椎名作品二次創作小説投稿広場

横島異説冒険奇譚

夕焼けの逃亡

「ふぅ、危ないところだった」
　妙神山、である。
妙神山といっても今横島がいるのはその山腹。あの時斉天大聖の言葉を耳が聞き、そしてそれを脳が音の波から言葉へと変換、そしてその意味を理解するよりも早く、まさに脊髄反射のレベルで遁走をかました横島忠夫。逃げ足については折り紙つきである。寧ろ免許皆伝、そのまま横島遁走道場が開けるぐらい。
逃げる途中、あまりに夢中で扉を数少ない文殊で吹き飛ばしたのは軽い秘密である。が、これ以降暫く妙神山修行場は『何故か』入山の試練が無く、誰でもカマーン！！な状態であったため小竜姫の負担が倍増どころか三倍増ぐらいしたらしい。

「・・・・思わず逃げてきちまったけど・・・これからどうしよう・・・・・」
　途方にくれる横島。　
　そう、いくら逃げたといってもこれからどうするのか？妙神山での修行のほとんどを超空間において過ごしたため月日はそれほど経ってはいない。せいぜいどころか暦はまだ出発してから一日しか経っていない。いやはや超空間恐るべし、精神と時の部屋には少し劣るが・・・
　さて、このまま事務所に帰って『一日で帰ってきました。修行の成果はありません、テヘ☆』で済ませられるほど人生甘くない、いや美神令子が甘くない。寧ろ苦い。
そんな事を言ったが最後、モザイク指定どころか有害図書認定になり閲覧不可となる。が、そのまえに横島自身の人生が閲覧不可になるだろう。
　
　ブルル。
　
　震えが走る。どこかで時間を潰すか、それとも戻るか、修行場に・・・
そこまで考えたところで背後から巨大な爆発音が。振り向いてみると修行場上空で巨大な龍が猛り狂いながら火を吐いている。怖い。
どうやら修行中に逃げるという行為が小竜姫の逆鱗に触れたらしい。これで退路は絶たれた完全に。今戻ろうとすれば斉天大聖の修行よりも辛い目にあうのは火を見るより明らか、というよりすでに見ている。
　おおっ、見よ、東方が赤く燃えている・・・・・・

　どうでもいいが山腹から見えるという事は麓からも丸見えなのではないのか？
事実そのとおりで後日近隣の皆さんから目撃情報が相次ぎ、すわ一大事となった。また、暴れまわった小竜姫の炎の余波で妙神山は河童の頭のように頭頂部だけ丸禿となり、地元の青年ボランティアの植林のお世話になった。
これらの後始末をしたのは当然美神美智恵。日本でも、いやさ世界でも有数のモーレツ(？)ウーマンは今日も他人の尻拭いでてんてこ舞だ！！

　が、そんなモーレツ振りなぞ横島の知った事ではなく、今彼が必死に考えているのはどうやって時間を潰すかという事。時間が潰せても修行の成果が無ければ意味無いのでは？という疑問は完全に頭から消えている。それどころか雪之丞たち、いや小竜姫でも誰でも、一本事務所に連絡を入れられたら終わりなのだが、そこは都合がいいことに妙神山に電話などという文明の利器は無し！！連絡手段は主にどこからともなく運搬されるポストに投函されてくる手紙、というゲゲゲの鬼なんとかもびっくりの手段。だから問題ナッシング。





　で、結局今彼はこうして寂しげな林の中一人ぽつねんと突っ立っている。
目の前には古びた館、いや家屋が一つ。
「懐かしいなぁ・・・・」
　あの後まったくいい考えが浮かばず頭をひねる横島。ぽくぽくぽくと口ずさみ頭を指さしても、小坊主ではないのだからいい考えが出るわけも無し。結局ふらふらと足がこの場所へと向かった。人それを現実逃避、という。
「何も変わってないなぁ。あの時のままだ」
　かつて僅かな時を過ごした思い出の場。ここでの体験は横島の中をあっという間に駆けていき今はもう手が届かない。短いながらも濃密な時。それは確かに彼の中に芽吹いている。
　ゴソゴソと玄関の横の鉢植えの下に隠してある合鍵を使って中に侵入、もとい進入する。
多少埃を被っているものの大きな変化はない。が、おそらくオカルトＧメンたちのものだろう足跡がくっきりと床についている。
「こりゃあまずは掃除だな」
　逆天号で鍛えた床掃除の技とくと身よ！とばかりに腕まくりする横島、修行より気合十分である。
ゴシゴシと気分良く、鼻歌なんか交えちゃったりして掃除をする横島。出掛けに誓った強くなるという思いはもうすでにミジンコほどにも彼の中には存在していなかった。


　一区切りついた横島はふいーっ、と息をつきピカピカに磨き上げた床の上に腰を下ろした。
気がつけば夕暮れ。窓から差し込む斜陽は部屋をオレンジ色に染める。
「・・・・ルシオラ・・・・・・・」
　思わず口をついて思いが溢れる。
いそいそと立ち上がると台所と消え、一杯のコップと共に帰ってきた。
「賞味期限はない、と思うんだけどな・・・・・まぁ、とにかく」
　そう言って夕焼けが一番見える窓際へとそのコップを置く。中身は彼女が好きだった砂糖水。横島オリジナルブレンドである。
「おれ、まだお前のこと忘れられそうにないよ・・・・」
　事務所では、いや外では見せぬその表情。この思いも彼を形作り、彼の一つではあるが外に出すと周りがつらい顔をする。特に美神令子とおキヌちゃんが。
　カァカァと鳴くカラスの声をＢＧＭに暫くの間黙祷を奉げる。
がしかし、その真正にして神聖な祈りは突然の爆砕音によって妨げられた。
余波の振動はビリビリと家屋を揺らし、窓辺に置いたコップも耐え切れず落下、粉砕、掃除やり直し、である。
「カラスが鳴くからか〜えろ、という訳にもいかなくなったなぁ・・・・」
　烏が鳴いても帰る所が無い事を軽やかに忘れつつそうのたまうと、横島は様子を見るべく家を後にした。
　余計な事には首を突っ込まないでね、という有難い蛍の忠告が彼方より彼の後姿に投げかけられるがもとよりの鈍感さに防御されあえなく弾けて消えた。
まだまだ、波乱の余地はありそうでは、ある。