椎名作品二次創作小説投稿広場


悲しみの代価

願いの履行(壱)


投稿者名:朱音
投稿日時:04/12/30

チンと軽い音を立ててエレベーターが止まると、
張り付いた笑顔で渡辺・・・某ビルの倒壊の際に行方不明になった男が出てきた。

「只今戻りました隊長。とんでもない目に遭いましたよ」

「お帰りなさい。それで、どうだったの?君の見立ては?」

革張りの椅子に腰掛けた女性は、腕を組んだまま動かない。

「とんでもないですよ。土地神を喰らった妖樹をほぼ一撃で撃破・・・ぽいです、
多分記憶が途中消されている可能性があります」
「・・・そう」
「そちらは?」
「目立った経歴はないわね。GS試験を受けるまでは、
そこら辺にいる頭の悪い男子学生って所かしら。問題はその後」
「突然の能力の開花ですか」

悪霊に襲われたり、霊的磁場に居ることで突然開花することなどこの世界では良く有る事。

「そうとも言えないのよ」
「へ?」
「説明するわ。その前にその『被り物』取ったらどう?」

ああそうだったと言いながら頭部を掴むと、力任せに引っ張るとズルリと髪が落ちる。
それから顎にも指を引っ掛け、同じく力に任せて剥がす。
かつらが取れると出てきたのは、黒色の長い髪。
特殊メイクのはがれた素顔は若々しく、狡猾な笑みが浮かんでいる。

「さてと、じゃあ西条君。話の前にお茶にしましょう」
漸く椅子から腰を上げて、テーブルへと男を招く。
その招きに応じるようにテーブルに近づくと、今まで手に持っていた特殊メイクマスクを無造作に捨てる。

「確かに、長い話になりそうですからね」

彼女は纏め上げた金髪を撫で付けながら微笑んだ。





美神GS事務所の屋根裏には現在二名・・・訂正二匹の獣が同居している。
一方は犬神シロ。由緒正しい人狼の後とりであり現在は、人界にて修行中らである。
もう一方はタマモ。つい最近復活した妖孤で九つの尾を持っている。
彼女タマモは大昔に封印された玉藻御前自身であるらしいが、
その幼い容姿と軽率な行動からは想像できないが相当の妖力をもっているのだろう。
ただし彼女は封印から逃れる際に、大量の知識を置いてきてしまっている。
その為多少霊力が強くても使い方を熟知していない状態である。

なぜ彼女が美神の元で暮らさなくてはならなくなったのか、それはICPOでもオカルトを取り扱っている通称オカルトGメンに追われていたのを、成り行きで助けてしまったからだ。
どんな成り行きだったのかは、美神とタマモの為に伏せておくとしよう。

そして、タマモを引き取り直ぐになんと妙神山の小竜姫が美神に手伝って欲しいと言って来たのだ。
内容はとある凶悪犯が人界に潜入したらしく、有力筋からGS試験に出るという情報が回ったそうだ。
ただその時の彼女の「頼もうと思った人は、今とても忙しそうなので」と言ったのが気に入らなかったが、
ここで借りを作っておくと何かと便利そうだったこともあり、美神は承諾した。
そしてそのことでGS試験に潜入しなくてはならなくなり、
ためしにシロとタマモを申請してみたら承諾通知が届いたのだ。
この時の美神の思考はこうだ。
「GS免許を二人が持つ手入れば、人件費と銘打って水増し請求が出来る(注意:それは違法です)」
だった。実に自分の欲望に忠実である。

何はともあれ、なんとも美神の都合良く事が進みGS試験は開催された。

「いい?なんとしても勝ち残りなさいよ」
「はいでござる!」
「なんでアタシが・・・」
向上心で溢れているシロに比べ、楽が出来ればそれで良いと思っているタマモは乗り気ではない。
ココに来るまでも、半ばシロに引っ張られて来たようなものだ。
機嫌は最高潮に悪い。

が、次の美神の一言
「極上老舗の油揚げ」
の言葉に
「やるからにはトップよ、莫迦犬」
「拙者は狼でござる!」
と、あっさりと態度を変えて見せた。

このようなやり取りを小竜姫は横目で見ながら、大丈夫かと本気で思った。

第一審査。霊力の放出に関してはシロ・タマモ両者共々、楽々と通過することなりその試験会場で意外な人物達に会った。

「げっ冥子」
「あ〜令子ちゃん〜」

恐らくは美神が一番会いたくなかった存在がそこに居た。
見た目は上品。
口を開けば不思議ちゃん。
プッツンすれば破壊の帝王。
別名「動く核弾頭」
六道冥子その人だった。

「そっそう。協会の手伝い」
半分腰の引けている美神を未だこの女性の恐ろしさを知らないタマモが、必死に笑いをこらえながらも傍観していた。
ただし、シロだけは彼女がプッツンした瞬間をその身を持って実感しているので、下手なことを言わない様に口を両手で必死に塞いでいた。

「そ〜なの〜。でぇ〜令子ちゃんはぁ〜ど〜してぇ〜?」

彼女、否彼女の家系独特な妙な伸ばし口調は、問答無用で美神をイライラさせてくれる。
それでもいきなり怒りださないあたりが、普段怒りやすい美神の今までの経験を物語ってる。
「えっああ」
あまり妙な事を言ってさらに質問でも受けようものならば、おそらく自分が持たない。
そう美神が思った所に、天からの救いが現れ・・・もとい流れてきた。
『業務連絡。業務連絡。六道冥子様、六道冥子様。大至急救護班係り前まで起こし下さい』
「ああぁぁ!ほら冥子!あんた手伝いなんでしょ!?逝かなくちゃ・・・もとい行ってきなさいって!」

業務アナウンスをこれ幸いに一部誤植もあったようだが理由にして、
なんとか心の静穏を取り戻した美神は改めて獣二人組みに説明を始める。
・・・内容を教えずに会場まで来てしまったらしい。


「いい?これから実技試験。簡単に言えば戦闘ね、それで二回勝ち抜けばGS資格は取れるわ」
「たった二回?」

GS資格試験だと聞いていたから、もっと大変な特殊な試験が行われるのかと思ったらしく、タマモは「これなら楽勝だ」と高を括った。
が、しかし現実はそんなに甘くは無い。

「ただし、この戦闘。武器の持ち込みは自由よ。銃刀法に引っかからなければね」
「なんでよ!!」
「ちょっと考えれば解るでしょ?ほら私の使っている神通棍だってある種の凶器、武器よ?
こういったものを媒体にして利用するのだって、その人の能力よ」

つまりは己の霊力を活用する手段で許可さえ取っていれば、銃火器使用が可能ということである。
毎年よく死人がでないものである。

無論そのために治癒関係で実力のある人物を救護班に呼んではいるが、人間が相手だからこそ死人が出ないのかもしれない。
普段対峙しているものが、人外や幽霊などの為それらには手加減無しに突っ込むが。
相手が人間であるからこそ、知らずに緊張し同属殺しの積を回避するために手加減をしているのも

あるのだ。
だがシロとタマモは人ではない。
完璧な妖なのだ。
しかも両方共に名家と言って過言ではない血を内包している。
ひょっとしたら、ちょっと我を忘れて全力を出し人を殺すかもしれない。
逆も又然り。
ソレは有りうる事なのだ。

百歳にも満たぬ仔狼と仔狐。

多少の不安を抱えながらも、美神は二人を送り出した。

その姿を遠目で見ていた者がいる。

横島だった。
元来鼻の良いシロに気付かれぬように、文殊で完全に匂いを経っておいたのだ。

無論ただそれだけの為に隠れていた訳では無い。
ココで早急に削除せねばならぬ問題があるのだ。

その為に今ここで潜み、様子を見ている。

ふと結界内に何かが入ってくる。
「我が君」
呼ばれた横島は、チラリと声のした方を見ると再び視線を戻した。
「・・・ツバキか、どうだ?」
「雪之丈及び陰念は見つけましたが」
「勘九郎はまだか」
「申し訳もございませぬ」
平伏したツバキに目を向けずただ一点を見続ける。
そこには多数の受験者達が第二次試験を待っている。

「まぁいい。小竜姫の傍にいろ」
「御意」
ツバキの姿が再び消えてから溜息を一つ落すと、今まで一言も喋らずにただ横島の後ろに控えてい

たキロウも音を立てずに笑う。
いつもと違い背広ではなく山伏に良く似た服である、白く短い髪が良く映えいてる。

直に第二次試験が始まる。
彼女達が勝ち残ろうと負けようとも、今の横島にとってはどうでも良い事なのだろう。
それに今から起こるであろう自体も本来ならば、ココに居る彼らに全て任せても良いのだ。

だが、それではアレを逃してしまう。
そうなればアレはあの地へと赴くだろう。
それだけは断じて許せない、許す事は出来ない。

「そろそろ、顔を出すか」
「よろしいので?」
「私が居るのを小竜姫に知らせれば、多少なり頼るだろう」

そうして結界を解き、横島は小竜姫のもとへと向かう。
おそらくそこには美神も居るのだろうが、この際居心地の悪さは諦める事にしよう。

ふと、横島の顔が陰る。
一瞬だけ横島は思慮の海へと落ちた。

生まれた者も居る。
生まれなかった者も居る。

自分達の世界とほぼ同じ、けれども違う世界。
もし君がそこに居るのならば。

『私』と君は逢ってはならない。




永遠に。




直ぐに現在へと浮上した横島は、今や癖と呼んで良い口元だけの笑顔で声を掛けた。

「やあ、こんな所で一体どうしたのだ?小竜姫。それに・・・美神令子さん、でしたね?」


開園のベルは止む。
役者は未だに揃ってなど居ないが。
幕は上がり始めている。
ならば役者は舞台に立たねばならぬ。

例え観客は居らずとも。


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