椎名作品二次創作小説投稿広場


あなたのために…

緑色の道程(その2)


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:05/ 1/ 6

 プルルルルッ。

「ちょ、ちょっと、タマモ。電話に出ないとマズイだろ」

 少し不満そうなタマモだったが

「ん、分かった…」

 名残惜しそうに横島から離れる。 
 
 横島が電話を取るために立ち上がると、台所からおキヌが戻ってきた。

「横島さん、休んでなきゃ駄目ですよ。電話なら私が出ますから」

 心配そうに横島に声をかける。

「そ、そう?じゃあ、お言葉に甘えて…」

 横島は、そう言って椅子に腰をかけた。

「あっ、タマモちゃん。これ、お水」
「ありがと」

 おキヌは台所から持ってきたコップをタマモに渡すと、しつこく鳴り続けている電話を取った。

「はい、美神除霊事務所です」
『遅いっ!…って、その声はおキヌちゃん?』
「美神さん!おキヌです」
『ちょうど良かったわ。実は、エミのバカが足を引っ張ってて、仕事が終わるまでもうちょっとかかりそうなのよ』

 後ろから聞こえるエミの怒声に、「シロちゃん、大変だなぁ」とおキヌは思っていた。

『で、当面の食費なんだけど、人工幽霊一号に言えば隠し金庫を出してくれるから、そこから適当に使ってちょうだい』

 美神の隠し金庫は、人工幽霊一号の意思がなければ出てこないようになっている。
 霊力のない人間が、いくら探しても見つかることはないのだ。

「いいんですか?」
『おキヌちゃんのことだから、どうせ横島君にご飯食べさせてあげてるんでしょ?しょうがないじゃない』

 美神はため息混じりに言う。

「ありがとうございます。横島さんもきっと喜びます」
『別に横島君のためじゃないわよ。私の丁稚がおキヌちゃんに迷惑かけても、アレがソレだからよ』

 少し焦り気味の美神に苦笑する、おキヌ。

『ごほんっ。で、小竜姫に何か無茶言われてない?』

 美神は無理やり話題を変えようとする。

「無茶は私のほうが言ってますから大丈夫ですよ。それより、美神さんは『サトリ』って知ってます?」
『…まぁ、人並みにね。でも、サトリがどうかしたの?』
「いえ、タマモちゃんが事務所に連れてきちゃったんですよ」
『サトリを連れてきたっ!?』

 美神の声に、緊張がはしる。

「は、はい」
『まずいわね…』
「どうしたんですか、一体?」
『…』
「美神さん?」
 
 美神は、自分が知っている情報をおキヌに話すべきかを考えていた。

(不用意なコト言って不安にさせても…。いや、何も言わずに手遅れになるより、おキヌちゃんたちを信じてあげなきゃね)

『…数日前に、私とエミのところにオカルトGメンから手配書が届いたの。恐らく世界中のある程度名前の売れているGSに配布してるんじゃないかしら。それで、その手配書の容疑ってのが、人間二人を呪い殺したっていうのだったんだけど…』
「まさか…」
『ええ、そのまさかよ。容疑者は妖怪『サトリ』…。そこにいるってことは、今頃、西条さんが血眼になって探しているはずよ。どういった経緯でタマモがサトリを拾ってきたのか分からないけど、気付かれるのも時間の問題ね』
「そ、そんな…」

 不安げなおキヌに、美神は優しく声をかける。

『とりあえず、こっちの仕事を急いで終わらせて帰るわ。もし、私が帰る前に西条さんが訪ねてきてもサトリを差し出したりしないようにね、いい?』
「え、何でですか?」
『私はサトリが犯人じゃないと思うの』
「どういうことですか?」
『サトリに関しての資料っていうのは極端に少ないの。どうしてか分かる?』

 おキヌは少し思案して

「人間に見つかってないから…?」

 と答えた。

『正解。今まで人畜無害で人目に付かないところで生きてきたサトリが、危険を冒してまで人を襲う意味がないのよ。ということは、殺人容疑をかけられているのにも、何か理由があるはずでしょ?』
「そうですね…」
『そういうわけだから、大変だと思うけどもう少し頑張ってね。今のメンバーじゃおキヌちゃんだけしか頼りにならないのよ。特に横島君は良くも悪くも優しすぎて、何をするか分からないところがあるから…』

 美神の言葉に、おキヌは胸が痛むのを感じていた。

「…横島さんは大丈夫ですよ」
『だといいんだけど…。じゃあ、お願いね』
「分かりました…」

 少し沈んだ表情でおキヌは電話を切る。

(ルシオラさんのこと、美神さんに言えなかった。美神さんなら文句を言いながらでも、すぐに戻ってきてくれるはずなのに…。私、凄くイヤな子になってる…)

 タマモと話している横島を見つめながら、おキヌは電話機を強く握り締めた。









「令子、おたく何を考えてるワケ?」

 ここは、美神たちが泊まっているホテルの部屋である。
 電話を切った美神に、エミがソファーに座ったまま話しかける。

「電話を盗み聞くなんて、相変わらず盗人根性丸出しね」
「はっ、よく言うわ。おたくこそ、オカルトGメンを出し抜いて金儲けの算段なんて、金の亡者っぷりは健在なワケ」 
「な、なんのことかしら?」

 美神は、慌てた様子で近くにあったワインをグラスに注ぐ。

「まぁ素直に明け渡すより、サトリの生態とかを研究者に売った方がいい稼ぎになるものね〜」

 エミの言葉に、美神は

「…いくら欲しいのよ?」

 エミを睨みつけたまま言う。

「儲けの半分ってとこね」
「ちょ、ちょっと吹っかけ過ぎじゃない!?」
「別にあたしはおたくに協力する義理はないワケ。っていうか、おたくの邪魔をするほうが楽しそうね〜」
「ぐっ…。さ、三分の一なら…」
「交渉決裂〜」
「き〜っ!」
「ほらほら、どーするワケ?」

 そんな二人のやり取りを聞きながら

「こ、怖いでござる…。よ、横島先生〜、拙者早く帰りたいでござるよ〜っ!」

 シロは布団を頭から被って震えていた。

  










 再び、美神除霊事務所。

「電話、誰からだったの?」

 タマモは電話を握り締めたままのおキヌに訝しげに聞く。

「えっ?あっ、電話ね。美神さんからよ。それと、横島さん」

 慌てて答えたおキヌは、ごまかすように横島に声をかける。

「ん?」
「大丈夫ですか?まだ顔色が悪いみたいですけど…」
「あぁ…、ちょっとパニックになっただけだから。俺よりサトリの方が…」

 苦しそうに水を飲んでいるサトリを見る横島。
 少しは楽になったようだが、まだ一人で体を起こすのも辛いようである。
 おキヌは座っている横島の肩を掴み

「本当に大丈夫なんですか?」

 タマモに聞こえないように小声で呟く。

「心配性だなぁ、おキヌちゃんは」
「だって、ルシオラさんの名前を…」

 横島はおキヌの言葉を遮るように、小さく首を振る。

「ありがとう、おキヌちゃん。でも、本当に平気だから…ね」

 そう言った横島の表情は笑顔だったが、おキヌにはどこか寂しそうな笑顔に見えた。

「横島さん…」

 おキヌが何かを言いかけた時、タマモの手を借りてサトリが立ち上がった。

「もう、大丈夫なのか?」
「はい…」

 横島の言葉に力なく頷く。

「過去を視るってのも大変なんだな」
「…私の力は、自由に過去を視ることができるわけではないんです。相手の一番印象に残っている記憶が自分の意思とは関係なくなだれ込んでくる感じなんです」
「民話と違って随分と不便なんですね」

 そう言いながら、おキヌはヒーリングをサトリに施す。
 外傷があるわけではないので気休めにしかならないのだが、それでも『美神除霊事務所唯一の良心』と呼ばれるおキヌの優しさが何もしないことを許さなかった。
 おキヌも、サトリが人間を襲う凶暴な妖怪なのかもしれない、という考えを捨てたわけではない。
 ひょっとしたら、今にも牙を剥いて襲ってくるかもしれないのだ。
 しかし、横島の記憶を見たときに流したサトリの涙は偽りに見えなかった。

「少しは楽になりましたか?」

 優しく微笑みかけるおキヌ。

「…えぇ。ありがとうございます」

 決してよいとは言えない容姿のサトリだったが、その笑顔は朗らかなものだった。


 ぐぅぅ〜。


「よ、横島さん?」
「何か色々あったから忘れてたけど、まだご飯食べてなかったんだよね。あははは…」
「ほんっと節操がないんだから、横島は」
「う、うるせー」
「まったく…」


 くきゅるるる〜。


「…」

 タマモが恥ずかしそうにお腹を押さえる。

「ふっ、随分と『節操がない』お腹だな」

 勝ち誇ったように笑う横島。
 悔しそうな表情で横島を睨むタマモ。

「あ〜、また始まっちゃう…」
「どうしたんですか?」

 がっくり肩を落とすおキヌを不思議そうに見ながらサトリが話しかける。
  
「不毛な言い合いがしばらく続くんですよ〜。…仕方ないから、今のうちにご飯作っちゃいましょう」

 そう言って台所に向かうおキヌだが、ふっと足を止める。

「…横島さんとタマモちゃん、買い物袋はどうしたんだろ?事務所の近くで会った時には持っていたような気がするんだけど…」
「二人とも、初めて会った場所に落としてましたよ」
「た、卵、無事かなぁ…」

 おキヌは激しく言い合っている横島とタマモを気にする様子もなく、部屋を出て行く。

(賑やかなところに来てしまいましたね…)

 部屋中を見渡すと、深くため息をつくサトリ。

(それにしても、横島さんの過去は…。まさか、あんなにも重い過去をこの短期間で二度…いや三度視ることになるとは…)

 サトリの表情は、つい先程おキヌに見せた朗らかなものとは正反対に、苦渋に満ちたものだった。


「何よ、その薄汚いバンダナはっ!」
「がっ!これはなぁ、俺のシンボルマークなんだよっ。お前の方こそ、その物理法則を無視した無茶苦茶なポニーテールは何なんだっ!」
「ぐっ!私のアイデンティティを…っ」
「お前は『九尾の狐』なんだろ?ってことは、それは尻尾か。尻尾なのかーっ!?」
「あ〜、もう、本気でコロス!」
「や、やめろ狐火は…」




「どわーっ!!」




 横島の断末魔が聞こえたとき、おキヌは外で横島たちの落とした買い物袋を拾っていた。

「終わったみたいね。…あ〜、やっぱり卵割れちゃってる!」

 タマモと楽しそうにやっている横島より、卵を心配しているおキヌだった。













 食事(横島対タマモ『おキヌちゃん特製かぼちゃとあぶらあげの煮物』争奪戦が激しく繰り広げられたが、最終的な勝利者は無欲のサトリだった)も終わり、横島が帰ろうとした時に一つの問題が発生した。
 サトリの泊まる場所をどうするか、という大きな問題である。
 横島の家は、横島自身が反対しただけではなく、部屋の惨状をよく知っているおキヌからも却下された。
 現実問題としてサトリを泊めることができるのは事務所だけだったのだが、これにも横島が猛反対。
 女性だけの家に、男が一人という状況が許せなかったようである。



「結局、横島さんも泊めることになっちゃった…」

 おキヌは、何度目になるか分からない寝返りをうつ。
 なぜか目が冴えてしまって眠れないのだ。

「喉が渇いたな…。水でも飲んで、気分を変えて寝よっ」


 足音をたてないようにゆっくりと廊下を歩くおキヌ。
 電気のついていないリビングに人の気配を感じた。

(あれ?誰かいる…)
 
 おキヌは気付かれないように、そっと中を覗く。
 
「横島さん!」
「あれ、おキヌちゃん。どうしたのこんな時間に…」

 横島は部屋の窓から外を見ていた。
 月の明かりに照らされた姿が、おキヌにはとても弱々しく見えた。

「横島さんこそ、何してるんですか。明日、学校でしょ?遅刻しちゃいますよ」
「おキヌちゃんと違って、もう遅刻ぐらいでは怒られないよ」

 自分のことを棚に上げて、心配してくれるおキヌに苦笑する横島。

「…」
「…」

 不思議な沈黙が二人を包む。
 まるで世界中に二人だけしかいないような感覚を月の明かりが増幅していた…。

(この時間がずっと続けばいいのに…)

 そう思ったが、この空間を破ったのはおキヌだった。

「…何を考えてたんです?」

 横島は優しくおキヌを見つめていたが、やがてゆっくりと窓から空を見上げて

「月が綺麗だなぁって…」

 と、短く答えた。

「嘘…」
「?」
「ルシオラさんのこと考えてたんですよね?」
「…」
「答えないのは、肯定したのと同じですよ」
「おキヌちゃんには勝てないなぁ〜…」
「横島さんのことは何でも知ってるつもりなんですよ」
「あはは…」
「ずっと見てますから…」

 おキヌの最後の言葉は、あまりに小さくて横島には届かなかった。

「ルシオラのこと…」
「…」
「ルシオラのこと忘れたつもりはなかった。けど、さすがにあれだけ生々しく見せられると…」

 横島は自虐的に笑う。
 おキヌの胸は、まるで無数の針に刺されたように痛んでいた。

「横島さん」
「?」
「私が、一流のGSになりたい理由…聞いてくれますか?」

 その言葉に横島は無言で頷く。

「私は、ここに来てからずっと誰かに守られてばかりでした。それでも、私には私にしかできないことがあると思って頑張っていました。でもあの事件の時、私は横島さんに対して何もできなかった。それが凄く辛くて、悲しくて…。だから、もっと強くなって隣にいても横島

さんが安心できるような存在になりたいんです」

 搾り出すようなおキヌの言葉。
 それは、間違いなく横島の心に届いていた。

「俺なんかを目標にしちゃ駄目だよ。小竜姫様も言ってたけど、おキヌちゃんには才能があるんだから…」

 確かに届いてはいたが、誤変換されているようである。

(やっぱり、横島さんだ…)

 おキヌは、嬉しいような悲しいような気分だった。
 しかし、その横島らしさに安心していた。

「駄目ですよ。私はシロちゃんより先に横島さんの凄さに気付いていたんですから、これからもしっかりと私の目標でいてもらわないと…ね」
「まいったなぁ〜」
 
 横島は恥ずかしそうに頭をかく。
 その時、部屋にタマモが入ってきた。

「た、タマモ?」
「タマモちゃん?」
「…あぶらあげ」
「寝ぼけてるのか…?」
「…みたいですね」

 フラフラした足取りでタマモは、横島に近づく。

「お、おいっ」
「…おっきなあぶらあげ」

 タマモはそのまま横島の頭を掴むと

「いただきます…」

 横島の頭に噛み付いた。

「ぎゃーっ!!」
「だ、駄目っ、横島さんを食べたらお腹壊しちゃう〜っ!」
「おキヌちゃん、酷いっ!っていうか、タマモ、痛いっ!」
「…硬ひ(ガブガブ)」



 ソファーで寝ていたサトリは

(本当に賑やかなところですね…)

 と、夢うつつで考えていた。


















 ピリリリリリッ。

「西条だ」
『ターゲットは美神除霊事務所にいるようです』
「…」
『どうしますか?すぐに集められるのは十名程度になりますが…』
「いや、僕一人で大丈夫だ」
『了解』

 ピッ。

 西条は携帯電話をポケットに入れる。

「また令子ちゃんの所か。厄介なことになりそうだ…」

 暗いままの部屋には、月の明かりに照らされたタバコの煙が揺らめいていた。 
  


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