椎名作品二次創作小説投稿広場


GSルーキー極楽大作戦

夜の学校、戦闘の始まり


投稿者名:ときな
投稿日時:04/10/21

―― 三階

「ここやね」
「ここだな」
「そーなんか」

 横島達がいるのは現在西女子トイレの前。三人は霊気を辿ってここまで来ていた。
 場所からなんとなく相手は予測できるが一応用心しながらそっと中を覗いてみる。

 中にあるのは六個のトイレ。その奥から三番目のトイレの前に一人の女の子が立っていた。その姿は銀一にも見えるほどはっきりしているが顔は俯いているため見えない、そう思った途端、こちらの考えを呼んでたかのようなタイミングで彼女は顔を上げ、言った。

「あーそびましょ♪」

 見えたのは十六、七くらいの可愛い女の子の顔。
 そんな子が妖艶な笑みを浮かべて誘ってきた。わざとなのか前が少しはだけていて白い肌が見える。

「ぜひともー!!!」

 それで当然横島が我慢できるはず無かった。人間でそんなことできるのか!? というような跳躍力を見せ一気に数メートル先にいる花子さんへと飛びかかる。その後ろでは銀一と夏子が腰くだけ状態になっている。

「ええ、永遠に遊びましょう」
「ああっ、予想通りの展開ぃぃぃ!!!!」

 いきなり伸びた花子さんの手に横島の体は絡めとられ、泣きながらトイレの中へと引きずられていく。いや、その先にあるのはトイレではなく、無明の闇になっていた。異次元にでも通じているであろうその先は一度入ったら出てこられないと思わせるほど深い。

「横っち!」
「横島!!」
「こなくそぉぉぉ!!」

 横島は闇に引き込まれるより先に両手足を伸ばしてトイレのしきりに引っ掛けて踏ん張る。
 そしてさらに力を入れて自分を捕まえる手を振り解いた。

「あー怖かった」

 相当驚いたらしく横島はトイレの隅まで避難して胸を押さえて呼吸を整える。その位置は夏子たちがいる場所と反対の位置する。

「遊んでくれないの?」

 花子さんは一瞬残念そうな顔をするはすぐに標的を変更したらしく反対の方、入り口にいる夏子たちへとその視線を向ける。

「銀ちゃん下がって!」

 それに気が付いた夏子はすぐに銀一に避難を促し、銀一も自分が邪魔になることを理解しているのですぐに下がる。

「遊びましょう」

 楽しそうに、求めるように手が伸びてくる。その見るものが見れば叫ぶような光景を目の前にして、夏子は微塵も揺るがず弓を握り締める。凛々しい瞳を前に向け、滅すべき対象を意識に捉える。
 その手に持った弓を対象へと向け意識をそこへと絞ると共に霊気を収束させる。その動きは清流の如く静かで淀みが無い。
 時間にして数秒も無く、動きは弓が向けられただけ。しかしそれだけのことに横島と銀一は夏子に静かな美しさを感じた。いつも明るい、太陽のような美人。それが二人が持っていた、再会した夏子の評価。しかし今は違う。今だけのことで二人はその評価を覆していた。彼女は静かな、月のような美人。ネクロマンサーの笛を吹いているおキヌのような静かながらも芯の通った強さを見せるその姿に二人は
魅了された。

 夏子はそんな二人に気付かず敵を見据えている。そして自由な手を動かそうとした時、 突然夏子の顔が驚愕に彩られる。
 見ていた二人がそれを疑問に思う前に彼女は叫んだ。









「矢忘れた!」
「「アホかーっ!!」」

 彼らの幻想は一瞬にして壊された。


―― 二階


 占いは未来を読むことが出来る。これは大きな間違いであり小さくは当たりである。

 そもそも占いとは簡単なものなら素人でもきちんと手順を守って行えば当たる。無論その確率は低い。

 しかし当然、霊能あるものが行えばその確率は跳ね上がる。
 なのに何故霊能者達は占いを活用しないのか? 
 その理由は簡単。役に立たないからだ。占いはわかることしか当たらないのだ。例えば第三話で優希が占った結果、あれは事前に調べれば簡単に予測できることだし、ついでに言うと役に立ってない。

 占いとは現在の因果関係を読み、そこから未来を予測するものだ、予知ではない。だから不意打ちなどの予測はできないしましてや事の成否もわからない。わかるのはせいぜい現在の相性や運勢、状態などくらいだ。未来を読むのはそこから派生するものを読み取ってるだけに過ぎず、今後の変化まではわからない。また当たっていたはずでも未来が変わったことで外れるという結果になることもある。
 それ故に占いというものは霊能者たちの間でもあまり頼られないのだ。


 そして綾見優希の趣味は占いである。それだけならばどこにでもありそうな趣味だが彼女は少し違った。
 常に集中し、手順を丁寧に守って占いを行った。霊能を信じぬ者なら意味は無いと言うだろう。いくら集中しようとも丁寧にやろうとも結果が変わるわけは無い、と。
 だが彼女はそんなことは考えもしなかった。別に霊能というものを強く信じていたわけではないがやるなら真面目にやる少女なのだ。そうして幾度も繰り返していくうちにその精神の集中が彼女に徐々にだが霊能を目覚めさせていった。横島のようにいきなり殻を破るのではなく、種から芽へ、芽から蕾へ、そして花が開くようにゆっくりと。
 そうして霊能が成長していくにつれて優希は少しずつだが占いの当たる回数が増えていった。それはより正確に因果律を掴むだけの力を、そのやり方を自然と覚えていったのからだ。そしてそれを道具、彼女の場合はタロットカードに反映させる。ちなみにタロットに限ったことではないのだが、占いの結果を反映する物――優希の場合はタロットのそれぞれの絵柄――に込められた意味から連想される内容は広い。だからそこからさらに占いの内容を特定するのがまた別の占いの技能である。
 タロットならまず出た絵柄に込められた意味から占いの対象に当てはまるものを連想、占いの中で得たあいまいなイメージと合わせることでより明確にしていくのだ。これは直感に大きく左右される。

 すなわち占いに必要とされるのは因果律を正確につかむための感受性とそこから得た結果をより具体的にするための直感力、この二つとなる。

 そんなわけで占いを日々真面目にやってる優希は一流の霊能者であるピートや鬼道よりも感受性や直感力という点においては優れていたため二人よりも僅かに早く立ち止まって、それらを見つけていた。

 彼らがいるのは東階段の前。理科室や音楽室などの特別教室がある、校舎の東部分にある階段だ。
 そして鬼道とピートは優希の視線の先を追って、見た。

 階段から降りてくる影が二つ。うち一つは影というには多少の抵抗がある。結論から言うとそれは骸骨…ではなく骨格標本だ。骨と骨の隙間から向こうの窓から入ってくる月明かりが見える。
 そしてもう一つは骨格標本とコンビで語られる相方、人体模型だ。月明かりの下、ぼんやり浮かび上がるその姿は怖い以上に気持ち悪い。
 その二体は足並み揃えて階段を降りてくる。


 カランコロン

 その途中、バランスを崩したのか骨格標本の頭が取れて階段を転がり落ちて、ピート達の足元で止まる。

「ワ、ワテの頭!」

 無くなったことに動揺したのか骨格標本は階段で立ち止まって、探しているのか首の骨だけを動かして慌ててる。人体模型の方も付き合いか何かか一緒に立ち止まる。

「ねえねえ」

 そんな二体を見ながら優希はピートに小声で話しかける。それに対してピートも小声で応答する。

「なんですか?」
「あの骨、頭がないんだから首を動かしても見つかるわけないよね」
「あ、あのですね」

 間の抜けたその質問にピートは思わず脱力してしまう。一応その通りなのだが相手は霊的存在、
こちらの常識が通用しない。ピートはとりあえずそのことを説明しようとするがそれより先に優希がまた口を開いた。

「でもって口も無いのに声はあっちから聞こえたよね」

 優希が指差すのは骨格標本、確かに声はあちらから聞こえた。

「それがどうかしたんですか?」

 ピートは優希が言いたいことがわからず訊き返す。くどいようだが相手は霊的存在、こちらの常識は通用しない。ちなみに理科室標本コンビは未だ階段で立ち止まっている。

「とりあえず確認してみよう」

 その答えが不満だったらしく優希はピートに手でどくように指示すると足を一歩後ろに下げる。その足元にはさっき転がってきた標本髑髏がある。

「ちょ、綾見さん何を…」
「てぇいっ!!」

 ピートの言葉が終わるより先に標本髑髏を力一杯蹴り飛ばした。細い足に似合わず結構威力があったようで蹴られた髑髏は暗闇のせいもあって視界の届かぬところまで転がって行ってしまった。

 そしてあがる悲痛な叫び。

「ワ、ワテの頭ぁーっ!!」
「探してたのはやっぱフリかー!」

 骨格標本の叫びを聞いて優希も声を上げる。それを聞いて骨格標本は頭の無い体を優希へと向ける。

「芸人根性舐めんなやー!」

 まったくつながらない台詞を叫んで骨とは思えない(確かに骨ではないのだが)跳躍力を見せ優希へと上空から襲い掛かる。

「させるか!」

 ピートは優希を庇うように立ち、相手を見据え、過去の修行を思い出す。型にはめるままに行った修行、特に意識もせず黙々と行ったものだがそれは彼の体にその形を覚えこませる。努力に無駄は無い、そう思わせるようにピートの体は頭上から向かい来る敵を迎撃するために動き出す。
 彼が修行の中で中で相手にしたもの、それに比べればその敵はあまりにも小さく軽い。おまけに霊力もたいしたことは無い。一般のGSでも少々てこずりながらも問題なく除霊できる程度だ。拳を握り締め、霊力を込め、そして叫ぶ。

「バンパイア昇竜拳!」

 その一撃は天に昇る竜が如く突き進み、悪霊をその依代、骨格標本ごと破壊する。

 バラバラと頭以外のパーツがリノリウムの床に硬質な音を立てて落ちる。それに続いてピートも華麗
に着地をきめる。後ろで優希がパチパチと拍手をしている。
 それに間を置かず再び何か大きなものが落ちたかのような音がする。続いて何か小さなものが飛び散るような音も。
 二人が階段の方を見るとそこには先ほどまで人体模型がいたところに立つ鬼道と階段の下で倒れている人体模型がいた。いつの間にか倒していたらしい。さっき聞こえたのは人体模型が階段から落ちて内臓のパーツの飛び散る音だったようだ。

「ボクは横島達の方へ行くから二人とも先に外出とき」

 鬼道は階段の上からそう言うと二人の答えも待たずに階段を駆け上がって行った。




―― 一階



「赤いマントがいいかい? それとも青いマントが欲しいかい?」


 突如降って湧いたその言葉にタイガー、愛子、盾志摩の三人は立ち止まる。

「この場合、黄色と答えるんでしたカイノー?」

 外国から留学してきたため日本特有の怪談はさっぱり知らないタイガーだが昼間の講釈である程度知識を得ていた。

「そのはずだよ」
「僕もそうだったと記憶している」

 愛子と盾志摩も同意する。

「では……」

 タイガーが「黄色」、と答えようとしたとき、上方で悪意が膨らんだのを感じて咄嗟に体を動かした。  

「ぬぉっ!」

 上方からの攻撃をタイガーは何とか避けたが肩の部分が僅かに掠ったらしく服が破れている。
 どうやら回答の待ち時間を過ぎてしまっていたらしい。

 タイガーはすぐに体勢を立て直して攻撃をしてきた奴を探すがそれはすぐに見つかった。そいつは小さな体にマントを巻きつけているため容姿はわからないがマントの隙間から出ているギョロリとした大きな目玉と右手の二十センチ以上ある爪がひどく禍々しい。

「このっ!」

 廊下に立っているその妖怪に盾志摩が影から出した刀で斬りつけるが、その見かけ通り身軽らしくあっさりそれを避け、距離を一気に離す。

「くっ、素早い」
「まずは捕まえないと駄目デスノー」

 愛子を下がらせ、残りの二人が少し離れた場所に立つマント妖怪を見る。マント妖怪も彼らの隙を伺っているらしく動きはない。


 これから始まると思われる膠着、だがそれは永遠に来なかった。

「こらー、もう少し静かにしなさい」

 一人の闖入者、おそらくは宿直の先生だろう。三十代半ばの男性がマント妖怪のさらに向こうの部屋から扉を開けて出てきた。多分見回りをしていることも知っていて、ただ今の騒がしい状態を咎める為だけなのだろうがタイミングは最悪だった。

「まず!」

 次に起こることを真っ先に予測した盾志摩は持ってた刀を影の中に放り入れると同時にまだ傷の残る翼を出して身に纏う。それと同時にマント妖怪が後ろを振り返る。そして翼の力も借りて盾志摩が走り出す。
 その直後マント妖怪も走り出す、宿直の先生に向かって。どうやら先に弱い方から、ということらしい。

 盾志摩は僅かにマント妖怪のスタートに間に合わなかったが、それでも追いかける。
 差はあるが直線なら盾志摩のほうが速い。マント妖怪を追い抜いて、その速度のまま宿直の先生に突っこんで一緒に床を転がる。

 すでにギリギリの状態の式神を身に纏う、それだけでも霊的な付加がかかるのにさらにそれをフル活用する。通常なら気絶するほどなのだが盾志摩は根性を振り絞って意識を保ち何とか翼を影に仕舞う。
 鬼道が褒めた根性は伊達ではないようだ。

 霊的負荷から解放されて一息つく間も無く、追いついてきたマント妖怪が盾志摩にその爪を振りかざす。

「うわっ!」

 先ほどの疲労がまだ抜け切っておらず、床を転がるようにしてその一撃を避ける。そして次の一撃を思ってマント妖怪に視線を戻した途端、その姿が消え、代わりに風圧が盾志摩の顔をたたいた。

「ぬぅ、本当にすばしっこいノー」

 そこに現れたのはタイガー、マント妖怪はまた離れたところに立っている。彼も一足遅れて追いついて後ろから攻撃したのだが避けられてしまったのだ。

(どうしたもんカノー)

 パワーには自信があるが自分であのすばしっこい妖怪を捕らえれそうも無い。
 盾志摩を見る。すでにボロボロだった式神の翼を酷使したためか顔には出てないもののその疲労は容易に察することが出来る。

(しょうがないノー、ワシがやらんと)

 長引かせるとまた自分や盾志摩以外を狙うかもしれない。
 なら、とタイガーは決意し、霊力を高め、自らの能力を顕現させる。


「ぬぅぅぅぉぉォォ!!!!」

 咆哮と共にタイガーの姿が人間から虎へと変化する。それと共に周りの景色も一変、ジャングルに移り変わった。そのことにマント妖怪も含めた全員が戸惑う。タイガーの能力を知っている愛子もこんなことまで出来るとは知らないので驚いている。

 タイガーがエミのもとに来てからの時間は決して短くない。きちんと修行を積み、自分の能力をそれなりに制御できるようにもなっている。そしてエミの助けなしでも彼の本領、強力な暗示を伴う幻覚を見せることも短い時間ながらも制御に成功していた。その際の疲労はエミの笛がある時とは段違いなのだが。


「はああぁぁ!!」

 再び気合の咆哮をあげるタイガー。それに何かを感じ取ったのかマント妖怪は戸惑いを振り切り、その素早さを生かして逃げようとする。

「させん!」

 だがタイガーの方が早かった。マント妖怪が動くより先にどこからか伸びてきたツルが絡みつき、その自由を奪う。マント妖怪はもがくがこれは幻覚、どんなにもがこうともそれが物理的な力である限り抜け出すことはできない。
 そして

「ワッシが選ぶ色は……」

タイガーの巨体がジャングルの草をかき分けて突き進み

「ジャングルの緑ジャー!!」

圧倒的なパワーと共に繰り出されたタイガーの一撃はマント妖怪を吹き飛ばした。



―― 三階


 夏子に向かって伸ばされた手、それは今は力無く床に落ちている。一本の白い矢にその手を穿たれて。
 そして今、それと同じものが夏子の霊力によって造られ、弓につがえられている。

「遊ばないの?」

 手が貫かれていることに何の痛痒も感じていないらしく花子さんは先ほどと同じように残念そうな顔をする。

「悪いけど仲良く遊べへんような奴は嫌いやねん! 成仏しぃ!!」

 夏子は矢をつがえたままきっぱりと言い放つと霊気の矢を花子さんに撃ち放った。

「ああぁぁぁっ」

 矢は違わず花子さんに突き刺さり、彼女はかすかな悲鳴を残しては除霊された。

「除霊完了♪」

 それを見届けた夏子は弓を下ろし、笑顔で言った。
 しかしそれで済まない者もいた。

「『完了♪』じゃねーよ!!」
「メチャメチャ驚いたで!!」

 一気に詰め寄ってくる横島と銀一。
 二人ともツッコミを入れた後、夏子を守ろうと飛び出そうとした。しかし夏子がいきなり霊気で造り出した矢で手を撃ち落してしまったため、二人はその勢いのまま、横島はトイレのしきりに、銀一は壁にモロにぶつかってしまったのだ。まあ床に転ばなかっただけマシだが…だからといって二人の怒りはおさまらない。

「えーやん、軽い冗談や」

 しかしそんな二人に対して笑顔であっさり言う夏子、それを見て二人は思った。


 もーなに言っても意味が無い、と




―― 二階


「うわっ、も、戻った?」

 辺りがジャングルの風景から元の学校の階段前の廊下に戻ったことに驚きながら優希はきょろきょろとあたりを見回す。
 一方、この原因が解っているピートは落ち着いている。

「タイガーの精神感応か。エミさんの笛なしで大丈夫かな」

 二人は鬼道の言いつけ通り、下に降りようとしたのだがその途端あたりがいきなりジャングルに変わってしまい、立ち往生していたのだ。ここもタイガーの精神感応の範囲内だったのだ。
 変わっていたのは十秒足らずだったため、優希が無闇に動いて壁にぶつかったりということはなかった。というか驚いてきょろきょろ見回していただけだった。

「今の、何だったんだろ?」
「後で説明するのでとりあえず今は下に降りましょう」
「うん……え?」

 ピートが促すと優希も階段へ向かおうとするがすぐに彼女の足が止まる。

「どうしたんですか?」
「向こうから霊気が…」

 優希が指を向けるのはさらに東、校舎の端だ。言われてピートも感覚を研ぎ澄ませると確かに霊気が端の教室から出ている。気にはなるが精神感応を使ったタイガーのことも気になる。ピートはとりあえずこっちは後回しにしようと決める。

「本当ですね、でもまずは下に降りましょう。タイガーたちも気になりますし」
「そうだね…え?」

 ピートの言葉に再び同意した優希は振り向いて、再び驚いた顔をした。

「どうしまし、えっ!?」

 そして不思議に思い、振り向いたピートも同じような声を出した。

 それはそうだろう。なぜか彼らの目の前には……『壁』があったのだから。
 別に向く方角を間違えたわけではない。さっき見てた方向からきっちり百八十度の方向だし、すぐ右には階段もある。この方向に決して壁は無いはずだ。

 でも在る。


 一瞬の戸惑い。そのせいで気付かなかった。

 『その壁が自分達の方に向かって動いている』ということに。

「うわっ!」
「きゃっ!」

 向かってくる壁に弾かれて床を転がる二人。ピートはすぐに立ち上がったがその僅かの間に既に階段への道はその『動く壁』によって閉ざされていた。そして『壁』はそのまま止まることなくこちらへと進んできている。

「ちっ」

 その顔に似合わない舌打ちを一つしながらもとりあえず霊力を叩き込むが『壁』は一瞬たじろいた様子を見せただけで再び同じように進んでくる。
 ピートはとっさに両手でその壁を押さえて進行を阻もうとする。

「あいたたた、ってうわっ、壁が動いてる!!」

 ようやく身を起こした優希がピートを押している『壁』を見てそんな声をあげる。
 そう、『壁』はまだ動いている。ピートが霊力をこめて押し返そうとしているのにも関わらず『壁』は彼らを押し潰すために動いていた。
 このままだといずれ潰される。そう思ったピートは腕の力を弱めずに辺りを見る。

 壁と壁の間には隙間が無い。バンパイアミストで霧になって向こう側には出れそうも無いし、霧になっても密閉状態で圧縮されれば結局潰れることに変わりは無い。
 外に面した窓は弱いながらも霊力で結界が張られている。自分なら問題なく壊して外に出れるが、そのためには壁を支える力を抜かなくてはならない。まだ後ろの壁とは余裕があるが『壁』のスピードは結構速い。窓を壊して優希を連れて外に出るまでに潰されるかもしれない。

 なら、と右にある教室を見る。先ほど霊気が漏れてきているのを感じた教室だ。こちらの窓には結界はない。いかにも罠くさいが今のままでも危ないし、霧の状態ならそうそう手出しも出来ないだろうと考えそちらに逃げることに決める。

「バンパイアミスト!」

 ピートは優希を連れて霧となり、その教室へと入って行った。


 その教室のプレートにはこう書かれていた。


 『音楽室』


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