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WORLD〜ワールド〜

第十七話 暴走果てしなく(1)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/11/ 1

 美神たちは妙神山宿舎に場所を移動していた。
 畳張りの純和風な大きめの部屋に、今全員が集合している。
 ベスパは部屋の隅に呆けたように両足を抱えて座り込んでいた。
 傍らにはパピリオが寄り添うように座り込んでいる。

「ふむ…横島は無事じゃったか。パレンツがベスパをけしかけてきたと気付いた時は焦ったが…よく切り抜けた」

 斉天大聖老師は拳を固く握りこんで立ち尽くしている横島に声をかけた。
 しかし、横島の返事はない。
 老師はひとつため息をついた。

「ふう…やれやれ……怒るのはわかるが、冷静さを失うなよ」

 言って、小竜姫に向き直り、何事かを話し始めた。
 他の面々は美神に自分の身に降りかかったことを報告していた。
 当然、何が起こっているのかの説明を求めたが、美神は頑なに話さなかった。
 憮然とする皆を、美智恵はやんわりといさめていった。

「くそ…パレンツの野郎…」

 雪之丞は座り込んだまま右手の拳を左手の手のひらに叩きつけた。
 パンッと威勢のいい音が鳴る。
 雪之丞の言葉を、傍らに座っていたかおりが聞きとがめた。

「雪之丞…パレンツって誰ですの?」

「あ! いや! 何でもねえよ!!」

 かおりの問いに雪之丞は慌てて顔をそむける。
 かおりはそんな雪之丞をジトリと睨み付けた。
 雪之丞はだらだらと汗をかいている。

「ふ…ん……隠し事ですか……」

「あ、いや、あのな…」

 雪之丞は美神が秘密にしている以上、自分も秘密にしたほうがよかろうと判断していた。
 しかしかおりは引き下がらない。
 執拗に続く熱視線(?)に、ついに雪之丞は折れた。
 しぶしぶと事のあらましを語ってしまう。

「そんな…そんなことが……」

「信じられねえのはわかるがよ、事実なんだ」

「いえ…信じますわ。この目で見てしまいましたもの」

 かおりの脳裏にはベスパとの戦いで横島が見せた力が思い出されていた。
 ちなみに雪之丞は自分が『イレギュラー』である、ということは言わなかった。
 自分が人外化生になってしまったということで、かおりがどんな反応をするのか恐れた…訳ではない。
 ただ単に面倒だったのである。
 また、別に言う必要もないと考えていた。

「やれやれ…また令子ちゃんはだんまりか。やはり少し寂しいね」

 西条は後頭部を掻きつつ呟いた。
 その傍には魔鈴がいる。

「魔鈴くん、傷は平気かい? 痛むようだったらおキヌちゃんにヒーリングしてもらうといい。なんなら横島クンに文珠を出させるけど…」

「いえ、大丈夫です。ありがとう、西条さん」

「い、いやあ……」

 魔鈴の見せた笑顔に、西条は自分の頬が熱くなるのを感じた。
 慌てて魔鈴に悟られぬよう、顔をそむける。

(いかん…いかんぞ……意識しすぎている! ふつーでいいんだ! ふつーで!!)

 魔鈴は西条がそんな葛藤をしているとはつゆとも知らず、急に顔を背けた西条を怪訝に思っていた。

「ピートお〜ん! アタシ怖かったぁ〜〜!!」

「うわぁ! ちょ、ちょっとエミさん!!」

 エミは瞳を潤ませ、声の調子も変えながらピートに思いっきり抱きついた。
 それこそ『んがばぁっ!!』と効果音が入るほどである。
 そんなエミを見て美神は必死で吐き気をこらえていた。

「ピート、アタシね? 蝿の化け物に襲われちゃったの。それでこんなに怪我しちゃって…とっても痛かったわ」

「確かに…よく見ればこんなに傷だらけ…大丈夫ですか? エミさん」

 エミの体の所々についた傷跡を見て、ピートは心底心配したように声をかける。
 まあ、エミの体についた傷は十割が冥子によるものなのであるが、そんなことはピートにはわからない。

「ああ、ダメ。目の前が霞んできたわ。もう立ってられない!」

「ああっ! エミさん!!」

 ふらりとよろけたエミをピートはしっかりと抱きかかえた。
 ちょうど陰になっていたため、エミのしてやったり的な表情にピートは気付かなかった。
 唐巣はそんな弟子の姿に、少し長めのため息をついていた。
 ちなみに、唐巣もピートもヒーリングを受けて傷は全快している。
 エミがなぜヒーリングを受けていなかったのかは、言わずともわかるであろう。
 そのエミに怪我をさせた張本人である冥子は、おキヌ、シロ、タマモと共に負傷者のヒーリングに駆り出されていた。
 タイガーと魔理はまたもなんだかいい感じになって寄り添いあっていた。
 おそらく、タイガーが魔理をかばって傷を負ったのがきっかけであろう。
 二人の周りには何者も近づけぬ桃色の空気が漂っていた。

「ドクター・カオス」

「なんじゃ? マリア」

「横島さんの・様子・少し変です」

 マリアの視線の先には先ほどと変わらず佇んでいる横島がいた。
 その顔には深く影がおりており、表情は読み取れない。

「ふむ…確かに、少し妙じゃのう。何かあったんじゃろか? およそ小僧らしくない雰囲気をだしておる。声もかけづらいのう」

 結局二人は横島に声をかけることはしなかった。





 そんな周囲の喧騒も。
 横島の耳にはなにひとつ届いていなかった。

「忠夫」

 かけられた声に、横島はゆっくりと顔を上げる。
 そこに立っていたのは大樹と、百合子だった。

「親父…お袋…来てたのか……」

「忠夫…事情は全て聞いた」

 大樹がそこまで言った時に、百合子は横島をしっかりと抱きしめた。

「頑張った…頑張ったわね……! 偉いわ…忠夫……!!」

「お袋……」

 百合子の目には隠しきれぬ大粒の涙がたまっていた。
 横島が母の涙を見たのは初めてだった。
 大樹が横島の頭に、そのがっちりとした手を置いた。
 クシャクシャと、頭を撫で回す。

「な〜んか大変なことになっちまったが、大丈夫だ! なんたってお前は俺と母さんの子なんだからな!!」

 そう言って大樹はがっはっはと豪快に笑った。
 そんないつもと変わらぬ大樹の様子に、少しだけ横島の顔もほころぶ。

「馬鹿親父……なんの根拠にもなりゃしねえよ」

 横島も、涙がこぼれそうだった。
 ただ、両親に涙を見せるのはあまりにみっともなくて、無理やりに笑顔をつくる。
 こんなにも両親を愛しく思ったのは初めてだった。




 だが、そんな気持ちも、激情に塗りつぶされてしまう。
 きっかけは、両親の姿だった。
 服は千切れ、所々に見える痛々しいすり傷。
 二人は一刻も早く息子と話そうとヒーリングを後回しにして横島のもとに駆けつけたのだ。
 そんな二人の想いが、完全に裏目にでてしまった。

(あの野郎…! 親父とお袋にまで……!!)

 ばりりと音がなるほどに、横島は強く歯を噛み締めた。
 大樹と百合子には、その音は届かなかった。

「大樹さん、百合子さん、そろそろヒーリングを受けてください」

「あ、はい。そんじゃ忠夫、後でな。百合子、行くぞ」

「ええ…忠夫、また後でね」

 美智恵に呼ばれ、大樹は横島の傍を離れる。
 百合子も名残惜しそうに横島を放すと、離れていった。
 その時だった。
 横島の脳裏に、直接響く声があった。
 それは、嘲笑のような響きをもって、言った。

<やあ、横島忠夫。私のプレゼントは気に入っていただけたかな?>

<あっはっは! 怒りが君を埋め尽くしているね。手に取るようにわかるよ>

<私が憎いかい?>

<憎いなら、唱えればいい。『―――――』と>

<そうすれば、君はすぐに私とまみえることができる>

<二人だけで心ゆくまで語り合おうじゃないか>

 そこで声は途切れた。

「ハァッ…ハァッ……!!」

 体中の血液が沸騰したようだった。
 どうしようもなく腹が立った。
 理性など、とうに失われていた。
 だから横島はなんのためらいもなく唱えた。

「Apocrypha(隠されたもの)」

 と。






 程なくして大樹と百合子が戻ってきた。
 しかし、横島の姿はない。

「忠夫……?」

 どこを見回してもその姿は見当たらなかった。

「そんな…ついさっきまでそこにいたのに……」

 やがて横島が消えたことは皆が気付くことになった。
 だが、誰にもどうすることもできなかった。





 横島は赤い赤い世界に立っていた。
 空は血で塗りたくられたように赤く染まっており、大地もその空を映し出したかのように、赤い。
 それは夕焼けの景色といえなくもなかった。
 だが、それはかつて愛した者と共に見た景色とは似ても似つかなかった。
 辺りを見回す。
 目当ての人物はすぐに見つかった。

「ようこそ、我が楽園へ。歓迎するよ、横島忠夫」

 パレンツ。
 『創始者』であり、最も憎むべき、敵。
 まともに考えられたのはそこまでだった。

「がああぁぁあぁあぁぁぁ!!!!!!!」

 意味を成さぬ叫び、いや、それは雄叫びと言ったほうが適切であろう。
 横島は右手にハンズ・オブ・グローリー、左手に『滅殺』と刻まれた文珠を握り締め、パレンツに飛び掛った。

「ははっ、まるで獣だな」

 パレンツの右手に黒色の剣が現れる。
 ハンズ・オブ・グローリーと黒色の剣が激突、拮抗した。
 その隙をついて横島は『滅殺』文珠を投げつける。

「甘いよ」

 パレンツは空いている手にもう一本の剣を創造し、振るった。
 文珠はちょうど黒と白を分けるように両断されてしまう。
 だが、そこで驚くべきことが起きた。
 分かたれた半片と半片のそれぞれが再び球体をなしたのだ。
 そしてそこに刻まれていた『滅』と『殺』の文字はそれぞれが『爆』の文字へと変わる。

「なんだとっ!?」

 『爆』の文字が発光、文珠は爆発した。
 パレンツは咄嗟に己の体を鎧で覆う。
 ダメージはないが、パレンツの体は爆風で吹き飛ばされてしまった。
 パレンツはそのまま中空で停止する。
 顔まで覆う甲冑の隙間から、横島をねめつけた。

「まさか…一切手を触れずに文珠の制御を行うとはな…」

 パレンツは忌々しげに呟いた。
 横島は『飛翔』の文珠を用いてパレンツを追撃する。

「はあぁぁぁぁあッ!!」

 ハンズ・オブ・グローリーを振るう。
 再び黒色の剣と激突。
 霊波刀状態のハンズ・オブ・グローリーは、パレンツの持つ剣にその刃を食い込ませた。

「なにぃッ!?」

 パレンツの驚愕の声。
 ハンズ・オブ・グローリーが食い込んだ部位から微細なヒビが走り、黒色の剣は砕け散った。
 もう一本の剣も三度振るわれた横島の一撃により粉砕されてしまう。
 パレンツの目に、ハンズ・オブ・グローリーの輝きに混じって煌く『粉砕』の文珠が映った。
 そしてその文字はパレンツの見ている前で『両断』へと姿を変える。

「くらえぇぇぇぇぇ!!!!」

「くぅああああああ!!!!」

 大きく振りかぶって下ろされた大上段からの一撃。
 パレンツは再び黒色の剣を創造、両手に握った。
 振り下ろされる横島の一撃を、剣を交差させて受け止める。
 だが、パレンツの剣はあっさりと両断された。
 それはまるで豆腐が包丁に断たれるように、一切の抵抗も見せず。
 そのまま『両断』が付与されたハンズ・オブ・グローリーは、パレンツの纏う甲冑すらも易々と切り裂き、振り切られた。
 パレンツの体は右と左にきれいに分かたれていた。

「ば…か…な……」

「ざまあみやがれくそったれ!! 消えろ!! パレンツっ!!!!」

「あああああああああああああああ!!!!!!!」

 分かたれたパレンツの体は発光し、爆砕した。
 赤く染まった大地と空に、静寂が満ちる。

「はぁ…はぁ…どうだ、ちくしょう。さんざん人を弄びやがって。ざまみろってんだ、バカ………」

 ひとつ大きく息を吐き、横島はハンズ・オブ・グローリーを消した。
 全身が疲労しているのがわかる。
 気を抜けばすぐに意識を手放してしまいそうだった。
 『飛翔』文珠を消し、地に降りる。

「さて…あとはどうやってここから帰るかだよな………」

 そう言って横島が辺りを見回した時。
 パチパチと乾いた音が鳴り響いた。
 それは、拍手の様だった。

「なんだ……?」

 横島は音の正体を突き止めようと辺りを見回す。
 そして、自分の体に影が下りているのに気がついた。
 こんなただッ広い遮蔽物もなにもない荒野で…?
 怪訝に思い横島が顔を上げると―――――


 男が、宙にいた。
 この世界の赤の源である夕陽を背にして。
 いや、それは夕陽というにはあまりに禍々しい、紅。
 紅に彩られた男は悠然と横島を見下ろし、手を叩いていた。

「そんな……馬鹿な………」

 横島はかろうじてそれだけを搾り出す。
 無理もない。
 そこにいたのは今まさに倒したはずのパレンツだったのだから。

「素晴らしいね、横島忠夫。まさかあの私を倒すとは」

「パレンツ…そんな、じゃあさっきのは……」

「さきほど君と戦っていたのは『初めて君に会った時の私』だよ。戯れにね、ちょっと創ってみたんだ。まさか、倒されるとは思っていなかったがね」

 言って、パレンツは心底感心したという風に横島を見つめた。
 再び、横島の闘志が燃え上がる。
 右手に発現したハンズ・オブ・グローリーの苛烈な煌きがそれを示していた。

「お前は本物なんだな…?」

「まあ待てよ。少しおもしろい話をしてやろう」

 横島の反応などおかまいなしにパレンツは話し続ける。

「私はね、横島忠夫。神界でも、魔界でも、もちろん人間界でもあの世界に降りる時は常に結界を張っているんだ。無論、私の存在を隠すためにね。私の存在の露見はこの世界に決して少なくない影響を与える。それは私の本意ではないのだよ」

「だからどうした!!」

「この結界というのがなかなか曲者でね。神界と魔界の目をごまかすためにはかなり高度なものを張らなければならない。けっこう神経を使うのだよ、これが。折り合いをつけるのが難しいんだ。大きな力を出そうとすれば、より強力な結界を張らなければならないからね。だからあっちの世界にいる時はかなり力を抑えなければならないのさ」

 一呼吸おいて、パレンツは続けた。

「だから、君のところを訪問した時の私…さっき君が倒した私だよ。その力は、そうだな……せいぜい、三割ほどしか出ていない。『創造力』にいたってはほぼ皆無だ。まったくと言っていいほど使っていない」

「な…に……?」

 横島の表情に驚愕と、ほんの少しの絶望が表れる。
 それを見てパレンツは満足そうに笑った。
 それは、とても歪んだ笑みだった。

「では、これから君に『創始者』の真髄を見せてあげよう。この世界なら、あちらから完全に隔離されたここなら、私は全力を出すことができる」

 パレンツが背にしている夕陽が一際輝いたように、横島には見えた。
 それは、とても禍々しい紅だった。



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