椎名作品二次創作小説投稿広場


黒き翼

始動2


投稿者名:K&K
投稿日時:04/ 9/27

 「やあ、令子ちゃん、相変わらず賑やかだねここは。」

 「どうしたの西条さん、その格好。」

 令子が驚いたように目を見張った。

 『うっ、なにこの匂い。汗とタバコとコーヒーと・・・・』

 『さっ、西条殿、ここに来るときはシャワーぐらい浴びてきて欲しいでござる。』

 西条はネクタイも締めず、その顔は無精ひげに覆われ、目の下にはうっすらと隈が浮いていた。先程まで口喧嘩をして
いたシロタマは鼻を抑え、少しでも遠ざかろうと部屋の奥の壁にはりついている。

 「シロちゃん、タマモちゃんすまないね。今週はずーっと事務所に泊まりこみで証拠の分析に追われてしまってね。で
  もそんなに臭うかい?」

 クンクンと鼻をうごめかして自分の体臭を確認する。

 「この子達は特別よ、たいしたことないわ。ところで何しに来たの?」

 「実はこれといって用があるわけじゃないんだが、なんとなく此処にくればいいことがあるような気がしたのと、息抜
  きをかねて令子ちゃんの顔をみにきたのさ。」

 「用がないならこんな所で油売ってないで、さっさと戻って仕事をしろ。この税金泥棒が。」

 横島が聞こえよがしに呟く。

 「税金を払っていない君にそんなことをいわれたくないね。それに僕は給料ぶんの仕事はしているつもりだ。君の方こ
  そ学生がなんでこの時間に此処にいるんだ。さぼってないでさっさと学校へ行きたまえ。君の成績じゃ出席日数が足
  りなければ即留年だろう。そうなったらナルニナのご両親が悲しむぞ。」

 「ケッ、余計なお世話だ。」

 「まあまあ二人とも、こんな所でケンカなんてはじめないでください。」

 嫌味の応酬が始まりそうな気配を察知したおキヌがあわてて飛んできた。

 「はい、西条さん。」

 紅茶のはいったカップを手渡す。

 「ありがとう、おキヌちゃん。」

 「証拠の分析って言うとやっぱり六日前のあれ?」

 おキヌからカップを受け取りながら令子が西条に訊ねる。西条は一口飲むと答えた。

 「そう。あの現場から押収された大量の弾丸や薬莢、精霊石の破片なんかの分析の真っ最中さ。」

 「で、何か解ったの?」

 「ああ、少なくともあの日起こったことはまさに戦闘と呼ぶべきものだということくらいはね。」

 「ほかには?」

 「まあ、まだ可能性にすぎないんだが何点かね。」

 「たとえば魔族軍が関与している可能性とか?」

 西条の目が微かに細まり、覗きこむような令子の視線を受け止めた。

 「その情報はまだ表にでていないはずなんだが…。令子ちゃん、何か知っているのかい?」

 「一方の当事者の名前くらいは。」

 「その情報、もしよければ聞かせてくれないか?、もちろんただでとは言わない。僕のポケットマネーの範囲で相応の
  お礼はさせてもらうよ。」

 「別にお金はいらないわ。そのかわりオカルトGメンに貸し一つよ。」

 「君に借りを作るのは少々怖い気もするが…。」

 「いやならこちらも無理にとは言わないけど。」

 「いや、今はどんな情報でもほしいんだ。ぜひきかせてくれたまえ。」

 令子は紅茶を一口すすり喉を潤した。

 「西条さんはもう気がついていると思うけど、この件には魔族軍が関っているわ。」

 「現場には魔族軍仕様の薬莢や聖霊石弾の破片も多数散乱していたからね。ただ、最近は魔族軍の軍事物資も闇ルート
  を通じてかなりこちらに流入しているらしいから、それだけで一概に魔族軍の関与があったと決め付けるわけにはい
  かないよ。」

 「そのことは私もママから聞いているわ。でも今回の事件に関して魔族軍の関与は確実よ。なにしろ横島くんが魔族側
  の当事者から直接話しをきいてきたんだから。」

 「魔族側の当事者って、もしかしてワルキューレかい?」

 「あたり。詳しいことは横島君がはなすわ。」

 「えっ、オレッスか?・・・、ったく面倒なことはみんな人におしつけるんだから。」

 「なにか文句ある?」

 「いえ、ないっス。」

 横島はいかにも面倒くさそうに、結城の部屋で傷を負ったワルキューレに会い、文殊で治療したこと。その際、彼女か
ら任務遂行中にあの事件に巻き込まれて負傷したと言われたことなどを話した。

 「魔族軍の特殊部隊が人間に襲われて全滅しただと・・・、信じられないな。」

 西条は驚愕の表情で首を振った。

 「でもワルキューレは相手は戦闘のプロだったって言ってたぜ。」

 「もしそれが本当だとして、そんなことができる戦闘部隊は日本はおろか世界中を探してもごく限られているはずだが
  ・・・。まあそれは後で調べるとして、彼女は他に自分の任務についてはなにか言っていなかったかい。」 

 「こちらに逃亡した魔界の過激派を追っていたって言ってたぜ。」

 「過激派の逮捕ね・・・。おそらくそんな単純な話ではないだろうな。」

 「どういうことだよ。」

 「今、政府のお偉いさん達は魔族の活動に対して非常にナーバスになっていてね。まあ、あの闘いからまだ一年しか経
  ってないから無理もないんだが、現在判明している魔界とのチャネルを全て封鎖してしまえなどと言っている連中も
  いるらしい。」

 「そんなことしたら、人間界での神魔の均衡が崩れてそのままハルマゲドンに突入なんてことにもなりかねないわね。」

 令子が呆れたようにはきすてる。

 「ああ。当然その辺の事情は(美知恵)先生もよくご存知で、終戦直後から唐巣神父と一緒に単純バカどもをなだめて
  まわっておられたよ。」

 西条は横島の表情をチラリと確認してから言葉を続けた。

 「魔族側もそのへんの事情を良く理解していてこちらを刺激したくないと考えたんだろうね、此処のところ人間界では
  魔族軍は全く活動してなかったんだ。ところがそんな状況があるにもかかわらず、正規軍を動かしたということは、
  なにかそうせざるを得ない事情が発生したと考えるべきなんだろうな。もっともこれは僕のカンだけどね。まあ殺さ
  れた森村の背後関係を洗っていくうちにその辺の事情は明らかになるだろう。」

 「ワルキューレはどうするんだ?」

 横島は幾分硬い表情で西条に訊ねた。

 「放っておくさ。」

 西条はお茶を啜ると放り投げるようにつぶやいた。

 「本来ならこの件の重要参考人として話しを聞きたいところなんだが、おそらくもう結城という学生のところにはいな
  いだろう。そうなると彼女を探し出すのは不可能に近い。我々にはそんな事に人を割くほど人員に余裕はないし、魔
  族と事件との関わりについても、ワルキューレを捕まえて聞き出すよりは森村の線を洗ったほうが早く明らかになる
  さ。死者は逃げないし嘘もつかないからね。」

 横島の表情が安心したように和らぐ。西条はそんな横島の顔を真正面からみつめると、さらにことばをつづけた。

 「ところで横島君、君に頼みたいことがあるんだが。」

 「ワルキューレを匿っていた結城という学生のことなんだが、なるべく早いうちに会って話しを聞いておきたいんだ。
  彼がどの程度この事件に巻き込まれているのか確認しておきたいし、場合によっては我々で保護することになるかも
  しれない。そこで君に、明日の放課後でも会いたいと彼に伝えてほしいんだ。」

 「そんなことお前が学校にきて直接伝えりゃいいだろ。」

 「いや、彼の安全を考えるとまだあまり表ざたにしたくない。」

 横島は暫く考えたのち、しかたなさそうに、わかったよと答えた。

 西条は、連絡はここへ、と言って自分の携帯電話の番号を書いたメモを横島へ渡すと大きく伸びをして立ち上がった。

 「さて、貴重な情報も手に入れたしそろそろ仕事にもどるとするか。それじゃあ令子ちゃん、お礼はいずれ機会をみて
  させてもらうよ。」

 「期待してるわ。西条さん。」

 令子はそう言うと西条を見送るべく立ち上がった。俺には何の見返りもなしかい、と横島は聞こえよがしに呟いたが
あっさりと無視される。まあいつものことなので特に気にもせず、このあと家に帰ったらもう一眠りするかなどと考えてい
ると、口喧嘩が終わったのかシロが声をかけてきた。

 『先生はこの後はどうするんでござるか?』

 シッポがプロペラのように回っている。何を期待しているのか一目瞭然だ。

 「すまんがサンポならひとりでいってくれ、シロ。ここんところ徹夜続きで疲れているんだ。いいかげん休まんと本当に
  死んでしまう。」

 横島はキッパリと言い切った。

 『えー、一人じゃつまんないでござるよ。』

 シロは子供のように頬をふくらました。

 「んならタマモといけばいいだろう。」

 『あたしに振らないでよ。シロのサンポにつきあったら身が持たないわ。』

 『そうでござる。グータラ狐には狼とはりあうなんて無理でござる。』

 『あたしは体力だけがとりえのバカ犬とはちがうのよ。』

 『今日のサンポは短めにするでござる。だからねっ、ねっ、いいでござろう。』

 まるで犬が飼主に甘えるように無邪気に抱きついてきた。

 「そういって短くなったことなんざ今まで一度もないだろう。顔を舐めるな。」

 ペロペロと顔をなめようとするシロをなんとか引き離そうとするが、いかんせん人狼と人間では力が違いすぎてどうにも
ならず、顔をそむけるのが精一杯だった。

 「シロちゃん、横島さんは本当に疲れているの。お願いだから今日は休ませてあげて。」

 ジタバタしているところに、カップを洗いおえたおキヌがもどってきた。

 『うっ、おキヌどのにそういわれてはしかたないでござる。今日は我慢するでござるよ。』

 シロは抱きついていた腕をはなすとションボリとうなだれた。シッポもダラリと力なく垂れ下がる。

 (しょーがねーなぁ。)

 その様子をみて横島は胸の中でつぶやいた。

 「ほら、そんなに落ち込むな。アパートまでなら付き合ってやるから。そのかわり長居しないですぐかえるんだぞ。」

 『ハイでござる。』 

 とたんにシロの顔が輝いた。

 「横島さん無理しないでくださいね。」

 おキヌが心配そうに声をかけてきた。

 「大丈夫だよ、おキヌちゃん。」

 『横島、シロに甘すぎ。そんなんじゃ権勢症候群になっちゃうわよ。』

 『失礼な。拙者飼い犬ではござらん。』

 タマモの軽口にいつものようにシロが噛み付いたところに、令子が玄関がら戻ってきた。

 「横島クン、今後もしワルキューレがなにか言ってきたら、一人で動く前に私に報告しなさい。いいわね。」

 珍しく真剣な顔をしている。

 「いいっすけど、なんでですか?」

 金にはなりそうもない事件に令子が首を突っ込もうとするのが珍しくて思わず聞き返す。

 「なんかいやな予感がするのよね、この事件には。でもアンタのことだからワルキューレから助けを求められればなんに
  も考えずに行動しちゃうでしょ。」

 「へっ、それって俺のことを心配してくれているってことっすか?」

 「バッ、バカいわないでよ。そんなわけないでしょ。あんたが巻き込まれれば私は師匠としてほっておく訳にはいかない
  し、挙句の果てに余計な出費がかさむのがいやなだけよ。」

 令子は微かに顔を紅く染めながら慌てて弁解めいたことをいった。だがそれは既に横島にはとどいていない。 

 (美神さんが俺のことを心配している・・・。これはもう俺に対する愛の告白にちがいない!

   『ああ横島君、私、貴方のことが心配でたまらないの。お願いどこにもいかないで。』

   『心配しなくても大丈夫だよ令子。俺は君をおいてどこにもいかないから。』

   『うれしいわ横島君。私、貴方を愛してる。』)

 横島の頭のなかはすでに都合のいい妄想でいっぱいになっていた。彼には令子がその大きな瞳を潤ませて自分を見詰てい
る姿が見えている。

 「おれも愛しているよぉ!令子ぉ!」

 横島の叫びはしかし、「メキャ!」という骨が骨を打つ少し湿った音にかき消された。思わず目を瞑ってしまったおキヌ
とシロ、タマモがそーっと目をひらくと、ルパンダイブを敢行した横島の顔面を、無造作に振り上げた令子の右拳が空中で
きっちり捕らえている光景が飛び込んできた。さらに、シロには令子の拳頭が顔面最大の急所、人中に正確にめり込んでい
るのがわかった。

 (いくら先生でもあれはやばいでござる。へたすると死んでしまうかもしれないでござる。)

 シロの懸念を裏付けるかのように、床に落下した横島の身体はヒクッヒクッと不規則に痙攣している。

 『今日のサンポ、諦めた方がよさそうねシロ。』

 タマモのセリフが妙にのどかに響く。

 「あああ、横島さん!」 『先生、お気を確かに!』

 慌てて駆け寄るおキヌとシロを横目に見ながら令子は溜息をついた。

 「ったく、いつまでたっても成長しないんだからこのバカは。こんなんじゃ私を呼び捨てできるようになるのは当分先の
  話ね。」

 幸い横島は本人の生命力とおキヌとシロによるヒーリングの甲斐あって、いつものように「あー死ぬかと思った」という
セリフとともに息をふきかえした。


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