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BACK TO THE PAST!

生きるという事(後編)


投稿者名:核砂糖
投稿日時:05/ 1/ 1


障子を通過することによって程よい、やわらかい光になった日光が、部屋中をのたうつケーブルを、黒光りさせている。

ここはさっきとは打って変わって、健康診断中の横島たちがいる居間である。


「なあ小僧」
「ん?」
突然今まで計器を見つめ続けていたドクターカオスが唐突に、こちらは全身を覆いつくすケーブルで18禁アニメに出てくる触手の化け物のようになっている横島に声を掛けた。
「体が治ったらやはりここを発つ気か?」
横島は一瞬「そんなことは・・・」と言いかけ、思案した後
「あんたに嘘ついてもしょうがないな・・・。そうさ。俺はここを発つつもりでいる」
案外はっきりした声でそう言った。
「お嬢ちゃん・・・泣くぞ?」
「そーだろーな・・・そいつが心残りだ」



・・・しばしの無言の後、ドクターカオスは重々しく口を開いた。


「・・・いいか小僧?よく聞けよ。いい加減過去にとらわれ続けるのはやめろ。
確かにわしは九年前お前さんが闇に身を堕とすの止めはしなかった。
だがな、それは誰もお前さんを求める者がおらんと思ったからであって、もし今同じ事が起ころうというのならわしは全力で止めさせてもらうぞ?」
計器の向こうから、力強い口調で発せられるその言葉は、かつてヨーロッパの魔王と呼ばれていた天才が発したものだと十分に理解させられるに値するモノであった。

しかし、今その言葉を投げかけられているのは紛れもない本物の魔神であって、その『言葉の力』が彼の心に届いているかは知る由もない。
「確かに復讐とは甘味なモノよ。だがそれを行うにはそれなりの覚悟と・・・立場というものが必要なのだ。
解るだろう?小僧。お前は周りを悲しませたりしたくないはずだ。昔を思い出せ。お前はそれを恥じていると思うが今のお前よりもよっぽどいい人間であったはずだ・・・。
・・・頼むからもっと自分らしく生きてくれ。余計なお世話だと思うが、この老人は今のお前が見てられんのだ」
いつものカオスとは似てもつかない、重さのある言葉を受け、横島はじっと考え込むように目を閉じた。
そしてしばらくして口を開く。




「・・・・スマン。難しすぎて話がわからん」
「だぁぁ!!」
あきれ返ったカオスは額を液晶画面にぶつけてしまい、その衝撃で煙を立て始めたコンピューターをあわてて停止させる。
自分がはいた言葉が呼んだ予想外の出来事に、さすがの横島も苦笑いを浮かべた。
「あ、いやさすがに大体の意味は解ったぜ?
要するに俺が復讐とか、罪を償うとか、そういう事のために幸せを手放すのが気に食わないって言ってるんだろ?
あとシロにさびしい思いをさせるなって事も」
「なんじゃい・・・解っとるではないか」
カオスは、なめとんのかガキは。とばかりにこめかみを押さえる。

「でもなぁ・・・カオスのジーさんが思ってるように復讐やら償いやらなんて事、俺は考えてないぜ?」
「・・・む?」
「俺は俺。昔のままさ」
カオスは、自分の想像とは少し違う展開に眉を寄せた。
そういえば自分と横島とは、これだけ長時間を使ってじっくり話し込んだことはなかった。よく考えてみれば、もしかするとこの男は自分が考えているほどあさはかではないのかも知れない。

「始めに言っとこうか。今の俺は復讐なんか考えちゃいねぇ。そして死んでいった彼女たちのことも・・・・・・・一応は、乗り越えた・・・つもりだ。

それにそもそも彼女たちが死んだのは・・・特定の誰かが悪かったって訳じゃないし」
ふーー・・・と長いため息。
スモーカーならタバコでも吸いたそうだ。
「俺が九年前に馬鹿をする時、言っただろ?復讐もあるがそれだけが目的じゃないって。初めのうちは確かにハラワタが煮えくりかえる思いで暴れまわったが・・・。

・・・お前だってそうだったろ?カオス。大切な人を失って生まれる炎だって数年もすれば次第に鎮火しちまう・・・。例え本人がそれを望まなくてもね。
でも忘れるとかそういうんじゃなくて・・・なんつーかな・・・」
横島は言葉につまり、バリバリと頭を掻く。
そんな彼にカオスが代弁をする。
「『喪失』は『思い出』になる」
「そう、それ。さっすが大先輩。解ってるね」
「ま、こう見えてもお前さんの30倍以上生きとるからな。
で、復讐以外に何をするつもりだったんだ?」
「おいおい。九年前にも言ってなかったか?」
「・・・ハッキリとは言ってなかったと思うぞ?仮に言ったとしても。覚えとらんわい」


「・・・」
「・・・」


気まずい沈黙・・・。


「ま、まあとにかく。



・・・・・俺はな、ただ生きようとしていたのさ」

「・・・・」
カオスはここで始めて手を止め、彼の言葉に集中する。

「俺は・・・何人もの人から命をもらった。だから生きなきゃいけないんだよ。

大好きだった人が死ねばつらいよ。

痛いよ。

苦しいよ。

悲しいよ。

でもな・・・俺はそれを乗り越えて生きなきゃいけないんだ。
そう、殺されるなんて真っ平さ。ましてや自ら命を粗末にしたら、あの世で彼女たちに見せる顔がねぇ。


だから俺は、俺らしく、俺を否定する世界にアシュタロスのごとく喧嘩売って、奴らの鼻先明かしながら、俺の生きたいように生きてるわけ。
こないだ教えてくれた反デタント派を探そうとしたのもぶっちゃけ趣味みたいなもんだ。

だからしたいがままに少々酒も飲むし、ご馳走も食う、人助けもする。・・・でもタバコはやらないよ?せっかくもらった命削るし」
昔の彼からは想像もできない演説を終え、心なしかすがすがしい笑みを浮かべる横島は、案外立派に前を向いているようだった。
だがここまで余裕ができたのは、彼の弟子の協力もあってこそではないだろうか。

「だとしても・・・ここを立つ気なのか?」
しばらく見直したような目線で横島を眺めていたカオスだったが、早速上げ足を取りにかかる。
「・・・・あれ?ごまかせなかった?せっかく柄でもない長いトークしたのになー」
おチャラけで話題をそらそうとする横島だったが、カオスに見つめられ、しぶしぶと口を開く。

「・・・前話参照――」
「きわどいギャグは止せ」
「解った・・・話すよ。前話でも書いてあったように・・・「おい!!」・・・解った。もうこのネタやんないから・・・。

一つ目に・・・・怖いのさ。失う事が。
あんたにも解るだろう?特に俺なんかまだ始めの傷が癒えていない内にまた大切な人を失っちまったろ・・・。だからさ、もうあんな悲しみはこりごりなんだよ。
その悲しみの、手前になるかもしれない愛情すらが、怖くてたまんねぇのさ。その愛を失う可能性が限りなく0でもね。
しかも俺の近くにいる以上、多少の危険とは隣り合わせになる・・・。

それともう一つ・・・彼女には幸せになってもらいたい。
確かに九年間の努力ってのはすごいよ・・・。感服するどころか尊敬できると思う。
でもな・・・絶対に俺と離れたほうがあいつは幸せになれる。あいつは俺みたいな・・・長い人生の道のりの、小さな小石みたいな奴につまづいちゃいけないんだよ」

「・・・・そうか。解らなくもないな」

「俺だってもう29のおっさんだぜ?少しは考え深くなるさ。

それと・・・もし俺がここから去ったとしても、たまにはシロに会いに行ったりするつもりだし、そんなに心配するなよ。
その方が俺らしいだろ?

俺はちゃんと生きるよ・・・・。生きて生きて生ききって・・・どうしてもだめだっ!ってなったら・・・・・


俺を殺す奴は決まってる」
「美神美知恵か・・・」
「ああ、俺の命が最後に役立つのは、多分その人のために使うことだと思う」



・・・・・。



横島の話が途切れると、なんとも言えない沈黙が部屋中に充満する。
カオスは大して気にならないようだが、この沈黙を作った張本人である横島の方が、その気まずさに参り始めた。
「だぁぁ!!!もう暗い話は止めだ!もっと普通の話題無いのか!?」
ヒステリーを起こしたように頭をバリバリと引っかく。

「じゃあこんな話題はどうだ?小僧、お前体を洗え!そんなんじゃ犬塚のお嬢ちゃんに失礼じゃぞ!!」
カオスは、横島が頭を引っかいたときに宙を舞い始めたフケから器具を遠ざけながら言う。
「あ〜。そういや最近体洗ってなかったな・・・」
「ったく・・・コンピューターがいかれるだろうが・・・」
カオスはとてもいやそうな顔をして悪態をついた。
不潔は精密機械の天敵なのだ。








「俺は俺らしく、したいように生きる、か・・・」
カオスがタカタカと、キーボードのような物を操作する手を再開しながら何となく呟いた。
そしてしばらく黙って黙々と作業を続けていたが、堪え切れないように笑い出す。

「・・・くくくく・・・・はっはっはっはっはっ!!!」
一度笑い出せばもう止まらない。
カオスは手をたたき、大口を開けて思いっきり笑い出した。
「何だよ・・・」
その奇行に、横島は面白くなさそうな顔をした。
まぁここまで馬鹿にされたように笑われれば当然である。

「・・・いや、すまん。・・・にしてもそうか、確かにそれが一番お主らしいわい。

やりたい事と、自分と周りの安全。普通の人間ならどちらか一つしか選べないトコロを、お前は両方選択しようとしておる・・・。
そういえば昔は『俺の好みは両手に花』とか言っておったのう。

流石は、欲望の固まりだな。・・・・・ぶぁっはっはっはっはっ!!!!」

「・・・まーな」


シリアスな雰囲気はどこへやら、いつの間にか部屋中に笑顔があふれていた。



しばらくして


「・・・さてと。健康診断終了。今のところ異常はないな。
でも右腕はしばらく吊っておいた方がいいぞ。まだ骨にヒビがはいっとる」
カオスはそう言うと三角巾を取り出し手早く横島の腕を固定した。

「スマンな」
横島は礼を言うとふわっ・・・・とあくびをして横になった。
健康診断中のトークが精神的にこたえたらしい。

カオスも器具を片し終えてからちゃぶ台に付き、すっかり冷めてしまったお茶の続きを飲み始める。


「出来たでござるよ〜〜」


ちょうど、食事も完成したようだ。

「お、今日のメニューは何だろうな・・・」
横島は起き上がり、ちゃぶ台に着く。
「まな板の角煮・・・かも知れんぞ?」
「・・・・」

その可能性は大いにあった・・・。






光陰矢の如し、時はすっ飛び夜きたる。
時間は昼飯時から一気に夕飯後まで飛び、満腹の横島たちの団らんシーンへと進んでいった。
横島とカオスは、カオスが持ってきた酒をぐびぐび飲み、シロも少しだけ分けてもらってちびちびやっている。
ちなみにマリアは気分だけでも味わいたいのか、モーター用オイルをコップに入れて、

じぃー・・・・

っと眺めている。

「・・・それでなぁ。その悪漢どもが借金かたに孤児院を潰そうとしてたからよー。何とかならねーかなーとか思いながら見ていたら襲い掛かってきたもんだから全員を病院送りにしてやったんだよ」
横島(酔ってる)が話す旅話で花が咲き、平和な夜であった。

しかし、その平和もカオスが投入する爆弾発言により吹き飛ばされるのだった。

「最初から気になっとったが・・・・狼のお嬢ちゃんは何で未だに小僧の名前で呼ばんのだ?察するにもうそういう中なんじゃろ?」
その言葉を聞いた瞬間横島は酒を噴き出し、シロは真っ赤になり、マリアはオイルをひっくり返した。

「おいジジイ!ちったぁ考えてから発言しろ!!」
雑巾で、びちゃびちゃになった床を拭きながら横島が叫ぶ。しかしカオスは聞いちゃいなく、むしろこの状況を楽しんでいるようだ。
「そこん所はどうなんじゃ?ま〜だはずかしがっとるのか」
「あ、いや・・・先生は先生でござるし・・・」
たちの悪い酔っ払いジジイと化したカオスに詰め寄られ、真っ赤な顔でぼそぼそ言うシロはとても可愛かったが、今の横島にそれをじっくり観賞する暇はなさそうだ。
自分の顔も真っ赤に染まっていたから。

というかさっきからフリーズしっぱなしのマリアがどう動くかも心配だった。



「・・・まぁ誰でも急に変わることは難しいわな。無理に変わろうとせず、少しずつ自分のペースでより良い方へ変われればそれでええ。

マリア、そろそろ帰るぞ。これ以上は恋仲の二人には野暮ってモノじゃ」
「こ・・・恋仲って・・・」
「違うのか?」
「違うのでござるか・・・?」
「いや、何というかその・・・」
ターゲットが横島に変更され、横島は雑巾を握ったままじりりと後ずさり。




・・・・やがて、散々引っ掻き回すだけ引っ掻き回した破天荒爺さんは、フリーズ中のマリアを再起動させながら帰り支度を始めた。


「さらばだ。また会おうぞ小僧!犬塚のお嬢ちゃんと仲良くやれよ!!」
「もー来んな!!」

起動したてで情報処理が終わっていないマリアを引き連れて、黒いカーテンを引いたようになった夜道をドクターカオスは帰ってゆく。

頬を引くつかせる横島の目線の先で、その後姿は次第に小さくなってゆき・・・・




井戸の中に落っこちた。

「な!?」
突然のことに驚き、助けようと駆け出す横島だったが、シロが彼の着ていたマントを引っ張り引き止めた。

「くっはぁ・・・!」
首から上が持っていかれるような衝撃が彼を襲い、ひっくり返される。
「あの井戸は異空間の出入り口と直結しているのでござる。そんなに心配しなくても平気でござるよ」
「解った・・・。でもどうでもいいからマント放せ・・・苦しい・・・」
「あ、すみませぬ。何かフラフラして思考回路が・・・」
見れば彼女の足取りがおぼつかない。
ついには地面にひっくり返る横島の隣に座り込んでしまった。





その様子に少し心配した横島は、ひっくり返ったまま「だいじょうぶか?」と言い、

「何か・・・少し酔っちゃったみたいでござるよ・・・」
「そうか」
と、ひっくり返ったまま返答に答えた。


仰向けのまま見上げる空には、星はひとつも浮かんでいない。
なんとも味気がないが、外界から閉ざされた空間ゆえ、無い物はしょうがない。

夜空の味気なさに、目線を横にずらして隣に座り込んで遠くを見つめる女性を眺めてみる。
まず一番に美しいと思える髪は、唯一の光源である小屋の中の明かりを反射して、真っ暗な夜闇に映えて、白銀の輝きを惜しげもなく振りまいていた。
また、今まであまり意識していなかったが、昔とは比べようも無いぐらい成長したとはいえ、彼女の横顔にはまだまだあどけなさ残っていることに今更ながら気が付く。

いや、今まで気づけなかったのは彼女自身が気付かれまいとしていたからだ。
あの人に追いつきたい・・・・その一心でここまでやって来た彼女は、横島の前では意図的に凛とした態度をとっていたに違いない。

「・・・何でござるか?」
横島の目線に気付き、シロは彼を見つめ返す。やはりそのとたんにさっきのあどけなさは消え去り、若干丸みを帯びてはいるが、きりりとした雰囲気に変わっていた。

「いや、ただシロの事を見ていただけ。きれーだなーってな。」
「・・・・そ、そうでござるか」
少しからかってやると、彼女は身じろぎをしてまた、遠くを見始める。









「そうだ、今度久しぶりに二人で修行でもするか」
「ホントでござるか!」

「ああ、久しぶりにな。ゆっくりお前の腕を見せてくれ。
それと俺の文珠使用法も幾つか伝授してやろう」
「・・・・楽しみでござるなぁ」







・・・・・・。







「・・・・・・これまでもこれからも、いろいろとつらい思いさせるな。すまん」
しばらくして、唐突に彼は小さく言葉を紡いだ。
しかしその言葉は小さすぎて、人狼の超感覚をもってしてもよく聞き取れなかった。












ヴン・・・


四方を鋼鉄に囲まれた、よくわからない物体がごちゃついている四角い部屋の真ん中に、白く輝く円が現れた。
やがてその表面から、にゅっとしわだらけの四肢が突き出され、体が続く。黒いマントを身に纏うその人こそが、ヨーロッパの魔王ドクターカオスだった。

「やれやれ・・・なかなか面白い訪問だった。それにしても小僧・・・想像以上に成長しておったな・・・」


『何があろうとも、自分は自分らしく限界まで生きる』・・・それはかつて自分が抱いた心意気とほぼ同じものであった。
もっとも、自分がその悟りまで到達するのにはもっと長い年月を必要としたが、あの男は立った数年でこの考えまで至ったのだ。誰かを失う、その悲しみを何度も経験してきたカオスには横島のすごさが身にしみるように理解できた。

しかし、『生き続ける』は転じて『死ねない』事でもある。死なないではなく、死ねないという事は、ある意味で『呪い』だ。

死者によって生へとがんじがらめに縛り付けられるということは呪い以外の何者でもない。
自分らしさを追い求めるがゆえに、かえって自分を殺す事も良くあることだ。



・・・だが今はそれよりも。
「小僧があそこを発つ決心をするのが早いか、それともお嬢ちゃんが奴の首に縄を掛けるのが早いか。

見ものじゃな・・・・」

老人はニヤリと笑って背後の白い円を見つめ・・・・・ちょうどそれをくぐり抜けてきたマリアに踏み潰された。


「ゲートの出入り口・早くどかないと・危ないです」

「ぐぉぉぉ!!!解ったから早くどけ!どいてくれ!!」

彼女がこれを狙っていたのかどうかは定かではない。


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