安心を!」


どうも嘘臭い笑顔で尤らしい事をのべる美神だが、違約金を払いたくないオーラが丸分かりである。
そんな美神に逆らってはならぬと、おキヌも横島もヘラヘラと営業スマイルを作り上げている。


「………では、地下へ降ります。
 暗いから気をつけてくださいよ。」


ラルーノ枢機卿はずり落ちかけた眼鏡を直すと、さっさと案内すべく地下へと続く階段を降り始めた。
彼の中で、彼らに深くかかわってはいけないという、ありがたい神の啓示が降りたようだ。


「さぁ! 行くわよ、横島クン、おキヌちゃん!」

「う〜っす。」

「はい!」










カツン―――カツン―――。


  コツ―――コツ―――――――。



宮殿の地下は、レンガ造りで両脇に点在する蝋燭の明かりが、隙間風に揺れていた。
ラルーノ枢機卿は地下施設に近づくたびに、緊張を増しているように感じられる。
どれほどの災厄を貯めこんだのか……ここが崩壊したら、ヴァチカンは一夜で滅んでしまうだろう。


「なんだか、ちょっと空気がおかしいですね……。」


綺麗好きなおキヌにとって、この地下特有のよどんだ空気とカビ臭さは、我慢がならない様子だ。
先ほどから、手元で死霊を操るネクロマンサーの笛を、ハタキのようにピコピコ振っている。
そんなに掃除がしたいのか……美神はそんなおキヌに目を細めていたが、一段一段下へと降りる度に、
その表情は真剣になっていった、彼女の霊感はカビじゃない別の匂いを感じ取っていたのだ。

そう、かすかに封印施設から漏れてきてる……魔物の気配を―――――――


「あのぅ、横島さん……大丈夫ですか?
 さっきから黙ってますけど……休みます?」

「え……?―――――――あ、あぁ、大丈夫!
 これくらいで疲れたりしないって、知ってるやろ、おキヌちゃん。」


階段を降りだして、10分を超えただろうか……その間、横島はずっと何かを考えている様子だった。
決して彼の背に乗っかっている、30キロ近い除霊道具の運搬で意識朦朧としていたわけではない。
彼の体力は、そんなヤワな人間レベルでは到底ありえないのだから。


ったく、仕方ない奴ね―――――――


「横島クン! 何を悩んでるのか……まぁ、大体わかってるつもりだけど、
 仕事中は集中しなさい! 私達の仕事は何があるかわからないんだからね!」

「あ、はいっ……すんません。」


アンタがそんなんじゃ調子が狂うのよ―――――――


「明日は一日オフにするから………そ、相談にくらい…のってやるわよ?」


私じゃ―――――――慰められないの?


「え……相談っすか?
 はは、なんか美神サンっぽくないですけど―――――――


そんなに―――――――あの女魔族が、好きだったの?


―――――――どうせのるなら相談じゃなく、俺の上にのっ―――――――ぐふゥ!!」




―――――――バカ。




「ったく、時給上げてやったのに……250円に戻そうかしら。」

「そ、それだけは堪忍っ、堪忍や美神さ〜ん。
 もう学校休まれへんのに、食費がなくなってまうやないか〜!」

「ふふっ、それじゃ、一緒に頑張りましょうね! 横島さん!」

「そうよ! キリキリ働きなさい!」


シリアスな空気が長くもたないのか、美神は横島をこぶしで沈めて軽い口調で場を和ませる。
心の声と口から出る言葉は相当違うのだが、これが素直になれない女、美神玲子の精一杯だった。
おキヌは横島の隣に並ぶと微笑みかける、彼女も横島の様子に何かしら感じていたのだろう。
少しだけ笑顔を取り戻した横島は、残り僅かの階段を駆け下りていく。


美神もおキヌも、その背中を見て、ほっと胸をなでおろした。







―――――――だが、彼女達はのちに、この日の事を後悔する事になるだろう。



脅してでも、蹴りまくってでも、泣き落としてでも、悩みを吐き出させるべきだったと。



横島忠夫は確かに亡くなった恋人の事を悩んでいる。

だが、この時悩んでいたのは、それとは別の……いや、それも含んだ別の事。






横島忠夫は―――――――この日を境に二人の前から消える事となる。











カツン。


「さあ、着きましたよ皆さん。
 ここがヴァチカンの地下封印施設です。
 考えうる、最強の結界で封じてあります。」


階段を降り、辿り着いた先は天井の高い円形のドーム型の空間だった。
正面には巨大な機械仕掛けのゲートがあり、左右に対魔用の武器が立てかけられている。


「ゲートを開けなさい。」


ラルーノ枢機卿の声に、ゲートを守っていた教会所属のGS二人が返事を返した。
彼等はゲートの両端に、対になるように設置されている操作盤に鍵をさしこみ、ロックを解除する。
古代の神聖なる文字が何重にも刻まれれたゲートが、大きな音を立てて開かれていく。
その先から流れてくる気配と妖気に、ラルーノ枢機卿は一歩ニ歩と後退した。


「ここから先は、あなた方だけでお願いします。
 何かありましたら、この通信機をお使いください。」


美神はそれを受け取り、横島、おキヌと視線を合わせる。
二人が頷くのを見てゲートをくぐる、残った二人も互いに頷き、施設の中へと消えていった。
背後でゲートが閉まる音を聞き、閉じ込められたら……という嫌な想像を振り払う。


「人間だ! 食わせろ!
 お前の肉を、魂を食わせろぉ!!」

「キキキキィ!! 女の匂いがするぜ!!
 あぁ〜良い香りだ、たまんねぇよ……たまんねぇよぉ!!」


施設の中は、人間で言うところの刑務所のそれと、似た造りになっていた。
聖なる水が地面に掘られた溝を流れ、邪気を鎮めようとしていたが、
100年ぶりに開かれた扉から、こんな所に閉じ込めた憎い人間がやってきたのだ、
彼らから一気に溢れる出した強烈な邪気は、とても聖水では鎮められない。


「出せっ!! ここから俺様を出せっ!! そして俺様に殺されろっ!!」


頑丈な鋼鉄の檻を切り裂かんと、腕を振るい、牙をたて、激しく体当たりをする。
悪魔達はそれが叶わないと悔しがり、罵声と奇声を三人に浴びせ掛けた。


「ひいぃぃ、なぁんか私達〜場違いすぎませんかぁ〜。」

「おおおおおおお、おキヌちゃんっ
 俺を前に押さんでくれっ、ひぃぃ足つかまれたぁ!!」


ゲシッ ゲシッ。


美神はドタバタと煩いアシスタントと、檻の中で騒ぐ事しかできない悪魔を無視して進んでいる。
これくらいの事で、いちいち怯えていたらGSなんてやってられない。
美神は無言で、ジャケットの内側から神通棍を取りだし、霊気を込めて鞭状に変形させる。


バチンッ バチィン!!


「あんたらはどうせ出られやしないんだから、おとなしくしてなさい!
 これ以上ガタガタぬかすと、この私が極楽に強制送還するわよっ!!」


ガタガタガタガタ。

コクコクコクコク。


美神の声に騒いでいた悪魔達は一斉に震えあがり、わかりましたと首を何度も縦に振る。


「―――――――よしっ」


バチィン!!


「それと―――――――あんたらもちゃんとしなさいっ!」

「「は、はいぃ!」」


そして、なかなか成長しないアシスタント2人にも檄を飛ばした。
そそくさとおキヌが美神の後ろにくっつき、横島が掴まれた足を振り払った時、
落ち着いた、どこかさめた笑い声が聞こえてきた。




「クックックック―――――――やっぱり面白いな君達は。」




牢獄の一番奥、厚さ10センチの強化ガラスと結界で囲われた牢獄にソレはいた。
壁にゆったりともたれかかり、腕を組んだまま、こっち見る冷たい瞳。
全てを見通す目……前知魔―――――――ラプラス。



「さすが、特別な客だ。」



―――――――特別な…客?


ラプラスの瞳は揺るがず、一点だけを凝視している。
それは美神玲子―――――――ではなく、その後ろにいる横島忠夫。
怪訝な表情を浮かべた美神、射抜くようなラプラスの瞳に嫌な悪寒が背筋に走った。


―――――――な、なんなのよ……コイツ?


「……横島さん?」

「な、なんだよ……俺、なんかしたんか?」





「いや、今はいい―――――――後でだ。」


おもいっきりビビってる横島は、かよわい女性の後ろに隠れる。
おキヌは半眼で、そんなヘタレで頼りない男性に軽蔑の目を向けた。


「横島さん! しっかりしてくださいっ!」

「仕方ないんやっ、アイツきっとホモなんや〜!!」


美神は今だひかない嫌な寒気に、少しでも早く仕事を終わらようと気合を入れた。
ヴァチカン大宮殿に来てから、鳴り続けていた危険を知らせ鐘は、
すでにこれ以上無い程、自分の中で響き合い、大音響と化している。
カツカツと牢獄に近づき、壁にある食事の出し入れ口に本を一冊叩きこむ。


ガラガラッ―――――――


「前知魔ラプラス……用件は、わかってるわよね?
 これが次の100年間、法王が使う予定の日記帳よ。」


彼女は獰猛な女豹がごとく、するどく厳しい瞳で悪魔を睨む。
早く、早く終われと、心の中で叫びつづける―――――――





しかし……。


ラプラスはその日記帳を無視し、静かな瞳で美神を見つめ返し、こう言い放った。









「悪いのだが、美神玲子君。

 私は決まりきった世界を見る事に、飽きてしまったんだ。」









人間が私を、どう呼んでいるかは知っている。


全てを見通す目―――――――まあ、確かに私は全てを予測する事が出来る。


だが間違いだよ、最悪な未来を予測し囁く者――――――それが、私という存在だ。


人間は自分の未来を知りたがり、世界の行方を知りたがる。
自分はどんな人生を歩むのか、いったいどんな形で人生を終えるのか。
世界の未来に何か破滅的な災難が起きないか、恐ろしい病気が発生しないか、と。


私は数多の人間に最悪な未来の予測を囁いてきた。


人の死は、多くが不幸であり―――――――残酷。
それを知った人間の半分は、幸せな時期が過ぎた後に、
残りの更に半分は、数年を待たずに自らの手で命を絶った。
そして残りのほとんどが犯罪に走り、酒に溺れ、堕落の一途をたどっていった。


それでも私は、最悪な未来の予測を囁き続けた。


長い時間の中で極稀にだが、私の囁きに挑み、戦い、勝ち残った者もいる。
私の予測とは違う人生を生き抜き、天寿をまっとうし、輝かしく転生していった。
なぜ、私の囁きを聞くものは、皆が皆こうあってはくれないのだろうか。


1000年位前から、私はここで世界の未来を囁いている。


世界の未来は、いつの時代も戦争が起き、恐ろしい病に人が死んでいく。
私はそんな最悪な世界の未来の予測を、100年ごとに囁き続けている。


だが、世界は何も変わらない。


世界は私の予測した、最悪な世界の未来の予測へと確実に進んでいる。
誰かが助かった、誰かが死んだ、誰が殺した、誰に殺された。
そんな些細な違いなどでは、世界の未来が変わる事は無いようだ。


それでも私は囁く者だ、囁く事を止める事はできない。


だからといって、最悪な未来しか予測できないわけではない。
私は全てを予測できる―――――――《全知》なのだからな。
私とて、最高な未来の予測を囁き、導いてやりたいという気持ちはあるのだが、
私は最悪な未来を囁く悪魔―――――――そういう存在で、そういう役目なのだ。


おかげで、こんな牢獄に閉じ込められてしまった訳だが。


おそらく、永遠に生きていられるだろうが、結界まで張る事はないだろう。
触れたものの未来しか視えなくなってしまったし、それさえも100年に一度。
100年先の未来しか視る事ができなくなってしまった。
さすがの私も退屈で退屈で退屈で退屈で退屈でたいく―――――――


ゴホン。


だが、まあ良いだろう、この一世紀の間は久しぶりに胸の踊るような時間だった。
とても珍しい人間がここにやってくる事がわかっていたからな。
そう考えれば、ここでの1000年の退屈など何でも無い事だ。


さて、久しぶりのお役目だ、存分に楽しませてもらおう―――――――














「悪いが帰ってくれないかね。」







「―――――――はあ!? ちょ、ちょっとアンタ何言ってんのよ!?
 この日記帳から、100年の未来予見すんのがアンタの仕事でしょうがっ、
 とっとと見て話しなさいっ、私はそれを録音してここを出るのが仕事なの!!
 わかる? わかるわよね!? わかってないなら殺すわよ!?
 アンタが予見しないと、私が依頼料もらえないの!!
 それどころか、ヘタしたら依頼失敗で違約金取られるかもしれないのよ!?
 誰がそんなワガママ許しますか!! 見ろコラ! さっさと見んかいぃ!!」

「お、落ち着いて美神さ〜んっ」


強化ガラスをバンバン叩き、ガンガン蹴りながら、怒鳴り散らす美神玲子。
金がかかわった時の彼女は天下無敵、唯我独尊、傍若無人の鬼神である。
おキヌが一生懸命止めているが、それを止めれた事など皆無に等しい。
先ほどまでの背中の寒気もすっかり忘れ、今や怒れる赤鬼である。


「ふむ……ああ、そうだ。
 君の仕事に対して報酬があるように、
 私にも何か報酬をもらえないかね?」

「報酬? アンタ逆らったら殺されるんでしょ!?
 ずいぶんと度胸のある発言してくれるじゃないの!
 死にたいってんなら、この私が極楽に送ってあげるわよ?」


完全にヤル気の美神は、ジャキリと神通棍を振り下ろし臨戦体制を取る。
ラプラスは依然と余裕のある笑みを浮かべたまま、楽しげにそれを見やる。


「クックックック……私を殺す事などできはしないさ。
 君が、お金を稼ぎたい衝動を押さえられないのと同じように、
 人間は未来を知りたい…という欲望を、止められない。
 未来を知りたいものがいる限り、私の存在は消えないのだからね。」

「あらそうっ! 本当かどうか試してあげましょうか!?」

「きゃ〜、美神さん押さえてくださいっ、横島さんも美神さんを止めてくださいよ!!」

「が、がんばってくれ、おキヌちゃんっ!!
 俺はホモには近寄りたないんや〜!!」

「も〜〜っ!!」


怒り心頭な美神玲子はラプラスと睨み合いながら、それでも頭の片隅で冷静に思考する。
今、睨み合ってる相手は、今日までの未来をすでに知っている前知魔だ。
それならば、今こうして交渉している結果も知っているという事になるのではないか。


「―――――――アンタ、結果がどうなるか知ってるくせに、
 わ・ざ・と・私を怒らせるような言い方したわね?
 この私で暇つぶしかしら? 本当に良い度胸してんじゃないのよ!」

「クックックック、さすが世界最高のゴーストスイーパーの一人だ。
 まあ、君の言う通り、この交渉の結果は知っているんだ。
 楽しませてもらったし、そろそろラルーノ枢機卿と話してくれないかね?」

「ちっ―――――――で、欲しい報酬は?」





「―――――――娯楽。」





そう言って、ゆっくりと口の端を持ち上げたラプラスの微笑みは、
まるで、仕掛けた罠に待望の獲物がかかった時の―――――――狩人のそれであった。


「わかったわ、ちょっと待ってなさいよ。」


美神は通信機で封印施設の外で待つ、ラルーノ枢機卿に連絡を入れる。
通信機越しに内容を伝えられた枢機卿は、頭をひねらなくてはならなくなった。
このラプラスに関して、彼に何かを決定して良い権限は与えられていないのだ。


全て段取り通りに進んだな―――――――


枢機卿が悩む間、何分も待たされている美神は苛立ちを押さえられない様子だ。
おキヌは、美神が再びキレないように必死に世間話で気を紛らわせる。
横島は怒れる美神からも、ホモ疑惑のラプラスからも距離を取って立っていた。


これで、誰も気づけない―――――――


ラプラスの特別房、唯一結界が途切れる箇所―――――――食事の出し入れ口。
それが、日記帳を置いたまま開きっぱなしになっている。


私とて魔族だよ、考えればわかった事さ―――――――


結界に少しでも穴があれば、ラプラスにも思念波くらい送る事が出来る。





私はただ、誰にも気づかせない未来の予測に従っただけ―――――――







クックックック……さあ、楽しい時間の幕開けだ―――――――


















ビクンッ―――――――



『静かに聞いてくれないか、横島忠夫君。』



―――――――!?



『別に君を傷つける気も、ここで暴れる気もないから安心したまえ。』



―――――――なんの…つもりだ?



『ルシオラという女魔族を再生させたいのだろ?』



―――――――!!















『私と取引をしないかね―――――――文珠使い、横島忠夫君。』










こうして、悪魔の囁きは―――――――横島忠夫へと届いたのであった。






―――――――文珠使い 第一話 END―――――――


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