もしもねがいがかなうなら
一章 洋館と珍道中と(2)
天空より降り注ぐ陽光が、無骨なコンクリート製の道路ジリジリと路面をレア状態に焼き上げていた。道路の両脇には南欧風の建物が立っておりその手前には出店が出ている。カラフルな生地のテントの下には色とりどりの服、日本ではお目にかかれないようないびつな形の野菜、様々な模様の陶器などのいろいろな商品が並んでいた。道行く人々は強い日差しを避けテントの下に入り、いろいろな商品を物色しながら店の売り子たちと会話や値切り交渉などをしていた。
「ふ〜 暑いですね〜」
「すまないね。もうちょっとでつくから我慢してね」
「大丈夫ですよ〜 へっ へっ へっ。 」
美紗は卑屈に笑った。彼女にとって初めてであった腕利きのゴーストスイーパーだ。「絶対逃すものか!どこまでも着いていくぞ〜!!」と、笑顔の下はすごい気迫だ。
対する横島は「なんでガキのお守りをせんといかんのじゃ〜! これがピチピチねーちゃんだったら。おれは!おれは!」と、顔に出さずに思っている。
二人は表面上は和気あいあい・・・裏では複雑な感情を絡ませながら強い日差しを受け汗だくで、黙々と歩いていく・・・
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洋館で魔物を倒した後、美紗は横島についていくと言い出したのだ。冗談ではない!横島は速攻でことわった。 “学校があるだろう・・・今、夏休みですよ。” “両親が心配するだろう・・・実は両親は居ないんです。 ウル、ウル。” “オレみたいな男にくっついていくと危ないぜ。・・・大丈夫ですよ〜 横島さんは強いんだし〜” 美紗はことごとく横島の攻撃をブロックして見せた。こうなると女性と子供にはやさしい横島が断れるすではなかった。横島は大きなため息をひとつつく。
「次は、南地中海に浮かぶ島、ペルドラ島だよ。本当についてきて大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ〜。あ、ただ,私あんまりお金がなくて・・・」
「お金の心配はしなくていいよ。ただ、食べ物は日本の物とは違うから口に合うかどうか問題だよ。」
「その心配はありませんよ。この雪風美紗!生まれてからこれまで嫌いな食べ物と言うものに出会ったことありません。地中海中の食材を平らげて見せます!!」
・・・・・横島は頭痛がした。
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横島たちの少し後ろを二つの影が後をつけていた。ひとつの影が180cmくらいでもうひとつの影が160〜170cmくらいだ。背の高いほうが低いほうに声をかける。
「ほら!ぼさっー、としてないで尾行を続けるのよ」
「わかってますよ。 しかし、あの横島に尾行する価値なんてあるんですかね?」
「あんた忘れたの? 横島はあの美神令子の弟子なのよ。さるすじの情報では近接戦闘において美神令子を上回る存在らしいわよ」
「な! そんな!! なんかの間違いじゃねーんですか。 あの横島が!」
「あんた、まだ横島に負けたこと根に持っているの。 いいかげんにしなさい。みっともないわよ」
「・・・・・・・・。」
「大体あんたは才能がないんだから人一倍努力しなくちゃなんないのよ。それをやれ、足が痛いだとかやれ、腹が痛いだとか・・・ブツブツ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
また始まった。どうもこの人は自分のことを手のかかる弟か何かだと思っているらしい。
なぜか姉ぶりたがるこの人に一度、根本的な問題があることを話したのだが・・・答えは鉄拳の雨あられだった。それ以来こういう時は目の前の嵐が過ぎるのをじっとがまんするようにしていた。
二人が尾行を続けていると横島たちは道路沿いにあるちょっと大きめなオープンカフェに入っていく。当然、二人もオープンカフェに入っていった・・・。
ガツガツ! ムシャムシャ! ゴックン!
テーブルの上には、海産物を豊富に使ったパスタにピザにシチュー、デザート用にフルーツパフェに三段重ねのアイスクリーム、食後の一服用に紅茶とトロピカルジュースが所せましと並んでいた。
しかし、よく食べる娘やなー・・・ 申し訳程度残ったスペースでコーヒーを飲みながら考えた。 昔の自分を見てるみたいだ。あの頃は食事といったらカップラーメンばかりで、まともなのは職場での待機中におキヌちゃんの作ってくれた食事ぐらいだった。俺はよくがっついてたっけ・・・。金銭的な余裕ができてからはさすがにあんな食生活は送っては居ない。っていうか二度としたくはない。昔の自分と美紗を重ね合わせて見ていた横島はついつい優しい眼で彼女を見ていた。
「あ、すいません。自分ばっかり食べて・・・」
思考の渦に身をゆだねながらぼーっと彼女の食べっぷりを見ていたのを勘違いした美紗は食べるのをやめ、ちょっと下を向いて上目づかいに横島を見た。なんとなく子リスをおもわせる。
「気にしなくていいよ。俺は腹へってねーし。ただ美紗ちゃんの食べっぷりを見ていて昔の自分を思い出してただけだよ」
「昔の横島さんですか?」
「ああ、そうだよ。高校生からバイトとしてゴーストスイーパーの助手をやってたんだけど俺の上司とゆうかゴーストスイーパーの師匠が思いっきりけちでね、なんと!時給二百五十円だったんだよ。もう食べるのかやっとだったなーって。」
「へえ〜、でも横島さんくらいすごい霊能者だったらもっとお給料がよくてもよかったんじゃ・・・」
「いや、その頃のオレって霊能力がぜんぜんなくて単なる荷物もちでしかなかったからから・・・ しばらく後になってからだよ。霊能力に目覚めたのは・・・」
「すごい! 霊能力に目覚めてからわずか数年であの実力!! 普通は子供の頃から霊能力に目覚めて徐々に力を上げていくんですよ。それじゃなかったら、よっぽどすごい霊能者の血を引いているとか・・・」
キラキラした眼で聞いてくる美紗に横島は多少引きながら、「いや、そんなたいした家系では・・・」と答えると、美紗は、さらにヒートアップしていった・・・
「やぁー、お待たせしたかな?セニョリータ」
美紗はヒートアップできなかった・・・。後ろから声をかけてきた人に流れを中断されてしまった・・・。せっかくいいところだったのに・・・。
後ろから声をかけてきた人は見かけ三十歳くらいでくせっ毛のある赤毛の髪に美男子ではないが愛嬌のある顔をしている。おそらく白人だろうが体格はさほど大きくはなく日本人男性とさほど変わりはない。服装はポロシャツにスラックスとラフな格好だ。
「オレはゴンザレフってんだ。よろしくな、お嬢さん。」
そういうと男は横島と美紗の中間の椅子に腰掛ける。
「ゴンザレフさんですか、かわった・・・いえ、個性的な名前ですね」
ウエィターを呼んでコーヒーを注文するゴンザレフに美紗が話しかける。
「別に本名と言うわけではないよ。ゴンザレフは此処での仕事上の名前だ。その場その場で別な名前を持っているのさ」
「探偵さんですか?」
「ゴンザレフはゴーストスイーパー協会に所属するフリーの調査員だよ。」
横島が代わって説明する。
「へぇ〜」と美紗が感心する。 調査員というのはゴーストスイーパーが実際に除霊する前に除霊対象の霊力の強さや除霊現場の調査、対象の因果関係を調べ、除霊方法やランク付けをする人達のことである。それに加えてフリーというのはスパイみたいな潜入操作なんかも行う。よほど優秀な人でなければ勤まらない仕事だ。美紗が感心するのも無理はない。
「とっ、これが横島さんから頼まれていた資料だ。」
といってゴンザレフは傍らに置いておいた鞄から数枚の資料を横島に渡す。
「この施設は横島さんの睨んだとうり何かの研究所のようだな。地上部分は施設の制御室にガードマンと研究員の宿泊施設だ。 あやしいのは地下だが、さすがに地下までは調べられなかった」
「それと、この施設の持ち主を調べてみたが調べれば調べるほどあちこちたらいまわしにあって、結局どこの誰が持ち主なのか分からずじまいだった」
ゴンザレフは肩をすくめていった。横島は丹念に資料を眺めている。一人、場の雰囲気についていけない美紗はゴンザレフに話しかけた。
「へぇ〜、すごいですね!これもゴーストスイーパー協会の仕事ですか?」
「いや、完全なオレのアルバイトだ。協会は関係ない。」
「そんなすごい人が横島さんの個人的な頼みごとを聞いちゃうんですか?」
「報酬はたっぷりもらっているしね。それにオレは横島忠夫・・・、横島忠夫が巻き起こす騒動のファンなんだよ」
ゴンザレフが眼で美紗に聞きたいか、聞きたいか?と言っている。もちろん美紗は聞きたいですよ〜と返す。美紗の返事をもらったゴンザレフは遠くを眺めながら思い出すように語った。
「二年位前のことだが、オレは協会からあるマフィアのボスの私邸への潜入調査を依頼された。そのマフィアってのが裏で邪教団と繋がっているらしくて心霊兵器を開発して抗争に使うなり、テロ組織なりに売り飛ばすことを考えていたらしい。
その屋敷っのがまた馬鹿でかくてな、とてもオレ一人ではどうしようもなかったんだよ。
そこで、協会とICPOに頼み込んで腕の立つ援軍を頼んだわけだ。そんでもって来たのが学校もろくに卒業してないガキが一人だけ・・・。オレは恨んだね。協会とICPOを。
まぁ、ここでグズッていても始まらないとオレとガキは作戦を立てて潜入調査をすることとなった。作戦といってもありきたりのものでボスが屋敷から出てきたところでガキが持っているジュースを転んだふりをしてボスの上着にかける。そしてその後何でもいいから大騒ぎをしろと。オレはその隙に屋敷に潜入・・・。そういう筋書きだった・・・」
「わくわく。」
美紗は期待に胸をふくらませる。ゴンザレフはコーヒーで喉を湿らせて話を続けた。
「オレは門の見える茂みの中からボスが出てくるのを見ていた。手はずではガキがボスにジュースをかけるはずだった。ところがガキは“お嬢さーん、生まれる前から愛してました!!”とかいってちょうどボスと一緒に出てきたボスの娘さんに抱きついたんだ。そりゃ大騒ぎになったさ。おつきのやつがガキを力ずく引き離そうとするは、娘さんは悲鳴を上げるは、それでもガキは娘さんから離れようとしやがらねぇ。業を煮やしたボスが拳銃を取り出して撃つがかわすはかはすは・・・。娘さんを抱えたままだぜ・・・。挙句の果てに“いい女に出会ったら声をかけるのは男のサガじゃー!!“とか怒鳴りだして一同に説教をかます始末だ。オレは唖然としたね・・・。しかし、なぜかボスに気に入られたらしくて屋敷の中でお茶しだすんだぜ!まいったよほんと。しかも、帰りにはボスからでっかい精霊石まで貰って来るは、最初に嫌われていたはずの娘さんから“帰らないで”となきつかれるは・・・、それでいて重要な情報はちゃんと持ち帰ってくるんだぜ。俺は才能の違いに泣きたくなったよ・・・」
「へぇ〜」
美紗の目がキラキラ輝いている。補足で付け加えると霊能関係で精霊石をプレゼントするというのは最高のプレゼントなのだ。普通ちょっと気に入ったからといってほいほいと人にあげるものではない。横島はボスによっぽど気に入られたのだろう。
「その後オレとガキの持ち帰った情報によってマフィアと邪教団のつながりが証明され連中は一網打尽というわけさ・・・」
「後で知ったことだが学校も出でないガキは美神令子事務所の人間で、協会とICPOがもっも期待を寄せる新人の一人らしいんだ・・・。 その後、そのガキにすっかりほれ込んで友好関係を結んで今にいたるというわけだ・・・」
そういうとゴンザレフは残ったコーヒーを全部飲み干した。
「これでオレの思い出話は終わりだ・・・。んっ、どうした?」
美紗はなにやら下を向いて“すっ、すっ、すっ、”とかいっている。
「すっごい!!横島さん。実はあの美神令子事務所の人間だったなんて!!」
美沙が興奮するのも無理はない。彼女の通う六道学園では美神令子は憧れの的なのだ。ゴーストスイーパー業界のトップだけではなく降魔大戦(アシュタロス大戦のこと)で人類を救ったヒーローでもある美神令子は六道学園の生徒達に神格化までされている始末だ。美神令子の事務所に通うことは彼女達にとって一種のステータスなのである。以前三年生の弓かおりがこれ見よがしに自慢しているのをうらやましく思いながら聞いていたものである。しかし、かおりの話の八割は自分の自慢話であるためさっぱり要領を得ず、肝心の美神令子や事務所がどうなっているかは分からないままなのだ・・・。
「ねっ!ねっ!美神令子事務所の人たちのことを教えてください!」
「んー、美神さんが金の勘定をして、おキヌちゃんが料理がうまくって、シロタマが仲良くケンカするかな・・・あっ、そうだ!!人工幽霊一号が結構冷静なやつなんだよ」
横島の説明もまったく要領を得ていない。
「あ〜、それじゃ分かりませんよ・・・。具体的に!もっと具体的にお願いします!!」
「お嬢ちゃん落ち着けよ。人が見てるって・・・」
美紗が大声で話すので周りの人達から注目を浴びていたのだ・・・。さすがにいたたまれなくなって美紗も口を閉ざす。
「さてオレは、おいとまさせてもらおうかな」
ゴンザレフが席を立つ。
「ああー、俺達も出るよ」
横島たちも席を立つ。さすがに注目され続けるのはつらい。
レジで支払いを済ませて店を出る。横島たちは、そのままゴンザレフと分かれて歩き出した。
「ほら、いつまで食べているの。横島たちが行っちゃうわよ!」
「ガツ、ガツ、ガツ、ガツ、ガツ、ゴックン・・・・うぐっ!・・・みっ水〜」
背の高いほうは盛大にため息をひとつついた・・・。
・・・・その後、背の低いほうをしこたま殴りつけ横島たちの尾行を続けた・・・。
横島たちは黙々と歩いていた・・・。道の両脇の背の高い建物が二人を圧迫してくる。
ここは住宅街の裏道なので華やかなテントもなければ大勢の通行人もいない。あるのは裏道独特の薄暗さとなんともいえない郷愁感だ・・・。さっきから美紗は横島に話しかけているが横島は物思いにふけっているらしくって何の返事も変えっこない・・・。仕方なく美紗も黙って歩く・・・。
横島たちが歩き続けているとやがて建物がなく、噴水のある広場に出た・・・。
横島は美沙に聞こえないくらい小さな声で”ここら辺でいいかな?“とつぶやいて立ち止まった。急に立ち止まられたので美紗は横島の背中に鼻をぶつけてしまった。
「ムギュゥ! いったいどしたんで・・・」
横島はくるりと振り返り、尾行中の二人にさわやかな笑顔を向ける・・・。
二人はビクリ!とするも、背の高いほうが横島に話しかける。
「ひさしぶりね・・・横島」
「ああ、ひさしぶりだな・・・勘九郎」