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GSルーキー極楽大作戦

夜の学校、一日の終わり


投稿者名:ときな
投稿日時:04/11/ 3

「まったく、こんなことならボクが三階になっとくんやったな」

 階段を駆け上がりながら鬼道政樹はそんなことを口走った。自分を二階に配置したのは自分のいない一階、三階のどちらかで何かあってもすぐに駆けつけれるようにと思ってだったのだが…実際のところは三階全てでその『何か』が起こってしまった。おかげで三階に上ってからまた下りねばならない。

 階段を上りきり、廊下を駆けるその途中、辺りの光景が薄暗い校舎から夜のジャングルへと変わった。

「な、何や!?」

 突然のことに急ブレーキをかけ、彼の式神『夜叉丸』を出して警戒する。

(テレポート!? んなアホな!!)

 事態を理解できずにそのままじっとして警戒を続けるが、結局何も起こらず、十秒ほどで辺りの光景が校舎のものへと戻る。

「…いったい何やったんや………ん?」

 わけがわからず立ち尽くしながら一人ごちるが廊下の先に光るものを見つけて思考を止める。あいにくと自分が持ってた懐中電灯は先ほど二階の廊下に置いてきたのでこちらからは確認は出来ないがあっちはわかったらしい。黒い人影の一つがぶんぶんと手を振っている。また他に影は二つ。
 鬼道は彼らも無事だったことを確認してほっとする。

「やっぱり鬼道だったか。何か覚えのある霊気感じたから来てみたけど正解だったな」

 ようやく互いを視認できる距離まで来て最初に言葉を発したのは懐中電灯を持つ横島。彼ら三階組もタイガーの幻覚にはまり慌てたがすぐに消えた後、横島がタイガーの幻覚と理解したため、鬼道のように立ち往生することはなかった。
 尤も、いきなりだったため最初は横島もタイガーの仕業とわからず一番騒いでいたのだが。


 なにはともあれその後、鬼道の霊気を感じて合流したというわけである。


「まだ何かおるかもしれん、一旦外に出るで」

 いまいち事態を飲み込みきれていない鬼道だったがこのままのんびりしてるわけにもいかないので三人を連れてさっき上がってきた階段を降りる。





「あ、鬼道せんせー」

 東階段を降りて二階に戻ってきたとき、そこの廊下には一階組のタイガー、愛子、盾志摩が居た。
 彼らもまたこの校舎に害のある霊的存在が複数存在してることに気付き、上にいる面子のことを心配してあがってきたのだ。ちなみに宿直の先生はとりあえず手近な窓から逃げてもらった。


「三人とも無事やったか。ところでお前らどの階段から来た? この階段? …なら途中でピートや綾見とは会わんかったか?」

 鬼道の質問にタイガー達三人は首を横に振る。

「こっちの階段から来たならすれ違うはずやのに……一体どこ行ってもうたんや?」
「まさかピートの奴、暗がりの教室で優希ちゃんにあんなことやこんなことを…!!」
「「やめんか!」」

 真面目に考え込む鬼道の横で妄想を爆発させる横島に突っ込みをいれる愛子と夏子。ボケとシリアスが混在する中、その喧騒から外れた銀一はふと視線を廊下の先に向けて、何か違和感を感じる。

「…あれ?」

 目をごしごしと擦って再び見るが違和感は消えない。

「行方不明の女性を助けるのはナイトの務め。綾見さん、この僕がしかとお助けしましょう!」
「ピートさんも行方不明なんジャガ……聞いとらんな、この人」

 何だか勝手に燃え上がっている盾志摩を冷めた目で見るタイガー。 
 そんな彼らをよそに銀一は一人廊下をしげしげと見つめるが何もおかしなところは無い。しかしなぜか違和感が消えない。

「……気のせいか?」

 しかし何の異常も見つけられない以上そう思うしかないか、と結論付けて、なんとなく上を見上げて

「のわあああぁぁぁ!!」

……絶叫した。

 彼が見たのはずいぶんと近いところにある天井、というか目前まで落下しつつある天井だった。

 そんな状況から逃げ延びれたのは銀一の持つ反射神経とスタントをこなした経験から来る身のこなしのおかげだった。必死の予感が頭の中に思い浮かび、自分でも良くわからない感情が爆発して全身の筋肉を使ってとにかくその場から離れるためだけに床を蹴る。

「なんやこれはぁぁ!!!!」

 床をごろごろと転がりながら横島達の下まで辿りついた事で安堵したのか、そこで銀一は立ち上がりもせずに思いっきり叫ぶ。

 そらそーだろう。誰だって天井が落下して来て死にかければそれくらい驚く。

 しかしよく見ればそれは天井ではなかった。それは岩に見えた。しかしそれは岩と呼んでしまっていいものか。少なくとも綺麗な直方体なそれを岩と呼ぶにはいささか抵抗がある。かと言って他にこれをなんと表現すればいいのか……厚さ十センチほどの石の板、それが一番近いかもしれない。
 先ほど銀一が感じた違和感はこいつが天井に張り付いていたため僅かに低くなった天井に気付いたからだ。

 その場に居る全員の視線が集中する中、床に落ちたそれは何の前触れも無くむくりと起き上がる。するとまるであつらえたように廊下にぴったりフィットし、向こう側への通路を遮断する。蟻一匹出る隙間もなさそうだ。
 そしてそれからは弱々しいが確かな霊気と害意が感じられた。

「この野郎!」

 最も早く反応したのは横島。その手に生み出した霊波刀で斬りつけるが

 ギャリッ!!

とはさみで石を切ろうとしたときに出るような音が響く。結果は表面に傷を残したのみ。
 続いて攻撃を加えた盾志摩、夏子も弾かれ、特に成果を残せない。


「フンヌアァァ!!」

 攻撃では埒が明かないと本能的に悟ったタイガーが己の巨体を以って『壁』を押し込もうとするが相手の力の方が強く、徐々に後ろに下がってしまう。

「ちっ、なら……」
「横島、もっかい攻撃するんや」

 大した霊気も無いやつに自分の攻撃が弾かれたことに焦りながらも文珠ならばと思ったその矢先、鬼道が指示を飛ばしてくる。
 その確信に満ちた声を聞き、思わず文珠の生成を止め、再び霊波刀を出す。今度は突きを放つが結果は先ほどよりも少し深い傷が残せた程度だ。

 これに何の意味があるのか、と鬼道を問い詰めようとしたとき、横島の横を一つの影が通り過ぎる。
 それは人型で服も着ている。しかしそれは人で無き物、鬼道の式神『夜叉丸』だった。

 その夜叉丸が『壁』に攻撃を仕掛ける。「無駄だ」と思うより先に横島は見た。平たい石の表面に確かに盛り上がった黒い塊があることに。そしてそれを夜叉丸が砕いたところを。

 その一撃を加えただけで夜叉丸はもう用は終わりと言わんばかりに影へと戻る。

「終わりや」

 そして鬼道の台詞。まるでその言葉を待ってたかのように『壁』はその形状を崩し、その身全てをただの砂の山へと変えた。



「こいつは『ぬりかべ』や。スライムと同系列の妖怪で霊力は弱いんやけど無駄に硬いんや。あと大した強度は無いけど結界も張れる。そうすれば霊力の無い一般人は窓からも逃げれん。そうやって獲物を閉じ込めて普通の壁と自分の体で押し潰す。
強い攻撃を与えれば核が表面に出て来るからそれを壊せばええんやけど…まともにやると大変やろな」

 結構な体積があったらしく自分の身長以上もある砂山を見上げて鬼道は教師らしく解説をする。
 ちなみに加える攻撃が強ければ強いほど核はよりはっきりと、より長く出てくるので鬼道は横島に攻撃を命じたのだ。

「じゃあ、もしその核のことに気付かなかったら…」
「押し潰されて死ぬやろね」

 横島の恐る恐るの質問、それに鬼道は怖い答えをあっさり返す。横島は何となく自分の知識の無さが怖くなる。

 横島がそんな恐怖を感じる中、ぬりかべの死骸、砂山が動く。敵を一体倒しても次が出てくるこの状況、誰一人として油断はしていない。戦える者は即座に構えをとり、目の前で動くものをみつめる。


 砂山から出てきたのは二メートルほどの巨体、がっしりとした体格であることは滴る砂に隠されながらも良くわかる。

 すでに戦闘態勢に入っている四人は先ほどのように油断せず精神を集中させる。
 そう『四人』である。

 彼らは忘れていた。

 この場に居ず、また先ほど一番苦労した人物のことを………。


「うぅ、誰か助けてくれてもよかったんじゃないですカイノー」

 砂の中から出てきたのはぬりかべを抑えていたタイガー。涙混じりなのは目の中に砂が入ったからだけではないだろう。
 ぬりかべを抑えていた彼は前方に力を入れて踏ん張っていたため、ぬりかべが形状を崩したとき、前のめりに倒れてしまい、その後上から降ってきた砂に埋もれてしまったのだ。

「……スマン、忘れてた」

 しかしそんな彼へとかけられた言葉は横島のそんな一言だけだった。



「うぅ、寒いノー」

 窓を開けて服に付いた砂を払うタイガー。すでに床には元ぬりかべの砂で一杯なのだから別に屋内で払っても良さそうなのだがそうしないあたり、タイガーの意外な几帳面さがうかがえる。
 校舎内の停滞した空気の中、開けた窓から入ってくる一月の寒風に身を震わせ、窓を閉める。

「お〜い、ピート! 優希ちゃーん! 聞こえたら返事くれー!!」

 そんな彼から少し離れた所では空に輝く十四夜月の光の下、横島が廊下の奥へと呼びかけているが返事は無い。
 いまいち緊張感が感じられないのはピートへの信頼ゆえか……それともただ呑気なだけか………たぶん後者である。


 なにはともあれ呼びかけて返事が無いとなれば本格的に捜索した方が良いだろう。タイガーは彼らの元に戻ろうとして、気付いた。自分が今居る前の教室、そこから霊気が漏れていることに。

 プレートを見ればそこは音楽室。中を覗こうにも防音のためか窓は天井近くに小さいのがあるだけ。しかもすりガラスで届いても中は見えないだろう。仕方なくタイガーは扉へと耳を近づけてみる。
 そしてはっきりとはわからなかったが中から聞こえたのは人の声。タイガーはすぐにまた叫んでいる横島へと知らせる。

「横島さん、ここから声が聞こえますケン!」
「ほんとかっ!」


 タイガーの言葉に横島、愛子、盾志摩の三人が真っ先に来て、扉に耳を押し付ける。
 防音のため、はっきりとは聞き取れなかったがなんだか大きな音が響いているのと一人の声だけは聞こえてた。

「だれか来てくださ〜い」

 その聞こえた声に三人のうち二人が奮起した。

「いかん、優希ちゃんがピートの毒牙にぃぃぃ!!」
「女性が助けを求めている! 行かんとっ!!」
「…えーとはっきりとは言えないけど私にはピート君の声に聞こえたんだけど」

 さっきの妄想引っ張ってる二人とは対照的に、ちょっと困ったように冷や汗たらしている愛子は控えめに発言をするが当然二人は聞いちゃいない。それぞれ霊波刀、刀を構えて非常に息の合ったタイミングで扉を破壊する。この二人、仲は悪いけど相性はいいのかもしれない。

「ピートォ!! てめぇ何やってぶほっ!」
「綾見さん、助けにごげっ!」

 破壊と同時にぴったり足並み揃えて中に突っ込んで行った二人のその叫びは鈍い激突音と共に中断された。

「ああっ、横島さん! 盾志摩さんも」

 音楽室の中からピートの嘆くような声が聞こえてきた。やはり先ほどの声は愛子の言うとおりピートだったようだ。
 ついでに言うと教室の中から何種類もの音が必要以上に入り乱れた音がやかましく響いてくる。

「なんや、この音は!?」

 そして他の五人も意外と広い音楽室に入ってその音の原因を見た。

 教卓の前に置かれたピアノ、大太鼓、シンバル、トランペット、果てはカスタネットに至るまで何種類もの楽器が一斉に音をたてていた。薄暗い校舎の中、その騒音はいっそう際立っているように思えた。

 そして彼らが注目したものがもう一つ。無論彼らの探し人、ピートと優希であるのだがその状況が凄い。何十個とある椅子と机が閉じ込めるように二人の周りを凄いスピードで回っているのだ。しかも時々その中の幾つかが二人に向かって飛んで行くのだがその全てをピートは破壊、または方向を逸らすことで捌いていた。ちなみに先ほど横島と盾志摩は突っ込んだ勢いそのままこの机と椅子の嵐の中に飛び込んだのだ。

 結果は…


「ピート! 何で優希ちゃんが気絶してんだ!?」

横島はあちこちにでかいたんこぶ作りながらも割りと元気、盾志摩は気絶している。
 また何があったのか横島の言う通り優希は気絶しており、ピートの足元に横たわっている。

「そんなこと言ってないで助けてくださいよー!!」

 向かって来た机を拳で叩き壊しながらも弱気な台詞を吐くピート。やってることと出てる声に随分ギャップがある。

「アホか! 霧になれば机も椅子もカンケーねえだろ!!」
「無理なんです!」

 横島の言葉にピートは僅かに悲壮さを混ぜた声で叫ぶ。

「ここでは僕は霧になれないんです」
「なにー!」

 ピートが霧になれば簡単に脱出できる、そう思っていた横島の頭がようやく現在の状況を理解する。

「あの楽器たちの出す音のせいです。霊が操って音を出してるせいか音に霊波が乗ってるんです。大した力ではないんですが気体である霧になるとその振動と霊波の影響を直に受けてしまって霧化ができないんです」

 ぬりかべに追われて音楽室に入ったその際に、ピートはこの音の影響を受けて霧化が解除。丈夫なピートはともかく、霊能力が優れていても抵抗力が一般人並な優希はそのときに気絶してしまったのだ。
 その後は机と椅子に取り囲まれ、現在の状況が出来上がったというわけだ。

「とりあえず助けんとな」

 鬼道は指で五芒星を描き、呪文を唱える。

「陰陽五行の下、流れし力を滅す!」

 鬼道が放った霊力が机たちを動かす力に働き、その動きが止まる。

「よし、今のうちに!」

 ピートは急いで優希を担いで横島達の元へ向かおうとするがそれより先に机たちが動きを取り戻し、その身を以って再び嵐を形成する。

「な、術の力が拡散されとるんか!?」

 その現象を見て鬼道は自分の術が本来の効果を出せてないことに気付く。
 一方ピートの方はそんなこと気にする暇は無い。再び襲ってくる机たちを避けながら、担いだ優希を何とか下ろす。無論女性に対しての礼儀として丁寧にそっと下ろしたのだがそれが良くなかった。それは明確な隙となり、襲い来る机たちに攻撃の機会を与える。

「くっ、捌ききれない」

 不自然な体勢ながらも六つまでは防いだが七つ目を受けたとき、大きくよろけてしまった。そしてそこへ襲い掛かる八つ目の机。とてもではないが受けれる体勢ではないし避ければ優希に当たる。
 そんな状況でもピートの瞳は諦めていなかった。崩れた体勢を無理に立て直そうとせず、そのまま重力に従ってその身を沈め、体を回転させるように床を蹴る。

「オーバーヘッドバンパイアキーック!!」

 ピートはオーバーヘッドキックで机を蹴り飛ばし、一回転して着地する。と同時に後ろの方で鈍い激突音が聞こえたがそんなことは気にしていられない。次にやってきた二つの机をそれぞれ右手と左手で撃墜する。


「多分、この音や。音に乗った霊波がこの部屋に満ちてこっちの術の威力を半減させ、さらに奴の力を増幅させとるんや」

 また鬼道もまだ見えぬ敵に対しての分析をしていた。
 おそらくこの状況は考えて造られたものではないだろう。そんな知恵があるのならもっと効果的な攻撃をしてくるはずだ。多少強い悪霊が力を振るった結果、たまたまこんな状況が出来上がったと考えるほうが自然である。

 ちなみにピートが追い詰められた際、ぬりかべの霊力がこの教室の窓に作用していなかったのは内側から響くこの音によってぬりかべの力がかき消されていたからである。

 どちらにしろ今の状況が厄介なことに変わりは無いのだが……


「何とか威力を上げれないんですか?」
「道具無しやと無理やな」

 机に隔てられた状態で会話を行うピートと鬼道。さっきので相手は刺激されたらしく机の攻撃がまた一段と激しくなっているためピートは結構必死だ。でもきちんと捌いてる。きっとどこかの山で全方位から丸太が迫ってくるのをかわす修行でもやってたに違いない。





「そうだ、横島さんの文珠なら! 横島さん、文珠をお願いします」

 文珠ならば多少の影響力など無視できるほどの威力を持っている。光明を見出せた気分で横島の方へと顔を向けたピートの見たものは

「横っち、しっかりせぇっ!」
「ああ、近畿くん、揺らしちゃダメよ」

銀一と愛子に介抱されている気絶した横島の姿だった。

「ああっ、横島さん何で!? ……まさか、まだ他に敵が!?」

 ピートは当惑しながらも後ろから迫ってくる机を肘打ちで撃墜する。

 慣れって凄い。



「ピートサンがさっきオーバーヘッドキックで飛ばした机が当たったんジャが」
「え!?」

 タイガーのその言葉に思い返す。



(「オーバーヘッドバンパイアキーック!」

 ピートはオーバーヘッドキックで机を蹴り飛ばし、一回転して着地する。と同時に『後ろの方で鈍い激突音が聞こえた』がそんなことは気にしていられない。次にやってきた二つの机をそれぞれ右手と左手で撃墜する。)




「ああっ、あの時か!!」

 思わず頭を抱えたくなるがあたりに飛び回っている物のことを考えるとそんなことはできない。
 とりあえず彼に出来たのは机や椅子をひたすら迎撃することだけだった。



「楽器から壊していこか?」

 そんな面白いピートの姿を見ながら夏子は隣のタイガーに尋ねる。乱暴な策に思えるが霊波が部屋に満ちているせいでこの現象を起こしている本体が特定できない以上他に方法はなさそうだ。
 見鬼くんか霊視ゴーグルでもあれば別だが。

「いえ、もしかしたら楽器に何か憑いてるかもしれんのでワシが精神感応で確認してみるケン。
ふん!」

 タイガーは自身の姿が虎へと変わったことに夏子が驚くのを横目で見ながら、精神波を楽器へと送る。
 強力なそれは多少の妨害霊波に邪魔されること無く楽器へと届く。

 バイオリン、シンバル、木琴と端から一つ一つ調べるが何も出てこない。どうやら単に霊力で操られているだけのようだ。さらに続けるが何も出ない。無駄足に終わるかと思いつつ最後のピアノに精神波を送ったとき、そこから一つの影が出てきた。

「おや?」

 その影がこちらに気付き、声をあげる。その姿はタキシードを着こなした長髪の美形。しかも口にはバラなんぞを咥えている。そんな奴がピアノを弾きつつこちらに話しかけてくる。

「むう、君達か。久しぶりだね」
「…噂をすれば影ってやつですカノー」
「てゆーか時間差で来られるとどういう反応すればええのか悩むな」

 前の方で鳴っている楽器の内、ピアノから出てきたのは昼間少し話題に上ったメゾピアノ。

「とりあえず…何であんたがここにおんねん」
「ふ、愚問だな」

 夏子の質問にメゾピアノは芝居がかった仕草で――ピアノを弾く手は止めずに――答える。

「そこにピアノがあるからさ!!」

「「「「「…………………」」」」」

「そーいうことが聞きたいんじゃない!!」

 あまりといえばあんまりな答えに一同沈黙する中、未だ危機に瀕するピートだけが状況を打開すべく、話を進める。ちなみにこっちも迎撃の手は止めてない。

「この現象を起こしているのはお前か!?」
「ちがうね」

 否定するメゾピアノ。
 そらそーだろう。ピアノ弾くくらいしか出来ないこいつのこんな大それたこと出来るわけがない。

「確かにこのピアノに力が流れ込んできてはいるが僕はただピアノを弾いてるだけさ」
「ならその力が流している奴の場所もわかるか?」
「確かにわかるが……」

 メゾピアノは視線を机の嵐に翻弄されているピートとその横に倒れる優希へと向ける。

「君達二人にはずいぶんとお世話になったからね………絶ーっ対教えてやんない!!」

 大口開けて高笑いするメゾピアノ。

「「「こ、この野郎…!」」」

 額に青筋立てるピート、タイガー、夏子の三人。ちなみに一番おっきい青筋立てたのは当然ピートだったりするがその怒りが真っ先に行動に出たのはまた別の人間だったりする。


 バキィィッ!!

 一つの机が破壊される。その場所は夏子とピアノ、いやメゾピアノとの直線状。破壊したのは霊気の矢。
 さらに二度三度と射られる矢だがその全てが机、または椅子で防がれる。そして今、メゾピアノ自身は自分が狙われているのに気付いていないようでピアノを弾くことに熱中している。しかもその表情は何か余裕に満ちており焦ってるこちらとしては腹立たしいこと限りない。

「おのれぇー」

 こぶしを握り締めながら怒りの表情を浮かべる夏子。メゾピアノ態度もだが攻撃が当たらないことにも苛立っているのだ。

 このまま何の進展もないかと思われたとき、先ほどから一度も口を開かなかった人物の声が聞こえた。

「……ん…う」

 ふらふらと頭を揺らしながら儚げな声をあげるのは綾見優希。未だ意識がはっきりしないようで目の焦点が合ってないその姿は現在の状況に似合わず、ただの寝起きの少女に見える。

「ゆーちゃん、目覚めたんか」
「あれ、夏子? って机が飛んでる!? しかも何か滅茶苦茶うるさいし! どーなってんの?」
「それよりもゆーちゃん! 悪霊の場所がわかるか?」

 目が覚めて周りで起こっていることを理解して大騒ぎする優希。しかしパニックには陥ってないと判断した夏子は先ほどまでのメゾピアノへの怒りからすぐに気持ちを切り替えて事態解決のための行動を取る。
 優希の霊感の鋭さは親友である自分が良く知っている。彼女ならば、と思い尋ねると優希は一瞬きょとんとしながらもすぐに目を瞑り、んー、と唸りながら集中を始める。


「んー、何かうるさくて集中できないけど……多分あそこらへん」

 そう言って彼女が指差したのは黒板の上に飾られた数枚の音楽家の絵。おそらくそのどれかに敵の本体が憑いているのだろう。

「ではまたワッシが……」
「ちょい待ち!」

 その絵に向けてタイガーが再び端から順に精神波を送ろうとするがそれは夏子に止められた。
 そして彼女は自信満々で一つの絵を指差した。

「右から三番目! 絶対あれや!!」
「……まあ確かにそうとは思いますが……そんな安直でいいんですかノー」


 夏子の言う右から三番目の絵、描かれているのはベートーベン。これまた音楽室の定番である。

「では改めて……」
「ちょい待て!」

 また中断されるタイガーの行動。ちなみに今回止めたのは鬼道である。

「基本的にこういう悪霊は出てきたら暴れるのが普通やからな。しっかり作戦立てていくで」
「そうですの」
「で、どうするんですか?」

 ボソボソと作戦タイム。




「よし、これで行く。準備はええな?」

 鬼道の確認に皆頷く。

「よし、ほな頼むで、タイガー」
「了解ですケン」

 指示に従いベートーベンの絵に向けて精神波を放つタイガー。

 ちなみにこれで出なかったらコケてしまいそうだが

『ガアァァァー!!!!』

出た。

 その本体から強力な霊気を放ちながらあげられる叫び。しかしそれに臆するものはここにはいない。



 まず最初に動いたのは鬼道。

「行け、夜叉丸!」
『ツブレロォーーー!!』

 掛け声と共に影の中から出た夜叉丸が机の嵐の横を通り過ぎようとするがそれは見逃されず、幾つもの机や椅子が次々と夜叉丸に当たり、あっという間に夜叉丸は完全に埋まってしまう。

『ムダダッタナァ!』
「アホか」

 喜悦にその顔を歪ませる悪霊に対して鬼道は一言。その表情は余裕で式神が受けたダメージが負荷になってる様子は見られない。夜叉丸がまともに喰らったのは最初の数発のみ。後は喰らった机自体が他の机からその身を守る盾となったため、人の身ならぬ夜叉丸にはほとんどダメージはない。

「そっちは囮や」

 そして既に矢をつがえ、狙いをつけている夏子は教えるように声を大きくしてそう言うと、矢を撃ち放つ。それは何にも邪魔されること無く一直線に飛んで行く。

『ガアァァ!』
「ちっ、まだ滅びんか!」

 眉間に矢が突き刺さり苦悶する悪霊。だがまだ滅びない。むしろ最後の足掻きとでもいうかのように霊力が増大する。

 しかし彼らの攻撃はこれで終わりではない。この教室で最も世話になった男がいる。

「主よ、聖霊よ! 我が敵をうちやぶる力を我にあたえたまえ!! 願わくば悪を為す者に主の裁きを下したまえ…!! アーメン!!」

 ピートが放つ神聖なエネルギー、それが容赦なく悪霊の霊体を消し去って行く。

『ゴアア…ァァァ……』

 そして音楽室の悪霊は最後に弱々しい悲鳴だけを残して消えた。






「結構重なったなぁ。ま、とりあえず戻り」

 鬼道は悪霊の消滅を見届けた後、夜叉丸の埋まる机の山を見上げながら、夜叉丸を呼び戻そうとする。
 しかしいつまでたっても夜叉丸は戻って来ない。

「……ど、どないしたんや!?」

 式神からの応答が無いことに慌てながらも、視覚の届かぬ場所にいる夜叉丸の状態を探るために意識をシンクロさせる。そしてすぐに理解した。


「ああ! 動けんのか!!」

 一つ一つは軽くても何十個もの机にのしかかられては流石に式神といえども動けなかったようだ。

「……どうしよかな」

 むちゃくちゃに積み上がった机の山、その高さ三メートル近く。

 鬼道は夜の音楽室でそれを見上げながら一人ぽつんと呟いた。






 ピロン♪ポロン♪パロン♪

 未だ鳴り続けるピアノ。弾き手はもちろんメゾピアノ。彼はピアノを弾くのに集中するあまり、周りで起こったことには全然気付いていなかった。

 そして今、彼に近づく人影のことにも当然気付いていない。

 ポン

「ん?……!!!」

 肩に乗せられた手、その感触に振り向いて絶句する。肩に乗せられてる指はピアニストの様に美しい。そしてその指の主の顔もまた同様に美しかった。
 しかしここで大切なのはそこではなかった。彼は珍しく怒っていた。そらもーはっきりと怒ってた。
 急いでピアノの中に逃げようとしたがそれはかなわなかった。逃げるより早くピートの手によってピアノから引きはがされる。
 そしてピートはメゾピアノを掴んだままその腕を振りかぶる。

「飛んでけーーー!!」
「うわ゛ーーー!!!!」

 全力で振られたその腕に引かれ、メゾピアノはロケットのようにすっ飛び、壁を突き抜けてさらに上空へと飛ぶ。
 きっと夜空のお星様になることだろう。


 しかし忘れてはいけない。メゾピアノは決して滅びたわけではない。またいつかどこかの学校にてその姿を現すだろう。



 こうして彼ら除霊委員の一日目は終わった。


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