なんでも走馬灯っていうのは、実際はほんのわずかな時間しか見てないとか。
目前の危険に対し、打開策をそれまでの経験から探すため、脳があらゆる記憶を引っ張り出すそうだ。
…じゃあ、今俺がこうやって回想に耽ってるのも、一種の走馬灯なのだろうか。
その割には、打開策が出てこないのだが。
◆
その男の顔には、いつにも増して怪しげな笑みが浮かんでいた。
「くくくっ…! あの机の娘さん…いいヒントをくれたね。」
言わずもがな、この業界でも悪名高き詐欺師…もとい商人、厄珍である。
彼は今、天啓を受けた。
その内容は、まさしく悪ではあったが。
「令子ちゃんの後ろに回るネタぐらい、いくらでも持ってるね…!」
蛇の道は蛇。同じ穴の狢。
幾度となく後ろ暗い取引を交わしたお得意様なのだ、美神令子という人物は。
「さあ、令子ちゃん!! あのネタやこのネタ、ばらされたくなかったら─!!」
「やめんかッ!!」
意気込んで叫ぶ厄珍の後頭部に、西条の怒声と愛剣の一撃が振り下ろされる。
柄で殴っているところから、まだ自制心はあるらしい。
「ブッ!? なにするかッ!?」
「やかましいッ!! 脅迫罪で現逮してやろうか!!」
現逮=現行犯逮捕。
しかし、法をつきつけられても厄珍は、鼻で笑い飛ばす。
「国家権力を恐れていては、厄珍堂店主は務まらないね!!」
見上げた商売人魂である。
その中身こそ、誇ることは出来ないが。
「人のこと気にするより、自分のこと気にするよろし。ま、ワタシのネタに勝てるならね。」
クククッ、とこれ以上ないほど人を小馬鹿にした笑いを見せる厄珍。
だが、西条は平然としているどころか、さらに勝ち誇ったような笑みさえ浮かべている。
そして堂々と言い放った。
「それなら問題ない。僕なら、それらを握りつぶせるからね!!」
「……アンタ、そんな事ばっかりしてると、いつか女で身を滅ぼすあるよ…?」
公私混同もここまでくると犯罪。
彼の師にして上司が、その後方でこめかみを押さえていた。
◆
別な場所では、もう一組の師弟が再会していた。
「せ…先生!!」
「おお、ピート君!! …もう、大丈夫なのか?」
唐巣神父の気遣いに、ピートは頷く。
その足元は、かなりおぼつかないものだったが。
「ええ。それより、先生…今の状況を聞きました。」
「うっ…そうなんだ。このままでは、私たちの教会再建の夢が…!!」
諦めの色さえ浮かべて、歯噛みする唐巣。
何とかしたいのはやまやまだが、実際問題彼らには金がない。
こんな勝負、持ち出された時点でアウトである。
「…いえ。皆さんがやっているように、僕が担保になります。」
「だ、だがピート君…。」
「それで足りなければ、実家の調度品を売れば…あれは父が集めたものですから。」
歴史的価値を鑑みれば、確かに一つ数十万、あるいは数千万の値がつくお宝もあるかもしれない。
さらに言うなら、城自体にも相応の値がつくはずだ。
「僕の家は、すでにあの教会なんです。だから気にしないでください。」
「…もう、充分だ。充分だよ、ピート…。」
ふっ、とどこか達観した笑みを浮かべる唐巣。
「そんな真似をして再建したところで、きっと神はお喜びになられないさ。」
「でも、先生…!」
「いいんだ。」
しばらくは、ぼろのままでもいい。
清貧、という有難い言葉だってあるじゃないか。
そう思うと、自然と心が軽くなった。
「先生…そうは言っても、家庭菜園の侵食はどうするつもりです?」
ぴしっ、と。
唐巣の動きが固まる。
「トマトとか芋とかの蔓が、教会の壁を突き破ったりしてるじゃないですか。いいんですか?」
「…い、いいんだ。」
「僕はわりと平気ですけど、冬になったら先生の体が危ないんじゃないですか?」
「………帰ったら彼らの駆除を行おう、ピート君。」
異常なまでの生命力を誇る野菜たちの姿を思い浮かべ、唐巣は力強く決意するのだった。
◆
ふらふらとボケ老人よろしく歩いているのは、やっぱりボケ老人。
もとい、ヨーロッパの魔王、ドクター・カオス。
「お〜、マリア! ここにおったの…か…?」
我が助手の姿を認めて喜んだのも一瞬のこと、その言葉は尻すぼみに消えていく。
原因は、そこに渦巻く何とも居心地の悪い空気。
「じゃあ、何? 机ごとき大して役に立たない、って言いたいの?」
「ノー、ミス・愛子。繰り返し・ミス・美神にとって・貴方の・有用性は・低いと・進言します。」
ぴりぴりと。
そんな肌を刺すようなオーラが、愛子とマリアの間に流れる。
「要は役に立たないって言ってるのと同じじゃない!! そう言うあなたはどうするつもりよ!?」
「…ドクター・カオス。」
「なッ、なんじゃ!?」
急に話を振られ、気後れしていたカオスの声は、多少上擦っていた。
が、それを気にした風もなく、マリアはあくまで、とことん冷静に案件を述べる。
「ミス・美神に・ドクター・カオスの・発明品を・数点・譲渡することを・提案します。」
「う、うむ。それはいいが…。」
「加えて・マリアの・貸し出しも・許可・願えますか?」
「む? ……ま、まあ、仕方あるまいが…週に三日くらいじゃぞ。」
「イエス。」
渋々許可するカオスに、心なしか満足げに頷くマリアだが、黙ってられないのは愛子だ。
「って、ちょっと!! それって私の二番煎じじゃない!!」
「ノー。総合能力の点から・マリアの方が・有用と・判断します。」
ごりっ、と。
愛子のプライドが、マリアの言葉によって触発─ようするに、キレた。
「何ですってぇ!! こっちは『悪霊吸い込んで異空間を地獄へ直結!』の破魔札いらずよ!!」
気付いて、愛子。それ、道具。
「ノー! 戦闘能力・運搬能力・情報処理演算能力・他・13項目から・マリアの方が・有用!!」
しかし、マリアもマリアで、どっこいどっこいである。
ぐぬぬっ、と睨み合う二人の傍で。
「……ワシの立場がないじゃないか…。」
いじけるカオスの背中は、老人特有の哀愁を背負って煤けていた。
◆
あちらでも。こちらでも。
それぞれの思惑が、それぞれにぶつかり、それぞれの局面を見せる。
それらの感情の高ぶりはやがて一つとなり、ただ一点へと集約。
壇上に立つ一人の女性へと、迸る。
『美神さぁぁぁん!!!』
そして、その女性は。
「あああっ… 私がこの場を支配してる…!! 皆の命運がこの手に… たまらないッ…!!」
ゾクゾクと、背中を駆け上がる快感に、身悶えていた。
「アカン…。本格的にダメだ、この人…。」
横島の呟きが、やけに空しく聞こえた。
◆
とまあ…ここまでが、ついさっきまでの回想。
残り時間も、もう幾らも残っていない。
結局、走馬灯から得られた、俺が採れる選択肢は一つだけ。
とりあえず………泣いとこう。
「このまま終わるのは、嫌じゃあああああぁぁッ!!」
次回から、実時間どおりに話は進みます。
…つーか、最終回。かも。
多分、そうなる予定です。(まだ書き起こしてないのではっきりとは言えませんが。)
それでは、今回を振り返って。
予告どおり商人(あきんど、と読む)厄珍復活。
ついでに西条と絡ませてみました。
法を守る側と、その網をくぐる側…という立場で書こうと思ったら何故かこんなことに。
とりあえず、西条はお仕置き決定。
暑苦しい師弟。
ピートと神父は境遇が小鳩ちゃんと同じで、どうしようか悩みました。
ただ、貧乏→ピートが担保だけなら、大して変わらないだろうと。
そこで、ピートの実家の財産とかも持ち出したり。原作でもマルタの鷹を出してたし。
ついでにとあの野菜軍団ネタを持ち込んだら、なんとか自分で納得できる出来に。
愛子再登場。
前回のあとがきコメントで、「出す!」と宣言してしまい、ネタを再構成するハメに。
結果、愛子とマリアの対立という図式になってしまいました。
お互い、人工物だからアリかな〜と。
愛子の「青春!」ってとこはあまり出せませんでしたが。(それとも、これも青春?)
カオス? ……まあ、いいじゃないですか。
ちなみに、土具羅については触れないでください(苦笑)
バラバラですし、なんつーか…絡ませにくいです、もう…。 (詠夢)
愛子とマリアのヒートアップ具合なんか、カオス置き去りでいい感じです(マテ
いよいよ、生け贄の羊の横島SIDEから戻るようですし、最終回ならば
落としどころを楽しみにしています。
……しかし、美神このままでいいのかっ!単なる守銭奴キャラに。
美神のラストチャンスに期待っ! (R/Y)
色々、混戦模様なようで、次回が楽しみです。
(ところで、女神転生とのクロスの方はもう見れないのでしょうか?アレはけっこう好きだったので) (法師陰陽師)
「走馬灯」の解釈が。
「走馬灯のように」と「走馬灯」そのものを取り違えられているのではないかと・・・ (ニケ)
特に恐ろしいのは『西条さん』ですね。
・・・最後に勝つのは誰だ!? (ノーフェイス)
とおもわず叫びたくなります。
とくに美神さん、目的と手段がひっくり返るのを、通り越してやしませんか?w
なんだろうなぁ、このドタバタ劇は、妙に安心してハラハラできるお話だと思いました。 (純米酒)
R/Yさま:
まあ、じーさんの扱いは、こんなとこでしょう。
とりあえず、きちんとまとめるとこはまとめて、それから粉微塵に粉砕します(ぇ
美神の役どころにも期待しててくださいv
法師陰陽師さま:
そー言われると、そーですね。
もう少しネタをひねってもよかったかも…
例えば、野菜軍団が反乱を起こし、しかもけっこー強かったとか(笑)
>ところで、女神転生とのクロスの方はもう見れないのでしょうか?
もちろん、作品の方はまた投稿させていただくつもりです。
一応、この話が終わってからと考えております。
乞うご期待くださいw
とろもろさま:
自爆、ではありませんが、近い方向で(近いの!?)
やはり最後は派手に決めます。
ニケさま:
取り違えてますね。
作者もわかってるのだかわかってないのだか、うろおぼえな知識しかないもので。
まあ、明らかなミスです。すみません。
…勢いに任せて書くとこういうことになるという、見本ですね。
以後、気をつけますので、また何かございましたら、ご意見のほうよろしくお願いします!
ノーフェイスさま:
握りつぶす、ってはっきり言っちゃってますからね。
やったら罪状が二桁は超えるのは間違いないのに。
愛ゆえですね。歪んだ愛。
次回で決着です!!
純米酒さま:
遠慮なく叫んでください。
いません、って返ってきますから(笑)
まあ、人として何かを失くしてますよね、間違いなく。
安心とハラハラは両立できるものなんでしょうか(笑) (詠夢)