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白き狼と不思議な世界

2. 過去と疑問


投稿者名:朔
投稿日時:04/10/16


 ───…その日、犬塚シロは大好きな師匠と共に散歩をしていたはずだった。


 最近の「先生」の成長は凄い。
 それがシロが横島に対して常々思っている事だった。
 最初に会った時はまだ自分が子供の時だった、その当時横島はまだ霊能者としては中の下くらいの人間だったのだ。
 それでも、霊波刀が使える横島をシロは頼った。
 超回復によって大きくなったシロを見た時、横島がちょっと自分の事を意識してくれたのが嬉しかった。
 その時はまだ心は子供のままだったので、横島や周りの人に対する意識は友好感覚くらいだった。

 それから…──色々あって、シロはまた横島の元へと戻ってきた。
 再会した時、シロは横島の成長ぶりに驚いた。
 世界中探しても1人いるかいないかだという珍しい能力、「文珠」という技を使いこなす青年。
 それだけではなく、霊力的にも人間的にも成長した横島を見て、シロは感激せずにはいられなかった。
 拙者もより先生を見習おう、そう思って、シロはいつも横島の傍を離れないように心がけた。
 シロ自身も気付いていないが、それが「師匠を慕う」気持ちから、「淡い恋」へと変わっていくのにそれほど時間はかからなかった。

 朝、 先生と共に散歩に行き。
 昼、 先生と一緒に除霊の仕事をし。
 夕方、先生と一緒に散歩に出掛けた後ご飯を食べる。
 夜、 先生のいない事務所で、先生の事を想いながら寝る。

 そんな日々の繰り返しがシロには堪らなく楽しかった。
 
 でも、何か昔とは違う事がある…。
 彼女自身も成長していたため、周囲の横島を見る目や、横島が時々悲しそうな顔をするのに気付いた。
 自分のいない間に何があったんだろう、何か、先生に嫌な事があったのだろうか。
 それでも、横島が表面上は明るく振舞っていて、周囲もそれについて気にしていなかったため、それほどには考えなかった。

 そう、「過去」に戻るまでは…──。




  第二話 「 過去と疑問 」



 

 何処かで誰かに呼ばれた様な気がして、シロは眠りの中から覚めつつあった。
 薄目を開けると、知っている天井が見える、そうだ、ここは横島先生の家だ。
 シロはそう思った、でも何かが違う、何だろう?

「うーん……。」

 シロはゆっくり体を起こした、そして、ここが見知った先生の家では無い事を知った。

(はて? ここは一体何処でござろう?)

 部屋の中には何も無かった、いや、無くなったと思うほうがいいのだろうか。
 いつも横島の家をシロが訪ねると、ごちゃごちゃに物が転がってたりしたものだ。
 おキヌ殿が時々きて片付けている事は知っていたが、それにしても何も無さすぎるのだ。

「お、シロ、起きたか?」

 隣から先生の声がした、そちらを見ると、複雑な顔をした横島先生がいた。 何故?

「横島先生! おはようございますでござるっ!」
 
 横島の様子を特に気にせず、そう言うと共に彼にダイブ、恒例となったこの行事、「顔を舐め回す」事からはじめる。
 ペロペロペロ…。

「あっ、ちょっ…、シロ、こら、止めろってば」
 
 ペロペロペロ…。
 それでも彼女は止めない、先生がこれをそれほどまでに嫌がってはいない事を知ってるからだ。

 ペロペロペロ…。

「こら………、おいってば……、このっ……いい加減にしろこの馬鹿犬がぁ───っ!!」

 横島がシロを本気で引き離しにかかる。

「拙者は狼でござるっ!」
「いいから離れれっ! ……全く、お前はしょーがない奴だなっ!」

 何か焦点のずれた突っ込みをしつつ、とりあえず行為は止めてあげる。
 苦笑しつつ、ちょっと嬉しそうな横島先生を見ると、シロはどうしても心の中で笑ってしまう。
 それから、横島に言われてその場に座る、先程から何か横島の様子がおかしい事をシロは感じ取っていた。

「ところで、先生……ここは何処でござる? 先生の家はこんなにがらんとしてござったか?」

 とりあえず浮かんだ疑問をぶつけてみる、横島はシロの前に座ってシロをじっと見ている、何か考えている様子だ。

「いや…ここは俺の家だよ…、多分だけどな。」

 はっきりしない答えが返ってくる、ますます疑問が増えるばかりであった。

「それじゃ、引越したんでござるか? それにしても、すっかり何も無くなってしまっているでござるよ。」

 キョロキョロと周りを見渡す、がらんとした部屋にシロと横島だけがいた。

「いや、そういうわけでも無いんだ。 えーとだな、シロ、お前に話しておかなければいけない事がある。」
「えっ……、何でござる?」
(まさか愛の告白!? 拙者、まだ心の準備が…! くぅーん!)

 ぱたぱたぱた

 シロのお尻から生えている尻尾が揺れた。
 シロは、何か変な妄想をしつつも真剣な顔をしている横島の顔を見る。

 …いつも通りのぼさぼさの髪、トレードマークの赤いバンダナ、どうしようもなくバカでアホでスケベそうな顔…───

「……何か、俺に対して失礼な事考えてないか? お前…」
「…… あははは、き、気のせいでござるよ!」

 そんなに顔に出ていたんだろうか、シロはとりあえず笑って誤魔化す事にした。



「…まぁいいや、それよりどうしてこんな所にいるかって事なんだけどな…

 
 …実は俺達、「過去」に来ちまったみたいなんだよな。」


「………?」

 シロがわからないといった様子で頭を傾げる。
 カコ? カコってどこだろう? 拙者はそんな場所は知らないでござる、とシロは考えていた。

「えっと…説明するのも難しいんだが、シロ、お前どうしてここに来たか覚えてるか?」
「…んー、確か拙者は先生と一緒に散歩に出掛けて…、いつもと違うコースに行くって事になって………、あれ?」

 シロはそれからの事を思い出そうとした、しかしいくら頑張っても思い出せなかった。

「その後は…よく覚えてないでござる、先生、何があったんでござるか?」
 
 逆に横島に尋ねる。
 シロはあの後自分が寝てしまって、ここまで運び込まれたのだろうかと思った。

「実は俺も覚えてないんだが…、やっぱりお前も覚えていないのか…。」

 横島がちょっと落胆したそぶりを見せる。

「どうやって来たか思い出せば、帰れる手段もわかるかと思ったんだが…。」
「え、先生、ひょっとして拙者達は元いた所に帰れない場所に来てしまったのでござるか?」

 シロはまだ自分達のおかれた状況を把握出来ないでいた、それに気付いた横島が更に説明を付け加える。

「シロ、俺達は…「時を遡った」んだ。」


(…え? それって、それってつまり…。)

「………えぇ─────っ!!!?」

 何も無い部屋に、シロの絶叫が響いた。










 ………












「…で、何故俺達が「過去」に来てしまったかというとだな」

 横島は慌てるシロを落ち着かせ、状況の説明を続ける事にした。

「………よくわからんのだっ!」

 ずさ───っ

 シロがこけた。

「さっき文珠の数を確認した所、ごっそり減ってた事がわかった
 だから、多分これのせいだとは思うんだが…。」


 「文珠」…見た目はただの玉だが、念を込める事によって幅広く使えるある意味反則的な技である。
 空を飛んだり、爆発したり、物質を変化させたりも出来る。


(でも…)
「先生、文珠の力で過去に飛ぶ事は可能なのでござるか?」

 いくら横島の力でも、シロはそこまで出来るとは思えなかった。
 居候先の主人と、その母が時間移動能力者である事はシロも知っている。
 だから、それに莫大な力が必要な事もわかっているのだ。

「うーん…、実際やった事無いからわからんのだが…。」

 実は昔「未来の横島」が文珠の力でタイムスリップしてきた事が一度あるのだが…。
 横島は知らない、否、覚えていない。
 何故なら、同じく文珠の力でその出来事事態を忘れてしまっているからである。

「とにかく他に考えられない以上、これの力以外考えられないな。」
「そうでござるか…じゃあ、文珠の力を使えば元の世界に戻れるのではござらんか?」

 横島はシロの提案に少し悩んだそぶりの後、首を横に振った。

「ど、どうしてでござるかっ?」
「まず、俺達がここにきた手段を覚えていない事…つまり、「文珠にどんな文字を入れればいいのか」がわからない。
 次に…「文珠の力で元の世界に確実に返れる保障が無い」… って事だよ。
 俺としてはここで文珠の力を使い、全く知らない所に行ってしまうほうが怖いと思う。
 確かにやってみない事にはわからないが、それでも危険性がありすぎる。
 俺はいいとしても…シロまでそんな目にあわすわけにはいかないだろ。」
「拙者は別に大丈夫でござるが…。」
「いや、ダメだ。 やはり確立が低すぎる。」

 つまり、今の所「元に戻る方法がわからない」という結論が出ているのだ。
 シロはやっと自分達がおかれた状況を理解し、頭を抱えて悩みだした。

「それじゃあ、どうやって戻ればいいんでござろうか…。」
「その事なんだが…シロ、ちょっといいか?」
「…何でござろう?」

 横島がいつにもまして真剣な顔で話しかけてくる、シロは何か只ならぬ事なのだと悟った。



 …




「…このまま戻らないってのもアリなんじゃないか……?」
「………へ?」

 ぽかん、とシロが呆けるのを見て横島が続ける。

「つまり、ここは俺達が知ってる世界の「過去」なわけだ。
 という事は、黙ってても俺達が知っている世界にはなる。
 だったら、無理して帰らずとも、ここに居座ってしまえばいい。
 いつかは俺達のいたあの場所にも帰れるだろ。」
「そ、それはそうでござるが…。」

 といっても、横島には気がかりな事がいくつもあった。

 まず、この部屋が空の理由……、いくら昔といっても、この時間には確か自分はここに住んでいたはず。
 でもそれが無い…その理由が横島にはまだわからなかった。

(まさか、もう既に「違う世界に来ている」って事か…?
 それなら、もうどうしようもないんだが…。)

 もしくは、自分達が来た事によって「ここの世界の自分達」の存在が消滅してしまった場合だ。
 まあ、これについては後で確かめればいい事なのでそれ以上考えるのは止めた。

 次に、自分達がこの世界と関わる事によって、未来が変わってしまうかも、という点だ。
 勿論、「ルシオラ」が助かるかもしれない、という可能性についても横島は考えた。
 「未来の自分」の目的は正にそれだったからだ。

(もしかしたら…無意識のうちにずっとそう思っていたのかもしれない。
 …「過去に戻りたい」と。
 ……ははは、一度は諦めたはずだったのに、こういう形で実現しちまうとはな…。)

「せんせぇ…?」

 シロに呼びかけられて横島は考えるのを止めてシロを見た。
 急に考えこんでしまったのを不思議がったのか、シロが怪訝そうにこちらを見ている。

(そうだ…、俺は「自分の願望」にシロを巻き込んじまったんだ。)

 突如、横島の心に罪悪感が生まれた、何か心に重石を乗せられているような気分になった。

「シロ、御免な。」
「先生?」

 シロは、突然自分の師匠に謝られて驚いた、その理由がわからなかったからだ。

「ここに来たのは俺のせいだ、それにお前を巻き込んじまった。
 だから……ゴメン!」

 急に頭を下げた先生に、シロは更に驚く。

「そんな…謝らなくてもいいでござるよ、先生。
 確かに、最初はびっくりして、戻れないと知って焦ったでござる…。
 でも…先生のいう通り、黙っていれば元に戻れるんでござろう?
 拙者…それでもいいと思ってるでござるよ。」
「シロ…。」

 横島が考えている間にもシロは自分の考えをまとめていた。

(確かに…)
「確かに、自分一人だったら落ち着いて考えも出来ずに慌てていただけだったでござろう。
 でも…先生が一緒でよかったでござるよ!」
「え?」
「だってそうでござろう?
 拙者は一人ではなく、横島先生と一緒なのでござる!
 何も無い所にいきなり放り出されるのではなく、先生が一緒にいてくれる。
 それだけで…拙者にはとても嬉しい事なのでござるよ!」
「シロ…!」

 シロは笑ってそう答えた。

(くぅーっ、なんていい師匠想いの弟子なんやっ! 俺はかなり感動したぞっ!)

 …微妙に勘違いしている所もあれど、素直に横島はシロの考えに感動していた。

「…それで横島先生、「今」は一体いつごろなのでござる?」
「あ…そういえばまだ教えてなかったな。
 えーと聞いた所によると今は……年の………頃らしい。
 時間的にいうと、俺が美神さんに出会うより数ヶ月前だな。」
「ふむふむ…。」


 「美神令子」、横島にとって師であり、永遠の目標であり、好きだった女性の一人である。
 金にがめつい所や、性格が悪い所を知っても、横島は彼女の元を離れなかった。
 彼女の体が目立てだった所も(大部分)あるが…。
 それでも、彼女の心の優しい所も横島は知っていた。
 色んな事も、彼女と一緒に乗り越えた。
 ある日、彼女の霊力を自分が上回っていると薄々気付いた時からも、横島は彼女に対する尊敬の意を崩さなかった。
 「あの事件」の後、自分の事を考えてか何処か気を使った様子で接してくる彼女を見ると悲しくなったが、
 横島はそんな彼女の心遣いを少し有難くも思っていた。


「先生、やはり美神殿に弟子入りするつもりでござるか?」
「それなんだが………。」

 横島が真剣に考え込む様子を見せる。



「シロ………、お前、「貧乏」に耐えられるか?」
「……へ?」



 …シロは本日2回目のフリーズに陥った。




「………美神さんの所に行くという事は…、超薄給で生活するという事なんだよっ!!!」


 どーん

 と、涙を流しながら叫ぶ横島。
 な、なんだってー!と某掲載雑誌の違うオカルト研究団みたいに叫びそうになったシロ。
 でも、よくよく考えると…確かに前の横島の待遇を考えるとそう思わなくもない。
 労働基準法とか軽いどころか思いっきり無視してるくらいの待遇で扱われる彼を最初に見た時は流石にシロも驚いた。
 そして激しく同情した…涙を流しながら。

「た、確かに結構…いや、かなり辛いでござる…。」
「そうだろうそうだろう…、何が悲しくて見えてる地雷に自ら飛び込まなくてはならんのだっ!」

 横島忠夫、心の叫びだった。

「でも…。」
「…ん? 何だシロ。」
「でも、美神さんの所に行かないと未来が違ってしまうでござろう?
 あの日々も、思い出も、全て無くなってしまうという事でござるよ。
 拙者、それは悲しいでござる…。」
「………。」

 くぅーんと、悲しげな表情を見せるシロを見て、横島は自分の考えた事が過ちだった事を悟った。
 そのまま、シロの髪を手で撫でる。
 
 くしゃくしゃ…

「せ、先生…?」
「そうだよな…、俺、間違ってたわ。
 確かにシロの言う通りだよな、…ありがとな。」
「先生…。」

 くぅーんと、今度は気持ちよさそうに身を委ねるシロ。
 横島にこうされた時の彼女は、何も考えられなくなってしまう。



 …




「よしっ! じゃ取り敢えずは美神さんに会うまで時間があるけど…どうする?」
「…散歩とか?」
 
 シロが期待するような目付きで横島を見る。
 
「…お前、何ヶ月もずっとそればっかやってるつもりか…?」
「じゃあお預けでござるかっ!?」

 くぅーん、ぱたぱたぱた…

「うっ……。」

 尻尾を振られ、上目遣いの目で見られる。
 こうなると横島は弱い。

「わ、わかった…時々だからな。」
「わぁーい! でござる!」

 ぱたぱたぱた

 シロの尻尾が嬉しげに揺れる。
 横島は苦笑しながらも、嬉しそうなシロを見ていた。

「そうだなぁ…衣食住の問題とかもあるし…
 あ、そうだシロ。」
「はいっ? なんでござる?」

 立ち上がってこちらを見ている横島を見上げるシロ。

「ちょっとそこに立ってみろ。」

 言われた通り自分も立ち上がる。

「そこで霊波刀を出してみろ。」

 そう言われたので、自分の右手を見つめ精神を集中させる。

 ──ブゥン──

 すぐに見慣れた自分の霊波刀が出てくる。
 まだ完璧にコントロール出来てない所もあるが、最初に比べたらなかなかのものであろう。

「その様子じゃ霊能力的には問題無さそうだな。
 俺もさっき「サイキックソーサー」とか「栄光の手」を出してみたが問題はなかった。
 この世界に来た事で霊力が下がった事も考えたけど…どうやら大丈夫そうだな。」


 「サイキックソーサー」…横島が最初に覚えた技で、霊力を集中し盾とする技である。 
 更に投げつけたりする事も出来る。

 「栄光の手」…ハンズ・オブ・グローリーと名付けられたその技は、横島の手から伸びる霊力の手だ。
 変幻自在に操る事が出来、伸ばしたりカギ爪にしたり出来る。

 これに加えて、霊波刀や文珠等が横島の武器である。



 …



 霊波刀を出すのを止めたシロは、横島の提案を聞いた。

「うーん…、シロ、「妙神山」に行くってのはどうだ?」
「「妙神山」とは…?」
「ああ、そこでは霊力の修行が出来たりするんだ。
 いい機会だし、そこで霊能力や体を鍛えるのもいいだろう。
 これからの事もあるし、霊力は高いほうがいいだろ?」
「…そうでござるな! 流石は横島先生でござるっ!」

「…それと、元の世界に戻る方法も探して行こう。
 とりあえずはこの世界にいる事にはするが、確実性のあるいい方法が見つかり次第帰るのもいいだろう。」
「はいでござるっ! くぅーん!…」

 と同時に、横島に飛び掛り「顔を舐め回す」。
 彼女なりの感激と尊敬の意の表しのつもりだったのだが…。


 ペロペロペロ…。


「だぁっ…、ちょっと…、こら………、 だから止めれーっ! この馬鹿犬───っ!!」
「拙者は狼でござるーっ!」

 ぱたぱたぱた

 シロの尻尾が、可笑しそうに揺れていた。


 …こうして、横島とシロの奇妙な生活がはじまったのである。


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