椎名作品二次創作小説投稿広場


白き狼と不思議な世界

1. 1人と1匹


投稿者名:朔
投稿日時:04/10/15


 『あの事件』

 俺の周りではそう呼ばれていた、「ある魔神」の起こした大きな戦いは、もう何ヶ月も前の事になる。
 「英雄横島」の名だけが一人歩きし、「あの事件」に秘められた「隠された真実」を知る者はごく少数しかいない。
 それでも、当時の関係者の間ではその話題に触れる事はタブーとされていた。
 おそらく、俺……横島忠夫──…を気遣っての事なのだろう。
 あれから、皆の俺を見る目が変わったのはいくら鈍い俺でも分かる事だ。
 意図的にその話題をしないように、ある時は自分から言ってみた事もあったが……それでもやんわりと話題を逸らされた。
 まるで、何も無かったかのように。

 『ルシオラ』

 短く、儚かった恋。
 世界と彼女、究極の2択。
 俺は…世界を選んだ。
 それが正しかったのかどうかは今でもわからない、でも、彼女の存在自体が無かった事のように扱われている。
 悲しかった。
 それでも、俺はこの世界でまだ生きている。
 死んでしまう事も考えた、でも出来なかった。
 彼女と俺が、命をかけて守ったこの世界だ、そこに生きる事を否定してしまってはこの選択をした意味が無くなってしまう。

 それでも、過去に戻れたら…。
 総てをやり直す事が出来たらどんなにいいかと思った。
 過去に戻る、これがどんなに重い事かは、バイト先の上司やその母親の例を見てよくわかっている。
 葛藤の日々が続いた、尤も、表面上は明るく装っていたので誰も気付いてはいないだろう。
 ただちょっと、様子がおかしいくらいは思っていたかもしれないが…。


 そんな中、「彼女」と再会した。
 

 彼女──… 人狼の「犬塚シロ」という女の子は、俺の事を「先生」と呼び慕ってくれていた。
 昔、人狼族の「犬飼ポチ」という奴が起こした事件によって2人は出会った。
 自分より上手く霊波刀が使える横島を尊敬し、いつしか2人は師弟関係となった。
 再会した時、少し大きくなった彼女を見た時には俺は何とも思わなかった。
 妖狐の「タマモ」との一件が終わって、彼女(達)は俺のバイト先に住み込む事になった。
 はじめのうちは、毎日散歩をせがまれ少々うっとうしく感じていた所もあった。
 でも、その純粋な気持ちや素振りを見ているうちに、悲しみに暮れていた俺の心に変化が起きた。
 彼女は、あいつは、「あの事件」については知らない。
 だからこそ純粋に俺に近付いてきてくれる、それが嬉しかった。
 いつかは話さないといけない事なのだろう、でも、俺を見る目が変わってしまう事が怖かった。
 今はただ、ルシオラのいなくなったこの世界に楽しいと思える事があるのが嬉しかった。
 最近では、散歩についていった先で一緒に修行をしたりしている。
 尤も、彼女の気持ちを横島は「弟子が師匠を慕い敬う。」くらいのものだと思っていた、相変わらず肝心な所で横島は鈍い。



 そんな、ある日の事──。
 いつも通り、シロと一緒に散歩に出掛けて、家に帰る。 たったそれだけの事だった。
 
 ───…それだけの筈だった。








 − 白き狼と不思議な世界 −



第一話 「 1人と1匹 」






「う……?」

 気がつくと、俺は何処かの部屋に居た。
 何だろう、頭が痛い…。

 頭の中がモヤモヤする、何処にいるのか、何故ここにいるのか、色々考えてみたが何も思い出せなかった。

 徐々に目が慣れてくる……ちょっと狭くて、それでいてボロい…。

「あれ……?」

 部屋の形に見覚えがあった、そうだ、ここは俺の住んでいるアパートの部屋だ。
 でも、奇妙な事があった。


 ───…家具が無い、食料や、昨日食べてそのままにしておいた筈のカップラーメンのカップも無い。

 
 周りを見渡しても何も無い、ただ、「何も無い部屋」があるだけだった。

(…部屋を間違えたかな?)

 それくらいにしか思わなかった。

 不意に、隣に誰かいる気配を感じる。
 今まで気付かなかったが、息をしている音も聞こえる。

 ふと見ると、隣には「彼女」…… 俺の弟子でもある犬塚シロが眠っていた。

(ああそうだ…、そういえばシロと散歩に行ってたんだっけ…。)

 段々と思い出してくる、確かいつもの散歩コースに行くハズだったのが、

『拙者、新しい散歩コースを発見したんでござる!』

 そうシロに言われ、ぱたぱたと尻尾を振られ、せがまれ、そっちに行く事にしたのだ。
 そして…、 そして………?

(それからどうしたんだっけ…?)

 そこから思い出せない、深い霧の中にいるような気分になった。

「ん…。」

 シロが寝返りを打つ。
 まあ、思い出せなくてもいいだろう。
 いつの間にか帰ってきて、それで部屋を間違えた、それだけの事だ。

 シロを起こさないように静かに立ち上がる、自分の部屋に戻って毛布を取ってこよう、そう思った。
 どうせここには誰も住んでいないんだ、無理にシロを起こす事もないだろう。
 もうちょっとここで眠らせておいてあげよう。
 そのまま外に続くドアを開け、外に出ようと…。

(あれ?)

 またしても奇妙な事に気がついた、この部屋のある場所が、自分の部屋のあるべき場所だったのだ。

(もしやアパートを間違えたのか…?)

 でもこの場所や景色に見覚えがある、間違いない、ここは俺の住んでいたアパートだ。
 何だろう、この違和感は……。
 
 「知っているけど、知らない場所。」

 その言葉がそのまま当てはまる感じだった。

(…そうだ、隣には小鳩ちゃんがいるはずだ、彼女に聞いてみればわかるかもしれない。)



 …



 「花戸小鳩」、俺の部屋の隣に住んでる女の子だ。
 家事や食事の支度が苦手な横島を時々見に来ては世話をしてくれたりしていた女の子。
 一度は手違いで結婚(の様なもの)もしてしまった事もある女の子。
 正確には元貧乏神で現福の神や、彼女の母親も一緒に住んでいたりするのだが…。
 今の横島が頼れるのは彼女だけだった。

 彼女の部屋のある場所まで行くと、ドアに近寄ってノックする。

 ──… コンコン。

「小鳩ちゃん? 俺、横島だけど、ちょっと話があるんだけどいいかなー?」
 
 少し待つと部屋の中で物音が聞こえる、よかった、不在では無いようだ。
 
 ──… ガチャッ

 ドアが開く、俺はてっきり小鳩ちゃんが出てくるものだと思っていた。

「あ、小鳩ちゃん? あのさ……─── え?」

 俺の予想に反して、出てきたのはメガネをかけて痩せ細った男だった。



「…………誰? ………ハッ! まさか小鳩ちゃんを狙う悪党!? おのれ! 成敗してくれる!!」

 俺はそう言いながら身構える、この野郎をとっちめてやるつもりだった。
 でも、こいつ…どこかで見た事があるような……。

「…は? 小鳩? 誰? それよりも、君、誰だ?」

 男はちょっと驚きながらも、俺を怪しむような目付きで話しかけてきた。
 かなり訛ってる言葉使い、その挙動、何か俺の記憶の中に引っかかってる事があるような…。

「あ、えっと…ここって、花戸さんのお宅では?」

 おそるおそる尋ねる、何か嫌な感じがした、でも、聞かないわけにはいかない。

「いや、違うけんども…場所を間違えてるんでねえか?」

(どういう事だ…?)

 まだ、俺には理解出来なかった。



 ───…誰も住んでる形跡の無い部屋。

 ───…いなくなった隣人。

 ───…そして見覚えのある人物。


「…もういいですか?」

 その言葉に、ハッとなる。 結構な間考えこんでしまっていたらしい。

「あ、ハイ、何か勘違いしちゃったみたいで…すんません。」

 とりあえずはそう言う事にした、それで相手も納得してくれるだろう。

「そうですか…はー、三浪もして猛勉強しても気持ちは悲しい所に、訪ねてくる奴が勘違い野郎だけとは…。」


 …三浪?
 俺の中で、小鳩ちゃんが住む前の住人の事がフラッシュバックして思い出される。
 三浪した浪人、合格して出ていった男、変わりに入ってきた花戸家…。
 何か恐ろしい夢を見ている気分になった、出来るなら覚めたい…、そんな夢だった。

「あっ、あのっ! すいませんっ!」

 閉まりかけたドアに足を挟みもう一度呼びかける、浪人は不審そうな目で俺を見ている。



「あの…、今年って西暦何年の何月何日……ですか?」

 聞いておきながら、その答えを聞くのが怖かった。
 いや、寧ろすっぱり俺の記憶している日を言ってほしかった。

「え?… えーと、今日は確か……────













 ………













 …──パタン。

 俺は自分の部屋のあったハズの場所へと戻ってきていた。
 ドアの閉まる音、しかしそれも、今の俺には聞こえてはいなかった。

 奥のほうを見る…シロがまだ気持ちよさそうに寝ている。
 ゆっくりと近付き、しゃがんでシロの顔を見る。

(可愛い寝顔だな…。)

 呆然と、何も考えられないまま、ただ俺は寝ているシロを見ていた。
 そして、暫くしてから床に座り、今までの状況を整理しはじめる。




 『え?… えーと、今日は確か……』


 彼の言った言葉を信じるとするなら、おそらく「そういう事」なのであろう。
 でも、こんな事があるだろうか?
 俺は確かにそう願っていたのかもしれない。
 こうなる事を、望んでいたのかもしれない。

 でも、何処かまだこれが夢であるような気分で仕方がなかった。



 …ちょっと自分の頬をつねってみる。


「……痛ぇ。」

 それが、ここが現実だという事の証だった。

 いっそどこかに行ってしまいたい。
 そんな俺の気持ちも、隣で寝ているシロの寝顔を見る事によって現実へと引き戻される。


「ん…。」

 シロがまた寝返りをした。
 何処からか風が吹いてきて、シロの髪を揺らした。


(はは…。 何てこった…、俺一人ならまだしも…シロを連れてきちまった、って事か……。)


 乾いた笑いが漏れる。
 

 俺…横島忠夫と……犬塚シロは……

       …「過去」へと迷い込んでいた……。


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