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悲しみの代価

土地神(中編)


投稿者名:朱音
投稿日時:04/10/28


「あ゛あぁ・・・」

『それ』は緩慢な動きで横島を見据えた。
一見は木々の寄せ集めの姿をしている『それ』二見には太くしなやかな大樹であることが解る。

幹の中枢には呻き声を上げる女。

そして『それ』を円陣のように囲う計六体の『モノ』。

「・・・どうやら、協会自体が一度は手を出したらしいな。匂いからして二三週間は前だな」
すんと地下室の匂いを嗅ぎ取り、カノエは眉を顰める。

「式神か。だがどうにも弱いな、喰らった土地神の作用か?」

妖木を除霊するならば、ここに居る式神でも十二分に出来ることだ。
だが何の作用かは解らないが、式神に送られるはずの術者の念が遮られているのだ。
現に今まだ妖木は存在しているのがいい証拠である。

そしてこの呼び声。
否、産声か?
それが近辺の浮遊霊を呼び寄せ、最上階に留まらせている。

目の前の妖木にそのような細やかな芸当が出来るとは思えぬ、否出来ぬ。

では何が?

「解せぬ・・・カノエ」
「なんだ」

早々に排除しないのかと言いたげなカノエを一瞥し、横島は妖木を見上げたまま呟く。

「暫く器を開ける」
「・・・・解った」

力を無くした様に倒れこむ横島の身体を抱え込み、カノエは結界を生む。
美神たちが張った結界の外と、自分達の周囲に。

うっすらとカノエの顔には笑みが浮かんでいた。
「やらんさ、誰にも」

自分が彼のモノで有ると同様に、この器は自分が貰い受ける予定なのだから。

『おおおう』
又一鳴き妖木が鳴いた。




とても美しい花だった。
絢爛の春そのままの姿が心を甘く溶かす。
鼻腔をくすぐるほのかな香り、風に散る薄桃色の花びら。
目にした誰もが心を奪われる。

そんな美しい花だった。

「これが元か」
満開の桜を眼前に横島は呟いた。
そして、この呟きに答えるものがいた。

「・・・・朧の夢にござりまする」

散る花びらの中で彼は立っていた。
黒い髪と茶の瞳の年頃は三十半ばほどの男。

「意思をお持ちになられたままで、夢の中に入られるとは・・・」
溜息のように流れた言葉は、感嘆としていた。
頬にうっすらと浮かぶ笑窪が、彼が笑っていることを物語る。

「器は任せてある」
素っ気無いほどに淡々と告げると、何が面白いのかくつくつと笑う。

「貴殿の魂は喰われまするぞ?」
そうとは思えぬ声。
「この程度喰らわれたとて、痛くも痒くもない」
そうと思わせる声。

一陣の風が桜を揺らす。


「・・・・何故、自ら喰われた?」

それは、唐突な真実の露見。

「彼女を救いとうございました」
『彼女を救いたいんだ』

「たとえ泡沫の時ほどの時間でございましょうとも」
『たとえ生きる時が天地ほどに違っても』

それはかつて自分が見た夢の欠片。

「蘇らぬ・・・お前の言う彼女はもう」
「存じておりまする。彼女はすでに彼女ではございませぬ・・・それでも、
この木は未だ彼女であり続けようとしておりまする」

「だから、餌を与えるのか?」

「木に水は必要なものでございましょう?」

「ここには日の光は射さぬぞ?」

「日は彼女を灰燼へと導くでございましょう?」

「ここには春は訪れぬぞ?」

「つぼみすら彼女には不要でございましょう?」

彼女を失った時、すでに彼は狂ったのだ。
それほどに長い間ともにいたのだろう。
震災と戦争を乗り切った彼らを引き裂いたのは、はかないほどに短い命しか持たぬ人間だった。
彼女が憎しみを生んだ時から、彼はすでに狂っていたのだ。

今の彼女が、かつて自分とともに春を語らった間柄で会ったことを忘れていても、
彼にとっては彼女以外どうでも良かったのだ。

「木に恋慕した土地神か」
「わたくしが既に神でないことなど、お分かりでございましょうに」
「他にお前をあらわす字がない」

「出て行かれたほうがよろしいでしょう、最後の足掻き。得と御覧あそばされよ」

それは誰の、何の為の足掻きなのか。





薄らと瞼を開き始めに見たのは不機嫌なカノエの顔であった。

「…戻ったか」
「ああ、で。この状態は一体何だ?」

カノエがしたにしては少々荒々しい。

建物はものの見事に軋み、所々では巨大な瓦礫と化している。
未だ建ち続けているのが奇跡のようなものだ。

つまりは…。

「あの女、加減を知らんようだぞ」

最上階で相変わらず、より集められた不幽霊を相手に一体なにをしているのか。
恐らく「極楽へ逝かせてあげるわ!」と、
力いっぱい頑張って霊達を除霊しているのだろう。
いつでも全力投球はいいことだ。
霊などという底の知れないモノを相手にしているのだ、
小物と侮って命を落すような間抜けな彼女ではないのだ。
だが彼女達の振るう力の余波が、建物全体に広がっているのも一つの事実である。

「まぁ良い。始めるぞ」

どうせ保険は掛かっているのだからと割り切ってから、霊力を右手に集中させる。
かつては己への希望のように、輝かしい名前をつけた『栄光の手』。

微かに肌を焼きながらも、『栄光の手』は鋭い爪を模り固定された。

「根は任せる。私は幹だ」

霊力の固定化が完了するのを待っていたかのように、
妖樹は大地に這わせていた根を持ち上げ、横島とカノエの間を打ち付ける。

「手段は?」

根からの攻撃をかわしていると、今度は頭上からしなやかに枝が振り下ろされる。

「問わぬ」
「御意」

言い終わると同時に、根と枝が何かに切られた。

根はいつの間に出したのか黒光りする刀を手にしたカノエによって。
枝は『栄光の手』を刃に変化させた横島に、切り口からは禍々しい朱色が流れ出る。

『あ゛あ゛あ゛』

禍々しい『声』が音叉のように響き、カノエの鼓膜を刺激する。

なんと心地良い高揚感。

「我が主にあだなすモノよ砕け散れ、その愚かさと共に」

言うが早く、カノエの右手に収まっていた刀が細かく散る。
散った全てに意思があるように見て取れるそれ。

それは横島とカノエに襲い掛かろうとしていた無数の根を切り落としていく。
そしていつの間にか再びカノエの右手にはしっかりと刀が握られていた、
未だ散り続ける刀とは別の、しかし同じ形の刀が。

『あああああああ』

苦しいのだうろう、妖樹は攻撃対象を横島とカノエではなく横島のみにした。
枝は異様なほどに伸び、地下施設を丸ごと包み込むように広がる。
このまま圧縮していけば恐らくは横島たちは圧死していただろう。
だがそれは叶うことはなかった。

緩やかに縁を描くように腕を動かす、軌跡を残して横島の『栄光の手』は空を薙いだ。

『!!!!!』

『声』を失ったように妖樹は呻く、たった一振り薙いだそれはいとも容易く伸びた枝を切り落したのだ。

傷口からは先ほどカノエが散らせた刀が進入し、さらに細かく刻んでいく。
刻まれた妖樹の身体は青白い光となって浮遊している。

今まで溜め込んできた浮遊霊が妖樹の身体を作りだし、今唐突に開放されて戸惑っている。

「かつて、美しき花弁を散らした花よ。選べ」

妖樹の身体は既に細く、弱々しい。

「このまま醜きまま消されるか。かつての姿を取り戻し消えるか」

どちらにしろ消えるのだ。
除霊とはそういうもの。

『あ゛あ゛・・・』

幹はうな垂る。
その瞬間を待つ。

「かつて土地神であったモノよ。お前の朧の夢、暫し借りる」

横島の『栄光の手』が赤く・・・紅く妖樹をてらす。

たった一瞬の、それでも永遠にも等しい時。



儚く美しい花弁が、ひらりと舞った。





その頃最上階でも一つの終わりを迎えていた。

「これで終わりよ!神通棍!!」

一見警察官のもつ警棒と同じ形状の棒は、美神の意思のままに黄金に輝き拠りか固まった霊魂たちを一刀両断にした。

近くには焦げたの屍…もとい、シロが転がっているのはご愛嬌だ。

荒々しい息を整え終えた美神は思考をめぐらせる。
彼女の頭脳はめまぐるしく先ほどまでの戦闘を思い出させる。

「妙だわ」

可笑しい、なぜだろう。
決定的な質量とでも言うのだろうか?普段感じている霊魂と違う。

執着があるわけでも、恨みがあるわけでもない。
異様なほどの生への欲求が感じられるのに、この呆気なさはなんなのだろう。

サポートと称した彼らがここにいないのと、何か関係でも有るのだろうか?

ピシリ。

「・・・とにかくここを出なくっちゃねv」

この建物が崩壊することなど、解りきっていたため美神の行動は早かった。
器用にシロをジャイアントスイングのように外へ・・・
犬神の一族だから大丈夫だろうという妙な確信のために投げ飛ばし、
自分は右手にしっかりと未使用の札などが入ったバックを握り締め、
階段をすべるように下りていった。


美神が脱出して数瞬後、呆気ないほど簡単にビルは崩壊した。

結果として、美神が受け取る筈だった依頼料は減少し五億になったが・・・

それでもボリには違いなかった。


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