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WORLD〜ワールド〜

第二十二話 迫る絶望、目覚めぬ希望(3)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/12/16

 横島とルシオラは光の奔流の中にいた。
 横島はルシオラによって抱えられ、飛行を続けている。
 どこに向かっているのか。
 果てがあるのかさえもこの光の中ではわからない。
 横島はたまらず声をあげた。

「ルシオラ! 何かおかしくないか!? 大丈夫なのか、コレ!?」

 少々血の気も失せて顔を引きつらせる横島。
 しかしルシオラはあくまで冷静だった。

「大丈夫よ、ヨコシマ。じきに着くわ」

「着くってどこに………」

 突然。
 光のトンネルは途切れ、横島たちは太陽の下へ放り出された。
 眼下には規則正しく軒を連ねる町並みが見て取れる。
 ただ、横島はその情景に違和感を感じた。
 木造の家しか見当たらず、道もコンクリート舗装などされていない。
 小さく見える、町を行く人々も、その出で立ちは着物にちょんまげとひどく時代がかっている。

「これは………?」

「ここはヨコシマの記憶。正確には、ヨコシマの魂の」

 思わず口をついてでた言葉に、ルシオラが答える。
 だが、その答えは横島をますます混乱させた。

「た、たましい…!? そりゃいったい……俺の前世がここにいるってことか?」

「その通りよ。時代は江戸後期。あなたの名前は伊藤国明。生まれ持った霊能力で妖怪<もののけ>退治屋を営んでいた」

「江戸…? 伊藤国明…? 俺の前世は平安の『高島』ってやつじゃ…?」

「『高島』っていう前世も確かにあるわ。でもあなたは『高島』から直接『横島』になったわけではないの。その間に幾度も転生を繰り返している」

「幾度も…ってそんな何度も転生してんのか、俺? そんなこと、ありえんのかよ」

 横島はようやく現状を理解し、落ち着きを少々取り戻した。
 が、すぐにまた疑問が湧き出てくる。
 美神はメフィストから転生するのに千年もの時を要したのだ。
 これは一応神族であるヒャクメのナビゲートの元だったので間違いないだろう。
 なぜ自分はそんなにも転生を繰り返しているのか。
 だが、ルシオラの答えはその疑問に直接答えるものではなかった。

「それはこの旅路を続けていけばわかるわ………」

「………う〜ん」

 横島はとりあえず無理やりにでも納得することにした。
 わからないことはいくら考えてもわからない。
 ならば考えるだけ無駄というもの。
 そう結論したのだ。

「そうだよな…見てみないことにはわかんないよな。じゃあ先を急ごう。外で何が起きてるのかもわかんないしな」

「そうね………じゃあ行きましょう」

 ルシオラがそう言うと横島たちの周囲の景色が歪みだした。
 突如場面が切り替わる。
 時間はおそらく真夜中。
 場所は深い森林の中だった。
 横島とルシオラはいつのまにか地面におりている。
 二人の目の前には見覚えのある顔があった。

「あれは…俺!?」

「そう…あれがこの時代でのヨコシマ、『伊藤国明』よ」

 本当に目と鼻の先に横島の前世、伊藤国明は立っていた。
 背を向けているためか、こちらには気付いていない。
 横島は小声でとなりのルシオラに話しかけた。

「おいおい…! 見つかったりしたらまずいんじゃないか?」

「大丈夫。これはヨコシマの記憶が再生されているだけ。私たちが干渉することも、むこうがこちらに干渉してくることもないわ」

「そっか……前におキヌちゃんの過去を見たときと同じようなもんか」

 横島は安心して己の前世を観察する。
 ふと、そばに気配を感じた。
 横島のすぐそばを野犬が通り過ぎた。
 いや、それは犬ではない。
 全身いたるところが腐食し、ただれた腹からは臓物が顔を覗かせている。
 ゾンビーだ。
 横島の前世、伊藤国明は背後から忍び寄るこの存在にまったく気付いていない。

「危なッ………!!」

 思わず横島は声をあげる。
 しかし横島の声が届くことはない。
 ゾンビーの爪と牙は無情にも伊藤国明の背中に埋め込まれた。
 そこで世界は突然暗黒に沈んでしまう。

「な、何が起こったんだ?」

 慌て、横島は周囲を見やる。
 しかし、傍らのルシオラは冷静に言った。

「ここで、あなたの伊藤国明という記憶は終わる」

 その言葉に横島はハッとルシオラの方を振り返った。
 唖然として、問いかける。

「まさか…今ので俺は死んだのか?」

「そう…あなたは妖怪退治を引き受け、森に巣くうゾンビーの群れを退治するところだった。でも、見ての通り、あなたは不意をつかれて…死んだ」

 ルシオラは横島の傍に歩み寄る。
 横島の手を引き、再び飛行を開始した。

「さあ、行きましょう。次の記憶へ………」

 そして再び二人は光の渦へと飲み込まれていった。
 いまだ二人は真実の入り口。
 そこに軽く踏み入ったに過ぎない。
 旅はまだ、始まったばかりだ。













 妙神山修行の間。
 そこでは横島と雪之丞への懸命なヒーリングが続けられている。
 しかし、二人が目を覚ます気配はない。

「では……次は僕が行きます」

 そう言ってピートは立ち上がる。
 エミの顔に驚愕が浮かんだ。

「何言ってるのピート! ダメよ!!」

 歩みだそうとするピートの前に、エミは両腕を大きく開いて立ち塞がった。
 その鬼気迫る表情には彼女の必死さが如実に表れている。
 ピートはエミの肩に手をのせ、優しく笑いながら首を振った。

「エミさん…僕はもう十分に生きました。本当なら僕が最初に行くべきだったんです。…道を譲ってください」

 しかしエミは頑なに道を譲らない。
 突然エミはピートを思い切り抱きしめた。

「行かせない…行かせないわ!! 横島が創造力に目覚める保証なんてないじゃない!! ひょっとしたら、犬死にになる可能性だって……ううん、むしろそっちの可能性のほうが…! だから、アンタが行く必要なんてない!! 逃げましょう、ピート? ね?」

 エミに横島を侮辱する意図などない。
 ただ、ピートを想うあまり口を出た言葉。
 ピートはいとおしげにエミを抱きしめかえした。

「……ありがとう。エミさんの気持ちはとても嬉しいです。でも、僕は行きます。横島さんは、僕の親友なんです。必ず、創造力に目覚めてくれます。僕は、そう信じてる」

 そして。
 するりと。
 ピートはエミのそばを通り抜けた。
 すれ違いざまにもう一度、ありがとうという言葉を残して。
 エミの目からは涙。
 止め処ない、涙。
 エミのひざがくず折れた。
 歩みだすピートに唐巣が並び歩く。

「先生…!!」

「弟子だけを死地に送り出す者を師匠とは呼ばない。君だけに行かせたりはしないさ。それに、私も横島くんを信じている。彼には計り知れない何かがあるからね」

 唐巣はそう言ってピートに微笑みかける。
 ピートは何も言わなかった。
 ただ、唐巣の心遣いを嬉しく感じた。

(この人の弟子でよかった………)

 ピートは唐巣と出会えた幸運を、神に感謝した。
 彼らの心のうちに確かに存在する神に。


 ピートと唐巣が去って。
 エミは動けずにいた。
 もはや流れつくして涙は枯れた。
 生気の感じられぬ顔で、エミは考える。
 エミは内心驚いていた。
 自分の中で、ピートの存在がこんなにも大きくなっていたことに。
 初めは、永遠の美少年という彼の見てくれしか見ていなかった。
 それは、高級ブランドで身を固めるような女に似通った感覚だったかもしれない。
 だけど、いつのまにか。
 何度も一緒に死線をくぐりぬけているうちに、いつのまにか自分は本気になっていた。
 今、彼は死に向かっている。
 横島がいるかぎり、それは一時的な死だ。
 そう自分に言い聞かせても、心は思い通りにならない。
 張り裂けて、潰れてしまいそうになる。
 ピートの笑顔が心に浮かび、赤く塗り潰されて消えていく。
 エミの心に煌々と怒りの炎が燃え盛り始めた。

(………パレンツっ!!)

 どう声をかけようかと迷っていた美神が止める間もなく、エミは駆け出していった。









 煩わしい。
 まったく煩わしい。
 パレンツは不機嫌の極みだった。
 その血にぬれた体には、ひとつ、まるで刀で切り裂かれたような傷が増えている。
 自分に抗う力も持たぬくせに、いつまでもまとわりついてきたうざったらしい存在。
 あの長髪の男。
 黒服の魔女。

「おのれ…どいつもこいつも……創始者である私に刃向かって………」

 内心を隠すことなく吐露するパレンツ。
 その前に、またも影が立ち塞がった。
 チッと舌打ちが漏れる。
 ヴァンパイア・ハーフに黒髪の神父。
 パレンツは苛立っていた。
 また、あの目だ。
 先ほどの男と女と同じ目。
 自分に敵う筈がなく、自分に刃向かうのなら絶対な死が待っているというのに。
 なぜこいつらの目はこんなにも輝いているのか。

「なぜ貴様らは私に刃向かう………」

 本当に心の底からの疑問だった。
 自らの命を投げ打ってまで自分に向かってくることが理解できない。

「私は貴様等の造物主。いわば貴様等の信仰の真の対象。正しき神。唯一の神。だのに、貴様等はなぜ私に刃向かうのだ」

 パレンツの言葉に、唐巣とピートは目を丸くした。
 そして、こらえきれないというように。
 唐巣は口を開けて笑い出した。

「貴様、何がおかしい」

 パレンツは唐巣に問いかけた。
 ひとしきり笑い終えて、唐巣は口を開く。

「笑わせてくれる。あなたが神? 神というものは、真の主たる者は無限の愛を有している。だが、あなたはどうだ? 自分の地位を脅かす者が現れたらなりふりかまわず排除にかかり、自分の思い通りに事がはこばなかったら癇癪を起こす。そんな子供じみた者が神を名乗るなどおこがましい。私の持つ聖書に―――私の心に刻まれている神はお前などではないさ。その証拠に―――――」

 唐巣はふところに手を入れる。
 取り出される、一冊の聖書。
 唐巣は詠みあげる。
 愛の詩<うた>を、高らかと。

「草よ木よ花よ虫よ―――我が友なる精霊たちよ!! 邪を砕く力をわけ与えたまえ…!!」

 唐巣に力が集中していく。
 世界が、唐巣に味方する。

「見ろ。この世にあまねく精霊たちは私に力を貸してくれる。パレンツ!! お前は神などではない!!! この世に我々と等しく存在するひとつの命! それを忘れて命を蹂躙する、砕かれるべき邪悪だ!!!!」

 そして唐巣は己に集中した力を解き放つ。
 周囲が、光に包まれていく。
 ピートは、己の体を霧と化した。

「おのれえぇぇぇ!!!!!!」

 叫び、パレンツは周囲に爆発的なエネルギーを解放した。
 破壊的で、残虐的な光が周囲の空間を蹂躙していく。
 光が止んだ後、そこに存在する生命はパレンツのみだった。

「おのれ…たかがヒトの分際で………」

 呟き、歩みだすパレンツ。
 しかし、その体を突如急激な重圧が襲った。
 何かの呪術が、パレンツの命をむさぼろうとその体を侵食している。
 それは対象を不幸にするなどの、生半可な呪いではない。
 完全に、命を奪い取ることが目的の呪いだった。
 仮に、これを人間に行っていれば、その者が霊能に長けた人物でも、ものの数秒で命を落としてしまうだろう。
 パレンツは、静かに目を閉じた。
 そして、意識を周囲に同調させる。
 パレンツの脳裏に、一人の女の姿が映った。
 その褐色の肌の女は、黒魔術を行使する際に用いる黒装束を身に纏い、一心不乱に踊り続けている。
 パレンツは目を開くと、一瞬、力を集中した。
 遠くから、空気が爆裂する音が響き渡る。
 パレンツの体を蝕んでいた呪いが、止んだ。




 パレンツは、再び歩き出す。







 その頃、横島はようやく『高島』の記憶に辿り着いていた。


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