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WORLD〜ワールド〜

第十八話 暴走果てしなく(2)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/11/ 9

 パレンツは宙に浮かびながら横島を見下ろし、悠然と微笑んでいる。
 横島は焦りを浮かべ、パレンツを見上げながら取るべき手段を模索している。
 どれほどの時間こうしていたのか。
 それは、実際にはほんの数秒のことであった。
 にもかかわらず、横島にはとても永いものに感じられていた。
 だが、それもパレンツが行動を開始するまでのことだった。

「さあ、始めようか。すぐに潰れてくれるなよ?」

 パレンツの声を聞いた途端、それまで永遠にも感じられていた時間はほんの一瞬のことであったかのような錯覚を起こす。
 横島はまだ文字の刻まれていない文珠を右手に携え、身構えた。

「まずは炎の海といこうか」

 パレンツが右手を掲げる。と同時に横島の周りが突如燃え上がった。
 可燃物など一切なかったはずなのに、炎は理不尽にその勢力を拡大し、横島を飲み込もうとする。

「く…うぁ!」

 炎にまかれながら横島は必死に文珠を発動させた。
 『鎮火』の文字が輝く。
 横島の周囲の炎が消えた。
 だが、一瞬で勢いを取り戻す。
 消しても消しても、新しい炎が次々と創造されているのだ。

「くそ! きりがない!」

 叫び、横島は文珠の文字を『飛翔』へと変えた。
 空へ飛び上がることで炎の海を脱出する。

「ユグドラシル」

 パレンツは右手を下から上へとゆっくりと動かした。
 ドゴン、という音と共に、炎の海から巨大な『何か』が天を突くように『生えた』。

「な、何だこりゃっ!?」

 その『何か』に横島は絡みつかれてしまう。
 それは、巨大な『樹』だった。
 その樹の幹に横島は取り込まれるような形になっている。
 横島にはその全様を見ることはかなわなかったが、その樹は非常に高く、大いに広がった枝に見事に茂った深緑の葉は雄雄しくすらあった。

「くっ…ちくしょ…! 出られねえ………!!」

 拘束された体を解放しようと踠く横島だったが、突如その動きを止める。
 その目は驚愕に見開かれていた。

「おいおい……嘘だろ?」

 横島は今、地上百メートルほどの所に拘束されている。
 故に、ただでさえ何も遮るものがなく、どこまでも見渡せる地平線をさらに明瞭に見渡すことができた。
 その地平線を、何かがこちらに向かって走ってきていた。
 その先端は、なにやら白くはじけているように見える。
 津波、だった。
 この世界と同じ紅に染まったそれは、血のようにも見える。
 その高さは横島のいる位置を優に越えていた。
 馬鹿げた高さだった。
 横島は考える。
 このままでは確実に飲み込まれてしまう。
 いや、待て。この樹にしがみついていれば溺れることはないのではないか。
 そんな考えは一瞬で捨てる。
 あれだけの大質量、その圧に耐えるには人間の体は脆すぎる。
 飲み込まれたら、それだけで即死だ。
 まず、この樹から抜け出さなければ話にならない。
 完全に取り込まれた右手。その中に握られた文珠。
 そこに『爆裂』の文字が浮かぶ。
 爆発。

「あっつ〜〜〜!!!!」

 ハンズ・オブ・グローリーを纏い、ダメージを軽減したといえども無傷ではいられない。
 しかし、その甲斐あって横島はパレンツの創った樹から脱出した。

「よし、これで………」

 あとは津波の届かぬ高さまで上がるだけ。
 その横島の目論見は叶わなかった。
 すでに、津波はほんの目の前まで迫っていた。
 飲み込まれる一瞬、横島は、津波がまるでかのモーゼのようにパレンツを避けているのを見た。
 そして津波は横島を飲み込んだ。

「まだまだーーーー!!!!」

 横島の叫びが響いた。
 なんと横島は、サイキック・ソーサーを2メートルほどの大きさに展開、まるでサーフィンのようにその波に乗っていた。

「こんなんで俺を殺せると思うなよパレンツ!! すぐにぶっとばしてやるからな!!」

 横島は威勢良く叫んだが、そのまま波に乗ってどんどんパレンツから離れてゆく。
 横島の姿と声がどんどん小さくなってゆく。

「ああっ! アカン!! このままじゃどこか遠い世界の果てまで一人旅ッ!?」

「そんなつれないことをするなよ、横島忠夫」

 パレンツが微笑み、右掌を横島が離れていく方向に向けた。
 横島を猛烈な危機感が灼く。
 直後、横島の眼前の大地が突如隆起、山脈を形成した。
 波に乗っている横島は当然、前進を続けるしかない。

「マジかよ……」

 横島は呆然と呟いていた。
 だが、その目から光は失われていない。

「サンドイッチはごめんだぜ!!」

 そのまま津波は山脈へと激突した。
 山脈は瓦解し、全ては水の中に飲み込まれてゆく。
 津波の衝撃は、それほどまでに凄まじかった。

「………どうかな? とりあえず水、土、火、木、まあいわゆる四属性だな。楽しんでいただけたかな?」

 パレンツは山脈が津波に飲み込まれていく様を見つめながら背後にむかって声をかけた。

「最悪だな。人を楽しませようってんならデジャヴーランドの社長に教えを乞いな」

 いつのまにかパレンツの背後に回っていた横島が答えた。
 横島は衝突の一瞬、『飛翔』文珠を用い、津波から脱出したのだ。
 津波に乗った直後にやっていればよかったことなのだが。

「ふむ…では次の趣向は楽しんでもらえるとよいな」

 横島のほうを振り返り、パレンツは微笑む。
 それが、どうしようもなく横島の怒りを駆り立てた。

「―――っざけんなーーーーーーーー!!!!!」

 咆哮。
 横島はハンズ・オブ・グローリーを右手に発現、霊波刀状に錬成するとパレンツに一瞬で斬りかかった。
 霊波刀を振りぬく。
 パレンツの姿が一瞬で消えた。

「なっ………!」

「そんなに焦る必要はないさ」

 パレンツは、先ほど横島がいたところに移動していた。
 横島の目に捉えられることなく、一瞬にも満たぬ時間で。
 戦慄する横島の耳に、なにやら空気を切り裂くような音が聞こえた。
 それはまるで、飛行機が自分のすぐ頭上を飛んだときのような音。
 横島は上を見上げた。
 そして、再び硬直する。

「さあ、次には耐えられるかな?」

 パレンツの声。
 横島はそれに反応を示さず、ただ上を見上げていた。
 もしパレンツにその気があったなら、横島は殺されていただろう。
 だが、パレンツはそれをしなかった。
 それほどのスキを、横島は見せていた。
 その横島の目に映っていたのは――――――
 岩。
 岩。
 岩。
 岩。
 岩。
 空から降り注ぐ、岩石の群れ。

「星の雨だ! ロマンチックだろう!?」

 ひとつひとつが直径三十メートルは優にある、小隕石。
 横島を襲う、メテオの嵐。

「うああああああああああ!!!!!!」

 横島は無我夢中で『飛翔』し、隕石をかわす。
 しかし、かわしてもかわしても次々に襲い来る岩、岩、岩。
 隕石が大地に衝突するたびに、巨大なクレーターが穿たれる。
 辺りを埋め尽くす、轟音と衝撃。
 しかも、それは連続して襲いくるのだ。
 横島は下からの衝撃にも揺さぶられることとなる。
 ついに、メテオは横島を捉えた。
 どう動いても、かわすことは出来なかった。

「こなくそぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 『粉砕』の文字が刻まれた文珠を咄嗟に投げつける。
 岩石は砂粒レベルまで粉砕された。
 漂う砂の向こうから、再び隕石。
 『粉砕』文珠はすでにその効果を失い、消滅してしまっていた。
 新たな文珠を生成する時間は、もう無い。
 だが、横島は、ある種の確信をもって、その右手を突き出した。

「出ろっ!!」

 横島が叫んだと同時。
 幾度も横島の危機を救ってきた盾が、横島の目の前に創られた。
 ゴガンっ!という凄まじい音を立てて、盾は隕石を受け止める。
 横島の中で確かに覚醒しかけている『創造力』。
 しかし、それを見つめるパレンツは、どこまでも余裕だった。
 横島の『盾』に、先ほど衝突したものとは別の隕石が衝突する。
 また別の隕石。
 また別の隕石。
 また別の隕石が、次々と。
 連続する衝撃と、増大する質量。
 ピシリと、盾にヒビが刻まれた。

「そんな………」

 それからは、あっけなく盾は崩壊した。
 完全に物質化した盾の破片は、隕石と共に横島を襲うこととなった。
 そのまま横島と共に、隕石は大地に衝突した。
 紅い大地に大きなクレーターが穿たれる。
 その後も、しばらく『星の雨』は続いていた。








 ようやく、星の雨が止んだ時、大地はひどい有様だった。
 平坦な大地など、一部も無い。
 穿たれたクレーターに、先ほどの津波の水が流れ込んでいる。
 砕かれた山脈は、まるで砂場で子供たちが遊んで作った小山が踏みつけられた時のように、無残に崩れていた。
 その全ては、紅く塗りたくられていた。
 そこに比べれば、荒涼な月面も天国に見えるほどだった。

「さすがに死んでしまったかな?」

 そう言ってパレンツは辺りを見渡す。
 すると、あるクレーターの真ん中で動く影が見えた。

「まだ生きているのか………素晴らしい」

 クレーターの中央では、横島が土の中から這い出ていた。
 半ば埋まってしまったような状態だったらしい。
 その体は酷く傷ついていた。

「あぶねえ……マジ、死ぬかと思った………」

 岩石に押し潰される一瞬、生成した文珠で『防護』の効果を発生させていなければ確実に即死だっただろう。
 しかし、永らえたとはいえ、横島は満身創痍だった。
 もう、立ち上がれるかも怪しい。
 それでも横島は立ち上がり、パレンツを睨み付けた。
 あきらめたら、死ぬしかないのだ。
 『絶対にあきらめない』という彼の雇い主の思想は、しっかりと横島にも受け継がれていた。

「これほどの力の差を見せ付けてもまだ絶望しないのか。……さすがに少し不愉快だよ」

 そんな横島の姿を見て、パレンツは初めてその余裕を崩し、苦々しい顔をした。
 軽く横島を睨み付けると、短めのため息を吐く。
 その表情には、余裕が戻っていた。

「だが、すぐに君は絶望に彩られることとなる」

 パレンツは両腕を掲げ、まるで天を仰いでいるかのようなポーズをとる。
 そして横島を、残酷に、冷酷に、奇妙な笑みを浮かべて、見つめた。

「最後の余興だ……はたして、耐えられるかな?」










 横島の周囲を、光が渦巻いた。

「くっ…! パレンツめ……今度は何を………」

 しばらく横島の周囲を旋回した光は、やがて横島の目の前でとどまる。
 見る者を蠱惑する、青白い輝き。














 それは、蛍の光に似ていた。


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