椎名作品二次創作小説投稿広場


あなたのために…

緑色の道程(その1)


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:05/ 1/ 3

 小竜姫が美神除霊事務所を訪れてから数日後…。
 


 都心から離れた山奥にある有名な心霊スポットで、数年前に廃業した病院の建物がある。
 ここは有名になるだけあって、確かな霊気を感じることができた。
 今夜、この建物に一人の男が入り込んでいた。
 彼の風貌は、怖いもの見たさの無軌道な若者といった雰囲気ではなかった。動きに関しても、まるで訓練された軍人のように無駄がない。

「ふぅ、ようやくここまで追い詰めたか…」
 
 男は、一階から順に建物の中を注意深く探索する。やがて、三階奥にある扉の閉まった病室の前で、息を殺し中の様子をうかがう。

 がさっ。

 部屋の中で、『何か』が動く音がした。
 その音は、日常であれば聞き逃してしまうほど小さなものだったが、静かな建物の中で全ての感覚を集中させていた男にとって、充分過ぎる音量であった。

 男は小さく気合を入れると、目の前の扉を蹴破った。

「動くなっ!」

 男が右手に持った両刃の剣を構えたまま叫ぶと、ボロボロになったベッドの裏に隠れていた影が体を震わす。
 それを見逃さず、相手に隙を与えないように言葉を続ける。

「オカルトGメンだ!そのまま投降するなら危害を加えるつもりはないが、もし抵抗すれば容赦はしないっ」

 男の名前は、西条輝彦。
 『ICPO超常犯罪課日本支部』に勤務する国際的公務員である。
 その長髪と悪くないルックスは、横島に敵と判断されるのに充分であった。
  
 西条の言葉に応えてベッドの影から這って出てきたのは、怯えた表情の十代のカップルだった。
 二人を見て、西条のこめかみが『ぴくっ』と動いた。

「君たちは一般人か?この建物は、立ち入り禁止になっていたはずだが…」

 苛立ちを隠さないままの声で、西条は聞く。

「あ、あ、あ…」

 あまりの恐怖のため、言葉が出ないようだ。

「はぁ…」

 西条は深くため息をつき、愛剣『ジャスティス』を鞘に戻す。

「もういい。早くここから立ち去りなさい…」

 と言って、西条は部屋の出口を指差した。
 しかし、カップルは震えたままその場を動こうとしない。

「ひょっとして、腰が抜けて動けないのか?」  
「は、はひぃ…」

 男のほうが、情けない声で答える。
 西条は小さく首を横に振りながら、ポケットから携帯電話取り出し、電話をかける。

「…もしもし、僕だ。例の目撃現場に来ているんだが、一般人が入り込んでいるんだ。悪いが、迎えを寄こしてくれないか?…あぁ、すまない」

 手短に用件だけ言って電話を切る。

「しばらくしたら、警察が来る。それまで、待っていてくれたまえ」

 それだけ言うと、割れた窓から外を見る。

(情報が間違っていたのか、すでに逃げ出した後なのか…。どちらにしろ、さすがに一筋縄ではいかないな…。相手は、こちらの心が読める妖怪『サトリ』、僕一人では少し辛いな…)

 空では月が怪しく輝いていた。










 
 横島とタマモは買い物袋を持って、事務所に帰っていた。
 おキヌから

『試験勉強のため帰宅が遅くなりそうだから、夕飯の買い物をしておいてくださいね』

 と、頼まれたのだ。
 
「ねえ、横島」
 
 タマモは、買い物袋をブラブラ揺らしながら隣を歩いている横島に声をかける。

「ん?」
「人間って、捨てられてるネコとか犬を拾って育てるんでしょ?」
「まぁ、そういうこともあるだろうな」
「だよねぇ」
「何だよ、突然」
「実は、昼間散歩している時に拾ちゃったのよ」
「ほぉ、お前がねぇ…」

 横島は意外そうに呟く。

「で、事務所に置いたままなんだけど…」

 動物を『置いたまま』と表現するタマモに苦笑する横島。

「おキヌちゃんには?」
「…言ってない」
「俺の方からも話してやるから、帰ったらすぐに言うんだぞ」
「うん、分かった」

 タマモは小走りで横島の前に出て振り向くと

「えへへ…、横島、ありがと」

 そう微笑んだ。

(か、可愛い…)

 一瞬、そう思った横島だったが

「ちがうんやーっ、タマモにときめいた訳やないっ!!太陽が、太陽がちょっと眩しかっただけなんやーっ!!」

 と叫びながら、地面に頭を何度も打ちつけた。

「変な横島…」











「あれって、おキヌちゃんじゃないか?わざわざ迎えに来てくれたのかな」

 あと数分で事務所に着くところで、横島は目の前から走ってくるおキヌに気付いた。

「本当だ。…でも、なんか様子がおかしくない?」

 タマモの指摘どおり、おキヌは何か怯えている様子で走ってくる。
 ようやく横島たちに気付き、安堵の表情を浮かべたが、すぐに泣きそうな表情になる。

「ど、どうしたの、おキヌちゃん?」

 一目で何かがあったと分かるおキヌに駆け寄り、声をかける横島。
 タマモも後に続く。

「よ、横島さんっ、た、大変ですっ」

 おキヌは、肩で息をしながら横島の袖を『ぎゅっ』と握る。
 
「とりあえず落ち着いて…ね?」

 そう言って横島はおキヌに微笑みかける。
 一瞬動きの止まったおキヌだったが、顔を真っ赤にしてうつむく。

「は、はい…」

 それだけ言うのがやっとであった。

「で、何があったの?」

 おキヌに尋ねるタマモの表情は、少し曇っていた。

「そ、そうだっ!タマモちゃんたちの部屋に知らない男の人が…」   

 その時の恐怖を思い出したのか、おキヌは身震いをする。

「知らない男の人…?美神さんの知り合いとかじゃなくて?」
 
 横島の疑問は当然だった。美神の事務所は、色々な種族が出入りしているのだ。 その中には、おキヌが知らない人物がいてもおかしくはない。

「でも、屋根裏部屋にいたんですよ。普通なら応接室で待っているんじゃないですか?」
「まぁ、確かに…。あっ、人口幽霊一号は何か言ってた?」
「い、いえ…。私も慌てて飛び出して来ちゃったから…」
「う〜ん、ひょっとしたら…」
「横島さん、心当たりがあるんですか?」
「いや、美神さんの脱税に対しての国税局の立入り調査だったりして…」
「…ありそうですけど、そんな雰囲気の人じゃなかったと思います」

 そんな横島とおキヌの会話を、気まずそうな表情で見ているタマモ。

「とりあえず、事務所に行こう。誰もいないって状況は非常にマズイ。万が一何かあったとき、美神さんに殺されるのは俺だ…」

 そう言って、事務所に向かおうとする横島だったが

「でも、大きくて強そうな男の人でしたよ…」

 そのおキヌの言葉を聞いて、フリーズする。
 そのまま格好で

「…ピートとタイガーも呼んでいいかな?」

 と泣きそうな声で聞く。

「だ、大丈夫よ、きっと」

 慌てて答えるタマモ。

「あのなぁ、タマモ。このメンバーで、正面に行くのは俺じゃねーか」
「そうなんだけど…。なんとなく、横島とおキヌちゃんが考えていることにはならないと思うのよ」
「?」
「ほら、危なくなったら文珠を使って逃げればいいんだし、ね」
「う〜、本当に危なくなったら、すぐ逃げるからな!」

 タマモの懇願に負けて、横島は渋々三人で事務所に行くことに納得する。

「全然、問題ないわよ。ほら、そうと決まれば早速行こっ」

 横島の腕を取り、小走りで走っていくタマモ。
 呆気に取られながら引っ張られていく横島を見ていたおキヌだが

「あぁ〜、待ってくださいよ〜」

 と、慌てて二人を追いかけた。











 事務所の前に、汚れたランニングを着た男が立っていた。
 色黒で身長は180センチを超えている。
 明らかに怪しい風貌である。
 彼は何かを探すように、辺りを見回していた。

「あ、あかん…。国税局じゃないのは間違いないけど、勝てる気がまったくせんぞ」

 横島は、曲がり角の陰から男を見て言った。

「あのバカ、家を出るなって言ってたのに…」

 頭を抱えながら小さく呟くタマモ。

「タマモちゃん、何か言った?」
「う、ううん。何でもない」
「あっ、やべぇ!気付かれたっ」

 慌てて頭を引っ込める横島だったが、ちょうど後ろにいたタマモにぶつかる。

「いたっ!」
「がっ!」

 横島は後頭部を、タマモは額を押さえてうずくまる。

「んなとこにいるなっ!!」
「そんなの私の勝手でしょっ!アンタこそ気をつけなさいよっ」
「なっ、なんだと〜!」
「なによ〜!」

 涙目でにらみ合う二人。
 どうやら、どちらも本気で痛かったらしい。

「よ、横島さぁ〜ん…」

 後ろから、おキヌの呼ぶ声が聞こえた横島は振り向く。

「……」
「…大丈夫ですか?」

 立っているおキヌの上から、さっきの男が横島に声をかけた。
 おキヌの顔には冷や汗が流れている。

「…お、おキヌちゃんを離せっ!」

 横島の右手に霊波刀が生成される。
 少しでも隙があれば、おキヌを押し退けて男に切りかかれる体勢である。

「ち、ちょっと横島…」
「タマモは下がって支援してくれ!」
「いや、だから、その人は…」
「くっそ〜、間抜けな顔してるくせに、まったく隙がないっ」
「あの、横島?」
「しか〜し、この『GS横島忠夫』、貴様のような悪には屈さないぞ!」

 男は臨戦態勢を取っているわけではない。むしろ無防備である。
 ただ、今の横島のテンションなら、低級霊でも強敵になってしまうのではないだろうか。

「私の…話を聞けーっ!!」
「ぎゃっ!!」

 タマモは自分の話を聞いてくれない横島に、近くにあったポリバケツを投げつけた。
 ポリバケツは横島の後頭部にクリーンヒットして、中身を散乱させる。

「あの人は、いつもあんな感じなんですか?」

 と、聞く男に

「まぁ、大体あんな感じです…」

 『あはは…』と弱く笑いながら答えるおキヌであった。












「つまり、お前が『拾ってきた』のが、この人だと?」

 事務所の中で横島はタマモに聞く。
 男が危険そうではないと判断したおキヌの提案で、四人は事務所に戻ったのだ。

「そうよ。それを説明しようとしたのに、横島が早とちりするから…」
「人間は、拾っていいものじゃないっ!」
「でも、人間じゃないわよ?」
「「えっ!?」」

 横島とおキヌの声がそろう。
 タマモが男に目配せする。自己紹介しろということなのだろう。

「はい、私は『サトリ』…妖怪です」

 タマモの合図に応えて、男…サトリが、頭を下げる。

「さ、サトリだって〜っ!」
「横島さん知っているんですか?」

 突然、叫んだ横島におキヌが聞く。

「いや、知らない」 

 おキヌとタマモは『だぁ〜』と、こける。

「知らないなら、意味有り気に驚かないで下さいっ」
「いや〜、いつもなら美神さんとかが、驚きながら詳しく解説してくれるだろ?今回それがないから責任感で、ついつい…」

 頭をかきながら笑う横島。

「ってことで、人口幽霊一号。お前なら知ってるだろ?」

 横島は、今までの話を聞いているであろう人口幽霊一号に話を振る。

『検索中…。「サトリ」とは、日本の民話に出てくる異獣の総称です。人語を理解し、人の意を察することができると言われています。伝承によっては人に害を及ぼすことはないとされていたり、心を読まれ続け、何も考えられなくなると喰われてしまう、ともされています』

「た、食べられちゃうんですか…」
「聞かなきゃよかった…」

 人口幽霊一号の言葉に、驚きを隠せない横島とおキヌ。

「それは人間たちが勝手に想像したものじゃない。まったく私の時といい、事実を捏造しておいて勝手よ」

 タマモは、不満そうに腕を組む。

「いいんですよ、タマモさん。お二人とも、私は確かに人間の言葉を理解することができます。ただ、無差別に人の心を読めるという訳ではありません。相手の体に触れなければいけませんし、その人の過去しか視ることができません。…横島さん、ちょっと手を出してもらえますか?」
「えっ?こ、こうかな…」

 横島はおずおずと右手をサトリの前に差し出す。
 その手をサトリは自分の大きな両手で包み込み、そっと目を閉じる。
 サトリがゆっくりと息を吸い込むと、部屋の空気が震えた。
 窓ガラスが振動し、部屋の電気が激しく明滅する。

「な、何っ、どうしたの?」
『わ、分かりません、ミス・おキヌ。ただ、強力な霊場反応がこの部屋から検出されていますっ』

 混乱するおキヌと人口幽霊一号に対し、腕を組んだままじっと横島とサトリの様子を見つめるタマモ。

(今、横島は過去の記憶を強引に思い出させられている。こんなに強力なら、私の記憶も…)


「ふぅ〜、ふぅ〜…」

 サトリの呼吸が荒くなり、汗も大量に出ている。

「あ、あ、ぐっ…」

 横島も、目を閉じ必死に何かに耐えている。

(何だ、これ。記憶が逆流するっていうか…)

 目を閉じているはずなのに、横島には自分の記憶がスクリーンの映像のように目の前で映し出されていた。

(これは、ルシオラと初めて夕日を見た時だ…。次は、逆天号から落ちそうになったルシオラを助けた時…。そして、あいつと初めてキスを…)
 
 次々と映し出されるルシオラとの思い出に、横島は自分でも気付かないうちに自然に涙を流していた。

 そして…




(『ヨコシマ………ありがとう』)




「ルシオラー!!」

 記憶の中と現実の横島がほぼ同時に叫んだ瞬間、サトリの手から横島の手が解放された。
 その瞬間、部屋の中で起こっていた全ての現象が嘘のように静まった。 
 
「はぁはぁはぁ…」
「ぐっ…」

 横島がゆっくり目を開けると、サトリの目からも涙が溢れていた。
 しかし、その様子は尋常ではなかった。
 今にも死にそうな雰囲気すら感じさせる。

「あんた…」

 声をかけようとした横島だったが、いつの間にか隣にいたタマモがそれを止める。

「た、タマモ?」
「しばらく、そのままにしておいてあげて。おキヌちゃん、水を持ってきてくれる?」
「あっ、うん。ちょっと待ってて」

 しばらく呆然としていたおキヌだったが、タマモから頼まれると急いで台所に向かう。

「サトリは過去を視ると、相手が体験した心の傷を自分の体の変調として受け止めるの…。それより、横島は大丈夫?」
「俺か?俺は大丈夫だけど…」
「…」

 そう答える横島を、タマモは無言のまま優しく抱きしめる。

「お、おい、タマモ?」
「バカ…何も言わないで」

(大丈夫なわけないじゃない…。サトリがこんなに苦しんでいるってことは、横島の過去の傷が相当深いってことなんだから…)

 なぜこんなことをしてしまったのかタマモにも、よく分からなかった。
 ただ、サトリに過去を視られている時の横島の涙と、最後に叫んだ名前、それを聞いたときのおキヌの表情…、それらがタマモの感情を乱したのは確かだった。


 プルルルルッ。


 タマモの思考を遮るように、電話が鳴る。
 この時ばかりは、文明の利器を恨めしく思ったタマモだった。 


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