椎名作品二次創作小説投稿広場


正伝!ハーメルンの笛吹き

前 〜遭遇〜


投稿者名:斑駒
投稿日時:04/12/ 9

「私も少し前に、最愛の者を失ったばかりだからな……」

 その言葉を聞いた少女は、ハッと息を飲んだまま言葉を失った。
 そして沈黙。
 青年の言葉の続きを待つためか、何かを思い出して物思いに沈んだためか、少女はすっかりさっきまで青年を問い詰めていた勢いを失ってしまった。
 かわりに、青年が淡々と話し始める。


 ここに来る前、彼は南方のとある領主の膝元に長いこと居座って、錬金術の研究をしていた。
 そこの領主の娘と…否、父親亡き後は自ら領主となった娘とは、おそらくはお互いに想い合っていた仲だった。
 しかし、錬金術を修めた自らの身は不老不死であったため、彼の重荷になることを潔しとしなかった娘とは結局、終生結ばれることは無かった。
 それでもお互いに心は通っていると信じながら、好意に甘えて50年近く共に暮らし続けてきたが、その生活もつい数年前に幕切れした。

 彼女の死という形で。

 老いと共に衰弱する彼女の身体に、思い余って不老不死の術を施そうかともしてみた。
 彼女の望むと望まざるとに関係なく、ただ生きていて欲しかった。
 しかしそんな想いも虚しく、彼女の全身は醜い腫瘍に蝕まれてゆき、やがてその機能を停止した。
 ご自慢の錬金術も医療の知識も、必要な時に何の役にも立ちはしなかった。

 彼女の死後、領地では後継者問題などでイザコザが生じ、呆然としていたところを半ば強制的に追い出された。
 しかしもとより彼女亡きあとの領地に未練は無かったし、やりかけだった研究を続ける意欲も沸かなかった。


「その後は、研究所から適当に持ち出した荷物を背負いながら各地を転々として、無意味に名を売って回っている。ここに来たのも、その一貫でな……ん?どうした?妙な顔をしているな」
 青年の言うとおり、最初は話に聞き入っていた少女の表情が、途中から悩むようないぶかしむような、なんとも言えないものに変わっていた。
 真剣に聞いていたのに、途中から錬金術だの不老不死だのと現実離れした単語が飛び出して来たのだから無理もない。
 しかし青年が、どうすることもできずに恋人を目の前で失うという経験をしたことが、偽りである気はしなかった。
「研究は……もうしないの?」
 信じられないような現実と、信じたいような気持ちを整理するために、少女は適当な質問で場を繋いでみた。
「ふん。研究など、いくら積み重ねても結局できることしかできんさ。昔は研究する時間欲しさに人である身の寿命を呪い、不老不死になってもみたが……今となっては無意味に時間を持て余すことになってしまった」
 またもや、さも当然であるかのように飛び出す『不老不死』という単語。
 しかし、青年の見た目はどう多く見積もっても30歳弱くらいにしか見えない。
 少女には青年の言葉の真意が計りかねた。
「これから……どうするの?」
「うむ。それなのだがな。所詮生き続けることくらいしか出来ぬ私が、先立った彼女にしてやれる事と言えば、彼女が確かにこの世に存在したという証である私の記憶を、こうして他の人間に広めることくらいかと思ってな。あれ以来各地を転々としてきている。まあ、せめてもの手向けといったところか……」
「ふーん……」
 気の無い返事を返した少女は正味のところ、青年の言葉の正否を判断する作業に疲れてきていた。単純に『飽きてきていた』と表現しても良いかもしれない。
 実際、青年の話が本当であろうが嘘であろうが、自分には関係ないではないか。悩んでいる頭の片隅の方で、そんな考えも持ち上がってくる。
 そもそも、どうして青年の身の上話を聞くことになったのか……
「そこでさっきの話だが、おまえも私と同じく生き残って、先立った父母の記憶を私に伝えた。だから、おまえは、それで良いのではないか? その場に居ながら何も出来なかった自分を悔いる気持ちは私も分かるが、それはいまさら仕方の無いことだ」
「あっ………」
 ずっと青年の話の真偽を計ることに集中していた少女は、結論を聞いてやっと本題を思い出した。
 全ては、両親を失った自分のための話だったのだ。
 青年の話が嘘か本当かなんて、この際どうでもよいことだったのだ。
「さて、納得が行ったか? ならばしばらく仮眠を取らせてもらおう。不老不死と言えども、旅の疲れは人並みにこたえるものでな。ネズミの習性からして行動が活発になるのは日没後だから、できればその頃に起こしてくれ。ベッドは隣の部屋のものを使って良いのか?」
 青年は言うだけ言うと、何食わぬ顔で荷物をまとめて隣室に向かおうとする。
 少女はその動作を目で追いながら、何事か言いたげに口をぱくぱくと開き、そして一言だけ言葉を紡ぎ出した。

「待って!!」

 その剣幕に驚いた青年が足を止めて、少女の方を振り向く。
 少女は青年の方に一歩足を踏み出して、問うた。
「私、まだ、名前を聞いてなかったわ。ドクター……?」
 青年は、少女の問いかけに「ああ」と合点の行った顔をして、努めておどけた調子で自己紹介した。
「カオスだ。ヨーロッパの魔王と異名をとる、天才錬金術師、カオス」
「私はテレサ。よろしく、ドクター・カオス。ネズミ退治には私も同行させてもらっていいかしら?」
「両親の敵討ちか? なるほどそれも生き残った者にできることかもしれんな。ちょうど街に詳しい案内も欲しかったところだ。よろしく、テレサ」
 互いに自己紹介を終えたあと、テレサの方から手を差し出し、二人は握手を交わした。




「なるほど。ネズミは食料のある場所をひとつひとつ集団で襲って来たわけか」
「ええ。ものすごい大集団だから、移動する時の地響きや鳴き声ですぐに場所が分かるはずよ」
 カオスとテレサは、夕暮れの街中をあても無くネズミを探して歩き回っていた。
 テレサは手ぶらでカオスの右側を歩き、長身のカオスの左肩には、何が入っているのか分からない大きな皮袋がひとつ提げられていた。
「しかし、こうして歩いていてもネズミなど一匹も見当たらん。いったいその大群は毎晩どこから来て、どこに消えているのだ?」
「よく分からないけど、やっぱり私の家の方、街の西側から来て、西側から出て行くみたい」
「西か……」
 カオスが中空を睨んで、考え込むようなしぐさをした。
 そこで二人は、ちょうど道の開けた場所に辿り着いた。
 円形に開けた石畳から、街中へと放射状に道が伸びている。
「ここが街の中央広場だけど。どうする?戻る?」
 テレサは、傍らのカオスを見上げた。
「ふむ。街の西にあるものといえば、ウェーゼル川か。ネズミは水のある場所を好んで生息地とする習性があるし、ことによると……」

 ぎゅっ

 カオスの話が終わらぬうちに、テレサが、右腕に抱きついてきた。
「……どうした?」
 腕を掴むテレサの手は力こそ強くは無かったが小刻みに震え、必死さと緊張感が伝わってきた。
「……来た」
 しんと静まり返るたそがれの街に、地鳴りのような振動が響く。
 カオスは、来た道を振り返った。
「これは……」
 テレサもつられて振り返り、息を呑む。
「こっちに…来る……」
 たったいま歩いてきた道一杯に、黒くざわめく波のようなものが押し寄せてくる。
 最初は一筋の線にしか見えなかったが、近づくつれてその波の層は奥行きをもって広がり、その裾は終わりが見えないほどはるかに続いていた。
「これほどでとは……な」
 カオスが、冷静に感嘆の意をこぼす。
 テレサはそんなカオスにさらに身を寄せ、不安そうな目で見上げる。
 口では何も言わないが、その目は「どうするの?」と問いかけているようだった。
「まあ案ずることはない。ここからは私の仕事だ。おまえは広場の中央まで下がっておけ。少し、ハデにやるぞ」
 カオスはニヤリと笑って少女の頭にぽんっと手を載せると、左肩の荷物を降ろしてガサゴソと漁り始めた。
 テレサは、カオスの行動を気にかけながらも、言われるまま後ずさる。

 黒い波は、もうカオスのすぐ傍まで迫ってきていた。いまはもう唸るような地響きだけではなく、キィキィ鳴く耳障りな声まで聞こえてくる。
 ネズミの群れの先頭がいましも目の前に迫ろうというとき、カオスは袋を地面に置き去りにして、ふらりと立ち上がった。
 その瞬間、数匹のネズミがパッと飛んでカオスに襲い掛かる。
 息を詰めて見守っていたテレサは、思わず叫んだ。
「あっ……あっ……イヤぁッ! カオスぅッ!」




――― to be continued ………


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