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第三の試練!

〜副支部長の思惑〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:05/ 1/ 4

 無機質な音を立てて重厚な鋼鉄製の扉が開くと、目の前に無数の赤い鳥居が現れる。その鳥居は規則的に配置され、訪れるものを誘い入れているようにも見えるし、あるいは拒絶しているようにも感じる。とは言っても、実際にその鳥居の列にはそのような意思など存在する訳も無く、要はその訪問者の気持ち次第なのかもしれない。
 少なくとも、今そこをくぐって奥へと向かう美智恵がその鳥居の列をどう感じているのかは、当人以外の誰にも分からないだろう。
 しかし、鳥居の向こうにある扉へと足早に歩を進ませる美智恵の瞳には、うっすらとではあるが希望の光が宿っていた。
 そこは東京都庁の地下に建造された巨大霊的災害対策施設。かつてアシュタロスとの戦いにおいて特例として使用の許可が下りた事が記憶に新しい、日本最大の霊的拠点である。

「どう? 何か分かった?」

 施設内の研究棟内にあるモニタールームに入った美智恵は、開口一番そこに居た者たちに話しかけた。

「あ、先生。お帰りなさい。」

 聞きなれた声に気が付き、真っ先に振り向いた西条が軽く挨拶を交わす。同時に慌てて咥えていたタバコを素早く左手で握りつぶした。

「ここは禁煙の筈でしょ、まったく。」
「いや、これはその・・・。」

 言う事を聞かない子供に向けるような視線を西条に浴びせながら、美智恵は諦め顔で軽くたしなめた。
 隣に居た女性スタッフの一人が、そんなやり取りを見てクスクスと笑いをかみ殺している。その滑稽な慌てぶりが、普段の西条からは想像が付かなかったのだろう。
 その場に居た皆も思わずつられて微笑んだ。その雰囲気を察した西条は、恥ずかしそうに包帯が巻かれた右手で自分の頭を掻いている。
 その彼の右手の痛々しい包帯を見て、美智恵は少し目を細めた。一週間前、病院のホールにいた自分の所に息を切らせて戻って来た西条の右手には、うっすらと血が滲んでいた。
 何があったのかは詳しく聞いていない。けれどもあの時の光の宿った彼の瞳を見れば、その怪我の理由は少なくとも性質の悪いものではないと思えた。
 そしてもう一つ、彼は絶望の淵に立っていた自分達に僅かながらも希望の光をもたらしてくれた。
 横島の蘇生、と言う可能性。
 美智恵は西条が話すその可能性に、光明を見出さずにはいられなかった。
 横島の霊魂の消失。外傷のない肉体。令子の生還。冷静に考えてみれば、今回の事件は矛盾に満ち溢れている。さらに問題の大蛇の行方はその後の調査においても依然不明ではあるが、状況から考えると消滅した可能性が高い。
 その上鎮守の森近辺で活動しているGS達からは、事件当時非常に強力で尚且つ時空震によく似た現象を感じた、という報告が上がってきている。
 これらの情報と照らし合わせてみても、西条の考えた仮説はつじつまが合う。つまり、何者かが令子と横島、そして大蛇の間に介入したのだ。
 その何者か、という問いも美智恵はうすうす想像がついていた。
 あの場所で大蛇を封じていた力は密教の“孔雀明王呪”だったはず。だとすれば万一大蛇が復活した時に、それを封印した古代の高僧によって何らかの安全装置が仕掛けられていた可能性も考えられる。ともかく、少なくとも仏教系の神族の力が介入しているのは間違いないはずだ。

「それにしても・・・よくこの施設の使用許可が下りましたね。・・・あの、聞いてます?」

 自分の思考の世界に入っていた美智恵に向かって、西条が何気なく声を掛けた。

「え!? ああ、御免なさい。ちょっと考え事をしてたわ。で・・・何?」

 西条は、疲れているんじゃないですか、と少々苦笑いしながら、もう一度同じ質問を繰り返した。

「そうね。簡単とはいかなかったけど・・・色々と手を回して・・・ね。」

 美智恵は西条に含みを持たせた微笑を見せながら、そう答えた。
 都庁の地下にあるこの施設は、言うまでも無く日本最大、最新鋭の霊的活動拠点である。国家レベルの大災厄や魔神クラスの悪魔への対策として建造されており、間違っても個人のために使用することはまずありえない。例えその対象が“アシュタロス事件”の功労者であってもだ。
 だが実際には今現在、研究棟のみではあるがその使用が許されている。
 一週間前、横島の死亡が医学的に認定された時点でその遺体は行き場を失った。病院という所はあくまで“生きた人間”を預かる場所であって、“死んだ人間”は置いておく事は出来ない。しかし、横島には生存の可能性があると信じたかった美智恵以下の者達は、その遺体を何とか保存しておきたかった。
 そこで急遽美智恵は出来る限りのコネクションを活用して、この研究棟を押さえた。
 ここを選んだ理由はいくつかある。その中でも主な理由は二つ。
 一つ目は、ここには最新鋭の医療施設が存在する事。予測通りに横島が復活した場合、即座に生命維持を行わなければいけない事態もありうるからだ。
 二つ目は、前述と同じく最新鋭の霊的施設及び装置が導入されている事。これも同じく復活時に必要とする可能性がある。
 そして今、横島は研究棟のベッドに横たわっている、という状況なのだ。

「い・・・色々ですか・・・。」

 美智恵の“あまり聞かないで”と無言で語るその表情に、西条は思わず顔を引きつらせて笑った。

「・・・でも・・・本当の所は彼に施されている“法術”が目当てなんですよね? お偉いさんは。」

 苦笑いをやめてそう呟いた西条に、美智恵は少し目を大きくすると、知ってたの、と呟いた。
 実は横島の遺体は死亡時から殆ど変化が見られない。死亡した直後の状態をキープし続けていた。
 不審に思った美智恵達は、その理由が何らかの“法術”によるものだという事を突き止め、横島復活の可能性を希望から確信へと変えたのだ。

「そうよ。功労者とかコネクションなんて建前。要は未知なる術の研究の為に上層部はここを貸したって訳。」

 そんな事だろうと思っていました、と西条は肩をすくめた。

「まあ、いいじゃない。そんな事はどうでもいいのよ。大事なのは横島君を無事復活させる事よ。」

 ポン、と西条の肩を軽く叩くと、美智恵は朗らかに微笑む。
 確かにそうだ。こっちは横島を復活させる為に彼らを利用しているのだから。

「ギブ&テイク・・・だな。」

 おもむろにポケットからタバコを取り出すと、西条はタバコを咥えながら慣れた手つきで火をつけた。天井を見ながらゆっくりと吸い込んで堪能し、視線を戻すと目の前に美智恵の笑顔が現れた。

(あ・・・、青筋・・・。)

 端正な笑顔を作る美智恵のこめかみに浮かぶそれを、西条はこれから起こるであろうお説教を想像しながら、なすすべなく見つめていた。








 闇。
 そこには天も地も無く、ただ液体のようなねっとりとした闇だけがあった。
 体に絡みつくその闇は、不思議と恐怖も嫌悪感も無く、むしろ暖かくて心地よい。
 ゆらゆらとその闇の中で漂いながら、何故ここにいるのかをただぼんやりと考えていた。
 自分が誰なのか、いや何なのかさえ覚えていない。思い出す必要も無いようにすら思える。
 このままここでじっと漂うのも悪くない。なんとなく懐かしいこの暖かさの中で、そんな思いをめぐらしたりもする。
 どれ程の間こうしていたのだろうか。永遠とも思える時間の中で、何一つ変化の無いこの闇にほんの少し異変が起こった。
 目の前にちょこんと小さな光が一つ。その光は淡く儚く、フワフワと辺りを漂いながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

(・・・なんだろ・・・? どこかで・・・。)

 その光を何処かで見たような、そんな気がする。しかし、何処で見たのかを思い出そうにも頭が働かない。
 光は音も無く目の前まで来ると、不意に動きを止めた。

(・・・?)

 それが一体なんなのか分からないまま、ただぼんやりと見つめていると、突然フラッシュをたいたようにその光の点が強く輝いた。

(うわっ!)

 思わず視線を逸らしてその眩しさを堪え、再び視線を戻した時、そこには淡く輝く一人の女性が立っていた。
 寂しげにこちらを見つめるその女の瞳は、まるで泣くのを堪えて笑っているように見える。

(・・・この人、何処かで・・・。)

 会った事がある。間違いなく。そう確信して声を掛けようとした時、その女はスッと一歩後ろに遠ざかった。
 しかし嫌がっているという感じではない。彼女がこちらを見るその視線は優しく、そして暖かい。
 その女は暫くそうして一定の距離を置きながら、悲しげに微笑みながらじっとこちらを見つめていた。
 そんな彼女の口元が小さく動いた。何かを言っているようなのだが、その声がこちらには届かない。
 彼女の口の動きを何とか読み取とろうとするのだが、なにを言っているのか理解する事は難しい。
 その女はふと上方を見上げ、再びこちらに視線を戻すと両手を差し出して先ほどと同じように口を動かした。やはり声は届かないままだ。
 無意識に差し出された両手を握ると、女は少し照れたような顔をしながら微笑み、ふわりと浮き上がると漆黒の闇の中を少しづつ昇っていく。
 彼女が見つめる先にこちらも視線を向けると、先ほどまで気が付かなかった場所に小さな光の穴があることに気が付いた。彼女はどうやら自分をそこに連れて行こうとしているようだ。
 徐々に加速しているのだろうか、その光の穴はみるみるうちにこちらに近づいてくる。
 見上げれば確かにその穴は目の前にまで迫っていた。遠くで見たときは小さく感じたその穴は、間近で見ればとてつもなく大きなものであった。

(うわ・・・なんだよ、これ・・・?)

 それは“穴”と呼ぶよりは、光と闇の境界線と言ったほうがふさわしいかもしれない。それほどに大きく、そして圧倒的なものだった。
 二人は驚異的な速度でその光の海に飛び込んだ。
 一切の衝撃も音も無く、ただ光の洪水だけが彼らの周りを多い尽くす。同時に、忘れていた記憶が一気に脳内に流れ込んできた。

(あ・・・、ああっ! そうだ、思い出した! お前・・・!)

 全てを思い出し、今自分と共にいる女性の名を呼ぼうと視線を彼女に戻したが、眩い光の渦のせいで何も見えない。
 必死になって彼女の姿を追い求め、視線は天地を彷徨う。その間にも、体は凄まじい勢いで上昇し続けていた。

(・・・見えた!)

 光と闇の境界線がみるみる遠ざかり、先程見ていた光景とは逆に光の中に暗闇の穴が空いているように見える。その闇の穴の中に淡く輝く彼女を見つけた。
 遠目に映る彼女は、少し寂しそうに笑うと小さく手を振った・・・ように見えた。






「ルシオラァ!」

 己の絶叫で目が覚めた。無意識に伸ばした右手が虚しく空を切る。何かを掴み損ねたその右手の向こうに、見慣れない天井が見えた。

「今の・・・夢・・・だったのか?」

 ひどい夢を見ていたような気がする。横島は重い頭を振りながら、自分がいる室内を見回した。
 何故あんな夢を見たのだろう。夢の内容はもう殆ど覚えてはいなかったが、それでも少しは記憶に焼きついている。それは彼女の姿、ルシオラ。
 あの闇の中で、彼女は何かを伝えたかったのだろうか。それとも単に、己が夢の中の空想に過ぎないのか。
 暫くの間、横島はその事をぼんやりと思いながら、自分の記憶には無い天井の模様を何気なく眺めていた。

「・・・どこだ、ここ。」

 ポツリと呟く。ゆっくりと起き上がると、横島はようやく自分がいつもとは違う場所で眠っていた事に気が付いた。
 おもむろに見回すと、なにやら極彩色豊かな壁と柱、そして天井には見事な唐草模様が施され、全体的に日本の家屋とはかけ離れた印象をその部屋からは受ける。
 横島の持っている僅かな知識の中で、最も近いイメージで言うとするならば“超高級中華風建造物”という表現が一番しっくり来るだろうか。

「あら、今大きな声を出したのは・・・貴方?」

 不意に横島の後方から、やや低めの落ち着いた女性の声がした。

「ようやく“塞がった”のね。なかなか目を覚まさないから心配しましたよ。」

 その声の主は、赤に近い栗色の長い髪を緩やかに纏めて後ろに流し、柔らかな布地の衣服をまとっていた。世間一般的に言う天女の姿、といえば分かって頂けるだろうか。
 その天女は横島に優しく微笑むと、そっと近づき顔を覗き込んだ。

「うん、大丈夫そうですね。では、ご案内致します。」

 一通り横島の状態を確認した後、天女はふわりと羽衣を翻して部屋の出口へと歩き出した。

「へ? “ご案内”って?」

 正直な話、何がなんだかさっぱり分からない。いきなり中華飯店のVIPにでもなったのだろうか。横島はきょとんとした顔で部屋を出ようとする天女の後ろ姿を眺めていた。
 そんな横島に気が付いたのか、天女は立ち止まり振り替えるともう一度微笑んだ。

「どうなさいました? さあ、孔雀様がお待ちですよ。どうぞこちらへ。」
「孔雀様?」

 ますます意味が分からない。分かっている事は目の前のお姉さんが、切れ長な目のクールな美人さんだという事ぐらいだ。横島は己がどうすべきなのかを決める事が出来ないでいた。

「えーと・・・、僕は何故ここにいるのでしょう?」

 きょろきょろと周囲へと視線を走らせながら、横島は笑顔を絶やさず彼の反応を待っている美しい天女に問いかけた。

「さあ、私は詳しい事情を存じておりません。貴方をここに連れてきたのは孔雀様ですから。」

 彼女は下唇に人差し指を当てて少し考えるそぶりを見せながら、横島の質問にそう答えた。クールな容姿に似合わず可愛らしい仕草だ。

「なんかよく分からんが、貴女が助けてくれたんでしょう!?
 何かお礼をしたいんですが・・・あいにく今は何も持ち合わせていません。僕にはこの肉体を差し出す事しか・・・!」

 その天女の容姿と仕草に興奮したのか、横島は半ば条件反射的に天女に飛び掛った。
 だが、奇妙な事に抱きついたはずの天女の体はするりと横島の体を通り抜け、その両手は虚しく宙を切るだけだった。

「あ・・・あれ?」

 横島はきょとんとした顔を作ると、振り返って天女をみた。天女はクスクスと笑っている。

「肉体も何も・・・貴方霊魂だけじゃないですか。」

 横島の言動を冗談だと思ったのか、その天女は本当におかしそうに笑っている。
 天女が言っている事がよく理解できないまま、横島は己の体を見た。そこには半透明に透けた、頼りない輪郭のおぼろげな胴体があった。

「な・・・なんじゃこりゃー!?」

 言葉の通り、横島は現状を把握する事が出来ないでいた。いや、自分が霊体なのは分かる。かつて何度か幽体離脱を経験しているし、職業柄“霊”というものも見飽きているくらい見ているから。
 問題なのは、何で自分が霊体なのかという事だ。

「さあ、いい加減参りましょう? 孔雀様もお暇ではありませんし。」

 あれこれと考えている横島に流石の天女もしびれを切らしたのか、少々眉をしかめて促すとそれ以上何も言わずに歩きだした。






「調査結果が出ました、美神支部長。」

 オカルトGメンから派遣されている調査員の一人が、モニターを眺めていた美智恵に声を掛けた。

「副支部長でしょ。それに今は非常勤顧問よ。」

 部下の自分に対する呼称を軽く笑いながらたしなめると、美智恵は調査員の方に視線を切り替えた。
 美智恵は現在、ICPO超常犯罪課日本支部の課長補佐を勤めている。よって正しい立場は副支部長なのだが、現支部長が職員からあまり人気が無いせいか、彼らは通常彼女の事を支部長と呼んでいるようだ。

「それで? 結果は?」

 たしなめられた部下は苦笑いしながら、手元の資料を美智恵に渡しながら結果を報告し始めた。

「支部長・・・おっと、顧問の仮説通りのようですね。相当に高度な法術がかけられているようです。
 おかげでプロテクトの方も強力だったもんですから今まで時間が掛かってしまいましたけどね。
 この法術によって、サンプルの体は細胞レベルで時間経過が通常の千分の一以下の速度に意図的に落とされてます。」
「・・・どういう事?」
「えー、分かりやすく言うとですね、つまり細胞一つ一つの時間の進み具合が遅くなっているんです。
 要はサンプルの肉体的経過時間は、死亡時からまだ数十分程度しか経っていないって事です。」
「蘇生する為の状態としては充分な鮮度って事ね。それで・・・今のオカルト技術でそこまで出来るものなの?」

 部下の報告を聞きながら渡された資料にさっと目を通した後、美智恵は椅子に座ったままの姿勢で上目遣いに質問した。
 すると部下の男はとぼけたように肩をすくめ、その仕草で彼女の質問に対する答えとした。

「物質の時間軸だけを遅らせるなんて芸当は初めて見ましたよ。
 まあ、上層部に報告するには都合が良いといえば都合が良いんですけどね。」

 確かに。美智恵は頷いた。
 これで何者かが横島を保護しているという希望の裏づけが出来た上に、この施設を利用する大義名分が整ったと言う訳だ。
 もしかすると、この術をかけた何者かはこの事態をも想定していたのかもしれない、と美智恵はふと考えた。勿論、あくまでも都合のいい仮説ではあるけれども。
 どちらにしても遠慮する事は無いはずだ。上層部に貸しを作るためにも、この法術のメカニズムを徹底的に調べておくべきだ。

(・・・とにかく、ようやくあの子にも笑顔が戻りそうだわ・・・。)

 美智恵はモニター越しに映る横島のベッドに片時も離れずにいる我が娘、令子の姿を眺めながら小さくため息を吐いた。


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