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WORLD〜ワールド〜

第十五話 狂想曲(2)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/10/22

 ベスパは考える。
 目の前にいる男。
 姉が愛した男。
 自分が愛した男を殺した男。
 横島忠夫を見据えながら考える。
 『あの時』のことを。




 『あの時』。
 アシュタロスは己の死を望んだ。
 強制される『茶番劇の悪役』。
 それに耐えかねて。
 ベスパは言った。

「私はアシュ様についていきます」

 と。
 だけど。
 だけど本当は。
 止めたかった。死んで欲しくなかった。
 ずっとずっと一緒にいたかった。

(所詮一年も生きていなかった私にはアシュ様の気持ちなどわからなかったのかもしれない)

 与えられた知識によって、『魂の牢獄』に囚われてしまったアシュタロスの苦しみは想像できる。だが、実感が伴わない。
 だから、ベスパの意識の底にある『一歳にも満たぬ、未成熟なココロ』は、ずっと叫んでいた。

『行かないでアシュ様。そばにいて。魂の牢獄に囚われていたっていい。茶番であってもいい。あなたと一緒にいられたら、それでいい。だから……』

 しかし、ココロの叫びとは裏腹に、「私はあなたについていきます」と、勝手に口が動く。
 ベスパの胸は張り裂けそうだった。

 そしてアシュタロスは死んだ。
 目の前にいる横島忠夫によって殺された。
 アシュタロスの望みどおりに。
 だが、決してそれは、ベスパの望みではない。

(私はこの男を憎んでいるんだろうか?)

 自問する。
 そもそもこの男が自分たちの目の前に現れなければ、全ては上手くいっていたはずだ。
 人間たちに自分たちに抗う術はなく、コスモ・プロセッサはなんの問題もなく起動し、この宇宙はアシュタロスによって収められていただろう。
 そう、横島忠夫さえ現れなければ、ベスパは己の姉をその手にかけることもなかった。
 横島忠夫さえいなければ、全ては上手く―――――

(でも、そうだったら私たちの寿命は一年のままだった。アシュ様も、私のことを道具としてしか見てくれなかったかもしれない)

 それに。
 そう、それにだ。
 この男には不思議な魅力がある。
 ルシオラを虜にした、奇妙な魅力。
 どうしても、なんだか憎みきれない。
 そんな魅力が横島忠夫にはある。

(怨んでなんか、いない。憎んでなんか、いない)

 だけど―――――

(私は、もう一度アシュ様に会いたい)

 ベスパはしっかりと横島を見据え、その拳を硬く握り締めた。






 横島は右手にハンズ・オブ・グローリーを発現させると、自分に対して容赦のない殺気を叩きつけるベスパを見つめた。
 冷静に考えて、勝てるわけがない。
 ベスパの力は自分を大きく超えている。
 力を数値化したら、それは馬鹿げているほどの差となるだろう。
 多少修行して力をつけたからといって、勝負になるはずがない。
 そもそも、ベスパはアシュタロスの乱後、魔界の軍隊に入ったと聞いている。
 ベスパの力だって、上がっているはずだ。
 だが、それ以前に―――――

(俺は、ベスパに剣を向けることができるのか?)

 横島は、ベスパに対して大きな負い目を持っていた。
 ベスパは、己の手で実の姉―――ルシオラを殺した。
 それがどれほどの辛さであるのか、想像もできない。
 その原因をつくったのは、自分だ。
 自分のせいで、実の姉妹を戦わせてしまった。
 ベスパが姉を殺したのはアシュタロスのことを想ってのことだ。
 アシュタロスの障害となるものを放ってはおけなかった。
 アシュタロスのためだけに、彼女は姉を殺した。

(そのアシュタロスも…俺が殺した)

 仕方がない。俺は悪くない。やらなければ自分がやられていたのだから。
 そんなふうに自分をごまかせるほど、横島は器用ではなかった。
 また、その罪の意識に耐えられるほど、強くもなかった。

(俺に、ベスパに剣を向ける資格なんてない)

 だから―――――

(俺が死ぬことでベスパの心が救われるのなら…それも……悪くないかもしれない)

 そう、思ってしまった。
 横島はハンズ・オブ・グローリーを消した。
 ベスパによって裂かれた頬から流れる血が、まるで涙のように見えた。






 ベスパは、武器を消した横島に少々とまどいを覚えたが、すぐに我にかえった。
 油断なく、横島を睨み付ける。

「何の…つもりだい?」

 横島は何も応えない。
 ただ、静かにベスパを見つめていた。
 ベスパも、横島を見つめる。
 ピリリと、静電気が走ったような気がした。
 ベスパはゆっくりと手のひらを横島に向ける。
 手のひらに、力強く光が収束していく。
 その間も、横島は微動だにしなかった。
 再び、ベスパの手に集中した光越しに見つめあう。
 ベスパも、横島も、その瞳に哀しみをたたえていた。

―――――ゴメン。

 か細く、ベスパは呟く。
 しかしそれはしっかりと横島の耳に届いていた。

 霊波砲が、放たれた。
 横島はゆっくりと目を閉じた。

「ふざけてんじゃないわよ!!」

 不意に、威勢のいい、聞きなれた声が聞こえた。
 びっくりして、横島は目を開く。
 すると、光の鞭が、自分の目の前を滑走するのが見えた。
 鞭はそのまま霊波砲に衝突し、打ち消すことは叶わぬまでも、軌道をそらし、霊波砲は横島に当たることなく背後の岩壁を盛大に砕いた。
 土煙に紛れて、人影が横島の前に躍り出る。

「アンタまさか自分が死んでベスパが幸せになれるならそれでいいって思ってるんじゃないでしょうね!? ふざけてんじゃないわよ! それじゃパレンツの思い通りじゃない!! それにもしそんなことになったら誰かがベスパを恨む、復讐するわ。例えば私なんかがね!! そうなっちゃったらもう最悪じゃない!! 自分の命を軽く考えるんじゃない!」

「美神さん!?」

 いや、美神だけではない。
 おキヌが横島のそばに駆け寄っていた。
 目には涙を浮かべている。

「横島さん……!」

 ただそれだけを言うとおキヌは横島の裂かれた頬に手を添える。
 そこから暖かい力が伝わってくるのを横島は感じた。
 頬の傷が塞がっていく。

「横島さん……横島さんがベスパさんに対して負い目を感じてしまっているのはわかります。だけど…! 今、横島さんがやろうとしていたことは、思っていたことは間違ってる…間違ってます!!」

 さすがにずっと横島と一緒に行動してきた美神とおキヌである。
 横島の表情、行動から横島が何を考えていたのか全てわかっていた。
 泣いて、自分の胸にすがりつくおキヌを横島は呆気にとられて見つめていた。

「おキヌちゃん……」

 不意に涙がこぼれそうになる。
 これだけ自分が想われている、自分を想ってくれているということがたまらなく嬉しかった。

「ベスパ…アンタがパレンツに何を言われ、何を思いここに来たのかはなんとなくわかる。でも、それを認める訳にはいかないわ。どうしても横島クンを殺すというのなら…私はアンタを極楽に送らなきゃならない」

「美神さん……」

「横島クン…アンタがベスパに対して抱いている想いはわかる。だから…私がやるわ。上司として、少しくらいは私も背負わないとね」

(それで…アンタが私を恨んでくれてもいい。アンタは何もかも、一人で背負いすぎだから)

 少しだけ横島のほうを振り向き、微笑んで、すぐに美神はベスパに視線を戻す。
 ああは言ったが正直、この実力差はいかんともし難い。
 ほんの少しの隙がすぐに死に直結してしまうのだ。
 おキヌも横島のそばを離れ、美神の隣に立つ。
 今まで横島はその存在に気付いていなかったが、弓かおりも水晶観音を身に纏い、戦闘態勢に入っていた。
 だが、かおりはベスパの力の強大さに戦慄し、体の震えを隠すことができない。
 無理もない。
 彼女はまだ発展途上の新人で、経験も絶対的に不足しているし、何より二人ほどの覚悟がないのだ。
 不意に空気が震える。
 殺気が研ぎ澄まされ、美神、おキヌ、かおりに皮膚が切り裂かれるような錯覚を与える。
 ベスパの体から目に見えるほどの強大な霊気が溢れ出る。

「邪魔をするなら…容赦はしないよ」

 覚悟は、決めてきた。
 横島を殺すことを魔界で決意したときに。
 予想されていた事態だ。
 あらゆる障害は取り除く。
 そう、決めてきた。

「はああぁぁぁぁぁッ!!!」

 大地を蹴り、飛び掛る。
 同時に美神たち三人はすぐにその場を飛びのく。
 飛びのきながら美神は神通鞭でベスパの右腕を絡み取る。
 そのままベスパが横島に飛び掛ることを防ぐためだ。
 おキヌはネクロマンサーの笛を取り出し、想いを込めて吹き鳴らす。
 その笛の音はベスパの精神に介入し、ベスパから戦う気力を奪わんとした。
 だがベスパの動きを束縛するには至らない。
 しかしベスパにとっても相当に煩わしいのだろう。
 狙いをおキヌにむけて霊波砲を放つ。
 空気を裂き、高速でおキヌを狙う弾丸は、しかしおキヌには届かなかった。
 かおりが己の震える体を叱咤し、おキヌの前に立ち塞がり、霊波砲を叩き落す。
 水晶観音に大きなヒビが無数に走った。

「そんな…たった一撃で!?」

 かおりの驚愕の声と共に水晶観音が砕け散る。
 その時にはベスパは美神と交戦していた。
 美神は必死の形相で、なんとかベスパの動きについていっている。
 それは人間にだせるギリギリのスピードだった。
 だがそれすらもベスパはあっさりと超えていく。
 視界から消えたベスパを、美神は積み重ねた経験から生まれる勘でなんとか察知し、攻撃をかわす。
 おキヌのネクロマンサーの笛でベスパの動きが鈍っていなければ瞬殺されていただろう。
 その美神の姿に己を鼓舞し、かおりは水晶観音を再び纏う。



 その様子を、横島は歯噛みしながら見つめていた。

(くそ! 俺は…俺は……どうしたら!!)

 拳を硬く硬く握り締める。
 三人は、今はなんとかもっているが、それも長くはもたないだろう。
 均衡が崩れれば一瞬だ。美神たちにベスパの力に抗う術はない。
 横島はひどく迷っていた。
 いや、やることは決まっている。
 こんな闘いは止めなくてはならない。
 だが―――――

(俺は…ベスパに手をだすことができるのか?)

 答えはNOだ。
 だからこそ今も動けないでいる。
 足が硬直したように動けないでいる。

(くそ…! 情けねえ…! 情けねえ……!! なんて弱いんだ、俺は!!!)

 罪の意識は、横島の動きを完全に束縛してしまっていた。
 未だに罪悪感に苛まれている。
 それは弱さゆえでなく、彼の優しさゆえなのだが、横島にはその判別はできなかった。

 そんな横島の目の前で、遂に均衡は崩れた。

 最初に倒れたのは弓かおりだった。
 何度もおキヌをかばって霊波砲を受け続け、水晶観音を何度も発現させた結果、急激に襲ってきた疲労。
 かおりの鈍った動きを、ベスパは見逃さなかった。
 霊波砲の直撃を受け、水晶観音は粉々に砕け散った。
 ガードのなくなってしまったおキヌはその直後に霊波砲の直撃を受けた。
 笛の音による束縛のなくなったベスパの動きに、美神がついていくことはかなわなかった。
 超至近距離から放たれた霊波砲は美神をきれいに飲み込んだ。
 かおりが撃たれてから後は一瞬だった。
 倒れ付す三人。
 それぞれが致命傷だった。

「うわああああ!!!」

 横島は咄嗟に飛び出し、『治』の文珠を三人に作用させる。
 美神とおキヌにはまだ意識が残っていた。

「すんません!! すんません、美神さん!! ごめん、おキヌちゃん!! 俺…俺……!」

 涙を流し、謝罪を繰り返す横島に、美神は優しく声をかけた。

「平気…平気よ……大丈夫…私たちは死なない。そう約束したもの。ね? おキヌちゃん」

「はい…横島さん、そんな顔しないで……。私たちなら、平気ですから……」

 美神とおキヌは倒れたまま顔をあわせると、くすりと笑った。
 今度は二人同時に口を開く。

「「だから…気にしないで………」」

 そして二人は意識を手放した。
 呼吸は、止まっていた。

「そいつらが邪魔をするからだ…私は横島、アンタだけを殺せばよかったのに…」

 はき捨てるようにベスパは呟く。

「あ…ああ……」

 何かを否定するように首を振りながら、横島はふらふらと立ち上がる。
 天を仰いで、叫んだ。

「あああアアああああぁアアアああああああああ!!!!!!!!!」

 それは獣の咆哮に似ていた。

「ベスパぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 遂に横島はベスパに刃を向けた。


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