椎名作品二次創作小説投稿広場


迷子の中年

鉄の処女その一(三話補足の一)


投稿者名:ちゅうじ
投稿日時:04/10/30

何年ぶりかの再開に話が弾んで予定以上に長居してしまった。
時計を見れば一日が終る時間になろうとしている。

―――めんどうくさいなぁ……

ヒャクメは自分が勤勉な調査官ではないことを自覚している。いきなり呼び出されて人界に行け、なんていわれてもめんどくさいと感じるだけだ。
ましてやその目的が閉じた次元門の調査、と来た日にはやる気のかけらも出ようはずがない。
後々の書類仕事が面倒である。彼女はその理由だけで十分鬱になるのだった。

次元門が過去に災厄を引き起こす原因になった。
彼女はそのことを知識として知っていても、教科書で歴史を眺めている程度の認識しかしていない。彼女の同僚も同様である。
数千年という歳月は、人間とは寿命の桁が異なるとはいえ、まだ年若い神族に危機感を抱かせなくするには十分なものだった。
本来なら挨拶もほどほどに現場に急行するべきであり、時間管理を誤ることになった。報告書を提出しても上司はこの点を注意するだろう。

さっさと終わらせて帰ろう。
彼女は急ぎ現場に向かう。無論のこと空を飛んでだ。
その様子を一人の子供――小学生だろう――に見られていたことには気づかなかった。
だが別のことには気づいた。進行方向しばらく先から霊気を感じる。
あら、あそこにいるのは誰かしら?




話は脇にそれる

魔界と神界の仲は人界で言われているように悪くはない。
むしろ人界と比べれば魔界のほうがお互いの行き来もでき馴染みがあったともいえる。
魔界に行くことは職務柄よくあるが、人界に下りてきたことは数えるくらいしかない。
ヒャクメが生まれたころにはもうこんな状況だった。

魔族と神族の緊張融和は数万年前から始まっていた。
世界開闢以来の諍いの原因は人界での勢力争いであった。そのことに間違いは無い。
小競り合いはしょっちゅうだったが、全面戦争―ハルマゲドンはお互いの破滅を招くことが分かっていた。
表面では対立していても水面下では妥協の道を探っていたというのが実情である。
それが実って数千年前、互いに人界に干渉しないと締結したのが冷戦の終わりであり蜜月の始まりであった。

人界からの撤退はゆっくりと進められた。
そのスパンは神魔族からみればたいしたことではなかったが人類にしてみれば非常に長い。

それは人界で文明が発生した時期にちょうど重なる。そしてこのことに注目している学者がいた。
それまで霊験あらたかな神―神族・魔族とも―に頼り隷属していた人類は、唐突に見放されたことによって自立の道を歩み始め、発展してきたという学説を唱えているのだ。
発表当初はダーウィンの進化論と同じように異端とされ宗教関係者から白い眼で見られたが、近代になり見直され徐々に定説とされてきている。

『今まで神に頼ってきた奇跡を自分たちで起こそうとすると、始めのうちは神通力をもった人間が神の代わりとなったであろう。それらの人間は群れの長として特権階級を形成する。しかしその神通力が弱まったらどうなるだろうか? 霊的な力に頼ることから次第に人の力でなんとかしようと変化が生じ、その努力は技術の進歩あるいは霊能の退化という形で現れる。――― 中略 ―――長い年月が過ぎて、霊妙なものに対する信仰心は物質に依存するようになった人間には不要なものとなった。』

この説を唱え始めたのは中世ヨーロッパで魔王と恐れられたDrカオス氏である。
ギネスブックが認定する長寿世界一――なおも更新中――でもあった同氏は現在行方不明。





都心から少し離れただけでその喧騒から逃れることはできる。
開発され尽くしたかに見える首都・東京だが、一部にはまだ緑を残していた。
高度成長期もバブルの熱気も新たな開発地区としてそこを求めたが、金になびかない地権者の反対によって、未だに自然の景観を色濃く残していた。
現在は住民の要望によって一部は公園へと変わり、近辺で働く者の清涼剤となっている。
そんな場所に一人の女性がいた。一見してスーツを着たOLである。
西洋風の顔立ちは美人といって差し支えなく、きつい眼差しは見るものが見れば被虐心が刺激される。
街を歩けば声をかける男に不足しないだろう。
ただその存在はどこか違和感があり場違いである。その身から発せられる気配がそう思わせるのかもしれない。

人目を避けるようにしながら彼女は手にした端末を弄っていた。
何度か同じ操作を繰り返し、幾ばくか時間が過ぎた所で舌を鳴らす。
ふぅ、とため息をついて彼女はどんよりした空を仰いだ。

「これ以上は無理だな……」

彼女は端末を閉じてもう一度ため息をついた。
急ぎの仕事だというのに、端末に入っているデータはあまりにも古すぎた。
以前と比べてこのあたりの様子はすっかり変わってしまった。手持ちの地図で確認できる地物がどこにも見当たらないのだ。
そう、できることなら自覚したくは無かったが、時には嫌でも認めなければならないことだってあるのだ。

「…………迷った……」



情けないことだが、彼女は自他共に認めるエリートといわれる人種である。
ただ、この土地は彼女が普段いる場所とは離れすぎていた。
土地勘もなく地図にも不備があっては目的地にはたどり着けない。
さらに悪いことに、地図上の地名はこの国の言語で綴られていない。

時間を使いすぎた。そのことが頭から離れず、彼女をあせらせていた。
ここに来るまでに地球を半周、できるだけ急いできたつもりだが、結局着いたのは真夜中である。
深夜というのは善し悪しだった。人の目に触れる惧れも少ないので気が楽ではあったが、道を尋ねようとしてもろくな相手がいなかった。
彼女の足元にはぴくぴくと震える物体がひとつ…ふたつ…みっつ……。
 

どうしようかと考え続けていた彼女の感覚に引っかかるものがあった。
目の前の問題から眼をそらそうとするあまりの現実逃避ではない。
それは彼女の好奇心をくすぐる。こちょこちょと。

―――なんだろうか? 
その何かに我慢できなくなった彼女は公園の片隅に向かって歩き出す。
そこにあるのは何本かの立ち木、それとベンチとゴミ箱。
なにかある、そんな確信を持ってゆっくりと足を進める。



―――見つけた!………………――――

爛と顔が輝いたあと彼女はしばらく動かなかった。
その顔は急速に真っ赤に染まった。だれかいれば彼女の頬がひくついているのに気づいたに違いない。
さきほどの慎重な足取りとはかわって関節が錆付いたかのようにぎこちなく動き出す。
彼女は十分近づいたところで何かを握りつぶすように手を握り締め、立ち木に向かって大喝した。

「この…っ!! 馬鹿どもがっっっ!!!! こんな場所で盛るんじゃない!!」
「うひぇぇぇ!!」

行為に及んでいた男女は、いきなりの大声に驚きその場から飛び起きた。
やばい相手だと思ったのか男女は視線を向けようとせず、身づくろいもそこそこに公園から逃げ出した。

「待たんか貴様ら!! 腐った根性をたたきなおしてやる!!!」

これまた情けないことに、彼女は自他共に認めるエリートであったが、睦言を交わす相手など終ぞいたことがなかった。
もとは良家のお嬢様である彼女は、奔放な性格の持ち主が多いそこの職場には珍しく貞操観念が人一倍強い。

先ほどまで溜まっていたフラストレーションも加わって、別に何をしたわけでもない
―――なにはしてはいたが―――二人にしてみれば理不尽な怒りの鉄槌が振り下ろされた。
その背中にどこから取り出したのか銃を向け、狙いを定める。
走りながらも振り返った男は仰天した。振り返れば銃を構え陶然とした顔をした女がいるのだ。 ―――あれが極道の女というものなのか…

男の背に銃口がポイントされた瞬間、そこに込められた弾丸が火を噴く前に。

「……ばーん!」

そうただ一言いった。
視界から二人が消えてから構えた銃をおろした。

こんなところで発砲すれば警察に通報がいく。だが始めは本気だったのだ。
銃を構えたところで思考を取り戻したが、怒鳴った手前何もしないのも業腹だった。
発砲すれば隠密にここまできたのがまったくの無駄になってしまう。

男が極道と思ったのもそう的外れではない。この国で銃を持つ人など警官か、やはりその筋の人かあるいは軍属か。
彼女は軍属であった。




彼女はベンチに背を預けた。背もたれから冷気が伝わってくる。いつもなら閉口するところだが熱くなった気持ちを沈めるにはありがたい。

―――あんなことで熱くなるなんて、普段の冷徹さを思い出せ。“鉄の処女”のあだ名はどうした――

彼女は自他共に認める、特に任務においては部下の絶対の忠誠を得る優秀な軍人であった。
そこを評価するものと逆に嫉妬し恨まれることと極端なこともあって、軍では名も知られていた。
訓練があまりに厳しいことと、その手の誘いを断る常習犯だったことからつけられたあだ名なのだが、事実そうであることは誰も知らないはずだ。
知ってその上でつけられたあだ名なら、情けなくて涙がでそうだった。


「いったん帰るしかないかな…」

任務は失敗。地図の不備は彼女の責任ではないが、上官の経歴には傷がつく。
そんなことを気にする人ではないが申し訳なかった。

そんなときだ。こちらに誰かが向かってきていることに気づいたのは。


――――あぁ、神様ありがとう。
らしからぬことを思いながら彼女はほっと息をついた。
こんなところまで来るのだ、用件は一緒だとは思うが違っていても構わなかった。そのときは地図の場所を教えてもらおう。
そんなことを考えて彼女は誰かを待つことにした。


その誰か―女性は彼女の前に降り立った。こちらも見目麗しい女性である。
旅行用であろう大きなかばん、体にフィットした鱗模様の服と遠目からでも目立つ服装をしている。
額に存在する第三の瞳が彼女が人間でないことを明らかにしていた。
驚いたような顔をして、女性のくりくりとした三つの瞳が彼女を映した。
その仕草はじつに子供じみていて可愛らしく、無骨な顔ばかりの軍隊にいた彼女には新鮮に感じられた。
彼女は内心驚いていたが顔には出さなかった。逆に女性の驚き振りを見てしてやったりとした笑みを浮かべた。
女性もすぐににっこりと笑った。


「懐かしい顔を見たな…」
「ほんとう! 久しぶり、ワルキューレ!!」


思わぬ再会に彼女らは声を上げてもう一度笑いあった。

ワルキューレがヒャクメに会うのはほぼ一世紀ぶりといってよかった。
最近は特に忙しく、神界どころか魔界にすら帰っていなかったのだから会えるはずも無かったが。


「ところでさ、なんでそんな格好してここにいるのよ?」
「任務だ」
「そうじゃなくて、こんなところで会ったのは偶然じゃないんでしょ?」
「任務だ」


ワルキューレの返答はにべも無い。迷ったことは内緒、いえるわけがないだろう。
ヒャクメ同様彼女も次元門の調査に来たのだ。
ただワルキューレにはヒャクメとは別の目的もあった。軍機であるのでそれをヒャクメに話すわけにはいかない。
ヒャクメは相変わらず頭が固いなぁなどと思うが口には出さない。否定しないということはそうなんだろう。


「まぁいいわ。せっかくだし一緒に行かない?」
「そうだな!!」

―――そんなにうれしかったのかしら?
ワルキューレの力強い返事にヒャクメはそう思ったのだ。







短いながら話も済んだことでヒャクメを促す。
ヒャクメに尋ねたところ現場はそう遠い場所ではなさそうだ。

「ヒャクメ」
「うん?」
「小竜姫にはもう会ったのか?」
「うん。ワルキューレほどじゃないけど、小竜姫もそんなに神界に帰ってこないから、ずいぶん久しぶりだったのね。」

彼女はこないのか? そう聞くとヒャクメは首を振る。

「残念だな…久しぶりに三人で酒でも飲みたかったが……これが終わったらどうだ?」
「旧交を温めるにはいい考えだと思うけど……でも、お酒はやめて」

なぜだ? そう言うとヒャクメは心持ち青い顔をして言った。

「……二人とも酒癖が悪すぎるわ」


そんな他愛も無い話をしながら現場に向かった。






「なんだこれは?」

それに気づいたのは私が先だった。
現場は霊脈が通っているわけでもないのにずいぶん霊気が濃い、まるで霊気の霧だ。
発生から何時間もたっているのだから、霊気が拡散していることは事前に予想できた。しかし、これは異常だ。
私の感覚では十メートル先も見えない。
ヒャクメにどうなっているのかと声をかけた。彼女もこんな事態は予測していなかったのだろう。
ちょっと待っててね。そういうと彼女は名が示すとおり百の目を開いた。
調査という作業は彼女にうってつけだ。道具もさることながら、その気になれば千里先まで見通すことができる能力は重宝する。


「たしかにおかしいのね……………ちょっと! 現場に誰かいる!」
「なんだと!?」


愕然とする私の横で、ヒャクメの報告は続く。
その顔は至って真剣そのもの、普段のおちゃらけた雰囲気はどこかに消えうせていた。


「結界が張られている…間違いないのね」
「中の様子はどうだ?」
「う〜ん……駄目、悔しいけどぜんぜん見えないわ。強力な結界よ」


ヒャクメにもお手上げだった。遠見や解析の能力は神界でも指折りのものだ。
それが通じないのだから、彼女はいたく自尊心を傷つけられたようだった。

どうするの? 
そうヒャクメはワルキューレに眼で問いかける。
決まっているではないかと同じく眼で返した。
中でなにが行われているのか、それを確かめなければならない。

私は前衛に立ち、彼女についてくるよう指示した。すでに擬態は解いている、格好はいつもの戦闘服だ。
背をかがめ、できるだけ音を立てずに進んでいく。
後ろからヒャクメも見よう見まねで付いてきている。さすがに音を消すことはできていない。笹ずれの音が予想以上に響いて落ち着けなかった。

もう少しで指定された場所に着く。そこまできて私も結界の存在に気づいた。
それを見て舌を巻いた。
結界はヒャクメの言うとおり相当な強度を持っていた。中の様子はまるで窺えない。
このレベルの結界をこの規模で張るなんて……人間のできるものなのか? それとも同族だろうか? 
人界に来ている連中の居場所は把握している。が、軍の眼を逃れて来ているものがいる可能性はあった。


「どうだ、解除できそうか?」

ふるふる、と彼女は首を振った。

「手持ちの機材じゃとても…」
「だとしたら力技しかないな」


こんな事態は想定していないらしく結界破りの道具は無かった。私もそんな術は心得ていない。
私は銃を取り出す。その選択に理由は無い。さして言えば手持ちの装備で一番強力なのがこれだっただけだ。
不安なのだろう、ヒャクメは落ちつかなそうだ。気休めに過ぎなくても一言かけておくべきだった。


「ヒャクメはここで待っていろ。私が……」


ヒャクメに振り向きそういいかけたときだった。唐突に結界が爆ぜた。

そう、油断していた。
中から何かが飛び出してくる。それに銃を向けようとしたが遅かった。
目の前に何か文字が見えたと気づいた瞬間。私の視界は闇に包まれた。

「な! なんなのー!?」

ヒャクメの悲鳴が聞こえる。

―――やられた!
悔しさのあまり唇を噛んだ。先に襲撃されることを考えなかったわけではない。だがタイミングは最悪だ。
星明りがあったのに何も見えない。いや、視力だけでない。全身の感覚がどうかしていた。
ヒャクメにあたるかもしれないから銃は使えない。
自分に近づく気配を感じる。体を動かすことが億劫だった。
気力を振り絞り命令を下す。――私の腕だろう、動け!

……偶然にしては出来過ぎだ。振り回した先で手ごたえあり。
だが私にできたのはそこまでだった。
すぐに気配が消える。
ろくに抵抗もできそうに無く、私は殺されることを覚悟した。

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………来ない?


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp