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悲しみの代価

土地神(後編)


投稿者名:朱音
投稿日時:04/11/14

『彼女とともに、逝きます』

脳髄に響いた声は、間違いなく彼の声であった。

妖樹は散る。
だから、彼女に喰われた彼も散る。

彼女を満たすために、喰われ。
彼女を外界から守るために、浮遊霊を集めた彼。

喰われる前に少しでも彼女を外界から守るため、
場を歪めGSを貶める罠を張った彼。

神という地位と権利を捨て、文字通り全てを捧げた彼は。
望んだ通りに彼女とともに逝く。

自らの禍々しい身を、横島の力の導きを伝って。

それは朧の夢。
儚く、美しい。
桜の最後。


微かに目を細めその散り行く姿を見つめていた。
出来うることならば、散り去るまで見届けたかったが邪魔するものがいる。

なんとも煩わしいものだ。

「衆人環視の趣味はないのでね、出てきてはもらえませんか?」

出てきたのは男。
渡辺と名乗った、代理人だった男は軽やかな拍手を横島に捧げる。

「予想以上ですよ。まさか土地神を喰らった妖樹をこうもあっさりと倒されると、
前任の彼が可愛そうに思えますね」

前任とはおそらく、妖樹の周りにあった式神を放った者のことだろう。

「貴方なら、土地神を分離させることが出来たのでは有りませんか?」

ひらりと舞う花びらの中で、横島は笑った。
嘲ったのだ。
故に・・・ごく当たり前に横島の口調は変わる。
今までのどこか柔らかなものから、明らかに目下の者を哀れむものへ。

「私は彼の望みを叶えただけだ。彼は望みのまま、彼女と共に逝った」

「土地神が消えた土地がどうなるのか、ご存知ないのですか?」
「疲弊するだろうな。土は腐り、歪み。水源は枯れ、緑は萎える」
変わりに答えたカノエを一瞥し、渡辺は横島に向き合う。

視線を向けられた横島はカノエの言葉を補足する。

「どの道そうなることは明白。彼は神だ。神は規律を厳守する、
彼は罪を犯した・・・罪を許すのが神ならば、罰を与えるのも又神なのだから」

クスリと一つ笑みをこぼす。
何を言っているのか解らないという表情で、渡辺は小首を傾げるその姿に笑う。
実感していまった、彼らは知らないのだと。

「間違えるな。神族は正確には神ではない。
その名の付いただけのモノ・・・そう、人と同じく一つの種なのだ。
神は常に『傍観者』でなくてはならない」
事実神と呼ぶものが居たのならば、の話になるが。

「私には良く解りませんが、今のうちに貴方は家に引き込みたいものですよ」
「オカルトGメンだったか?・・・勢力を伸ばしているのは。人材が必要なのか?」
「・・・・・・・よく、ご存知でらっしゃる」
協会とは全く違う組織。

完全実力主義の世界。
協会は何だかんだ言っても歴史がモノを言う世界である。
身に流れる血の歴史が今後を大きく左右する。
無論のこと、事実名門名家の出のものはGSランクが上がるのが早い。


「私はどの傘下に入ることはない」
「ではなぜ協会の元にいるのです」
「たまたま協会がGS資格免許をだしていたからだ。それ以下でも以上でもない」
「では、家にもまだ希望はあるのですね」


「カノエ」

舞い落ちる花びらの最後の一つが地に落ちた時、徐にカノエが動いた。
名を呼ばれただけだと言うのに、全て解していると言わんばかりに渡辺の眼前へと突き進む。
渡辺の額を右手で掴み、一言だけ言霊を乗せる。

「忘れろ」

たった一言で渡辺は身じろぎ一つすることは無く、
今まで支えられていたカノエの手が離れるとその場に崩れ落ちた。
良く見れば渡辺の瞳には生気がなく、虚ろな眼をしている。
続いて妖樹の回りを囲んでいた式神も次々に粉砕していく。

曰く、
「俺も衆人環視の趣味は無い」
だそうだ。

カノエの姿を視界の隅で確認しつつも、横島も行動を始めた。
「やれやれ、教会は何を考えているのか。証拠隠匿の為に破壊工作・・・やる事が派手だな。
まぁ、協会にもGメンにも義理はないが、アフターケアはしてやるさ」

足元に散らばる無数の花びらの一つを摘むと、手のひらにしまう。

「花びらも又細胞の一つ、かつてはソコに有り、又共有していたモノ。
ならば、彼もまた内包している。媒体はココに。触媒は記憶と記録。実行者は私だ。
さぁ、新たな芽吹きの力よ私の手の中で生き継ぐモノにその字(あざな)に相応しき権利と権限を私である『種』が命ずる・・・・与えろ」

どくんと一つ鼓動が鳴った。





シロは困っていた。
果てしなく困っていた。

その様子は、うな垂れた尻尾によく出ている。

簡潔に説明するならば・・・・・美神においてかれたのだ。

それだけなら何時もの如く勝手に散歩をして事務所に戻るのだが、
崩壊した建設物を前にして美神はシロに
「あいつらが死んだら私の責任になりかねないから、
暫く様子を見て生死を確認しなさい」
と言い残した。

ここで美神に逆らい一緒に行くというのも一つの手だが、悲しいかなシロは美神に逆らえなかった。


・・・・・後が恐ろしすぎて。


兎にも角にも、シロが美神において行かれて30分ほどだろうか、瓦礫が動いた。

「一気にふっ飛ばせば早い」
「莫迦者。それでは周りに被害がでる」

霊資で作られている結界は同じ霊資で出来ているものしか遮断することが出来ない。
むろん、ソレ相応の力や粒子の配分をすれば物質を遮断することは可能だが、巨大なビル一つ崩壊するほどのエネルギーは流石に抱えきれないだろう。

まあ、言ってしまえば横島には可能だろうが。
元々浮遊霊が入り込まないように張られた結界だった為、物理的なものは通してしまうのだ。
ここで文珠を使うという手もあったのだが、極力自分の力は隠したかった。

因ってカノエの腕力其の他諸々を使い地上に這い出た二人である。

「俺は力仕事は苦手だ、ツバキの領分だろう?」

そう言いながらもカノエの黒色の肌に傷は見つからない。

「かと言って私にやらせるのか?」

一呼吸おいて、カノエは笑う。
「冗談だろう?忠夫の手を煩わせるなど、それこそが愚だ」

なんともほのぼのである。
台詞だけならば。
実際は瓦礫の山を身体全体で持ち上げているカノエの下を、軽快な足取りで通り抜ける横島の姿があるのだ。
平均的な成人男性程度の太さの腕のどこに、あの大量の瓦礫を支える力が有るのかが不思議だ。
夕日に映るその姿は、実にシュールである。

ふと、カノエがシロに気付いた。
「犬か」
「狼でござる!」
「カノエ。一々突っかかるな」
「相性が悪いだけだ」

横島が瓦礫から離れたのを確認してから、自分の上に乗っていた瓦礫を退かす。
相当の重さがあったのだろう、落ちた瓦礫は軽い地震を起こした。

「どうやら、先に帰ったようだね。美神さんは」

「おいて行かれたのか?」
「ヴっ」

言葉に詰まったシロをみて、流石のカノエも同情する。
「家に来るといい。食事ぐらいは出してあげよう」

方や中々に好感の持てる青年と、少し気に入らない生き物。
方や何故かは知らないが機嫌の悪い美神。
どちらを取ると問われれば前者である。

勿論シロは横島の後を付いていった。


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