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白き狼と不思議な世界

5. 父と弟子


投稿者名:朔
投稿日時:04/10/19


 ──…横島とシロが散歩から帰ってきた後、今だ朝食中にその出来事は起きた。

 横島は昔の待遇よりはるかにマシな食事が出て、毎日美味しそうに食べていたし。
 シロも普段食べれないような肉が出て、ご機嫌とばかりに頬張っていた。

 そんな幸せそうな2人を見ながら、横島百合子は話し始めた。

「あなた達に話があるの。」


 横島とシロは相変わらず食べるのを続けていたが、急に百合子が話をはじめ興味津々といった様子だった。

「ほぐぐはむはむほほむぐむぐ…?(訳:話って何?)」
「むぐむぐはぐはぐはむむ…?(訳:何でござるか?)」

「………とりあえず食べ終わるか食べるのを止めてから話しましょうか。」

 その言葉を聞いて、横島とシロはいっそう食べるペースを速めた。
 3分も経たないうちに目の前の食事が平らげられ、後には満腹そうな2人が残った。

「ふぃー……ごちそうさま。」
「ご馳走様でござる! 美味しかったでござるよっ!」

 親父臭い仕草で、爪楊枝で歯を掃除している横島。
 さっき食べた肉の余韻を忘れたくないのか、幸せそうな顔で尻尾をぱたぱた振るシロ。

 百合子はこんな2人を見るのがとても楽しかった。
 今までずっと子供には恵まれなかったし、自分の手料理を美味しく食べてくれる人が旦那以外にいなかったからだ。
 この3日、2人と共に生活して百合子には充実感があった。
 増えた家事もやってみると結構楽しいもので、慣れてくると手早くこなせる様になってきた。



 …




「──…それで、話って?」

 落ち着いたのか、ポットからお茶を汲んできた横島が尋ねた。

「ええ、実はナルニアにいるヤドロクから連絡があってね…。
 ちょっとゴタゴタしてるから帰ってきて欲しいっていうの、で、向こうに置いてきた荷物もあるじゃない?
 だから、一度ナルニアに帰ろうと思ってるの。」

 横島とシロがちょっと残念そうな顔をする。
 実はこういった仕草を見るのも百合子にはちょっと楽しかったりするのだが…。

「やっぱり、あなた達はここに残るんでしょ?」

 百合子の問いに、横島が答えた。

「ああ、まだやりたい事とか残ってるし…、お袋はどのくらい向こうにいるつもりだ?」

 横島の問いに、百合子はこれまでの出来事を少し思い出していた…──。





 …





 ──…「やりたい事」の内容は百合子には聞かされていない。
 ただ、「GSになりたい」という事は2人から言われていた。
 それが危ない仕事だとも聞かされて、百合子は2人に辞めさせようともした。
 しかし、2人の強い意志が変わらない事を知り、仕方なく容認したのだった。

『言っておくけど、シロちゃんを危ない目に遭わせたら…どうなるかわかってるのよね…?』
『わ、わかってるよ…、ンな事は…。』

 その後、百合子が横島を呼び出し密かに約束した事。

 ───…シロを守ってあげる事。

 横島は言われなくてもそうするつもりだったのだが、百合子にきつく言われて更に気を引き締めた。
 そんな横島を見て百合子は安心したのか、「やりたい事」についても2人に任せるようにしたようだった。





 …





 ──…話は食卓に戻る。

「えっと…、1週間くらいかしら。
 ちょっと伸びるかもしれないけど、しっかり用事は片付けてくるつもりよ。」

「そっか…。」

 その答えに満足したのか、お茶を飲み人心地ついた様子の横島はにっこり笑った。


「…じゃ、お袋も気をつけてな。
 ナルニアだって危ない事は変わりないんだし、用心してくれよなー。」

「………わ、わかってるわよ、そんな事は…。」

 横島を見て何故か顔が赤い百合子を、横島は不思議に思っていた。

(お袋、風邪なんかなー…、後で薬でも持っていってやるか…。)
(バ、バカね……相手は息子なのよ、何考えてるのかしら私……。)



 照れた様子の百合子と、不思議そうな顔をする横島の隣でシロはまだ食事の余韻に浸っていた。

(美神殿は、結構拙者達の食費もケチっていたでござる…。
 ………嗚呼、さっきのお肉美味かったでござるなぁ………。)

 
 …さっき食べたばかりだというのに、シロの口から涎が垂れていた。













 ………













「──…じゃ、準備が出来たから出掛けるわ。
 飛行機の出発は多分今日の午後になると思う。」

「了解。」
「行ってらっしゃいでござる!」

 30分後、手早く用意を済ませた百合子を横島とシロは送り出した。



 ──…やがて、その姿が見えなくなると2人は家の中に戻っていった。







 …








「──…さて、シロ。」
「なんでござる?」

 部屋に戻った2人は、椅子に座りながらこれからの事を話し合っていた。

「ちょっと色々あって遅れたが、俺はこれから「妙神山」へ行こうと思ってる。」
「あ、そういえば最初はそういう予定でござったな。」

「ああ、でもシロ、先にお前の父さんに会うってのでもいいぞ。
 1週間時間はあるんだ、それに美神さんに会うまでまだ時間はたっぷりある。
 ……しっかし、最初ここに来た時は、こんな余裕が出来るなんて思わなかったよなー…。」

「そうでござるな…。
 これも総て母上殿のお陰でござる!
 …では、先に人狼の里に寄って欲しいでござるっ!」

 やっぱり嬉しいのであろう、期待した目付きでシロが俺を見てくる。

「よし、じゃ準備するか!」
「はいっ!」

 それぞれの部屋へと準備をしにいく横島とシロ。

 きっと、何かいい事があるはずだ──。

 横島とシロにはそういった予感があった。














 第五話 「 父と弟子 」

















 数分後、用意を済ませた横島とシロは庭に集合していた。

 横島が何処かから2つ文珠を取り出す。
 最近あまり使っていなかったので、この世界に来る時にごっそり無くなった分を引いても結構な量が貯まっている。
 文珠は、普段は横島の中の何処かにしまえるようになっており、念じると取り出せるようになっている。
 この仕組みについて横島は詳しくわかっていないのだが、大変便利なためあまり考えず使っている。

「これから文珠を使って移動してみるけど… 正直上手く行くかはわからない。」
「何故でござる?」

「この世界にきて…多分場所は変わってないと思うんだけど…。
 イメージ出来た所にしっかり飛べるかどうかわからないんだよな。
 これが出来れば移動が楽になるのはわかるが、出来なければ歩いて行くしかない。」
「拙者は歩いて行くのでもいいんでござるけど…。」

 シロの言う「歩いて行く事」とは、「散歩の続き」みたいなものだ。
 横島はそれだけは防がなければいけない、と思っていた。
 何故なら……体が持ちそうにないからだ。

「ま、とにかく試してみよう。
 成功すれば「妙神山」に行く手間も格段に楽になるしな。」
「そうでござるな!」

 シロは横島に手招きされ、近寄った。


「シロ、人狼の里の場所を強くイメージするんだ。
 で、俺がそこに文珠の力で飛ぶようにするから。」
「はいっ!」
 
 シロが何やら念じている様子を見せる。

 …そして、間も無く横島の手の中の文珠から青白い光が出始める。
 その文珠に『転』、『移』、の2文字が浮かび上がり、更に光は増していった。

 やがて、光が収まった頃、そこにはもう誰もいなかった……───。



















 ………



















 ──…シロは光が眩しくて少し目を閉じてしまっていた。
 それが収まった事を感じ、目を開けてみると、「そこ」はもうさっきいた場所では無かった。

 横島がキョロキョロ辺りを見回している。
 辺りは木が一層茂っており、入り組んだ森の中といった感じだった。

「シロ、この辺に見覚えはあるか?」

 そして、シロのほうを見て横島は尋ねた。

「えーっと………、あっ!
 あの場所は見覚えがあるでござる!
 ここは「人狼の里」のすぐ近くでござるよ!」

 見知った場所を見つけて、シロが興奮している。

「おし、どうやら『転移』は成功したみたいだな。」

 横島も文珠が成功した事で満足している様子だ。


「先生! 早く行くでござる! くぅーん…!」

 近くまで来た事で実感が沸きはじめたのか、シロは横島の腕を取りぐいぐい引っ張るように進んで行く。

「こらこら、そんな焦らなくても相手は逃げないって。」

 苦笑した横島も、嬉しそうなシロを見て「連れてきてよかった」と思っているようだ。






 …








 …2人は森の中を少し進んだ、やがてシロが立ち止まると、横島もそれに合わせて止まった。

「ここらへんが入り口のはず…。」

 シロが辺りを見回す。

「そーいえば、「通行証」が必要なんじゃなかったか?」

 人狼の里に入るには「通行証」が必要となる。
 里は常に結界で覆われ、人間やその他の動物などは入ってこられないようになっているからだ。
 そして「通行証」を持つものだけが中へと入れるようになっている。
 そのお陰で、人狼の里は今日も守られているのだ。

「拙者、持ってきてないでござるよ…。
 でも拙者達がここに来ている事を向こうではもう気付いている筈。
 頼めば入れてくれるかもしれないでござる。」
「頼むって、どうやってだ?」

 横島が不思議に思って尋ねると、シロは息を大きく吸い込み…遠吠えをはじめた。


 ── ウォォォ──ン! ワォ───ォン! ──



 暫く待つと、何処か遠くのほうから遠吠えが帰ってくる。

「なるほど、こうやってコミュニケーションするって手もあるのか。」

 うんうん、と頷く横島の隣でシロが吠えて返事を返している。

「先生、やはり向こうも警戒している様子でござる。
 といっても拙者が人狼だとわかったため、戸惑っているようでござるが…。」

 それを聞いて横島は少し考えると、シロに頼んだ。

「「敵意は無い、用があってここに来た」 と伝えられるか?」

 シロが横島の頼み聞いて頷く。

「任せるでござるよ!」

 そして、2、3回遠吠えをし返しているうちに、目の前の景色にゆがみが起き始めた。

「どうやら認めてくれたみたいだな。」

 シロに導かれ横島が1歩進むと、辺りの景色が急に変わったのであった。







 …








 そこは洞窟のような場所だった、薄暗くて狭い通路が暫く続いている。

「この先に人狼の里があるでござる!」

 そういって駆け出すシロを横島は追いかけていった。
 少し進むと前方から光が見えはじめ、そこが出口である事がわかった。




 シロと横島がそこから出て行くと同時に、辺りから数人の人狼族の男が現れた。
 それを見て横島とシロは立ち止まった。



「……何者だ? そっちにいる若い娘は人狼族のようだが…。」

 その中の一人が話しかけてくる。
 男達は3人いて、横島達を不審がっている様子だ。

 シロが一歩前に出て、自己紹介をはじめる。

「拙者は人狼の…」

 そこでちらっと横島を見たシロは、元の向きに目線を戻し続けた。

「…「横島シロ」と申す者でござる。
 今日はこの里に少し用があり、参上仕った。」

 人狼族の男達はシロを見て敵意が無いと感じたのか、今度は横島を見た。

「あ、…俺は「横島忠夫」っていいます。
 こっちのシロとはちょっとした事がきっかけで、兄妹みたいなモンになったんスよ。」

 その視線に気付いたのか、横島が自己紹介をした。

「(人間が人狼と兄妹…!?)」
「(そんな事あるか…?)」
「(怪しいな……こいつら。)」

 横島の言った事に男達が慌てて相談をはじめる。

 それもそうだろう、人狼族にしてみれば横島とシロの「関係」は異常なものなのだ。


「あー、えっと、そんな怪しむような事は無いと思うけど?」

 横島は自分が「人間」だという事を怪しんでいると思っていたのだったが、実際は2人の関係の事であり、そうではなかった。
 横島にとっての妖怪や人外のものに対する目は、他の人間とは大いに違っていた。
 勿論それは、横島の周りにそういったものが多かったからでもある。

 とにかく「人狼と家族」という事は、横島にとって気にするような事でもなかったのである。
 むしろ、横島には形式だけといっても「妹」がはじめて出来て、内心嬉しかったりする。






 …






 …暫くして、今だ不審がる人狼達を見て横島は「切り札」を出す事にした。




「…あのー、実は「友好の印」として持ってきたものがあるんだけど…。」

 横島がそういって取り出した「もの」に、人狼族の男達の目は釘付けとなった。




『ワンちゃん満足 栄養満点!』

 そう書かれた「ドッグフードの缶詰」に、男達は興味津々の様子を見せる。

(よし、喰い付いてきたな…?)

 にやり、と笑う横島。
 来る前にシロが隠しておいたものをくすねてきたのだった。
 シロもそれが自分のものだとわかり、驚いている。

(そ、それは拙者のとっておきの……、隠しておいたはずなのに!)


 …実は横島はシロが嬉しそうにドッグフードを隠している場面を見てしまっていた。
 もしかしたら必要になるかも、と思いこっそり取ってきていたのだ。

「トップブリーダーも推奨するドッグフード。 めちゃウマらしいよ?」


 にやにや笑う横島。
 それを見る人狼族も尻尾をぱたぱた振り欲しそうなそぶりを見せていた。

「(せ、先生っ! それは拙者の! 勝手に持ってくるなんてひどいでござるうううっ!)」

 シロが小声で抗議を申し立てる。

「(我慢しろっ、また今度買ってやるからっ! …それに今はここを突破するほうが先だろ?)」

 「これ」は必要な犠牲なのだ。
 そう勝手に自分を納得させて奪取したものを見せ付ける横島。


 …シロには、横島に含み笑いと共に黒いオーラが出ているように見えた。



「そ、そんなモノで我々が心を許すとでも……。」
「あれっ、いらないの? じゃあちょっとここで今食べちゃおうかなー……?」

「い、いや! ……わかった、里に入る事を認めよう。」

 その代わり…と言い出す人狼族の男に、横島は無言で缶詰を差し出した。


「(必ず後で買ってもらうでござるよ…? 嗚呼、拙者のとっておきが……。)」

 シロが悲しげに指を咥えて缶詰を見つめている。

「(はいはい…わかりましたよっと。)」

 横島は苦笑してシロの頼みを受け入れた。


(シロのやつ、そんなに楽しみにしてたのか…? ちょっと悪い事したかなー…。)

 シロの食べ物に対する執念を見せられ、横島には申し訳ない気持ちが出来た。
 ……といっても、少し後ではすっぱりそれを忘れてしまっていたが。





「……じゃ、俺達先に行ってるから。」

 横島とシロは里の中へと進んで行った。




 …




「…おい、ところでコレどうやって開けるかお前わかるか?」
「…いや。」
「開け方みたいなものは書いてないのか…?」
「いや……何処にも……。」
「ええい、刀を使え刀をっ!」
「ダメだ! こんなどうでもいい事に使ったら刀が泣く!」
「じゃあお前はどうするんだ!」
「…知るか!」
「何だと貴様!」
「止めろ! …今はコレを開ける事が先決だ!!」





 …人知れず悩み続ける3匹のワンちゃんを後にして。



「「「 拙者(達)は 狼だあっ……! 」」」














 ………
















 ──…人狼の隠れ里。

 ひっそりとしたその里の中には、いくつかの質素な住居があった。
 自然に囲まれ、いい意味で環境が整ったそこには風情がある。

(機械や自然破壊が無い暮らしって、こんな感じになるんだなー…。)

 横島は周りを見渡してそう感じた。
 確かに不便な事は多いが、昔は人間界でもこれが当たり前だったのである。
 何処か、懐かしいような気持ちになった。

「横島先生っ、こっちでござるよ!」

 尻尾をぱたぱた振ってシロが駆けて行き、やがて一つの家の前で止まった。

「ここがシロの家…だったのか?」
「そうでござる…この中に父上が…。」

 興奮を隠せない、といった感じでシロが扉を開ける。




 …





「父上っ! ………ってあれっ? ……いないっ?」

 だあっ、とシロも横島もこけた。
 家の中を見ても誰もおらず、誰かがいる気配も無かった。

「……どっかに出かけてるんじゃねーか?」
「そうでござるな… とりあえず探して…。」



 

 ──…と、シロが振り向いた先には1人の男が立っていた。

 それを見てシロの様子が変わった事に横島は感付いた。

(そうか、この人が……。)

 横島の視線の先には、たくましい体つきの1人の人狼族の男がいた。
 腰から下げた刀はかなり使い込まれており、そこにいるだけで気迫が漂ってくる。

 最早言わなくてもわかる、この人がシロの父親なのだろう。
 横島は前に一度聞いた事があるシロの父親のイメージに似ているその人を見ていた。


 こちらを確認して、向こうも不思議に思ったのか話しかけてきた。



「……貴殿方は何者だ? 里の者では無いようだが…。」



「……ちちうえぇ──っ!」


 いきなりシロが叫び、その男に飛び掛っていった。
 男は一瞬驚いたようだが、何かただならぬ気持ちをシロから汲み取ったのか抵抗はしなかった。
 シロは男に抱きつくと、暫くわんわん泣いていた。
 男はその様子から何か事情がある事を悟り、ただ身を任せるようにしていた。

 …横島は、ただ、それをじっと見ていた。






 …






(シロ……。)

 「大事な人」という事について横島は頭の中で考えていた。

 自分の母親…そして父親、友人達、美神さん…おキヌちゃん…タマモ、それからシロの事。
 今まで一緒に生活してきて出来た仲間達。
 そして…「ルシオラ」の事も横島は考えた。


(やっぱ、「いなくなる」って辛いよなー…。)

 まだ泣いているシロを見ながら、そう思った。
 でも自然と「出会う事」については否定しなかった。



 一度、横島には「大事な人がいなくなる」悲しみに暮れていた時期がある。
 「あの事件」の後、美神の気遣いから暫く休みをもらっていた横島には色んな事を考える時間があった。

 
 ──…いっそ、出会わなければ…──

 そう、思った事もある。




(…でも、今はそうは思わない…。
 出会うからこそ辛い別れもある、でも…出会ったからこそ、楽しかった想い出は残ってるんだ。

 ──…それに、またこうやって再会出来る事だってあるんだし…。)


 「ルシオラ」と作った想い出の数々を否定はしたくない。
 彼女は確かに存在し、今も自分の心の中に残っているのだ。




 ──…父親にすがり付くシロを見て、横島の胸に熱いものがこみ上げてきた。


(ルシオラ…俺、必ずお前を助けてやるから…。)

 誰にも言えない心の決意を、横島はきつく誓った。






 ──…そして、横島はふとシロの事も考えた。

 今、自分の前で遠い世界の…元気だった頃の父親を前にして泣いている少女。

 いつも自分と一緒に散歩に行き、楽しそうにする人狼の少女。

 …悲しかった自分の心を、少しでも癒してくれた少女。


(シロ、俺達…出会ってよかったよな。
 お前と俺は生きてるんだ。 だからこそ、これからもずっと想い出が作れる。
 俺達…これからもずっと一緒だよな…?
 もしお前に何かあっても、必ず俺が守ってやるからな…?)

 何故か、急にシロが何処かに行ってしまうような気がして、横島は不安になった。
 心の中で横島はシロに問いかけた、その答えが返ってくるはずがないと知っていてもだった。


(…なーんて俺らしくもないなー、こんな事考えるなんて。)

 今度は心の中で苦笑する。
 自分の中で、シロという少女がこれほどまでに大事なものになっているとは思わなかった。

 でも、それが恋だとか、愛だとか、そういうものではないとその時の横島は思っていた。
 もっと、なんというか…表現するのが難しい漠然とした気持ちだった。

 今はまだ、その気持ちを言葉で表現するのは無理だと、横島は思った…──。














 ………















 ──…5分もして、シロはようやく泣き止んで男から離れた。
 涙を流した事と、自分がしてしまった事に対する恥ずかしい気持ちからか、シロの顔は真っ赤になっていた。

「あ、あの拙者……。」

 おずおずとするシロを見て、男は静かに話し始めた。

「…何かはわからぬが、事情があるのだろう?
 ………とにかく、中に入って話そう。」

 手招きして、家の中へと入っていく。
 ふらふらと導かれるように中へ入っていくシロを横島は慌てて追った。






 …






 …中に入り、男に座るように言われて横島とシロはそれに従った。
 男も2人の前に座り、話は始まった。

「最初に言っておく。 …すまぬが、拙者には娘はいない。
 だが、其方の娘は「父上」と言った…どういう意味でござるか?」

 予想していた事実をつきつけられ、シロは一瞬戸惑ったがすぐ心を決めたようだった。

「拙者は「横島シロ」といいます。
 …実は拙者は、幼い頃に父を亡くしているのでござる。
 貴方を見て、それに似ていたものだからつい……取り乱して、申し訳無い。」

 素直に謝るシロを見て男は言った。

「そうか…。 いや、さっきの事については気にしてはいない。
 …拙者は「犬塚タロウ」と申す。
 見た所、そちらも人狼族のようだが…。」

「拙者は人狼族でござる。」

「うむ、そうであろうと思った。
 …だが、この里ではそのような事例は聞いたことが無いのだが…。」

 少し不思議そうな顔をする犬塚、その問いにシロが答える。

「拙者は…ここではない所で育ちました。
 だから、誰もその事は知らないのでござる。」

「何と…そうでござったか。
 …それで、さっきから気になってはいたのだが、此方の方は?」

 ちらっと横島を見る犬塚。
 先程から黙って事態を見ていた横島だったが、自分に話を振られてはじめて話しはじめた。


「あ、…俺、「横島忠夫」っていいます。
 実はある事でこっちのシロと知り合って…、今は「家族」の1人としてシロと生活してます。」

 やはり「人間」が「人狼」と仲良く生活している事を知って驚く犬塚。
 しかし、前の人狼族と違い多少の理解はあるようだった。

「何と…人間と人狼が共存するとは…。
 それだけでも驚きだが、更に「家族」にまでなるとは…。」


(そっか…向こうの世界では人狼と人間は仲良くなっているけど…。 「こっち」ではまだだったよな…。)

 横島はそう思った。
 昔…「犬飼ポチ」の事件を切っ掛けに、人狼と人間は交流を持つようになったのだった。
 それまでは2つの種族は互いに別々の世界で暮らしあい、干渉するような事はあまり無かったのである。

「んー、…別に種族が違うからってこの世界で一緒に生きてる事には変わりないっスよ。
 ただ…俺たちが出会って、そして仲良くなっただけの事です。」

 自分の考えを素直に犬塚に言う横島、少なからずも犬塚は納得したようだった。

「あいわかった。 それについては文句は無い。
 …横島忠夫殿、少しこちらのシロ殿と2人で話をしたいのだが…いいだろうか?」

「はい、いいっスよ。」

 すっと立ち上がって横島は不安そうなシロをちょっと見た後、外に出た。
 元々最初からそうするつもりだったのだ。





 …






(…シロ、頑張れよっ!)

 心の中でエールを送り、横島は人狼の里を少し見学する事にした。


 …と、その時向こうから走ってくる人狼族の男達を横島は見つけた。

 男達は猛スピードでこちらに突っ込んできた後、興奮した様子で横島に尋ねる。

「おいっ! お前、これの開け方知ってるだろっ!?」
「破壊する事も考えたが、中身が飛び散ってしまう可能性があるからな…。」
「頼む、どうしてもわからんのだっ!」

 そう言って懐からさっき渡した缶詰が出てくる。

(あー、そういえば「缶きり」とかってここには無いんだよなー…。)

 目の前の缶詰を見ながら、横島は笑った。

「な、なにがおかしい…?」
「いや、なんでもない。
 …じゃ、開けるからこっちに貸してくれ。」

「わかった…ちゃんと開くんだろうな…?」

 不審がる人狼を尻目に、横島は「ま、いっか。」なんて思って文珠を一つ取り出した。

「何だそれは…?」

 見慣れない玉に更に不審そうになる人狼達。

「ま、見てればわかるよ。」

 横島が持っている文珠が光りだす。

『開』

 そんな文字が浮かび上がったように人狼達には見えた…──そして。


 パカッ

「おおっ…開いた!?」
「手品か…?」
「と、とにかく早く中身を…!」

 ぶんどるように横島から開いた缶詰を奪取した人狼達は、むさぼるように中身を食べ始めた。



「もぐもぐもぐ…。」
「もぐもぐもぐ…。」
「もぐもぐもぐ…。」


「「「 ………う、美味い! 」」」




 満足している人狼達を見て、横島は心の中で笑った…その場の人狼達には悟られないように…──。


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