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WORLD〜ワールド〜

第十九話 激動


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/11/18

 光はやがて横島の目の前で、渦を巻きながら安定する。
 集まった光は徐々に人の形を形成してゆく。
 右手。左手。右足。左足。
 ふくよかなふくらみを持つ胴体部。
 そして―――――頭部。
 横島の目が見開かれる。
 雷に撃たれたような衝撃が体を駆け巡る。
 両腕、両足がまるで岩のように硬直していた。
 呆然と開かれた口。
 渇ききった喉から、『その名』を呼ぶ。
 息も、絶え絶えに。

「ル…シオ……ラ………?」

 現れた人影。
 その姿は確かに、かつて愛し合った恋人のものであった。
 相違点を挙げるとするならば、ソレは色を持たず、ただ光が集まっただけであるかのように儚げに揺れていた。

「そんな…お前なのか……?」

 横島は信じられないという風に問いかける。
 光は、応えない。
 横島はフラフラとその輝きに近づいていった。
 その時、彼女は横島を見つめ、微笑んだ。

『ヨコシマ………』

 彼女は確かに横島の名を呼んだ。
 それは確かに『彼女』の声だった。

「ルシオラ………!」

 そのまま感情のままに抱きしめようとして、横島は動きを止めた。
 数歩後ずさり、ルシオラの姿をした光から距離をとる。

「いや…違う………」

 横島は右手にハンズ・オブ・グローリーを纏い、霊波刀状に展開する。

「お前は…ルシオラじゃない…! 俺にはわかる。大体、パレンツがルシオラを復活させるはずなんてないんだ…!」

 光はキョトンとした様子で横島を見つめ続ける。
 横島は霊波刀を構えた。

『ヨコシマ…どうしたの? その剣で何をするつもりなの?』

「やめろ。どんなに演技をしたって俺にはわかる。お前は偽者。ルシオラじゃない」

 油断無く、横島は光との距離を詰める。
 彼女はそんな横島の姿を見て微笑んだ。

『そう。その剣で―――――』

 二人の距離はもはや手を伸ばせば届くほど。
 横島は霊波刀を振りかぶった。

『あなたはまた私を殺すのね』

 横島の動きが、止まった。
 霊波刀を振りかぶったその姿勢のままで。
 腹部に激痛が走った。
 彼女の腕がズブリと横島の腹に突き刺さっていた。
 彼女は微笑んでいた。
 横島は構えていたままだった腕を振り切った。
 ほぼ反射的だった。
 腰の辺りから真っ二つに、彼女の体は上下に分かたれ、地に落ちる。
 どさりと、質量を持っているかのように音をたてて。
 それから彼女の体は光の粒子となって解けていく。
 横島に刺さったままだった腕も、同様に。

「………ッ!!」

 偽者だとわかっていたはずだった。
 それでも、その姿は寸分の違いもなく、彼女だったのだ。
 横島の心に襲い来る、圧倒的な喪失感。
 そしてその隙間に流れ込むように、苛烈な憎悪。

「素晴らしい。愛ゆえにその正体に気付き、愛ゆえに攻撃をためらう。素晴らしい。実に素晴らしい、喜劇だ」

 どこまでも。
 どこまでも、この男は。
 横島の心を破壊する。蹂躙する。嬲り尽くす。
 嘲り笑う、パレンツ。

「きっさまぁぁぁああぁッ!!!!」

 横島は顔を上げ、パレンツを視界に収めると、吼えた。
 そして飛び掛ろうとして、再びその動きを止める。
 それはこう呼ぶにふさわしい光景だった。
 ―――――悪夢、と。

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

『ヨコシマ―――』

 儚げに揺れて漂うルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 ルシオラ。
 視界を埋め尽くす、数十のルシオラ。
 その全てが、明確な敵意を持って、横島に迫り来ていた。
 もう、限界だった。

「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 横島は叫ぶ。
 叫びながら、霊波刀を振るう。
 迫り来る彼女の幻を切り裂く。貫く。叩き潰す。
 そのたびに彼女の幻は笑いながら消えていく。
 横島は、泣いていた。
 涙を流しながら、霊波刀を振るっていた。
 そして地を蹴り、跳躍する。
 この悪夢の元凶へと。

「パぁぁレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇンツっ!!!!!!!!」

 最後の一人を斬り捨て、パレンツの元へ。
 悠然と微笑むこの男に、鉄槌を。
 全ての感情を爆発させ、振るわれた一撃。
 だがその切っ先に、パレンツはいない。

「遅いよ」

 パレンツの手に握られた黒色の剣が横島を斬り裂いた。














 右肩から左腰にかけて。
 斬り裂かれた傷は、盛大に鮮血を噴き出し、紅のアーチを描く。

「あ………」

 文珠の生成を試みるが、体から一切の感覚が消えていた。
 ゆっくりと、横島は落ちていく。
 どさりと、紅い大地に墜落する。
 開かれたその目に、光はない。
 心臓の鼓動は、徐々にその動きを弱めていた。
 そのすぐそばに、パレンツは降り立った。

「……ぁ…………」

「まだ生きているか。まったく、本当に呆れたしぶとさだな。まあ、おかげでずいぶん楽しめたがね」

 言いながら、パレンツは黒色の剣を横島の首に当て、そこから真上に振り上げた。

「放っておいても死ぬだろうが…君のおかげで散々苦労したからね。私の手できれいに首を刎ねて終わりとしよう」

 残酷な笑みを浮かべ、パレンツは横島を見下ろす。
 その顔には確かな満足感が現れていた。

「さよならだ」

 振り下ろされた一撃。
 キィン!と甲高い金属音が鳴り響いた。
 パレンツの目が、初めて驚愕に見開かれる。
 突如現れた何者かによってパレンツの剣は受け止められていた。
 何者か?
 決まっている。
 制約なしのパレンツの一撃を止めうる存在など、ほかにはいない。
 この世の理から逸脱した存在。
 『イレギュラー』。

「馬鹿な…!」

「横島を殺させはせんぞ、パレンツ!」

 武神・斉天大聖老師。








「ぬうん!!」

 老師はパレンツの剣を受け止めたままの如意棒を振りきる。
 パレンツの体は勢いに押されて空中に放り出された。

「…なぜ貴様がここにいる」

 体勢を立て直し、空中に静止して、パレンツは老師に問いかけた。
 老師はそれには答えず、横島の胸の上に手を置くと、神気を送り込む。

「よし…一命は取り止めたわい」

「…ッ! 貴様ッ!!」

 横島が息を吹き返した様子を見て、パレンツは老師に飛び掛る。
 だが、パレンツの目の前で老師と横島の姿が掻き消えた。

「ぬッ…!」

 パレンツはすぐに視線を背後に移した。
 そこに老師の姿が現れる。
 その脇には横島を抱えていた。

「…さすがに斉天大聖。その動き、大したものだ」

 パレンツは老師を静かに見据えて言った。
 その顔には余裕が戻っている。

「お前がどうやってこの空間に来たのか。それはまあいい。こちらの方がむしろ好都合というものだ。斉天大聖、如何にお前でもここでは私に勝てはしない」

「ふん…どうかの……?」

 そう答える老師だったが、その額には汗が浮かんでいる。
 確かに、パレンツの言うとおりだった。
 創造力抜きのパレンツにならば、勝てる。
 だが、この空間で戦うパレンツには『制約』がかからない。
 創造力を全開で戦うパレンツに勝てるのは、同じ創造力を持つ横島だけなのだ。

「今日はなんと素晴らしい日だ! 最もわずらわしい『イレギュラー』を一度に二人も消すことができる! さあ、斉天大聖!! 私に逆らったことを魂の髄まで後悔し、消えろ!!!」

 パレンツがその両手を空高く掲げる。
 老師は空から襲い来るメテオの嵐を認めた。
 横島を地面に寝かせ、結界を張る。

「死なせはせんぞ…横島」

 優しい、武神に似つかわしくない目で横島を見やり、老師は言った。
 そして、次々と襲い来るメテオを見据える。
 その顔は、もう武神のソレだった。

「かああッ!!!!」

 自ら隕石軍の中に飛び込み、如意棒を振るい、片っ端から粉砕していく。
 隕石は、まるで土で出来ているかのように、おもしろいように砕けていった。

「さすがだ斉天大聖! ならばこれはどうだ!!」

 ひとつ、あまりにも巨大な隕石が現れた。
 こんな物を地球上でやられたら、ただではすむまい。
 その大きさは、数百メートルに達していた。

「ぬぅ…!」

 老師は力を集中する。
 闘気が爆発的に膨れ上がっていく。
 その闘気を如意棒を介して発し、隕石にぶつけようというのだ。
 しかし、そこで老師の体を奇妙な違和感が襲った。
 己の体に目を落とす。
 四肢が、凍り付いていた。
 隕石は、もうすぐそこまで迫っている。
 パレンツの嘲笑が聞こえたような気がした。

「ぬおおおオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 目も眩まんばかりの光の奔流。
 パレンツもさすがにその両目を覆う。
 かすかに見える、砕け散る隕石の姿。
 光の嵐が止んだ時。
 猿神<ハヌマン>の姿へと化した老師が紅い大地に降り立っていた。

「ゆくぞ! パレンツ!!」

 本気を出した老師の姿。
 その力は制約なしのパレンツですらも、純粋な武力でなら大きく上回っていた。
 だが、パレンツの顔から余裕は消えない。
 悠然と、迫り来る猿神を見下ろしている。
 そしてパレンツは優しく微笑んだ。
 それと、同時だった。
 大地から巨大な刃が次々と突き出したのだ。

「ぐああああああああああ!!!!!」

 その刃は老師の体を易々と貫き、大地に縫いとめる。
 パレンツは心底楽しそうに笑った。

「あっははははは!! 巨大化したのは失敗だったな、斉天大聖。的が大きいと実に狙いやすい。くっくっく…あははははは!!!!」

「く…おのれぇぇぇぇぇぇ………!!」

 老師は笑うパレンツを睨みつけ、激しく歯を噛み締める。
 刃は右腕に二本、左腕に一本、両足に三本ずつ、胴体部にも三本突き刺さっている。
 頭部を貫かれなかったのは幸いだったが、まったく身動きがとれない。
 無理に動こうとすれば、四肢が千切れ飛ぶのは明白だった。
 しかし、老師は異変に気付く。
 パレンツも、その異変に気付いたようだ。
 この世界にもう一つ増えた気配。
 この気配は――――――

「横島ーーーー!! 無事かーーーーー!?」

 紅き鎧を纏った、最後の『イレギュラー』。
 伊達雪之丞。

「雪之丞!? 馬鹿たれが!! 来るなと言ったじゃろが!!!」

 雪之丞の姿を認め、老師は顔を歪め、叫んだ。
 しかし雪之丞はあくまで不敵に笑う。

「んなこと言ったってよお、じっとしてられるかよ!! あんたもピンチみたいじゃねえか!」

 雪之丞は老師の、地より突き出た刃に貫かれている様子を見て言った。
 そして、地に仰向けに倒れる横島の姿を認める。

「おいッ!! 横島!! 返事しろ! 無事かお前!?」

 横島の体に歩み寄り、乱暴に揺さぶる。
 横島に刻まれた傷を見て、絶句した。

「こりゃあ……やべえんじゃ…ねえか……?」

 横島の体に刻まれた傷は、普通なら完全に致命傷だった。
 老師に送られた神気によりかろうじて永らえているにすぎない。

「雪之丞…横島を連れて出来るだけこの場を離れろ。急ぐんじゃ」

 静かにかけられた老師の声。
 だが、雪之丞はそれに反発した。

「んな!? 何言ってんだ! ダチをこんだけやられて尻尾巻いて逃げろってのか!? 出来るわけねえだろ!!」

「急げぇッ!!!!!!」

 今度は大地を揺るがすような大声で。
 もう雪之丞に二の句はつげなかった。
 渋々と、横島を抱きかかえ、老師に背を向ける。
 振り返り、言った。

「なんか考えがあるんだろうな? 『武神』」

「当然じゃ。さあ、行け」

 雪之丞の言葉に老師は微笑んで答えた。
 雪之丞はもう一度老師に背を向けると、駆け出した。
 パレンツは歓喜に打ち震えていた。

「まさか『イレギュラー』が全てこの地に集うとは…! これで全ての『イレギュラー』を一掃できる。これで何の支障もなく世界の変容を見守り続けることができる! …ん?」

 ふと視線を落とすと雪之丞が横島を抱え、走り出すのが見えた。

「待てッ! 逃がさんぞッ!!」

「それはこちらのセリフじゃよ、パレンツ」

 即座に追撃に移ろうとしたパレンツだったが、聞こえてきたセリフに足を止める。
 老師が、刃によって大地に縫いとめられたまま不敵に微笑んでいた。

「意味がわからんな、斉天大聖。そんな姿で何ができる? 死を前に狂ったか?」

「狂う? 確かにそうかもしれんな」

「…? 貴様、何を………」

 突然だった。
 老師の体から闘気が爆発した。
 老師は縫いとめられた体を、無理やりに動かす。
 ブチブチと体が引き裂かれていく。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「な……に!!」

 老師の体が刃の海から消える。
 そして老師はパレンツの背後に回り、左腕をパレンツの首に回し、しっかりと組み付いた。
 その姿は、猿神ではなく、いつもの姿に戻っていた。
 老師の四肢は、左腕以外全て千切れ飛んでいた。

「貴様…何のつもりだ!!」

「パレンツよ…この空間はあくまで急造された亜空間。宇宙とは違い、無限ではなかろう?」

「それが一体……! き、貴様! まさか!!」

「限りがある以上、中身を限界を超えて満たしてやれば破裂するじゃろう? 空気を入れ過ぎた風船が破裂するようにの……」

「貴様ぁ!! させるかぁ!!!!」

 老師の体を炎が走った。
 その炎はしっかり組み付いているにも関わらず、パレンツに燃え移ることはなく、老師の体だけを苛烈に灼いた。
 それでも、老師は離さない。
 いや、もしかしたら熱さすらもう感じてはいないかもしれない。

「なに…その空気の代わりに儂の闘気を満たしてやろうというだけの話じゃ……簡単じゃろう…?」

「離せ!!」

 パレンツは黒色の剣を創造、その手に握ると老師の体に突き刺した。
 何度も。何度も。

「生きろよ…横島…雪之丞……」

 老師の体から閃光が溢れだした。











 雪之丞は走り続けていた。
 連戦で疲労した体を叱咤して、ずっと。
 人間を遥かに超越したスピードで走り続ける雪之丞。
 老師がいた場所は、もう遠い。
 それでも雪之丞は止まらない。
 老師の言葉に従って。
 遠くへ。
 出来るだけ遠くへ。

「…? 何だ……?」

 大地が震えたように感じた。
 足を止めることなく、雪之丞は辺りの様子を伺う。
 背後。自分たちが走ってきた方向。
 そこにまるで太陽のような輝きがあった。
 光はどんどんこちらに迫ってきているように感じる。
 圧倒的なエネルギー。

「バカヤロウ………」

 そのエネルギーの元がなんなのか、雪之丞には何となくわかった。
 雪之丞は光から目をそらし、瞳にたまる熱い何かを無理やりに押さえ込む。
 今は、そんな場合じゃない。
 雪之丞は横島を抱えたまま走り続けた。






 しかし遂に閃光は雪之丞たちを捉えた。
 圧倒的なエネルギーの奔流に、雪之丞たちは飲み込まれてしまう。

「が…あぁ……!!」

 体を引き裂かんばかりにエネルギーの奔流は雪之丞たちをシェイクする。

「よ…こしま……!」

 雪之丞は必死に横島を抱きかかえる。
 ちょっとでも気を抜けば、二人はエネルギーの流れに飲み込まれて引き離されてしまうだろう。

(っていうか…やべぇ……死ぬ……!)

 雪之丞は必死に魔装術の装甲を維持する。
 魔装術がなければとっくに引き裂かれていたかもしれない。

(って、やべえ!! 横島ッ!!)

 雪之丞は慌てて横島の姿を確認する。
 何しろ、横島は魔装術など纏っていない上、意識を失っており、霊的防御力は0に近いのだ。
 しかし、エネルギーの奔流は横島に影響を及ぼしてはいなかった。
 横島を、暖かい結界が包んでいた。
 老師が張っていた結界だった。
 雪之丞は横島の無事を確認すると、ほっと息をつく。
 その間も魔装術の維持に神経を使っているのだが。

(くそ…! もう保たねえ……!!)

 限界だった。
 見ると、横島の結界も揺らぎ始めている。

(ちくしょう…! もう…ダメだ……!!)

 と。
 その時だった。
 奇妙な現象が起こった。
 空に、ヒビが入った。
 空間に亀裂が入ったのだ。
 飽和し、暴れ狂っていたエネルギーはようやく出口を見つけるとそこに殺到した。
 凄まじい流れに、雪之丞はどうすることもできず、亀裂に飲み込まれていった。











 妙神山。
 そこでは、皆が老師達の帰りを待っていた。
 マリアがたまたま横島の消える瞬間を見ていたことが判明し、その映像を投影して観察し、老師は誰もついてくるなと言って消えた。
 老師は、横島の唇を読み、鍵となる言葉を知ったのだ。
 しばらくして雪之丞もいつのまにか消えていた。
 雪之丞が消えてからも、もう大分たつ。

「横島さん…無事でしょうか……」

 おキヌは畳張りの部屋で、壁に背を預けたまま、隣で同じようにしている美神に問いかけた。
 美神は弱々しく微笑む。

「無事よ、きっと。あいつ、生身で大気圏突入しても生きてたじゃない」

 その言葉を聞いて、おキヌも弱々しく微笑み返す。

「そう…ですよね。無事ですよね、きっと」

「まったくあいつは…一人で暴走しちゃって……心配かけんじゃないってのよ、ねえ?」

 美神がそこまで言った時だった。
 とてつもない轟音と衝撃が、部屋を揺るがした。

「な…なに……?」

「私、見てきます」

 小竜姫はいそいそと部屋を出て行った。
 それからしばらく、皆は何事があったのかと周りの者と言葉を交し合っていた。
 しばらくして、小竜姫が血相を変えて戻ってきた。
 その両肩には、横島と雪之丞を抱えている。

「誰か! ヒーリングの出来る方は治療を!! 二人ともひどく傷ついています!!!」

「いやああああ!! 横島さん!!!」

「先生ぇ!?」

「ちょっとヨコシマ!?」

「雪之丞ッ!? 雪之丞ってば!!」

 惨たらしい二人の様子を見て、おキヌ、シロ、タマモ、かおりはひどく取り乱していた。
 大樹、百合子は声すらでない。
 美神も横島の体の傷を呆然としながら、立ち尽くしていた。
 他の面々も、彼女たちほどではないにしろ、慌てふためいていた。
 そんな中、冷静に状況を判断していたのはやはりというか、美智恵だった。
 指示を飛ばそうと美智恵が皆を見渡したその時だった。

「おキヌちゃん! シロ、タマモ! 横島クンのヒーリングを急いで!! 冥子!! アンタは雪之丞をお願い!」

「美神おねーさま!?」

「あなたの気持ちもわかるけど横島クンと比べたら雪之丞のほうがまだ傷が軽いわ。急がないと横島クンは本当に死ぬ。お願い、耐えて」

 美神の指示は私情を交えたものでは断じてなかった。
 美智恵も同じような指示をだそうとしていたのだから。
 美智恵はいち早く立ち直り、的確に指示を飛ばす娘を誇らしげに見つめていた。
 しかし、事態の異常さに気付く。
 美神も当然それには気付いていた。

(なぜ老師の姿がないの!?)

「えッ!?」

 突然声を上げた小竜姫のほうを皆が振り向いた。

「どうしたの!?」

 美神が空を見つめたままの小竜姫に言う。
 小竜姫は青ざめた顔で呟いた。

「鬼門たちの気配が………消えました……………」


 絶望は、すぐそこまで迫っていた。



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