翌日、西条は午前中に横島から連絡のあった、横島達が通学に使っている駅のそばにある喫茶店の前にいた。ウィンドウ
から店内を覗きこむと、10個ほどのテーブルがあり、3組の客が座っている。駅前という立地条件のわりに客がすくない
のは、ここが繁華街とは線路をはさんで反対側だからだろう。あまり目立たずに話しを聞くという目的にはピッタリの場所
だった。
ふと視線を感じてそちらをみると一人の学生が一番奥のテーブルからこちらをみている。彼が結城健一であることはすぐ
にわかった。ほかに学生服を着ている者が店内にいなかったからだ。腕の時計を見ると、約束の時間にはまだ10分ほど余
裕がある。
西条は店内に入ると真っ直ぐに彼が座っているテーブルに向かった。
「君が結城君だね。僕はICPOの西条だ。今日はこちらの急なお願いを聞いてくれてどうもありがとう。それにどうや
ら少し待たせてしまったようだね。申し訳ない。」
店内に声が響かぬように気を付けながら謝罪を兼ねた自己紹介をする。
「気にしなくてもいいですよ。まだ約束の時間には早いですし。それに今日はバイトも休みで空いてましたから。」
謝罪にたいして落ち着いた答えが返ってきた。西条は椅子に座り、水とメニューを持ってきた店員をアメリカンを注文し
て追い払うと改めて結城を観察した。横島から聞いた話から想像していた以上に大人びた雰囲気をもっている。たしか横島
と学年は同じだが年令は一つ上ときいていた。一年違うとこれほど違うものかとおもう。
「ここに来てもらった目的はもう横島君からきいているね。」
西条は店員が持ってきたコーヒーを口に含み、一瞬顔をしかめて自らの選択を後悔した後用件をきりだした。
「ええ。」
「じゃあさっそく要件にはいりたいんだが、その前に確認したいことがある。」
「なんですか。」
「彼女のその後の消息についてなんだが、まだ君ところにいるのかい。」
「いいえ。横島が来た日の夜、俺が寝ている間にに消えてしまいましたよ。どこへ行ったのかはわかりません。」
「だと思った。一応確認したかったんだ。それじゃあ事件について君の知っていることを聞かせてくれたまえ。」
結城は自分のコーヒーを一口飲んだ。
「横島からどんな話をきいてます?」
いきなり質問で切り返され西条はすこし驚いた。
「まあ、事件のあらましぐらいは。」
「俺の知っていることもそれと同じですよ。あいつと同じ場所で話をきいたんだから。」
「でも君は彼女と5日間一緒にいたんだろう。その間になにか聞いているんじゃないのかい。」
「彼女はなにも話しませんでしたよ。俺も巻き込まれるのが嫌だったから聞かなかったし。第一、たまに起きてニュース
を見たりする以外はほとんど寝てましたから。」
「たとえ同じ内容の話でもかまわないんだ。話す人間が違えば聞いたほうの印象も微妙に違ってくる。そういった所に重
要な発見がある場合も多いからね。」
結城は「そんなもんですかね」などと言いながらも納得したのか、事件当日からのことを語りはじめた。
結城の話をききながら、西条は彼に関する印象が妙に醒めた所のある少年というものに変化していくのを感じていた。
常に自分と相手を一歩離れた場所から観察している、そんな感じだ。
それに勘もいいようだ。先ほど自分はほかの客に聞かれることを警戒して無意識にワルキューレの名前を口に出すのを避
けた。ところが、目の前の少年は僅かな会話の中でこちらの意図を汲み取ってしまったのか、一切ワルキューレの名前を口
にしていない。
(昔の令子ちゃん?、いや、エミ君の方に近いのか。)
どちらも幸福な幼少時代をおくったとは言いがたい。結城も両親と死別している。それゆえの聡明さと用心深さであろう
か。
話の内容はワルキューレのダメージが想像より深かったこと以外は横島から聞いたのと大差なかった。新たな情報は事件
直後のワルキューレの状態。彼女は結城の部屋に転がりこんだ時、三種類の傷を負っていたようだ。右胸に貫通銃創、全身
に軽度の火傷、その後の倦怠感は精霊石の波動を大量に浴びつづけたせいであろう。これは事件現場の状況と一致する。
だが、彼女の全身に鋭い刃物のようなものでつけられた切傷は異質だった。
ワルキューレを襲った武装グループは第一撃を加えてからほとんど反撃を許さず一気に殲滅している。現場の状況からそ
の手際よさがよくわかった。だが、切傷の方からは執拗な悪意が感じられて、事件現場のプロフェッショナルな印象とはか
け離れている。これにはなにか重大な意味があるような気がするが、それが何なのかはまだ判らなかった。
「君はなぜ我々やGSに彼女のことを通報しなかったんだ。彼女が普通じゃないことぐらいすぐにわかっただろう。身の
危険については考えなかったのかい。」
結城の話が終わるのをまって、西条はこの話を聞いた者なら誰もが感じるであろう疑問をぶつけてみた。
「普通じゃない連中の全てが危険というわけでもないでしょう。横島と顔見知りなら知っているだろうけど、うちの学校
には普通じゃない生徒もいるし、時々顔をだす横島の弟子とその連れも結構皆とうまくやってますよ。」
「だが、彼女は彼らとは訳が違う。」
「たしかに、彼女に関してはへたに通報して恨みを買うよりさっさと傷を癒して出て行ってもらったほうが安全だと思っ
たのは事実ですが、そんなに悪い奴にもみえませんでしたよ。」
「でも傷が癒えればおとなしく出て行ってくれるという保証はなかったのだから、君の判断はすこし軽率だったんじゃな
いかな。」
「確かにそうかもしれませんね。」
自らの行為や考え方を否定された場合、結城ぐらいの年令だと多少むきになるものだが彼はあっさり自分の非を認めた。
「詳しいことはいえないが、彼女や彼女の仲間は今のところ人間の敵ではない。だが少なくとも我々の味方ではないこと
は確かなんだ。このことは良く覚えておいた方がいい。」
「わかりました。」
西条はすでに冷えてしまったコーヒーを口にすると時間を確認した。すでに1時間が経過している。そろそろ潮時だった。
「最後にひとつ。最近、君のまわりで何かかわったこと、たとえば見知らぬ連中が家の周りをうろついていたりといった
ようなことはないかい。」
「とくにないです。」
結城の答えにひとまず安心すると、西条はなにかあったらここへと言って名刺と封筒を渡して立ち上がった。
「今日はわざわざ時間を取ってくれて本当にありがとう。その封筒は今日のお礼だ。僕はこれで失礼するけど、帰りにな
にか美味い物でも食べていくといい。あと、ここのコーヒー代は僕が払わせてもらうよ。」
結城が無言でペコリと頭を下げたのを確認して西条はレジへ向かい、二人分の支払いを済ますと店をでた。心のなかには
ワルキューレの傷と結城という学生に感じた微かな違和感がいつまでもひっかかっていた。
ワルキューレを襲ったやつもそろそろわかるかな? (ミネルヴァ)
各章の評価は「B〜D」です。 (みかん)
毎回私の駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。遅筆故なかなか話が
進みませんが、なんとか次くらいから徐々に物語の核心に入っていく予定ですので
これからもよろしくお願いします。 (K&K)
読みづらくて申し訳ありません。仕事等の都合私には上今の量およびペースでの投稿が
精一杯です。なるべく長くするつもりではおりますが当分の間ご容赦ねがいます。 (K&K)
大変かもしれませんが頑張って続きを投稿してください。 (サシミ)