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WORLD〜ワールド〜

第二十三話 猛き戦神の目覚め


投稿者名:堂旬
投稿日時:05/ 1/ 7

 今、横島とルシオラの目の前には『あの時』の情景が映し出されている。
 そう、アシュタロスと初めて接触したとき。
 平安時代、横島が『高島』であった時代だ。
 事態は記憶に刻まれた通り進み、高島の頭は強力な魔力を受けて吹っ飛んだ。
 それを驚愕の目で見つめるのは西条の前世である西郷、美神令子、美神令子の前世である魔族メフィスト、そしてヒャクメがのり移った状態の横島だ。

「う〜ん、話には聞いてたけど壮絶な死に方やな〜。っていうかあれだな、やっぱ自分が死ぬときっていうのは何回見ても慣れねえな」

 たはは、とことさら陽気に笑って横島はとなりにたたずむルシオラに声をかけた。
 そんな横島の様子にルシオラはただ苦笑を漏らすばかりである。
 高島が死んだことで記憶が終わりをつげたのだろう。
 二人の周囲は再び暗黒に沈んだ。

「これで八人目……俺こんなに頻繁に転生してたんだな。そりゃ美神さんにも廻り会うわけだ」

 言いながら横島は今まで見てきた己の前世を思い起こす。
 或る時は、宮内随一の退魔師として名を馳せていた。
 しかし、あまりに優れた力は周りの妬みをかい、食事に仕込まれた毒であえなく命を落とすこととなった。

 また或る時は民間で評判の気の良い霊能者であった。
 貧しい者からは金を取らず、普段は薬を売り歩くことで生計をたてていた。
 其の時は、妖怪に妹を人質にとられ、手も足も出すこともできず死んだ。
 
 アメリカに生まれ、ゴーストハンターをしていた時もあった。

「……ん?」

 横島はふと考え込む。

「そういえば…全員霊能者だったな……」

 そう、横島も、今見たばかりの高島も霊能者だった。
 それ以外の者も。

「それに……そう、どう考えても変だ。『全員が若いうちに命を落としている』なんて」

 伊藤国明も、高島も。それ以外の者も。
 全て、十〜二十代でその人生を終えている。
 横島は胸のうちで何かがざわざわとうごめくのを感じた。
 心の中で、まだ何かが引っかかる。
 なぜ、自分が転生したものは全て『人』だったのか。
 神族、魔族まで含めれば人なんてものはこの世界に満ちる命のほんの一部でしかない。
 それなのになぜこうも都合良く、自分は人としてしか生きていないのか。

「なぜ………?」

 一度動き出した口は、止まろうとしない。
 『答え』に向かって言葉を紡ぎ続ける。

「なぜ…なぜ俺はこんなに転生を繰り返して…いや、『なぜこんなに転生を繰りかえさなければならなかった』!?」

 横島の思考は加速する。
 偶然にこんなことが起こった?
 ありえない。
 今まで見てきたものは『たまたま偶然』というレベルを超えている。
 こんなことが『何か』の干渉無しに起こりうるはずがない。
 ではいったい『何が』干渉したというのか。
 神族?
 それとも魔族?
 神族や魔族が一人の人間の輪廻転生に干渉して一体なんの得があるというのか?
 いや、待て。
 よく考えろ。
 それは、ありえない。
 横島の脳裏にかつて聞いたヒャクメの言葉がよぎる。
 そう、あれはアシュタロスとの戦いの時、美神令子の暗殺という手段が議題に上ったときだ。

『死ねば、美神さんの魂は転生します。つまり、魂はしばらく行方不明。いつどこに戻ってくるかわからないんですね―――――』

 そうだ、それは神族にも魔族にも、たとえどんなに上位の神だとしても輪廻転生には干渉できないということじゃないか?
 じゃあなんだ?
 目の前で起きてきたこれは一体どういうわけだ?
 一体誰の意思で―――――――
 いや、待て。
 『意思』?

「まさか――――――!!」

 横島は弾かれたように顔を上げた。
 ルシオラは横島を静かに見守っている。

(辿り着いたのね―――――)

 横島の頬を、こめかみから伝わってきた汗が優しくなでた。
 口を、開く。

「『宇宙意思』?」

 その瞬間、横島の魂が経験してきた全てが横島の脳髄に叩き込まれた。
 一体何人分の人生だというのか。
 膨大に過ぎる情報量。
 もちろんその負荷に耐えれるはずもなく、深い深い深層意識の底で、横島は崩れ落ちた。











 妙神山。
 その修行の間。
 横島も雪之丞もまだ目覚める気配はない。
 おキヌにも、シロにも、タマモにも、冥子が操るショウトラにも、色濃く疲労の色は現れている。
 それでも、彼女たちは一秒たりとも休もうとはしない。
 唐巣、ピート、そしてエミが飛び出してどれくらいたっただろうか。
 ついに大樹は立ち上がった。

「次は、私が行こう」

「あなた!!」

 大樹めがけて百合子は悲鳴交じりの声を上げる。
 大樹は笑って振り向いた。

「な〜に、ほんの少しのお別れじゃないか。ちょっくら神様気取りの大馬鹿をぶん殴ってくるだけだよ」

「でも………」

「母さんは早いとこその馬鹿を叩き起こしといてくれよ」

 そう言って前を向き直った大樹の視界いっぱいに黒い布が広がった。
 大樹は面食らって顔を上げる。
 その目にしわがれた、しかしながら実に精力に満ちた老人の顔が映った。
 老人、ドクター・カオスはにやりと笑った。

「まあ待て待て。息子のために皆が犠牲になってゆくのを見て心が痛むのはわかるが、ここは儂に先に行かせてはくれぬか?」

 カオスは死などまるで恐れていないように見える。
 そんなカオスの様子に面食らいながらも大樹は譲らなかった。

「しかし…本来ならやはり私が最初に行くのが筋なんだ。大分遅れてしまったが行くべきなのは私でしょう?」

「まあ聞け、お若いの」

 大樹は確かに年の割には若く見えるとナルニア支社でも評判の男だ。
 しかし、お若いの呼ばわりされるほど風格がないわけではない。
 むしろその逆、大樹が放つ覇気というものは常人のそれより一歩抜きん出ていた。
 そんな男でも、千年を生きるカオスにとっては若僧に過ぎないのである。

「儂はのう、科学者であり、学者じゃ。学術的なものに対する興味というものに関してはやはり並々ならんものがある。『死』などまさに究極の研究対象といえる。儂も長く生きてきたが死だけは経験したことがないからのう。これはまさに好機といえるのじゃよ。だからの、とりあえず次は儂にゆずってくれんか?」

「いや、しかし………」

 ふいにカオスは大樹の目を見つめた。
 その顔には笑みが浮かんでいたが、大樹の目を見つめるその瞳には強い意志と暖かな光が宿っていた。
 大樹は二の句がつげなくなってしまう。

「のう…お前さんの息子は、必ず目覚めて、やってくれるじゃろう?」

 問いかけ、ではなかった。
 それはまるで事実の確認。
 大樹とカオスの間に、ひどく親密な空気が流れた。
 大樹は力強く頷く。

「ええ。なんたって、私の息子ですから」

 その答えに満足したようにカオスは大樹に背を向ける。
 その足は、妙神山修行の間の出口へと。

「じゃろ? ならば順番など大して意味はないわい。ただ、小僧が儂が行く前に目覚めてしまっては困るのじゃよ。死というものを体験できなくなってしまうのでな」

 振り返りもせずカオスは歩き続ける。
 その後ろにマリアがつき従った。
 大樹は、去り行くカオスの背中に向かって頭を下げた。
 その背中が見えなくなっても。
 大樹は頭をあげようとはしなかった。


 そんな中、魔理は一人異常に気付く。
 タイガーの姿が消えていた。

「そんな…嘘だろ……?」

 魔理は駆け出した。
 弓かおりの声も、おキヌの声も、美神の声も届かなかった。
 先を行くカオスとマリアを追い越して、ただ、愛する者の元へと。













 パレンツは傷ついた体をひきずり、歩き続けていた。
 パレンツの通った後には、赤い赤い道ができている。
 深く傷ついた体は、回復に少々時間が必要なようだ。
 だが、悠長にそれを待つ時間はない。
 パレンツは何度目になるか、再び横島の気配を探った。
 しかし、どうにもうまくいかない。
 どうやら横島はどこか異空間にいるらしかった。
 その異空間への入り口がこの妙神山のどこかにあることだけは間違いないのだが。
 ふいにパレンツは足を止めた。

「ふん………」

 パレンツは軽く鼻をならす。
 今、自分に起きている事態をまるで大したことではないと言わんばかりに。
 パレンツの視界から一切の光が消えていた。
 否、この表現は正しくない。
 パレンツの目には一切の光がない世界が映し出されていた。
 何者かによる精神感応。
 パレンツはすぐにこの現象の理由を推察していた。
 そして目を閉じる。
 そう、パレンツにとって視界を奪うということはあまり意味のある行為ではない。
 意識を世界に溶け込ませ、世界の全てを認識する。

「ッ!? なにィ!!?」

 すでに肉薄していたあまりに大きな巨体。
 不意をつかれたパレンツに、その男の大きな拳が突き刺さる。
 それはパレンツにとって大したダメージになどなりはしない。
 しかし拳と体の衝突によって確かに発生する衝撃。
 パレンツの体は数メートル弾き飛ばされることとなった。
 影はなおも追撃を加えようとパレンツに迫る。

「調子に乗るなぁ!!」

 パレンツの右手に黒色の剣が発生する。
 パレンツは神速の勢いをもって剣を振りぬいた。

「グアァ!!!!」

 獣じみた悲鳴。
 パレンツの瞳に光が戻る。
 胸元から腹部にかけて大きく切り裂かれた大男が視界に映った。
 ダメージはなかったが、先ほど男からくらった一撃はパレンツにとって実に腹ただしいものだった。
 止めをさそうとパレンツは男に向かって手をかざす。
 その腕の上には断末魔砲を搭載した兵鬼、逆天号が実に小型ながら生み出されていた。
 その時だ。
 女が現れた。
 金に染め上げた髪をまるで鶏冠のようにはねあげた女が涙を流しながら男に寄り添っていた。

「タイガー!」

「魔理さん、来てしもうたんですか……魔理さんには危ない目にあってほしくなかったんジャが……」

「馬鹿野郎……お前…どうして………!」

 泣きながら魔理はタイガーにすがりつく。
 タイガーの服は、いたるところが血に濡れていた。
 タイガーはひどく安らいだ顔をしていた。

「ワッシは……ピートさんが向かっていくのを見て、なんていうか……胸が熱くなったんジャー。自分は横島さんの親友じゃってゆって……なんの迷いも、恐れもなくピートさんは征った。……ピートさんの目を見ましたかノー? あの目は横島さんを信じきってる目でした。ワシだって、横島さんの、雪之丞さんの、親友ジャ……そう思ったらいてもたってもいられなくなって……ワッシはもう、死ぬ。でも、怖くないんジャー。きっと、横島さんは……うっ…ごふッ!!」

「タイガー!!!!」

 喉に溜まった血を、顔を横に向けてタイガーは吐き出した。
 砂は血を吸うことなく、赤い水溜りを形成する。

「魔理さんには危険な目にあってほしくなくて……精神感応で気付かれないように出たんジャ」

 ごめんなさいノー、とタイガーは最後に付け足した。
 魔理は自分の顔をタイガーの顔に寄せた。
 魔理の目の前にはタイガーの顔が。
 タイガーの目の前には魔理の顔がある。
 魔理の瞳からこぼれた涙は、頬を伝ってタイガーの顎へ落ちた。

「ばかやろ…お前…カッコ良すぎるよ………」

 触れ合う唇。
 温かいそれは、二人のファースト・キス。
 そして、最後のキス。
 ひどく耳障りな音が空気を揺るがした。

「はははっ。お前らにはふさわしいラヴ・ソングじゃないか」

 パレンツは嘲るように呟いた。
 その砲口より煙を吐き出している逆天号を消す。
 パレンツは歩き出す。
 無人の荒野を行くが如く。















 修行の間を出てひたすら歩く。
 途中、鶏冠頭の金髪娘がすごい勢いで駆け抜けていったが、声をかける間もなかった。
 少し経って、耳障りな嬌声と共に大きな衝撃が空気を揺るがした。
 カオスとマリアは、並び、歩みを止める。
 二人はここでパレンツを迎え撃つと決めたのだ。

「マリア。奴はあとどれくらいでここへ現れる?」

「およそ・34秒後」

 カオスは空を仰ぎ見る。
 下界の物事など星々には関係ないのだろう。
 満天の星空だった。

「ふむ…死ぬにはいい夜じゃな」

 カオスは誰にともなく呟く。
 その顔には、相変わらず恐怖がない。
 ただ、あるのは憧憬。
 在りし日々を懐かしむ、慈しむ笑顔。

「大分遅くなったが……ようやく会いにゆくぞ………マリア姫」

 口に出してみて、カオスは再び笑った。
 今度のそれは間違いなく苦笑、だった。

「なんてな……あれからもう何年たったか……とっくにマリア姫も転生して、幸せな人生を何度も送ったに違いないわい」

 儂のことなど忘れてな、とは言わなかった。
 言ってしまえばあまりに惨めだったから。

「そんなことありません。マリア姫は、今でもきっとあなたを待っています」

 カオスは夜空を見上げていた目を己の傍らに戻す。
 その顔にははっきりと驚愕が現れていた。
 その目が見つめるのは、己の傍らに立つ鋼鉄のアンドロイド、マリア。
 言語システムに少々難があったはずの、マリア。

「マリア…お主今………」

 カオスの言葉に対するマリアの答えは、微笑みだった。
 本当に美しい、人としか思えない、いや、人にしか出来ない微笑み。
 カオスの顔から驚愕は消え、代わりに再び慈しみが戻る。

「そうか……待ってくれておる、か…………」

「イエス・ドクター・カオス」

 その時だった。
 カオスの目に、マリアに内蔵されたカメラについに男の影が映った。
 二人に死を与える絶望は現れた。
 しかし、二人の表情は変わらない。








「マリア、今まで苦労をかけたな」

「ノープロブレム・ドクター・カオス」





















 たくさんの者が死んでいった。
 いや、死んでいったという表現は正しくない。
 横島と雪之丞のために、命をかけたのだ。
 しかし、一時的にせよ連続する仲間の死は、残されたものを絶望に浸すには十分すぎた。
 魔理の死。
 それが優れた霊能力者である弓かおりに予感できないわけがなかった。
 もちろん、おキヌも大きな、大きすぎるショックを受けている。
 元々優しすぎるくらい優しいおキヌだ。
 皆の死に最もショックを受けているのは彼女かもしれない。
 それでもおキヌは歯をくいしばってヒーリングを続けているのだ。
 かおりの心はおキヌほど強くはなかった。
 彼女の精神は最早崩壊寸前であった。
 なんでもいい。
 とにかく彼女は何かに縋り付きたかった。
 だから彼女は雪之丞の手を握る手に、強く強く力を込めたのだ。
 彼女は呼んだ。
 心の中で。
 ただひたすらに。
 無心に。
 愛する男の名を。

(雪之丞―――――――――!!!!)

 どくん。
 どこからか、大きな鼓動が聞こえた。
 修行の間を目も眩まんばかりの光が爆発する。
 紅き光輝。
 その光の発生源。
 伊達雪之丞。
 ソレを目撃した者は己が目を疑ったであろう。
 光に包まれた雪之丞。
 その体に刻まれた傷が、みるみるうちに塞がって、痕跡も残さず消えていく。
 どんなヒーリングでも、ありえない治癒速度だった。

「雪之丞………?」

 涙に潤んだ目を精一杯に見開いて、かおりは彼の名を呼んだ。
 彼はゆっくりと目を開き、体を起こす。

「………悪ぃ、待たせたな」

 ぽろぽろとかおりの瞳から涙が零れる。
 止め処なく、止め処なく。
 かおりは今度こそ確信を持って、彼の名を呼んだ。

「……雪之丞!!!!」

 答えるように、雪之丞は紅き鎧を纏った。


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