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WORLD〜ワールド〜

第二十一話 迫る絶望、目覚めぬ希望(2)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/12/ 9

「ちょ、ちょっと! どーなってんのよ! なんでまだ妙神山なワケ!?」

 辺りの景色を見渡してエミは狼狽した様子で声を上げた。
 エミだけではない。
 皆も同じように狼狽していた。
 美智恵が苦々しい顔で呟く。

「おそらく…結界のようなもので妙神山を覆われてしまっているのでしょうね。私たちを一人たりとも逃がさぬように……」

 美智恵の言葉が静かに皆の間に浸透していく。
 それはつまり、死の宣告。
 どうしようもないということ。

「やられたわ…手詰まりよ………」

 美智恵はそう言って己の腕の中で安らかに眠るひのめを見つめた。

(ごめんね……)

 愛しい我が子をぎゅっと抱きしめる。
 ひのめは眠ったまま、苦しそうに身をよじった。
 横島のヒーリングはまだ続いている。
 百合子は横島の右手を両手で包み込み、大樹はそのそばに寄り添っていた。
 唐巣は天を仰ぎ、ピートは顔を伏せて拳を固く握り締めている。
 エミはその場に座り込み、ため息をついた。
 タイガーと魔理は硬く手をつなぎ、寄り添っている。
 冥子はどうしたらよいかわからず、目に涙をためてオロオロしていた。
 おキヌは歯を食いしばって自分の限界を超えてヒーリングに取り組んでいる。
 シロもタマモも一心不乱に横島の体に舌を這わす。
 かおりはしっかりとショウトラによって治療を続けられている雪之丞の体を抱きしめた。
 美神は考えていた。
 必死で考えていた。
 皆が助かる手段を。
 だが、考えても考えても答えは見つからない。
 それでも、美神は考えていた。
 沈黙が辺りを支配する。
 カオスはこの重苦しい雰囲気を好まず肩をすくませ、マリアは悲しみをその顔にたたえて皆の様子を見ていた。
 魔鈴はただ、西条を見つめていた。
 そして西条は―――――

「いや、まだだ」

 皆の目が西条に集中する。
 西条は皆を見回しながら口を開いた。
 その顔にはある種の決意が浮かんでいた。

「まだ、手はある」

「本当!? 西条さん!」

 美神の顔にほんの少しの希望が灯る。
 しかし、西条の顔は浮かなかった。

「パレンツに勝てるのは横島くんだけだ。横島くんが目覚めなければ僕たちに勝ちはない。それは、変わらない。そのための時間稼ぎとしての『逃げ』も封じられた。だが、逃げを封じられても時間稼ぎができないわけじゃない。ある程度の時間稼ぎは可能だ」

 突然美智恵が顔色を変えた。
 西条の意図する所がわかったのだ。

「西条くん! あなたまさか……!」

 西条は続けた。
 毅然とした口調を崩さずに。

「僕たちの命を使ってね」











 東京タワーのてっぺんで、横島とルシオラは抱き合っていた。
 長く。永く。
 決してもう離さぬようにと両腕に力を込めたまま、横島は口を開いた。

「ルシオラ…ホントに、ホントにお前なんだな………」

「うん…私だよ…ヨコシマ」

「でも…どうして…?」

 少し力を緩めて、お互いの体をほんの少し離してから横島は言った。
 ルシオラは少しだけ悲しそうな顔をする。

「私…生き返った、ってわけじゃないんだ。ここは横島の中。深層意識の奥の奥。ヨコシマの中にほんの少し残された私のカケラ。それが、『私』なんだ」

 悲しそうにそう言うルシオラを横島はまたきつく抱きしめる。
 ルシオラの体のふくらみを、強く感じる。

「そんなこと関係ねえよ…! お前はお前…間違いなく、俺の知ってるルシオラだ!」

「……ありがとう」

 ルシオラは目を瞑り、横島を抱きしめ返す。
 横島とは対照的に、優しく、包み込むように。

「私、外で何が起こってるのか、何が起こったのか、全部知ってる。頑張ったね、ヨコシマ」

「………!!」

 横島は何も言わず、ただルシオラの体を抱きしめる手に力を込めた。
 それはちょっと苦しいくらいの抱擁。
 だが、ルシオラがそれを苦痛に感じることはなかった。
 ちょっとした息苦しさも。
 肩に感じる温かい雫<しずく>も。
 全てが、心地よかった。



 少し時間が過ぎて。
 横島とルシオラは二人、寄り添って座っていた。
 目の前には、夕日。
 『あの日』二人で見た鮮烈な、夕日。

「綺麗だな……」

「うん………」

 そこは、まさに平穏だった。
 二人を脅かすものなど何もない。
 横島は、いつまでもここにいたいと思っていた。













「命を使って…ってそれどういうことよ、西条さん!!」

 美神は戸惑いもあらわに西条に詰め寄る。
 しかし西条は、顔色ひとつ変えずに言った。

「どういうこともなにもそのままの意味さ。僕たちでパレンツに挑みかかるんだ。何人かで分かれてね。もちろん、勝てやしない。でも、時間を稼ぐことはできる。一分でも、一秒でも時間を稼ぐことを考えるんだ」

「しかし、それならいっそのこと全員でかかったほうが……」

 西条の言葉に唐巣が反論する。
 しかし西条はかぶりを振った。

「いや…パレンツの能力を考慮すると一斉に、というのは利口とはいえない。それこそ一気に全滅しかねないからね。それよりも少人数で小出しに攻めた方が確実に時間は稼げる」

「そんな…そんなことしたら皆死んじゃう!!」

 美神はもはやいつもの彼女からは考えられないほどに弱気な表情で西条に縋り付いた。
 美智恵も厳しい表情で西条に詰め寄る。

「私もそんな作戦…いえ、作戦とも呼べない、自殺行為など認めないわ。西条くん」

「ではほかに手があると? ならば僕はそれに従いますよ。僕はただ、今これが最良だと思って提案しているだけですから」

 西条の言葉に美智恵は悔しそうに口を歪めた。
 確かに、ほかに手などないのだ。
 しかしだからといってこんな方法に賛成など出来るはずもない。

「別に僕だって犬死にしろなんて言ってるんじゃない。横島くんが目覚め、創始者としての力を手に入れれば、死んだ者も蘇ることが可能なんだ。今何もせずにいたら、みんな殺されて、横島くんも殺されて、お終いだ」

 もう、誰も何も言えなかった。
 わかったのだ。
 西条の言葉に隠されたもの。
 その底にあるのは横島への絶対的な信頼。
 西条は信じているのだ。
 横島忠夫を。

「もちろん、言いだしっぺは僕だからね。最初は僕が行かせてもらうよ」

 そう言って歩き出す西条の前に美神が立ち塞がった。

「待って! それなら私が最初に行くわ! みんなを巻き込んでしまったのは私。私が最初に行くべきなのよ!!」

「いや、違う。一番最初に行くのは親である私の役目だろう?」

 そう言って、大樹も横島のそばから立ち上がる。
 しかし、西条はゆっくりと首を振った。

「いや、令子ちゃんにしろ、大樹さんにしろ、横島くんの傍にいたほうがいい。ずっと声をかけてあげるんだ。そうすれば横島くんも少しでも早く目覚めるかもしれない。意識のない者に最も届くのは『かけがえのない者の声』だよ」

 西条は優しく美神の肩に手を置くと、するりとその傍を通り過ぎた。

「それに僕は横島くんに嫌われているからね。僕がここにいたら彼だって戻る気が失せるに違いないよ」

 そう言って笑い、西条は歩き出す。
 美神は止めることも出来ず、ただ西条の姿を見つめていた。
 目には大粒の涙を浮かべて。
 大樹は、百合子は、ただ無言で頭を下げていた。











 西条は己の霊感に従って歩き続ける。
 なぜか、必ずパレンツと出会うという妙な確信があった。
 そして、足を止める。
 ジャスティスを抜き、その刀身を眺めた。
 今更ながら、足が震えてくる。
 これは武者震いなどでは断じてない。
 当たり前だ。
 これから彼が迎えようとしているのは『死』なのだ。

「ふう…まったく、かっこ悪いね、僕は」

 呟いて、恐怖に震える体を叱咤する。
 ふと、背後に気配を感じた。
 振り向く。
 そこには黒衣を纏った魔女、魔鈴の姿があった。

「魔鈴くん………!」

 ついてきたことを咎めようとした西条だったが、彼女の表情を見て、やめる。
 そしてひとつ大きなため息をついた。

「……カッコ悪いところを見られてしまったね」

 苦笑いを浮かべて、言う。
 魔鈴はふるふると首を振った。

「カッコ悪くなんかない。素敵です、西条さん」

 魔鈴の顔に笑顔。
 本当に綺麗な、笑顔。
 西条は、自分の震えが止まったのを感じた。

「すまない…どうやら答え、出せそうにないよ」

 視線を前方に戻し、呟く。
 目の前には、黒髪の男。
 血に濡れた創始者。
 魔鈴は寄り添うように西条の傍らに立った。

「いえ、いいんです。今、この瞬間<とき>に、あなたの傍にいられた………それだけで」

 それが二人の間に交わされた最後の言葉となった。

(さあ、後は頼んだよ!! 横島くん!!!!)













「ヨコシマ………」

「なに?」

 寄り添ったまま、静かにルシオラは呟く。

「私は、あなたに全てを伝えるためにここに来た。私は、今何が起こっているのか。どうして起こっているのか。そして…『あなたの全て』を知っている」

「俺の全てって…お、お前いきなりなにを………」

 ルシオラのセリフにあられもない想像をしでかして、横島は顔を真っ赤にして狼狽した。
 しかし、ルシオラの顔は真剣そのものだった。
 それでようやく横島も真剣な面持ちになる。

「ヨコシマは知らなければならない。ヨコシマと、パレンツと、この『世界』の関わりを」

「……どういう意味だ? ルシオラ………んなっ!?」

 突然、横島たちがいた世界は崩壊を始めた。
 夕日に染められた空も、街並みも、今まで自分たちが座っていた東京タワーも、形を失って崩れていく。

「おわったった!!!!」

 慌てて文珠を発動させようと手のひらに念を込める。
 しかし無情にも文珠は生成されなかった。

「な、なんでぇ!?」

 横島はなんとか浮力を得ようと空中で足をばたつかせる。
 自分の深層意識の中だというのに重力が存在するのがうらめしい。
 まあもちろんそんなことで浮力が得られることがあるはずもなく、横島はまっさかさまに落下を始めた。

「の、のおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 一瞬本気で死を覚悟したが、もちろん横島が死ぬことはなかった。
 ふわりと、体が急に落下をやめる。
 横島はルシオラに抱きかかえられていた。

「ルシオラ! なんだこれ、どうなってんだ!?」

 自分の目の前にある胸のふくらみを意識しつつも横島は声をあげた。
 すると突然光が辺りを包んだ。
 全てが白い光に包まれ、ついに横島たちがさきほどまでいた世界は跡形もなくなってしまう。

「さあ、行きましょうヨコシマ。全てを知る旅路へ」

 そんな中で、ルシオラの声だけは、はっきりと横島の耳に届いていた。


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