椎名作品二次創作小説投稿広場


GSルーキー極楽大作戦

匂いの先は・・・・・・


投稿者名:ときな
投稿日時:04/12/29

 辺りに高層建築物が並ぶ中、ぽっかりと開いた広大な土地に佇む一つの屋敷。
 今そこに清涼な音色が響いていた。

「あなた達はもう死んでるの。静かに眠りなさい」

 音に乗せられた霊波が届けるおキヌの気持ちが種族を超えて幾多の動物霊に届き、成仏していく。

「おキヌちゃん、危ないっ!」

 おキヌに接近していた一体の霊を美神は札を当て、消滅させる。ネクロマンサーとは言え人間と動物、種族の違いは気持ちの理解を少なからず阻み、おキヌのネクロマンサーとしての能力を人間ほど発揮させずにいた。

「シロ、タマモ、さっさと親玉見つけなさい!!」

 そのことを正確に理解した美神は探索を任せた二人に急かす言葉を投げる。
 それにシロは答えるように敵しかいない前を向いて得意げな笑みを浮かべる。

「まかせるでござるよっ! 拙者今日は何だか調子がいいんでござる」

 その言葉を証明するかのようにシロは何時にも増して軽やかな疾走を見せる。
 そして彼女の向かう先にいるのは複数の動物霊、その数、十。全て雑魚だがそいつらが一丸となっており霊波刀一本のシロにはつらい相手に見える。しかしシロはそれらを威嚇するように己の犬歯をむき出しにし、さらに駆ける速度を上げる。
 しかし当然そんなものに思考能力の低下した霊が怯えるはずもなく、互いに正面衝突のコースをとることになる。

 あのバカ! 横島のことで頭一杯で何も考えてないんじゃないでしょうね!?

 それを見てタマモは口に出す間も惜しいので頭の中だけアホな相棒を罵り援護に向かおうとするが……間に合わない。
 そんなことを頭の中だけで罵るタマモをテレパシーがあるわけでもないシロはまるで気付かくはずもなく、向かってくる霊達が目前に迫る。
 その瞬間、シロの目が見開かれ、集中力が極限にまで高まる。目の前の標的全てをその意識に捉え、己が体を望むままに動かす。

「たぁーーーっ!!」

 放たれた斬撃は一つ。しかしシロの前にいた霊は彼女の霊波刀で全て斬り裂かれていた。

「なっ!?」

 いったいなにが!? とタマモが驚くのを他所にシロは先ほどまでの猛牛のような雰囲気を脱ぎ捨て、今度は静かにその場に佇み意識を研ぎ澄ませる。
 そんな無防備な彼女へと多くの動物霊達が群れを成し、襲い掛かる。
 しかし彼女はそれを恐れない。彼女の狼としての本能が教えてくれる。


 ここが狩り場だ、と


「しゅーっ」


 六感を研ぎ澄まし、神経を過敏にして全方から襲ってくる気配を察知する。時間にして数秒も無かったであろう。しかしシロにはそれが無限の時間にも思えて……しかしそれは一瞬で…そんな矛盾を心のどこかで感じながらシロは再び刃を振るっていた。

「たぁーっ!!」

 幾度も振るわれる霊気の刃に散らされる動物霊たち。八房に対抗するために同時に八つの攻撃に対処する特訓、その成果がここに現れていた。

「はっ、はっ、この程度でござるか」

 二十以上もの霊の大突進を捌いていながらシロは息を荒げているものの余裕はまだ失われていなかった。
 それも当然。数は多いものの統率のされていない霊の動きはてんでバラバラで、それを全て斬ることなどシロの身体能力と感覚があれば八つ同時に放たれる野球ボールを斬り落とすよりは楽な作業だった。

 そして後ろの方で彼女の奮戦振りに呆然としているのはタマモをはじめとした三人。

「何あれ…なんかあいついつもより強く見えるんだけど…」

 そんなタマモの呟きに美神が思い出したような顔をしてポン、と手を叩く。

「そーか、そういえば今日は十五夜、満月だったわね。
すっかり忘れてたけど人狼の生命力は月の満ち欠けに左右される。今のあいつは絶好調のはずだわ」

 実は横島とシロの散歩のハードさもその月の満ち欠けに大きく左右されてたりするのだが(横島だけに)不幸なことにそのことには誰も気付かなかったりする。


「いやー、これなら今回の仕事、予定より安く済みそうね。シロー、頑張んなさーい!」

 予定よりも使うお札が少なくなりそうなことに美神は笑顔でシロを応援する。

「何か気に食わないわね」

 そしてそんな美神とは正反対に不機嫌そうな顔を見せるタマモ。確かにシロは凄いがそれを感心するだけ終わってはタマモは自分のプライドがおさめられない。ここは一つ自分も対抗しなくては、と思い霊感を研ぎ澄ます。動物霊たちの注意がシロに向かっているのをいいことにタマモは彼らの警戒をスルリと抜け、その独特の感覚で親玉の居場所を探し出す。

「そこっ!」

 一見何も居ない廃屋の屋根、タマモはそこを掠めるようにして狐火を放つ。すると空を切るかに見えた炎は何も無い空間で弾かれる。それと同時に明らかに霊格の違う動物霊が現れた。

『ヴニャ〜ゴォ〜』

 そんな濁った泣き声を屋根の上で出したのは猫だった。ただその大きさは猫とは言えなかった。例えて言うなら猫の形状を保ったままライオンくらいの大きさにまで巨大化させた、と言えば一番しっくり来るだろう、そんな姿。
 ただし、その姿には大きさ以外にも決定的に猫と違うところがあった。

「なるほど、猫又になりかけてたところで死んだのね。そこらのやつとは桁違いな霊格だわ」

 その猫の尾の先っぽだけが二つに分かれているのを見て美神は神通棍に霊力を込める。すでにまわりの動物霊たちはもはやその数を大きく減らしている。残るはこの親玉のみ。
まずは牽制としてお札を数枚、投げつけるがでかくてもやはり猫、しなやかな身のこなしでお札の軌道から逃れ、音も無く着地する。その動きには淀みが無く、後ろで音色を奏で続けているおキヌの力がまるで影響してないことを示していた。
 そのことをすぐに判断した美神は即座にフォーメーションを変えることを決める

「おキヌちゃんはまわりの雑魚を抑えてて! シロ、タマモ! 私達であのデカ猫を叩くわよ!」
「了解!」
「オッケー」

 美神の呼びかけに二人は軽快な声で答えて迷うことなく動き出す。

 ヒュッ!

 タマモの幼い、しかし形の良い唇から生まれた吐息は指の隙間を抜け、炎と化して猫霊へと襲い掛かる。だがそれは先ほどのお札と同様、その軽やかな身のこなしの前に地面を焦がすだけに終わる。しかしこれで良い。

「こっちもいくわよ!」

 掛け声と共に美神は左手でさきほどよりも遥かに速い速度で幾枚ものお札を投げ、続いて右手で鞭と化した神通恨を下から掬い上げるように振るう。

『ヴギァッ!』

 お札は全弾着弾、さらに猫霊はその爆発の直後に下から襲い掛かってきた鞭に腹部を強打され、悲鳴をあげる。
 だが美神たちの攻撃はここで終わらない。猫霊に差し掛かる影、その影たる主は白銀の髪を揺らして重力に従い落下を始める。

「くたばるでござるっ!」

 死角となる上空から放ったシロの振り下ろしの一撃は動きの止まった猫霊の背中に炸裂するが思ったほどの手ごたえが得られなかったことにシロは嫌な予感を覚えた。

「シロッ! 離れなさい!!」
「ちぃっ」

 その予感を証明するかのような美神の言葉。彼女も手ごたえで気付いたのか、それとも見て気付いたのか。そんなことを確認する間も無くシロは体が動くままに動いていた。そして次の瞬間彼女の目に映ったのは自分の胴回りを軽く超えるほどの大きさの霊体の前足が自分の居た場所を通り過ぎていくその映像。それに当たっていたら、という嫌な想像をめぐらせる間も無くシロは再び跳んでいた。猫霊は迷うことなくシロへと追いすがる。だがその動きは最初のものよりも少し鈍い。
 その様子からして一応効いているようだが決定的なものにまではならなかったらしい。

 外からの攻撃は効かない……ならばっ!

 思いついたらシロは迷わなかった。自分でも危ないとは分かっていたが満月の影響か闘争心がえらく高ぶっている。止めるという選択肢は彼女の頭の中には無かった。
 シロは霊波刀を消し、大口開けて迫るその猫の口へと自らその上半身を突っ込む。

「シロッ!?」
「シロちゃん!?」
「バカ犬!?」

 その捨て身ともいえる行動に見ていた三人は悲鳴をあげるが集中したシロの耳には何も聞こえない。彼女の意識にあるのはただ自らを噛み砕かんとする猫霊の牙。だがそれすらも恐れずシロは一歩を踏み出す。

ガッ!  ガッ! ガシッ!

 同時になる三つの音。そしてシロはいつもの明るい彼女には似合わぬ、しかし今なら限りなく無く似合う、不敵な戦士の笑みを浮かべていた。

「さあ、ここからが力比べでござるよ」

 シロは猫霊のその突き出した二本の牙を両手で掴み、右足もまたその口の中に入れその口が閉じられるのを妨げていた。
 目の前に広がるのは人狼特有の鋭い嗅覚が霊の口から発せられる腐臭に悲鳴をあげるがきっぱりと無視する。そんなものに意識を割く余裕は無い。

「う、おおおおおおぉぉ!!!」

 腕力脚力、さらに背筋腹筋含めた己の筋力全てを使って猫霊の口を限界以上に開かせる。その瞬間、口を閉じようとする力が緩んだのをシロははっきりと感じた。
 そしてそれを感じたその時に、シロに迷いは無かった。

「これで…決めるでござるっ!」

 右手を放し、その掌に霊力を集中させ刀を形作る。そして自分の牙を遮る力が減ったのを機に、猫霊は獲物を咀嚼せんと、その口を閉じようとする。一瞬後には噛み砕かれるであろうその自分の姿。しかしシロは微塵もそのことには思いを巡らせなかった。

 なぜならば次の瞬間に起こることは彼女にはわかっているから……

「遅いでござる!」

 地に着いた左足を蹴った勢いでシロはその身を猫霊の体内へと潜らせ、右手に光る霊波刀を中から切り裂くように突き出し振るう。

『ニギャァァァ!!!』

 シロはその断末魔の悲鳴から逃げるようにすぐに猫霊の口から逃げると同時に叫んでいた。

「とどめをっ!」

 その声に突然のあんまりなシロの特攻もどきに呆然としていた美神とタマモは意識を引き戻す。

「バカ! 無茶すんじゃないわよっ!」
「極楽へ、行かせてあげるわっ!」

 同時に放たれた神通恨と狐火。それは先に放たれたものと大差ない威力だったがシロの攻撃で大ダメージを負った猫霊にはそれで十分だった。先ほどの防御力が嘘のように二人の攻撃はあっさりとその標的を貫き、消滅させた。

「霊たちが逃げていきます」

 親玉がやられたためかおキヌが抑えていた霊たちも向かってくるのをやめ、逃げようとするのでおキヌは笛を吹くのを止めて彼らに自由を戻す。

「よーし、これで仕事は完了。思ってたより厄介な相手だったけどシロのおかげで助かったわ」
「それじゃ早速…」

 散っていく霊たちを見てそう言った美神にシロは目を輝かせる。理由は言わずもがなである。

「帰るわよ」

 スッテーン! とものの見事にコケるシロ。

「み、美神さ〜ん」

 ちょっと恨みがましそうな顔をして美神をみるおキヌ。

「勘違いしない。私は帰るけどあんた達はこっちで横島君さがしてていいから。ただし暗くなる前には諦めて帰ってきなさいね」
「わかったでござるっ!!」

 ずっこけた状態から思わずどうやって起き上がった? と問い詰めたくなるような動きで立ち上がったシロが元気よく返事をする。

「じゃ、おキヌちゃん、しっかりね」

 しかしそんなシロを当然のように完全無欠に無視して美神はおキヌにだけ言う。
 シロには言っても無駄だろうから。

「さーおキヌ殿、いくでござるよー」

 既に門の前に立ち、出発せんとする意思を見せているシロ。やっぱりシロの言っても無駄だったろう。

「はーい、それじゃ美神さん行ってきますね」

 おキヌは美神に感謝の笑みを浮かべると小走りでシロのもとへと駆けていく。

 そんな二人を見送ってから美神は今度はタマモに声をかける。

「で、タマモあんたはどうするの?」
「私も帰るけどその前にカップうどんを買って行きたい」
「……なんで?」
「関西と関東だと味が違うらしいの」
「それなら空港の売店でも買えるわね。じゃ帰りましょうか」

 こうしてこの二人は大阪を後にする道を選んだのだった。





「わん わんっ♪」

 軽やかなステップでアスファルトの上を歩くのは当然ながら犬塚シロ。彼女は時々鼻をひくつかせながら進む方向を決定している。そしてその後ろを歩くのは氷室キヌ。体力はある方でない彼女だが走っているわけでも長く歩いているわけでもないないので別段疲れることなくついてきている。

 そして彼女達が歩き始めて十分ほど経ったところで辺りが辺りの風景が住宅中心のものからオフィスビルやコンビニ、食堂などを中心としたものに変わってきた。

「シロちゃん、なんだか他のにおいも混ざってきたみたいだけど大丈夫?」

 おそらく食堂などの食べ物関連の店から出てくる匂いだろう。おキヌの鼻にもかすかだがはっきりとしたいい匂いを感じることが出来る。もしかしたらこれで横島の匂いがかき消されてしまったのでは? と思ったのだ。しかしシロはそんな心配を他所に自信を持った声で答えてくれる。

「大丈夫でござるよ。先生の匂いはばっちり掴んでいるでござる。ただ……」
「ただ、どうしたの?」
「どうも先生の匂いが薄いのと…だれか別の匂いと混ざってる気がするのでござるよ」

 そう言ってシロは首を傾げる。確かに匂いは横島のものなのだが、なんだか違う気がするのだ。しかし一体どうなっているのかはこんな状況の経験が無いためさっぱりわからない。

「一緒に行動しているだれかのと混ざったのかしら?」
「ま、とりあえずは行ってみるでござるよ」

 とは言え元々深く考えるようなタイプでないシロはあっさりと思考を放棄して再び歩き出す。おキヌも特に言えることがないためシロの後をついていく。

 そしてまたしばらく歩いたところでシロの目が彼女達の進行方向にある歩行者用信号機を捉えた。その信号は青信号が点滅し始めたところであり、距離はそこそこ。走れば間に合う距離である。

 さて、ここであえて書いておこう。シロは元々生真面目な性格である。それは横島の弟子になってからも欠片も変わっていない。そんな彼女であるから普段は信号無視など決してしない。
 しかし彼女は同時に規則を守りすぎる人間でもなかった。安全さえ確認できれば横断歩道の無い道路でも渡るし、点滅してても青信号は青信号、勿論渡る。
 そして彼女は自分の本能にも素直な少女であった。散歩するなら少しでも長く散歩したいし、会えるなら少しでも早く会いたい。そんな気持ちを彼女は無理に抑えることをしない。

 とまあ以上のような彼女の性格のため、横島との散歩時、普通の状態なら横島の安全に割と気を使っているのだが目の前で青信号が点滅していたらギリギリでも間に合わそうとする。ただし、その際思考に入っているのはシロ自身だけで後ろに自転車で引っ張っている横島のことは計算に入れてなかったりする。
そのためそういうときに横島は車に轢かれかけたりすることがあるのだ。まあ他にも危ない要因は数あるのだが……



 そして今回もまた同様であった。点滅し始めた青信号を見たシロは当然の如くそれに間に合わせるために走り出す。
 ここで重要なのはシロの人間の範疇をはるかに超えた身体能力を持つと言うこと、そしておキヌが一般人並にトロいということだ。当然の結果としてシロはおキヌをその場に取り残し、その非常識な速度で以って横断歩道を渡り切る。そして再び鼻をひくつかせて横島の匂いを確認して歩き出した。

 無論、後ろにおキヌがついてきているかどうかの確認などせずに……。



 そしておキヌが居ないことに気付くことなく歩くことさらに五分。幾度か角を曲がり、シロはある定食屋の前に来ていた。別にお腹が空いたとかそういうわけではない。

「ここでござるな」

 そう自分に確認するように言うとシロは戸に手をかけ、ガラリと開け放った。
 シロは中に入ってキョロキョロ辺りを見回してお目当ての人物、横島を探す。昼飯時を微妙に過ぎた程度の時間なので満席と言うほどでもなかったがぱっと見で全てを見れるような客の数でもなかった。
しばし視線を巡らした後、そうと思われる人物は見つかった。



 見慣れた横島のGジャンにGパン、しかしそれを着ているのは横島ではなかった。

 横島とは明らかに違う容姿、背丈、目つき、匂い。しかしその男の着ている服からは確かに横島の匂いがした。
 何でこの男が横島の服を着ているのか? そう思ったとき、一つの可能性が頭を過ぎる。
 その昔、山賊などは襲った相手の服をも奪ったと言う。現代に山賊などいるはずもないが横島はGS。何らかの事件にあった可能性など一般人より遥かに高い。ならばあの男が横島を襲い、服を奪い、着たのでは?
 そこまで考えが行き着くとシロの行動は単純だった。

「貴様、先生をどうしたでござる!?」

 シロは鬼神の如き形相で横島の服を着た男に詰め寄るが男はいきなりそんな彼女を前にして、僅かに驚いた様子を見せたがまるで怯まない。

「先生? 心当たりがあり過ぎてどれのことかわからんな」

 男は怯むどころかさらに余裕を見せつけ、たきつけるようなことを言う。
 そしてそんな態度を見せられて当然黙ってられるシロでは無かった。

「き、さ、まぁ〜」

 がるるる、と唸りながら今にも飛び掛らんとするシロ、突然の荒々しげな気配のする出来事に注目する客と店員。そして一人、悠々と最後に残っていたエビの天ぷらを尻尾ごとボリボリと噛み砕いている男。

「ぷはっ。それじゃ表へ出るか、ここじゃ何もできんだろ」

 そして男は湯のみに残っていた茶を飲み干すとかろうじて襲い掛かるのをこらえていたシロにそれだけ言うと見せの出口へと歩き出した。そしてレジの前に立つと財布から一万円札を取り出した。

「飯の代金だ」
「お、おう」

 レジにいたのは髭をいかつい顔の男だったがこの雰囲気に飲まれているらしく声をどもらせながらも万札を受け取った。

 ……………………

 そしてしばしの沈黙。レジのおっさんは一万円札をもったまま立ち尽くし、客も店員も店の入り口に視線を向けたままである。

 そして未だ男とそれをにらみつけているシロもまだそこにいた。
 男は不機嫌そうな声を出してレジのおっさんへと呼びかけた。

「おい」
「な、なんや」

 その男の言葉にまだ何かあるのか? と店にいる全員が彼の次の言葉に耳を傾ける。

「早く釣りを出せ」

 だあああああっ!!

 あまりにも彼らの予想に反した、あまりにも普通な言葉が出てきたことに店の皆が揃ってずっこける。そして男はそれに驚いたように目を丸くする。

「どうした?」
「ちょい待て! こういう場合、『釣りはいらん』とか言って出てくのが普通やないんか!?」

 さすが金を預かる身と言うべきかレジのおっさんが最初に復活し、抗議の声をあげる。

「それこそちょっと待て! 何で俺が釣りを受け取らずに出なけりゃならん!?」
「なんとなくの流れとゆーもんや!!」

 胸を張って滅茶苦茶なことを言うレジのおっさん。さっきまで声をどもらせていた態度が嘘のようだ。

「バカか! ただでさえ少ない金をノリだけで捨ててたまるか!」
「バカ言うな! せめてアホ言え!」

 互いの主張を持って睨み合う男とレジのおっさん。どうもでいいことだが論点がずれた反論であることには誰も突っ込まない。 


 さて、この争い、シロの怒りが爆発するまでには終わるのだろうか?


 続く







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