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あなたのために…

小さな光


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:05/ 1/ 2

「…と、そんな感じです」

 小竜姫は、喉を潤すためにお茶を一口飲む。

「あ、ありがとうございました〜…」

 おキヌの表情は憔悴しきっていた。
 真面目な彼女は、小竜姫の言葉を一言も聞き逃さず、大学ノートに書いていたのだ。

(おキヌちゃんの百分の一でもいいから、美神さんに見習って欲しいなぁ…)

 グロッキー状態のおキヌを見ながら、小竜姫は苦笑する。

「後は実戦で慣れていくだけね」
「ふぇ〜、それが一番心配なんですよぉ」
「確かに、ネクロマンサーの笛だけでは…」

(ネクロマンサーの笛は、あくまで補助的なアイテム…。しかも、彼女の霊力は決して高くない)

 小竜姫は、腕を組んで考え込む。
 
「…おキヌちゃんは、どんな能力が自分に合っていると思う?」
「え?」
「横島さんの文珠、雪之丞さんの魔装術、冥子さんの式神…。偶然にも貴女の周りには、多種多様な能力の持ち主がいるの。『真似をしなさい』とは言わないけど、参考ぐらいにはしていいんじゃない?」
「私に合ってる能力…」
「私もアドバイスはできるけど、最終的に決めるのはおキヌちゃん自身よ」

 小竜姫の言葉を聞き、真剣な表情で思案するおキヌ。

(そう、たくさん悩みなさい。それが、貴女が強くなるための『糧』になるのだから…)
 
 小竜姫は、自分に妹がいたらこんな感じなのではないかと思っていた。









「ねぇ横島、生きてる?」

 血だらけのまま仰向けで倒れている横島の隣に座り込んで話しかけるタマモ。
 しかし、横島は白目を剥いたまま動かない。
 しばらく面白くなさそうに横島を見ていたタマモだが、突然辺りをキョロキョロうかがう。
 おキヌと小竜姫が話に集中していて、こちらを見ていないことを確認すると、ゆっくりと横島の顔に自分の顔を近づける…。

「…」

 お互いの息がかかる距離…。
 相手が血だらけで白目を剥いている横島でなければ、今にも甘い音楽が流れてきそうである。
 横島を見つめるタマモの瞳が、少し潤んでいるように見えるのは光の加減だろうか。

「よこしま…」

 タマモはそっと呟き、まぶたを閉じる…。

 そして…… 




  

「…おキヌちゃんと小竜姫様が脱ぎ始めた」
「なんやとーっ!!」

 『がばーっ!』と、跳ね起きる横島。

「ど、どこやーっ、その桃源郷はっ!」

 叫びながら、横島は辺りを見回す。
 当然のことながら、おキヌと小竜姫は横島が気を失った時のままである。

「あ、あれ?」
「ど、どうしたんですか、横島さん?」

 小竜姫が焦りながら聞く。

「あ、いえ、何でもナイデス…」
「ひょっとして、打ち所が悪かったんですか?」
「大丈夫っすよ!これぐらい美神さんの折檻で慣れてますから。あっははは〜」
「横島さぁ〜ん…」
「おキヌちゃん!?何か随分と疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「はふぅ〜」

 おキヌは、そのまま机に突っ伏す。

「お、おキヌちゃんっ!!」
「ちょっと張り切り過ぎちゃいました、てへっ」
「し、小竜姫様、お茶目にしても駄目ですよ…」


「…横島で遊ぶのって、ホント楽し」

 タマモは、涙を浮かべて笑いを堪えながら、横島に気付かれないよう台所に避難した。




 プルルルルッ。
 事務所の電話が鳴り響く。
 いつもはおキヌが電話にでるのだが、さすがに今はそれどころではないらしい。
 机から動く気配すらない。

「はい、美神除霊…」
『横島センセーっ!!』
「ぐわっ…」

 横島は慌てて受話器を耳から離す。

『拙者は元気でござるよ〜っ。横島先生の方はお変わりないでござるかっ?女狐に迷惑かけられてないでござるかっ?』
「あの駄犬…」

 いなり寿司を持って台所から戻ってきたタマモは、こめかみを押さえながらうな垂れた。

『早くセンセーと散歩に行きたいで…』

 ピッ。

 横島は、容赦なく電話を切る。

 プルルルルッ。

「はい…」
『この、キツネーっ!!拙者と横島先生の会話を邪魔するなでご…』

 ピッ。

「今、シロちゃんの声が…」
「してない、してない」

 おキヌの弱々しい問いに、ぞんざいに答えるタマモ。

 プルルルルッ。

「…ちっ」
『切るなっ、バカ横島ーっ!!』
「み、美神さん!?」
『ったく、シロは横島君のことになると見境がなくなるんだから…』

 美神の後ろから『むぐ〜』とか『ぐぐぐっ』というくぐもった声が聞こえていた。

「どーしたんっすか?」
『シロが夜になると遠吠えするのよ…。センセーとか言いながら。このままだと寝不足になるから、シロに電話させたんだけど逆効果だったみたいね』
「あはは…」
『で、そっちは問題ない?』
「えぇ、今のところは。あっ、小竜姫様が来てますけど…」
『何、また厄介事を運んできたんじゃないでしょうねぇ?』
「遊びに来ただけって言ってましたよ」
『怪しいわね…。そうだ、仕事の依頼とかは入ってない?』
「いえ、ないですね」
『はぁ、どこも不景気ねぇ…。でも、丁度よかったわ』
「え?」
『こっちの方で、依頼があったのよ。前払い金が5千万で成功報酬が1億…。エミと共同ってのが気に入らないけど、おいしい仕事でしょ〜。うふふふ…』
「ま、マジですか?」
『ってことで、そっちにはまだ帰れないから。仕事の依頼は断っていいわよ』
「は、はぁ…」
『じゃ、電話代が高くなるから切るわよ』

 がちゃっ。

『ツーツーツー…』

「なんつー、身勝手な電話の切り方…」
「美神さんは、何て?」

 小竜姫が、横島の横に来て聞く。

「もうしばらく帰れないみたいです」
「また、お金儲けですか?」
「バレバレっすねぇ。しかも、小竜姫様が来たのには何か裏があるんじゃないかって疑ってましたよ」
「私だって、息抜きすることだってありますよ。美神さんは、私のことを竜神じゃなくて疫病神と勘違いしてるんじゃないですか?」

 二人は、顔を見合わせて苦笑した。

 
 





「小竜姫様、聞きたいんですけど…」
「なんでしょう?」
「ちょっと前に、ネズミのネクロマンサーを退治したことがあるんっすよ」
「ネズミのネクロマンサーとは、珍しいですね」
「美神さんの話によると、そいつは死霊だけじゃなくて人間も操れた、っていうか俺も操られてたらしいんです」
「人間も…?」
「同じネクロマンサーである以上、おキヌちゃんも人間を操ることができるようになりますか?」
「できるかできないかで言えば、恐らくできるでしょう。おキヌちゃんの素質は悪くないと思いますし。後は、本人が自分の潜在能力に気

付くかどうかですね。昔の横島さんと同じような状況だと…」
「なるほど…」
「でも、まだおキヌちゃんには言わない方が…」
「もちろんです。美神さんも言ってましたけど、人間の精神コントロールをするためには、相当のパワーがないといけないんでしょ?」
「えぇ。今は、まだ早過ぎます。今日、彼女に教授した中には、基本的な霊力増加修行も含まれてますから、時期を見て話すべきでしょうね」
「はい…」

 小竜姫は真剣な表情の横島から視線を外すと

「…おキヌちゃんのことが、心配ですか?」

 小さく聞いた。

「まぁ、心配ですよ。おキヌちゃんって、自分のことは溜め込んじゃうタイプだから…。俺なんかじゃ、あんまり力にならないかもしれないですけど、やっぱり仲間ですから」
「そう…ですか」


 小竜姫は、横島の強さの根幹にあるものは『無差別で無意識の優しさ』であると考えていた。
 自分の大切なものを守るためには規格外の強さを発揮できるが、その反面、守れなかった時の傷はとても深くなってしまう。
 そんな危うさを抱えている横島を、自分が見守らなければいけないと思っていたのだ。
 
 しかしアシュタロス事件の時、神魔族である自分たちが不甲斐ないために、事件の収束を人間であるGSに任せ、最悪の選択を横島にさせてしまった。
 小竜姫にとって、その事実は彼に対しての負い目になっていた。
 
(少しでも、横島さんにおかしなところがあったら私は…)

 小竜姫は事件後、極秘でヒャクメに横島の様子を監視させることにした。
 それは、彼女の贖罪でもあったのだろう。
 しかし横島の行動は、小竜姫の知っているものと何も変わらなかった。
 特に無理をしている様子もない…。
 そんな横島を見ているうちに

(ルシオラさんや美神さんたちが安心できるように、いつもの横島さんでいるんだ…。彼にとって『悲しむこと』と『忘れないこと』は、別なんですね…。私が見出した才能は、師である私の想像を遥かに超えて成長してしまったみたい)

 と考えるようになっていた。
 それに気付いたとき、小竜姫は少し寂しさを感じていた。
 手のかかった子供ほど、手放す時の喪失感が大きいのである。
 自分は許されてもいいのかもしれない、もし自分がいつまでも罪悪感を感じていたら、横島の思いを裏切ってしまうような気がしていたのだ。
 だから今日、美神の事務所のチャイムを鳴らす前に

(横島さんに対して、まっすぐ向き合う…!)
 
 と、密かに覚悟を決めていた。
 いつも通りの横島の行動に、反射的に自分らしい行動を取れた瞬間、小竜姫が抱えていた全ての重荷がなくなった。
 小竜姫にとっての『アシュタロス事件』は、この時、真の意味で幕を閉じたのである。
 
 ただ、彼女の今後にとって重要な問題(今までの問題に比べれば、随分と規模の小さいものだが…)が、新たに発生してしまったことに気付くためには、もうしばらく時間がかかりそうである。








「それじゃ、そろそろ帰りますね」
「えっ、もう帰っちゃうんですか?」

 横島が、意外そうに聞く。

「今日は、あんまり遅くなれないんですよ。パビリオに内緒で来ちゃってますから…」
「何か、門限の厳しい学生みたいっすね〜」
「あら、学生っていうほど私は若くありませんよ」
「いえいえ、充分…痛っ!!」
「横島さん、あんまり引き止めちゃ悪いですよ」 

 小竜姫に見えない角度で、おキヌが笑顔のまま横島をつねる。  

「そ、それじゃ〜、気をつけてくださいね…」

 横島は、涙を流しながら小竜姫に手を振る。

「は、はぁ…。あっ、おキヌちゃん」
「え?」
「私からの問題は宿題です。しっかり、考えるように」
「は、はいっ!」

 満足そうに頷くと、小竜姫は消えた。

「…」
「どうした、タマモ?」 
「ん、べっつに〜」
「何か不満そうだぞ」
「不満なんてないわよ…」
「本当か?」
「あんまりしつこいと燃やすわよっ」

 タマモがそう言って横島を睨むと、横島の頭の周りに狐火が発生する。

「お、落ち着け、タマモ…」

 ホールドアップ状態の横島。
 そんな二人の状況を見ながら、おキヌは考え込んでいた。

(狐火…何か引っかかるんだけどなぁ)

「ってか、話し合えば分かるっ」
「遺言はそれでいいの?」

 横島は、じりじりと追い詰められる。

「狐火…、狐火…」
「待てっ、タマモ!おキヌちゃんが、考え事してるっ」
「?」

 タマモがおキヌを見た瞬間

「そうだっ!!」

 おキヌが叫んだ。

「な、何、おキヌちゃん?」
「小竜姫様から自分に合った能力を考えるように言われたんですけど、タマモちゃんの狐火を見て思いついちゃいました!」
「私の狐火で…?」
「うん。横島さん、幽霊の時と幽体離脱している時の違いって分かります?」
「えっ、生きてるか死んでるか、かなぁ?」
「違いますよ〜。正解は、火の玉があるかないかです」
「火の玉?」
「ほら、思い出してください。幽霊のとき、私の体の周りをふらふら浮いてたじゃないですか?」
「そう言われてみれば…」
「あれが、意識的に出せるようになれば、タマモちゃんの狐火みたいに使えるんじゃないかなぁって」
「なるほど…」
「簡単に言うけど、それってひょっとして難しいんじゃないの?」
「た、確かに…。でも、火の玉なら笛を吹きながら使えそうだしなぁ」
「まだ不鮮明ですけど、なんとなく少し光が見えた気がします!」

 小さくガッツポーズを取るおキヌ。

「あっ、お茶入れ直しましょうね」

 急須を持って、おキヌはパタパタと台所へ向かう。 

「元気出てきたみたいね、おキヌちゃん」
「あぁ、良かったよ」
「でも、まさか『火の玉』とはねぇ…。さすがに想像できなかったわよ」
「お前は、幽霊の頃のおキヌちゃんを知らんからなぁ」
「私の狐火が役に立てて、良かったわ」
「ってか、タマモ」
「?」
「お前、ちょっと変わったよな」
「そう?」
「表情が優しくなった…かな?」
「褒めても何も出ないわよ」
「いらねーよ」
「…ふんっ」
「横島さーん、ちょっと来てもらえます?」
「どーした、おキヌちゃん?」

 横島はタマモの頭を軽く『ぽんっ』と叩くと、おキヌのもとに向かった。




「はぁ…」
『どうしました?』
「別に…。ただ、おキヌちゃんは大変なことを考えてるし、龍神族の小竜姫は出てくるし、な〜んか今までの展開的に面倒なことになりそうだなぁ、って思っただけよ」
『お察しします…』
「まっ、私は横島で遊べれば飽きることはないから、いいんだけどね。…ふぁ〜、眠い。じゃあ、私は部屋に戻るわね」
『お休みなさい』
「はいはい」

 横島に叩かれた部分に触ったまま、タマモは屋根裏部屋に戻っていった。


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