椎名作品二次創作小説投稿広場


あなたのために…

千里の道も一歩から


投稿者名:徒桜 斑
投稿日時:04/12/31

 横島さんが、泣いてる…。
 ルシオラさんが死んでしまったから?
 それとも、彼女を守れなかった自分が不甲斐無いから?

 私の力は、美神さんを救うことができたのに、横島さんの心を守れなかった。
 彼の好きな人を、私たちは助けられなかった。
 
(本当に、そうなの?横島さんが悲しむって分かっていて、彼女を見殺しにした可能性は…)

 私には、美神さんみたいに、横島さんを抱きしめ慰めてあげる資格がない。
 泣いている横島さんを、遠くから見つめることしかできない。

(もう、あんな思いはイヤだ)


 ルシオラさん…。貴女は、幸せでしたか?
 とても短い時間の中で、横島さんに出逢い、恋に落ち、一緒に戦い、彼を助けるために自分を犠牲にして、その存在を彼の心に深く刻みこんだ…。

 美神さん…。私は、貴女が羨ましいです。
 どんなに罵っていても、心の底で横島さんと繋がっていられるのだから。

 横島さん…。貴方の優しさが、どれだけ私の力になっているか知っていますか?
 私は、貴方の悲しい涙を見たくないです…。


 私に、ルシオラさんや美神さんの代わりはできない。ううん…、代わりなんてしません。
 それでいいんですよね?


 横島さんは、覚えているかなぁ…。

『ホラ、おキヌちゃんがいてよかったろ?』

 何気ない言葉だったかもしれないけど、私はとっても嬉しかったんですよ。
 だから、私は私なりに強くなります。
 あんまり頑張りすぎちゃうと、横島さんに怒られちゃいますからね。

 今はまだ、どうやって強くなるとか分からないけど、大丈夫ですよね?
 だって、横島さんが美神さんのために強くなれたのなら、私だって、きっと!














(お、おキヌちゃんがGSに…?しかも、『一流』の…)

 途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、横島は考えている。

(シロ、タマモだけでも、充分、俺の存在意義を脅かしているってのに、その上、おキヌちゃんまでが強くなってしまったらぁぁぁ〜っ!!あぁ、あかんっ。これ以上、給料を減らされたら生きていけんではないかーっ)

 頭を抱えて、もがき苦しみ出す横島。
 そんな横島を気にする様子もなくタマモは、おキヌの顔をじっと見つめる。

「…」
「た、タマモちゃん?」
「…さすがに、びっくりした」
「えっ?」
「ほら、おキヌちゃんって、争いごととか嫌いじゃない?」
「うん…」
「だから、いつかGSっていう職業が許せなくなって、この事務所から離れてしまうんじゃないかなぁ、って思ったりしてたの」
「タマモちゃん…」

 タマモは、狐の本能から、群れることが好きではない。
 ただ、この事務所の居心地は嫌いではなかった。
 横島を中心に集まっているというのは、ほんの少し気に入らないが、自分の気持ちに正直なメンバーには好感を持っている。
 ここでは、仲間同士で策略を巡らせることもなければ、お互いを裏切ることもない。あるのは、お互いの信頼感だけ。
 遠い記憶の中での自分の居場所に比べれば、まるで天国のような場所である。
 しかしそれは、タマモの主観でしかない。
 他人の痛みに敏感な、横島やおキヌにとって『GS』という仕事は、辛いことも多いはず。

(私だったら、逃げちゃうな…)

 タマモの指摘は、間違いではなかった。おキヌは、今でこそ人間として暮らしているが、元々は幽霊だったのだ。
 除霊が終わった時に、自分と除霊された霊とどう違うのかを考えることも、少なくない。
 それを考えると、胸が痛くて、泣きそうになることもあった。

「…私も本当のこと言うと、何度か逃げ出したくなったことはあるのよ」
「逃げなかったのは、『あれ』がいるから?」

 そう言って、タマモは頭を抱えて呻いている横島を指差した。

「そうね…。でも、横島さんだけじゃなくて、美神さん、シロちゃん、タマモちゃん、鈴女ちゃんもみーんな、私の大切な仲間だから。そんな宝石箱みたいな事務所から出て行けないでしょ?」
「宝石箱…か。随分、汚れた宝石もあるけどね」
「もぅ…」

(ま、待てよ…。おキヌちゃんの言う『一流のGS』ってのは、間違いなく美神さんだろう。ってことは、おキヌちゃんもあんな色気ムンムンな格好するってことなんかーっ!しかも良識派の彼女のことだ、給料はちゃんとくれるはず…。なら答えは、簡単やないか…。美神さんを追い出して、ここを『氷室除霊事務所』にしてしまえばええんやーっ!!)

「ごめん、おキヌちゃん…。汚れてるんじゃなくて、宝石ですらなかったみたい」
「…タマモちゃん、ちょっとだけ焼いちゃっていいよ」

 横島の悪癖『思ったことを口に出してしまう』が発動されていた。

「オッケ〜。…えいっ」

 タマモが、そう言って横島の方を指差すと、横島の頭上数センチのところに狐火が発生した。

 ちりちり…。

「ん?…ぎゃーっ!頭が、燃えているぅ〜っ」

 横島は、突然のことにパニック状態になり、部屋中を走り回る。
 その姿が、あまりに滑稽でタマモは、お腹を抱えて笑っている。

「あははっ、横島、おっかしい〜!」
「よ、横島さ〜んっ」

 タマモに狐火を出させたのはおキヌだったが、横島の慌てように気が動転してしまう。

『第一消化装置始動』

 人工幽霊1号の声がしたかと思うと、壁の一部分が開きホースのようなものが出てくる。
 そのホースが、動き回っている横島に標準をつけ、

『消化、開始』

 その一声で、物凄い勢いで水が横島を襲う。

「ぎゃぁーーーっ!!」

 水圧に後頭部を叩かれたような状態の横島は、そのまま、床に倒れこむ。
 
 
「あーははっ、だ、駄目、お腹痛い…」

 車に轢かれたカエルのような姿の横島を見て、涙を流しながら笑い転げるタマモ。

「大丈夫ですか、横島さん!?」

 横島に駆け寄り、体を揺する。
 おキヌは、横島の口が小さく動いてるのを見つけ、耳を近づける。

「…(ぱくぱく)」
「…えっ?」
「パ、パト○ッシュ、何だか、眠くなってきたよ…」
「あぁっ、何か空から可愛い天使がたくさん降りてきてますよ〜っ!お、起きてくださ〜いっ、横島さーんっ!!」






「ふぅ、危うく『無口だけど優しいおじいさん』のいるところに行くところだった…。天使も見えたしな〜」

 横島はそう言うと、おキヌが入れ直してくれたお茶を飲んだ。
 ちなみに、おキヌも目撃した天使の集団は、タマモの幻術だった。

『な〜んか、横島とおキヌちゃんの構図がそんな感じだったから、やっちゃった』

 タマモの表情が、少しだけふてくされているように感じたのは、おキヌの考え過ぎだろうか。


  
「でも、いつの間にあんな装置ができてたんでしょうね?」

 おキヌは、先程ホースの出てきた壁を見ながら呟いた。

「そういえば、何か美神さんが『ひのめ対策』とか言って、二人が学校に行ってる間に設置させてたわよ。うるさくて昼寝もできなかった…」
「あー、なるほど。…しかし、なんもあそこまで殺傷能力を高めんでも」

 後頭部をさすりながら、横島が呟く。
 横島以外に、あれほどの衝撃を受けて無事でいられる人間がいる訳ない。


「で、おキヌちゃんがGSになりたいって話なんだけど…」

 ようやく笑いの連鎖から開放されたタマモは、涙を拭きながら尋ねた。

「おキヌちゃんの実力と実績なら、すぐにでもGSになれるんじゃないの?」
「仕事なら問題はないんだけど、GS試験っていう状況だとちょっと辛いかもな」
「えっ、GSになるのに試験なんているの?」
「当たり前だろ。かなり特殊な資格だからな、『僕、GSになりたいんです』って言われて『はい、あなたは明日からGSですよ〜』とは、ならないだろ」
「ま〜ね、そう言われてみればそうかも。で、試験って、どんなことするの?」
「俺の時は、霊力測定と受験者同士の一対一のトーナメント戦だったぞ」
「先生たちに聞いたら、基本的に要綱は変わらないみたいです」
「霊力測定はともかく、トーナメントでは相手に勝てないと駄目なのよね?ってことは、何か決め手になるのが欲しいところよね」

 タマモは腕を組みながら、考え込む。

(おキヌちゃんの能力は、完璧に後方支援型…。しかも、唯一の武器が『笛』ってのは、致命的ね…)

「こんな時、美神さんがいてくれりゃー、何か反則的な手段を考え付くんだろーけどな」
「…どっかのゲンコツ大の脳みそが考えるより、何百倍も有益でしょうね」
「…ほぉ?」
「『バカの考え休むに似たり』って言葉、私、好きだなぁ」
「…お前には、さっきの放火に対する報復がまだやったな〜」
「未遂じゃない、未遂」
「あほかーっ!!未遂で死にかけてたまるかーっ」

 横島がタマモに掴みかかろうとした時

『ミスおキヌ、玄関に来客のようです』

 と、人工幽霊一号の声がした。

「美神さんたちかな?」
『いえ、反応は神族のものです』

 ぴ〜んぽ〜ん。

 家中にチャイムの音が、響き渡る。おキヌは、パタパタと玄関に向かう。

「神族って…」
「また、厄介ごとじゃないだろうな…」

 タマモと横島は、お互いに顔を見合わせた後、玄関の様子を伺う。
 世界広しと言えども、ここの事務所ほど様々な種族が来訪する場所も少ないだろう。
 それだけに、その目的もバラエティーに富んでいる。
 美神がいない状態では、断れるものも断れないので、横島は彼らとの接触をできるだけ避けたかったのだ。


「…あっ、小竜姫様!」

 玄関の方から、おキヌの声が聞こえる。

「ねぇ、横島。小竜姫って…?」
「タマモは会ったことなかったか。妙神山修行場ってところの管理人さんだよ」
「神族で管理人なの?」
「正確には、竜神族なんだけどな」
「ふーん。相変わらず、変な人脈ねぇ。でも、何しに来たんだろう?」
「まぁ、ご都合的な展開って言うか、宇宙意思って言うか…」
「?」






「で、今日はどうされたんですか?」
 
 おキヌは、小竜姫にお茶を出しながら聞いた。

「ありがとうございます。いつもは無理ばかり言ってますので、たまには普通に遊びに行こうかなって…。ご迷惑でしたか?」
「迷惑だなんてっ!わざわざ俺に会いに来てくれたってことは、よーやく小竜姫さまも俺の思いにっ…」

 横島はそう言って、小竜姫に抱きつこうとするが、

「もう、横島さんは相変わらずですね〜」

 微笑みながら、剣を横島の喉元に突きつける小竜姫。

「い、いやぁ〜、小竜姫様もお変わりないようで…。あははは…」

 横島は、汗を大量に流しながら、乾いた笑いを浮かべる。

「何やってんだか…」

 おキヌの用意したお茶菓子をつまみながら、タマモは呟いた。






「弱点の克服?」
「そうなんです…。私、あんまり攻撃って得意じゃなくて」
「ネクロマンサーの笛も、息が続かないと駄目だしな」
「えっ?」

 小竜姫は驚いて横島の顔を見る。

「な、なんですか?まだ、何にもしてないっすよ」
「そうじゃなくて、今、何て言われました?」
「い、息が続かないって…」
「おキヌちゃん、まさか、本当にネクロマンサーの笛を吹いているんですか!?」
「えっ、えっ?だ、駄目なんですか?」

 小竜姫の剣幕に、少しパニックになるおキヌ。

「駄目ってことではないですけど…。今まで、誰かに使い方を教えてもらったことは?」
「ないです…。実戦で使えるようになりましたから」
「そうですか…」

(美神さんの関係者は、どうして規格外の人ばかりなんだろう…?)

 自分のことは棚に上げて、小竜姫はそんなことを考えていた。

「まずは、本当に基本的なことから教えましょうね。皆さんは、言霊って知っていますか?」
「ことだま…?横島さん知ってます?」
「おキヌちゃん、俺が知ってるわけないじゃん」
「偉そうに言わないでよ、バカ横島」
「そういうお前は知ってるのかよ、タマモ」
「あのね、わたしは『九尾の狐』なのよ?知らないわけないじゃない。言霊ってのは、そのままの意味で、言葉に魂を込めたものよ」

 タマモは、胸を張って答える。その答えに、小竜姫は頷く。

「ええ、彼女の言うとおりです。口というのは、それだけ霊力を込めることができるんです。ほら、GS試験の時、横島さんのバンダナに神通力を授けましたよね?あれも、意味なくしたわけではなく、あの方法が一番効率がよかったんです」
「あぁ、なるほど(少し期待したりしてたのに…)」
「ネクロマンサーの笛は、口に集中した霊力を集約・増幅した霊力を音に変換し、さらにその音を霊体コントロール波にするブースターのようなものなんです。もちろん、使う人を選ぶ霊具ではありますけど…」
「あのバアさん、そんなこと一言も…」
「でも、随分とめんどくさいのね」
「結果が出るまでの過程が複雑であればあるほど、その結果は効果の高いものになるんですよ」
「つまり、浄水器もデカイ方が綺麗な水になるってことか…」
「まぁ、大体は間違ってないですけどね…」

 小竜姫はおキヌにネクロマンサーの笛の正しい使い方を伝授する。
 
「まさか、笛を吹かなくても音が出るとはな〜。何か反則っぽいけど…」

 横島は、小竜姫の講義を真剣な表情で聞いているおキヌを見ている。
 
「おキヌちゃんの抱えている問題の根本的解決には、まだなってないけどね」
「それでも、間違いなく一歩前進だろ?」
「まぁね。でも、小竜姫様、何か嬉しそうに話してるわね」
「基本的に教え魔なんだよ、あの人。なのに美神さんとかって、手早く強くなりたいタイプだから、ストレス溜まってたんじゃないか?」
「ふぅ〜ん、神様も色々大変なのね〜」
「おい、待てっ」

 最後のお茶菓子を取ろうとしたタマモの手を、横島が掴む。

「な、何よ?」
「その茶菓子は、俺のもんや〜っ!!」
「ば、バカっ、手を離しなさいよっ!」
「じゃあ、食べないと約束するか?」
「いや」
「ぐっ、な、なんてヤツだ…。こんなに貧乏な俺に譲ってやろうという優しさはないんかーっ」
「そんなの知ったことじゃないし、私が食べたいの」

 お互いに片手で牽制し合う。隙があれば、すぐにでもお茶菓子を取るつもりである。

「「横島さ〜ん…」」 

 おキヌと小竜姫の声が揃う。その雰囲気は、あきらかに淀んでいる。

「イチャイチャするなら、外でやってくれませんか?」

 と、小竜姫。

「やっぱり仲いいですよね〜…」

 と、おキヌ。

「ま、待って二人ともっ。冷静に話そうっ」
「もう、強引なんだから横島は…」

 そう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめるタマモ。

「ば、バカっ。何が強引なんだっ!」
「「……」」
「あぁっ、ち、違うっ!俺は、何もしてないっ、無実なんやーっ!!」
「「問答無用ですっ!!」」

 二人の殺気が最高潮に達した瞬間、横島も命の危機を感じていた。

「ぎゃーっ!!!」

 横島の叫び声は、遠く唐巣神父の教会にいたピートにまで届いたという。



 タマモは、最後のお茶菓子を手に取り、味わって食べる。

「あ〜、おいし」
『ミスタマモ…。ちょっと酷くないですか?』
「ん?いいのよ、横島は少しぐらい痛い目にあった方が…」

 タマモは、横島を見ながら、『べーっ』と舌を出した。
  


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