椎名作品二次創作小説投稿広場


横島争奪チキチキバトル鬼ごっこ

つわものどもが夢の後!!


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/ 1/10

面白い時間だった。

足元で騒ぎを続けている皆を、満足げに眺めながらロキは思った。

ほんの気紛れのつもりだったが、予想以上に楽しめた。

残り時間もあとわずかだが、これなら最後まで引っ張ってくれるだろう。


「さあ、どんな結末になるのかな?」



          ◆



その結末の行方を握る少年は。


「今日ってさ…俺の誕生日だよなぁ…? なんで、こんなことに…。」


壇上で拗ねていた。

グシュン、グシュンといかにも湿っぽくすすり泣く様は、哀れとしか言いようが無い。

簀巻きにされて転がされた状態では尚のことである。


「なにをメソメソしてんのよ、アンタは。」


そう声をかけたのは、横島を縛るロープの端を握る女性。

呆れたような笑みを浮かべながら、美神は横島の隣に座る。

まだオークションは続いているのだが、司会者が座り込んでも会場の誰も気にしていない。

皆、興奮していてどうでもいいのだろう。そんな些細なことは。

横島は湿り気を残した眼差しで、美神をちらりと見る。


「いいじゃないスか、メソメソするぐらい…。どーせ、俺は情けないですよ…。」

「卑屈ねー。」


眉をひそめる美神に「はいはい、卑屈で結構ですよー」とか言って、また愚痴りはじめる横島。

その頭がぺしっ、と叩かれる。

叩いたのはもちろん、美神。


「…何するんスか。」

「アンタがそうやって卑屈だから、私がこうやってオークションを開いてあげたんでしょーが。」

「はあ? …余計にヘコみましたけど。」

「じゃあ、周り見てみなさいよ。」


言われて素直に見渡せば、あちらこちらから上がる声。

一様に、自分が落札すると気合のこもった眼をしている。


「みんな、必死じゃない。」

「モノ扱いじゃないッスか…。」

「─それでも、アンタを必要としてる。求めてる。」


美神の声の雰囲気が変わった。

どこか浩然とした表情をして、皆を見つめている。


「自分の大切なものを差し出してまで、アンタの傍にいようとしてる。」




あの子だって、そうだったでしょ…?




それは消え入りそうなほど小さな呟きだったが、確かに横島には聞こえた。

横島も皆を見つめる。

相変わらず、そこでは馬鹿騒ぎが続いていたが、横島の眼には違うように映った。

そこにいる人達の目は真剣で、それが自分に向けられていると知って。


「この競売はそれを目に見える形にしただけよ。」

「そう…ですか。」


美神の言葉にも、どこか上の空で横島は返事を返す。


「……ま、それでも私は渡さない、というか、その…。」

「え? 何です?」

「なッ、何でもないわよッ!!」


真っ赤になりながら顔をそらす美神。

まるでわかってない表情の横島を、苦々しく睨む。

どうしてあの呟きが聞こえて、この呟きが聞こえないのよ!?

心の中で毒づく。

自分としては、幾分素直に言葉が吐き出せたのだが…。


「…少しずつ、か。」

「だから、何なんです?」

「何でもないってば。つまり…『今日はここまで』ってことよ。」


そう言って、美神の指が何かを弾く。

それは床に落ち、横になった横島の足元へと転がる。

コロコロと、その二つの小さな玉が横島の足へと触れた瞬間。


『 射 』 『 出 』


玉─文珠の中に文字が浮かび、燐光を放って弾けた。


「へ─ッ!?」


途端。

圧倒的な加速とそれに比例する重力が、横島の体を襲った。

飛ぶ。

そう気付いたときにはもう、自分の体は窓へと向かって『射ち出されて』いた。


「のおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ─ッ!?」

「ああっ、横島君がーッ!!」


白々しい美神の叫びを聞きながら横島、テイク・オフ。

ぐんぐんと、窓ガラスが近づいてくる。

引き伸ばされた意識が、周囲の動きを緩慢なものとして捉える。

流れる景色の片隅で、異変に気付いた皆が飛び出していたが、もう遅い。

今、横島は割れたガラスを纏い輝きながら、夜空へと解き放たれた─。



「よ、横島さぁぁぁんッ!?」

「先生ェ〜ッ!?」

「横島くーんッ!!」


きらりと輝く星となった横島を、呆然と見送る一同。

そこに、人工幽霊壱号の抑揚を欠いた、それでも呆れているとわかる人口音声が流れた。


《先ほど、横島さんの敷地外への逃亡が認められ、横島さん─…失格です。》


これでもかと言うほどの、気まずい沈黙が流れる。

そこにただ一人、陽気な声で美神がのたまう。


「あら、鬼が失格なの? ってことはぁー…勝者無しで、この勝負はお流れ?」


そッ…。



『そんなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』


総勢27名の絶叫が、事務所を震わせた。






一方、横島は。

アスファルトを削って血糊を地面に引き伸ばしながら、見事な胴体着陸を決めていた。

自らの血溜まりの中で、ぴくぴくと四肢を痙攣させているところから、一応生きている。


「あ…あの女ぁ〜…ッ!!」








          ◆



事務所はすでに静寂に包まれていた。

皆どこか疲れたような表情で、それでも楽しそうに笑いながら帰っていった。

帰り際、横島に対してロキが「…強く生きてくれ。」などと言っていた。

彼女は窓に映る夜景を見て、ほうっと息を吐く。


まだ決着をつけたくない。

違う、つけられない。

自分の意地っ張りぶりに泣けてくる。

それでも、少しずつ。

少しずつでも素直になっていくから。

いつか、ちゃんと向き合えるようになるまで。


「…それまでは、いいわよね…?」


もういないはずのあの子が「しょうがない人…。」と笑った気がして。

思わず彼女も、くすっと笑ってしまう。

やがておもむろに天井を振り仰ぐ。


「人工幽霊壱号。今の部分はちゃんと削除しとくのよ?」

《了解しました、美神オーナー。》


そろそろ休むという主の言葉に返しながら、ふと人工幽霊壱号のうちに人間臭い言葉が浮かぶ。


《美神オーナー。頑張ってください。》


主はぴたりと足を止め、やがて不敵な笑顔を浮かべる。



「─もちろんよ。」





祭りは終わり、つわものどもが夢の後─。


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