「いやー、凄かったねー」
大迫力のファンタジーかSFの映画でも見たように興奮した様子で優希はそう言った。
それを見てピートは不思議に思って尋ねる。
「綾見さんはああいうのは見たことないんですか?」
「うん、私はGS目指しているわけじゃないから実際に霊能力使っての戦いなんて、ほとんど見たことないんだ」
その言葉にピートは驚いた。除霊委員に入っているのだからてっきり彼女もGS志望だと思っていたのだが。
「GS志望でもないのに除霊委員をやっているんですか?」
そんなピートの質問に優希はちっちっちっ、と「わかってないなー」と言うように指を振る。
「保険委員が皆医療関係の仕事に就くってわけじゃないでしょ。私が除霊委員に入っているのは将来何か霊障にあったとき、間違った判断をしないためだよ」
やはり幽霊などはうそ臭いと思っている人が多いためであろうか、伝承や伝説などを調べるといったものは除外すると一般人が本格的なオカルト知識を得ようとすることはほとんど無い。そのため霊障はほとんど全てがGS任せになっている。
専門家に任せる、という傾向は間違っていないのだが頼り過ぎているために起こる弊害もある。例を挙げるならば何らかの封印をそれと知らずに壊してしまったり、前兆があるのに知識が無いためそれに気付かず、大規模な霊障が起こってしまうといったことが度々起こる。
そういった無用な危険を避けるためにも少しずつではあるがオカルトの一般化も進んでいる。イギリスのオカルトゼミではGS関係者以外でもそのゼミを受けている人がいる。
だがそんな集団の中ではなく、個人でそういう考えを持って動いている人間がいるとはピートは思ってもいなかった。そして彼はその驚きを素直に声に出す。
「すごいですね」
その言葉に優希は照れたように慌てて手を振って否定する。
「そんなに感心しないでよ。そんな大仰な理由は表向きだけ、元々入ったのは流れだったし。それでも続けてるのは単に今こうやって除霊委員やってるのが楽しいからだよ」
花が目一杯開くようにその感情を全てを表すように彼女は微笑む。
その言葉を聞いてピートは優希のその感情がどういうものか何となくわかった気がした。 彼が高校に入ったのはオカルトGメンになるのに必要だったからだ。GS資格を取ってGメンに応募しようとしたとき、『要・高卒資格』というのを見つけたとき、目的に遠回りさせられたような気がして少し苛立ちもした。勿論すぐにしかたない、と思い高校へ入った。
だが今はそのことをむしろ感謝している。少々の遠回りが何だというのか、自分が悠久の時を生きる種族、バンパイアだからなどではない。もし自分の寿命が短かったとしても自分が今ここにいるこの時を飛ばしてGメンに行きたいとは思わない。むしろ高校に入ることがなかったら、と思えば悲しくなるほどだ。それほど彼は学校生活というものを楽しんでいた、いや充実させていたというべきか。
だからピートは自分と同じように今というものを大切に思っている言葉を聴けたことが、自分と同じように感じている人がいることを知って嬉しさをを感じていた。
(なんや、もう仲良うなってるな)
横島の手当てを終え、救急箱の中身を片付けていた夏子は親しそうに話しているピートと優希を見てそう思った。彼女とは高校に入ってからの付き合いだが本当に人と話すのがうまいと思う。そういう技術があるとかではない。「楽しく生きるのがモットー」と言う彼女の選択肢には遠慮や物怖じというものはほとんどない。理由は簡単、楽しめないからだ。そんな彼女だから会話も楽しいものとなり、初対面の人とでも親しくなれる。その方が楽しいから彼女も喜ぶ。
そういえば除霊委員結成で一番はしゃいでたのは彼女だった。やはりあれも楽しかったのだろうか……
そんな昔のことを考えてると突然声が聞こえた。
「なんだ、もう終わったんか」
夏子はいきなり聞こえてきた声に体をびくりと震わせる。声がした方を見ると彼女の師匠である神主と陰念がいつの間にか部屋の入り口に立っていた。
「師匠、もう帰ってきたんですか?」
「社で刀に憑いとったもんを除霊しただけやからな。すぐ戻る言うたやろ」
そう言われて思う。ここから社まではそう遠くない。霊力を使って、しかもあんなに派手に戦っていたら当然気づいてるはずだ。
「まあ喧嘩すんのは若くて元気のある証拠や」
それだけ言うと神主はにっ、と大らかな笑みを浮かべたので夏子はほっとした。喧嘩くらいで目くじらを立てる人ではないとわかっているがそれでももしかしたら、と思ってしまうのだ。
そして鬼道もすぐに神主が来ていることに気づいて皆に座るよう促したので夏子も横島の横に座り、ほかの面々も座る。机も椅子も無いが(一人例外あり)ちょうど教室の生徒と先生のような位置関係となる。また。当然というかなんと言うか横島と盾志摩はなるべく遠くになるよう座っている。ちなみに陰念も彼らから離れて、後ろの方に座った。
とりあえず全員が座ったのを見計らって神主が自己紹介を始める。
「興院道彦や、今回は君たちの講師役みたいなことをすることになった、よろしくな」
その気さくなしゃべり方と表情から初対面であった東京からの面々に多少あった緊張が解ける。
「さて、除霊委員の仕事と言うてもプロのGSと違って危険なことをすることはそう無い」
ちなみにここに二人GSがいるがこれは例外と解っているので特に何も言わない。
「やけど危険や無いからと言っても除霊するのが簡単ということは無い。君たちはどんなんが思いつく?」
話題を振られ、考える横島達東京チーム。真っ先に思い浮かぶのは彼らの最初の仕事。
「やっぱメゾピアノだよな」
「ピートくんが退治したのよね」
「あれは凄かったですノー」
そんな同僚の言葉を聞きながらピートは居心地の悪さを感じていた。
妖怪メゾピアノは確かにピートが退治した。ピートのピアノ、と言うよりも音楽の特殊な、いや特異ともいえるその実力によってメゾピアノは退治された。
あの時、何故自分はあんなに自信満々にしていたのだろうか? 今、思い出すととてつもなく恥ずかしい。
と、そんなピートの心の葛藤は置いておいて彼らの会話に夏子が入ってくる。
「横島のところにもメゾピアノ出たん?」
「夏子の方にも出たのか?」
メゾピアノは学校を渡り歩く妖怪である。別に横島の学校以外に出てもおかしくは無い。
「うん、最初はなんだか解らなかったけどなんとか話せるようになってね、それで説得しようとしたんやけど、あいつ『僕より美しくないものの言うことは絶対きかない』とか言い出したから盾志摩がキレてな」
「ほおぉぉぉ〜、どっかで聞いた話だなぁピート」
横島がにやにやとしながらピートの方を向くとピートは明後日の方を向ける。しかしその先にはタイガーの顔があった。いつかと同じような獲物を狙う獣の眼だ。
そんなわけで再び顔を別の方へと向ける。その先にいた愛子と目が合う。しかし彼女は先の二人とは違い彼を責めるような目はしていない。むしろその瞳は「別にちょっとくらい自分に自信を持っててもいいじゃない」と言ってるようで、子供を慰めるような感覚を覚えてしまう。
しかしその慰めに対してピートは先ほどの男子二人よりも余計に恥ずかしさを感じて「ぅぅぅ」と呻いてうつむいてしまう。やはり男子と女子の言葉は重みが違うらしい。
そんなピートを見て「どうしたのだろうか?」と思いながらも別に気になることがあるのでそちらを優先する。
「それでどうやってあいつを退治したの? あいつ弱いけどしつこいから簡単には行かなかったと思うけど…」
「ウチは何にもやってへんよ。やったのはゆーちゃんや」
「私も何もしてないよ」
愛子の質問に夏子はパタパタと手を振って優希に話を振ると彼女もまたパタパタと手を振ってそれを否定した。
「ただその時期、音楽の授業でピアノ使わなかったからちょっと業者呼んで音で出ないようにしてもらっただけ。そして三日くらいしたらいなくなったみたいだからまた業者呼んで元に戻してもらっただけ」
「「「「「……………………」」」」」
その反則とも言える対処法に一同沈黙してしまう。夏子と盾志摩も何か思うところがあるのか微妙な表情だ。そんな中、優希だけが相変わらずにこにことした表情を崩さないところを見るとこの少女、一見するとただの明るい性格だがその中に結構太い神経持っているらしい。
余談だがピアノの音が出なくなって二日目の夜、宿直の先生が音楽室から男の泣き声を聞いたとか聞かなかったとか……
その後、委員の性質上、その数は少ないのだが自分たちの活動経験を互いに話した。ちなみに活動期間は夏子たちの方が長い(結成が一年の夏休みらしい)ので必然的に大阪チームの話の方が割合としては多くなった。
その中で愛子が自分の知ってる学校妖怪の話を聞いて懐かしがったり、元々真面目なピートと勉強のために来た銀一が熱心にその話を聞いて話は弾んだ。そして話が弾めばやっぱり横島と盾志摩が喧嘩を始めようとするが道彦がその間に入ると、さすがに二人とも自分よりはるかに大人な雰囲気をもつ彼には逆らえないのか二人ともおとなしく矛を収める。
また話の合い間に道彦が学校でよく起きる怪奇現象のパターンやその対処方法など除霊委員にとって役立つ知識を教えたりもした。
「あ、もうこんな時間や」
鬼道が自分の腕時計を見て驚いた声をあげる。いつの間にかもう日が沈む時刻になっていた。
「おお、本当やな。いや時間が経つのは速いものですな」
道彦も時計を見てそう言った。
「本当に今日はありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ楽しませてもらいましたわ」
大人らしく互いに礼の言葉を交わす二人。特に道彦の顔は満足そうであり、名残惜しそうでもあった。今回の催しは彼にとっても充実したものであったのようだ。
礼も終え、鬼道の指示で部屋から皆が出て行く。
ただその中で横島、タイガー、ピートは道彦に呼び止められて部屋に残った。形としては三人が道彦に向かい合う形で座っている。そこには先ほどまでに和気藹々とした雰囲気は無く、代わりに微妙な緊張があった。
その原因は三人を呼び止めた道彦にあった。その顔には先ほどまでの大人の持つ大らかさや優しさというものは見えず、真剣な表情のみがそこにある。
そして少しの沈黙の後、道彦が口を開いた。
「三人は陰念のことについては知ってるんやな」
質問というよりも確認の口調で訊いてくる。
それに対して横島が頷き、ピートが続けて答える。
「前回のGS試験のことですね。俺とタイガーは直接戦いましたし」
「僕もそのことについては話だけですが聞いています」
その答えに道彦は小さく頷き、真剣な顔のまま、声に感情を混ぜながら続きを語る。それはわずかな悲しみと彼らには解らぬ深い何か……
「白龍会の会長は古い友人でな、あいつが魔族にやられたと聞いたときは悲しかったわ」
「だから、あいつを?」
「ああ、やけどそれだけやない。ワシかてもし救いようのない悪党なら何もせんかった」
そこまで聞いて横島は首を傾げる。彼が会った陰念は力に酔い、暴力をふるうことになんの躊躇いも持たない悪党だったはずだ。自分に人を見る目があるとは言えないがそんな彼を以ってしてもこの評価は間違っているとは思えなかった。
このじーさんの目、節穴じゃねーのか?、と失礼なことを考える横島の思考をさえぎるように道彦は言葉を続ける。
「あいつが入院中、ワシは何度かあいつに会い、話をした。その中でわかったんや。陰念は決して善人ではない。しかしあいつには後悔をしていた。目先の欲にとらわれて自らを堕としてしまったことを ……」
人は正しい道を歩いていくべきだという。しかし常に正しい道を選ぶことなど、ましてや歩き続けることなど普通は不可能だろう。だが人は道を間違えてもまた正しい道へと戻ることができる、間違ってしまった自分に対する後悔を持って…・・・。
後悔があるのならば人は同じ後悔をしないよう努力するだろう。それは一つの力となり人を本当の意味で強くする。
だからこそ思った、陰念がその後悔を持って生きていくのならばきっと正しい道に戻れるだろうと、そしてその助けをしてやろうと。
そう思い、しかし口には出さず別のことを語る。
「陰念は魔族との協力も未遂やったし、生き残る選択肢も他になかったことからGS協会から保護観察という形でワシが引き取ることで一応自由となった」
ここまで話して道彦は一度肩の力を抜く。これで話は終わりだ。だが彼にはまだすることがある。陰念を引き受けている身である以上、これから逃げるわけにはいかない。
道彦は話を聞き終えて神妙な顔をしている三人に向けて再び真剣な顔を作る。
「君達にもあいつに対してはいろいろと思うところがあるだろうが、どうか許してほしい」
その謝罪の言葉に横島たちは面食らい、しばし混乱したが道彦の真剣な顔を見てすぐに平静を取り戻した。
そして
「別に恨みもありませんし今さらあいつにどうこう言う気はありませんよ」
「ワシはあいつに負けましたけどそれはワシの責任ジャケン。そんな謝られることはありません」
「許すも何も僕はその事件には直接は関わっていませんので何も言えません。しかし神は正しき道に戻ろうとする者を決して罰したりはしないでしょう」
三人はそれぞれ、道彦の誠意に応えるように真摯な気持ちで答えた。
それを聞いて道彦は
「ありがとう」
とだけ言った。
さて次は普通です。普通にボケます。そしてようやく他のキャラもきちんと目立たせれます(なんかへんな表現な気がする) (ときな)
ちゃんと交流会やってるなーという回でしたねぇ。 (MAGIふぁ)
一応シリアスも入ってるので笑って忘れるわけにもいきません。
交流会、どんな風にするかは悩みました(笑 (ときな)