椎名作品二次創作小説投稿広場


白き狼と不思議な世界

4. 新しい生活と失ったもの


投稿者名:朔
投稿日時:04/10/17


 ──…横島達がこの世界にきてから3日が経った。

 横島百合子の養子となった2人は、驚くべき速さで住居を見つけてくる母親を見てただただ驚くばかりだった。
 以前横島が住んでいた家の近くにその一軒家はある。
 勿論、前の横島の部屋とは段違いの綺麗さ、豪華さ、住み易さがその家にはあった。
 何故こんな家を手に入れられたのであろう、と横島は疑問に思って母に尋ねたが…──。

 『忠夫、世の中には知らないほうがいい事があるのよ。』

 にっこり言われて、横島はこれ以上詮索するのを止めた。

 元々、「ナルニアへ行かない?」と母に言われたのだったが、横島とシロはそれを断ったのだった。
 母はちょっと残念そうにしたが、「日本に住むのもいいわね。」と、切り替えた後の手腕は速かった。
 あっという間に住む場所を手に入れ、周りの環境を整えたのである。
 そして、父親…横島大樹の事も横島は気になって尋ねてみたが……──。

 『ちょっと帰れないって言うから、向こうに置いてきちゃった♪
  勿論浮気したらブッ殺! って言っておいたから大丈夫よ。』

 何か嬉しそうにいう百合子を見て、冷や汗が横島の背中を伝った。


 そして、ドアプレートに「横島」の文字が入った家に、今現在「横島忠夫」と「横島シロ」はいた…───。













 第四話 「 新しい生活と失ったもの 」













「せんせー、朝でござるっ! 起きて下さいでござるよっ!」

 ──…シロの呼び声がする、横島は目蓋を擦りゆっくりと体を持ち上げた。

「ん…、もう朝か…………あと5分。」

 ばたっ

 そう呟くと、またも横島は布団の中に戻る。

 トントン トントン

「先生ー? 横島先生ー? 起きてないでござるかー?」

 ノックの音が聞こえる。

(起きてなかったら、言っても無駄だろうに。)

 布団の中で横島は苦笑した、そして、また眠りの世界へ旅立とうとする。

 バタンッ!

「横島先生? 朝でござるよー?」

 今度はドアを開けてシロが入ってくる。

「あー、横島忠夫は現在睡眠中です、起床予定時間はあと1時間後……。」

「あ、そうでござるか…。 ってそれは起きてるでござるよ先生!」

 シロの突っ込みは俺の耳には届かない、さあ夢の中へ…──。

「ほらっ、起きるでござるよーっ!」




 どごっ




「グフッ! ……いや、朝からフライングボディープレスはどうかと思うぞ……、シロ。」

 横島の文句を軽く無視して、尻尾を振りながらシロはこう言った。

「せんせっ、今日は絶好の散歩日和でござるよ!」
「またかいっ! お前一体今何時だと思っとるんだっ!」

 シロは近くの時計を見る。

 ──…デジタルの時計には「 5:00 」と記されていた。

「えーと、…5時でござる!」
「………よし、わかったな。 じゃあ寝る。」

 シロを跳ね除け、横島はまた布団に潜り込む。




「………先生のバカッ!」

 そう言って、シロが泣き出す。

「こんなに拙者が散歩に行きたがってるのに、それを無視するなんて…。」
「あのな、散歩するのはいいけど時と場合をだな……。」
「うっ、うっ…、先生は拙者の事が嫌いなんでござるな…。」

 今度は床に伏せて呻き出すシロ。






 …







「あのさ……………、わかったよ……散歩に行けばいいんだろ?」
「本当でござるかっ!? さあ、すぐ行くでござるっ!」



「……嘘泣きかいっ!」

 すぐ嬉しそうにに尻尾を振って、にこにこするシロを見て、今度は逆に横島が泣きそうになった。

「…うう、俺の睡眠が…。」
「ほらほら、早く行くでござるっ! くぅーん!」

 強引に横島を起こし、腕をぐいぐい引っ張るシロ。

「わかった、わかったからちょっと離せ、この格好で散歩に行くつもりか?」

 そう言って腕を振り解く、横島はまだパジャマのままだった。

「あ…そうでござるな、じゃ、早く着替えて下さいでござるよ。」




 …





「おう………………って、着替えるから出ていって欲しいんだけど…。」
「えっ…、あっ!」

 シロの顔が赤く染まる、そういえば自分がこの場にいたら横島は困るのだ。

「あ、あはは……、では拙者、先に外で待ってるでござるよ!」
「ほいほい…、すぐ行くよ。」

 部屋の外へと駆け出していくシロを見て、横島は

(散歩馬鹿かと思えば、ああやってかわいい所もあるんだよな…。)

 と、思っていた。







 …








(それにしても…。)
 
 もう一度横島は考え出す。

(まさかシロが妹になるとは思わなかったな…。)

 服を着替えながら、横島は色々考えていた。

(美少女と一つ屋根の下…──つっても、相手はシロだしなぁ。
 流石にあいつに手を出したら犯罪だし…。)

 横島にとってシロは「守るべきもの」の一つであって、まだ「恋愛対象」では無かった。
 「ルシオラ」を失ってから、横島は周りの人間が更に自分からいなくならないように心がけた。

 もうこれ以上、悲しい思いはしたくない──…。

 そう心に決めた横島は、何があっても周りの人間を守る事を最優先にしていた。

(ま、成り行きとゆーか、流れとゆーか…。
 こうなっちまったもんは仕方が無いよな。
 それに、シロには「ここに連れてきてしまった」責任もある。
 どんな事があっても、あいつだけは守ってやらないとな…──。)

 一人の部屋で、横島は頷いた。
 それが、今現在の横島の決意だった。










 ………











 …バタン!

「お待たせシロ。」

 外に出た横島は、既にアップを済ませているシロに呼びかけた。

「遅いでござるよっ! さ、今日は「向こうのほう」に行くでござるっ!」

 シロは、遠くのほうの「山」を指差した。

「あの…頼むからお手柔らかにお願いしたいんですけど…。」
「大丈夫、「軽〜〜く」にしておくでござるよ。」

 ぱたぱたと尻尾を振りながらにっこり言うシロには、全く説得力が無かった。

「はいはい…、じゃ今日もアレ使うから。」

 横島の指差した場所には、買ったばかりのマウンテンバイクがあった。
 しかし、所々もうボロボロになっている。
 「散歩に行きたい」とせがむシロを見て、止むをえず百合子に横島が買う事を頼んだのだ。

(生身でシロの散歩は死んでしまうからなぁ…。)

 うんうん、と頷く横島には哀愁が漂っていた。

「じゃ、いつものようにロープで繋ぐから、……ほんとに「軽く」だからな?」
「はいでござるっ!」




 …




 「──…それでは行くでござるよーっ!」

 と、言ったシロはもう既にその場から消えていた。
 当然、引っ張られる様に横島も消えたわけで…──。







 「………やっぱりかぁ───っ! 死ぬっ! 死んでまうぅ───っ!」

 町内を爆走する少女の後ろで、ひたすら「止まってくれ」と叫ぶ男が確認されたという…──。



















 ………





















「はぁ…はぁ…はぁ…。」
「えー、もう終わりでござるか?」
「やかましいわいっ!!」

 ようやく止まったシロを叱り付ける横島。
 既に彼自身もボロボロになっていた。
 周りを見渡すが、木が沢山ある以外何も無い、ここが何処だか横島には全くわからなかった。



 とりあえず、横島とシロは休憩がてら近くの草むらに座った。
 ゼィゼィと、疲れた様子の横島をシロはじっと見つめていた。

 ぱたぱたぱたとシロの尻尾が揺れる。


「それにしても…よかったでござる。」
「え? …何が?」

 突然「よかった」と言い出すシロを横島は疑問に思った。
 ちょっと悲しそうな、それでいて嬉しそうな顔になったりするシロは、ゆっくり話し始めた。

「百合子殿…、いや「母上殿」のおかげで、こういった生活が出来る事でござる。
 拙者が先生の妹になったのは驚きでござるが…。
 こうやって、「家族」って人がいるのはいいでござるな…。」
「シロ…。」

 シロの父は、「犬飼ポチ」の事件の時に亡くなっているのだ。
 母親が幼い時に亡くなり、男手一つで育てられたシロには「家族」がいなくなった悲しみは相当のものだろう。
 実際、横島にも「大切な人がいなくなった」気持ちはよくわかる。

 シロも寂しかったんだな…──。




 そう思った横島は、静かにシロを抱き寄せた。


「えっ……、せ、先生…?」


 驚いた様子のシロは、暫く静かに髪を撫でる俺にゆっくり身を任せてきた。


「シロ…、俺とお袋は、今はお前の「家族」だ。
 だから、一人で困った時も、悲しい時も、俺やお袋を頼っていいんだぞ…。」
「せんせ…、くぅーん…。」


 …そのまま暫くの時間が過ぎた。
 やがて、腕を離してシロを解放した俺をシロは残念そうに見たが、すぐにっこり笑いだした。

「横島先生……、ありがとうでござるよ。」
「よせよ、照れるだろ。」

 素直に笑ってお礼を言うシロを、横島は真っ直ぐ見れないでいた。

(そうだ、シロは俺の「家族」なんだ。
 だからしっかり守ってやらないとな。)

(先生に抱きしめられた…。
 くぅーん、胸のあたりがどきどきするでござるよ…。)

 それぞれの想いは違えど、横島とシロの仲は確かに一歩進展したのである。












 …












「…あ。」
「先生?」

 その後、帰ろうと思った横島とシロだったが、横島が急に歩くのを止めた。

「そういえば、ここは過去の世界なんだ…。」
「そうでござる。」

「と、いう事はだ。 …まだシロの父さんも生きてるんじゃないか?」
「………!」

 はっとなるシロ。

「そ、そうでござる!」
「だよな………、今度行くか?」
「はいっ!」

 本当は、「シロの父がシロの事を知らない」のではないのかという事も言いたかったのだが。
 嬉しそうにするシロを見て、横島はそれを言い出せないでいた。

「シロ、あのさ…。」
「わかってるでござるよ。」
「えっ……?」

 急に雰囲気が変わるシロに、横島は驚いた。

「「この世界との繋がりが無い」事でござろう?
 …確かに知らない顔をされるのは辛いでござる。
 でも、もう一度会えると思うとそれだけでいいのでござるよ。
 それに、先生の母上殿の事もあるでござる。
 もしかしたら、何か通じ合えるものがあるかもしれないでござるよ!」

「シロ……そうだな、そうだよな。
 辛い思いをさせてすまないとは思ってるよ…。」

「いいんでござるよっ、さあ帰るでござる!」
「……おうっ!」






 …







(シロはもう「大人」になったのかもな…。)

 自転車の元へと走っていくシロを見て、横島はそう思った。
 自分が見ている子供っぽいシロも、今みたいな大人びた考えをするようになったのだ。
 ちょっとだけ、子供の成長を見守る親の気分になった気がした。

「せんせー? 早く行くでござるよぉー!」
「あ、スマンスマン。」

 向こうから呼びかけてくるシロを見て、横島は駆け出した。

 そして…───。















 ………

















(やっぱり、「大人」だと思ったのは間違いだったかも………!)

 自分達の家に向けて爆走する少女の後ろで、引きずられている男はそう思った。

「ていうかお願いだからもう少しスピードをぉぉ────…下げ…──」
「えっ、「もう少しスピードを上げろ」?
 わかったでござるよぉぉ───っ!!」


 ごおおおっ


「ち、違っ………── 」

 横島の意識は、そこで途絶えた。



















 ………

















 ──…それからどのくらいの時間が経ったのか、気がつけば横島達は家に戻ってきていた。

「よ、横島先生…? 着いたでござるよー?」
「う……、お、俺は生きているのか…? よかった…今日と言う日を神に感謝します!」
「……やだなぁ、ちょっとオーバーでござるよ。」
「誰のせいでこんなになったと思っとるんじゃいっ!」

 ボロ雑巾のようになった横島がシロを怒鳴りつけた。

「これだから躾のなってない飼い犬は…。」
「拙者は狼でござる!」
「どっちでもいいっ!」
「よくないでござるっ!」



 …



 わんわん ぎゃーぎゃーと叫ぶ横島とシロに気付いたのか、家の中から百合子が出てきた。

「あなた達、近所迷惑だからその辺にしときなさい。」

 呆れたような、でも何処か楽しそうな顔で百合子が言う。

「お袋は黙っててくれ! 今シロをだな…!」
「母上殿! ここは人狼族として引き下がれない所…!」






 …





「ほう………、どの口がそんな事言ってるのかしら?」

 ゴゴゴゴゴゴ…──

 はっとなる横島とシロ。
 「しまった」と思った、だが既に遅かったのだ。





「2人とも、朝飯抜きッ!」

「「ええぇ──っ!?」」








 横島とシロが、百合子に土下座して謝ったので、その日の朝飯は何とか死守出来たのである…──。


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