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迷子の中年

逃亡


投稿者名:ちゅうじ
投稿日時:04/ 9/20

夜が明けても警戒は怠らなかったが、追跡者が追いついてきた様子は無かった。
男はようやくそのことに安堵し、全身の力を抜いた。

「やれやれ、ストーカーがストーカーに追われるとはね」

まったく、なんて世界に来てしまったのか。
そうして昨日のことを思い出した。



帰れないという事実に絶望し、長いこと呆けていたのだろう。
押し殺された殺気を感じた。誰か近付いてくる。
誰か来たことはありがたい。そのことで気持を切り替えることができた。
一人でいてはきっとつぶれてしまっただろうから。

状況を把握する。何者であろう?
こちらに来て半日とたっていないのに…相手の目的はおそらく自分だ。
一人か、いや二人か?
自身が張った結界が邪魔で、うまく気配を探ることができない。
対抗策を練る。幸いにしろまだ時間はある。
相手によるが一般人を装うことも考えた。
なにも知らないといえば、案外そのまま終るかもしれない。
いやいや、その考えを否定するように首を振った。
この結界には気づいているだろうし、ここで何かがあったことは霊力の残滓から推定できる。
この世界での自分の立場はきわめて微妙だ。
身分証の偽造などやらなかったから、おかしいと思われても証明できない。
結局怪しまれる可能性が高い。

だとすれば

結論に至った後の行動は早い。
今の霊力では戦うことなど覚束ない。待ち伏せて一撃を食らわせ、逃げるしかなかった。
霊力はほとんど回復していない。しかし微々たる霊力でも、なんとか目くらましにはなるだろう。
ただ、それだけでは足りない。
何か無いかと服を弄る。
指先に紙の感触がある。覚えはなかったが取り出してみた。
宛名を見た瞬間驚く。過去の彼女へとあてた手紙だった。
外側からでも球状のものが入っているのが分かる。自分の切り札が何故こんなところに?
躊躇いはあったが封を切った。素早く便箋に目を通す。



読み進めるうちに、泣きたい衝動に駆られた。
ポツリポツリと文字がにじんだ。

「いつまでも泣いてんじゃない!」

彼女がいればそう怒鳴られただろう。
けれどしかたがないではないか、この手紙は反則だ。


しばらくして、なんとか落ち着いた。
彼女には申し訳ないが、中身は有効に使わせてもらう。
何としてでももとの時間軸に戻るのだ。手紙を読んだことで多少の気力も湧いてきた。
自分だけでは無理だった。しかし第三者の協力があればなんとかなるかもしれない。
根拠も何も無いがそう思うしかなかった。



時間がすぎた。相手は結界に触れるか触れないかという位置に来ている。
自分がいることは気づかれていない。
そのまま引き付けて、タイミングを計る。
もう一息、というところで歩みが止まった。
相手は戸惑ったような動きをしている。
気づかれたか!?
躊躇している暇は無かった。

3,2,1、……!!

短くカウントを取り、一気に飛び出した。
星明りしかないが、なんとか相手の位置は分かる。どうやら二人組みらしい。
そのまま切り札を叩きつける。
直接的な威力は無いが、感覚はおかしくなったはずだ。
そのままの勢いで横をすり抜けようとしたが、相手は相当な実力者らしい。
自由が利かない状態で、うなりをあげる一撃を叩き込んできた。
それを受けて体が軋みをあげた。倒れるわけにはいかない。
なんとか踏みとどまり山道を駆け下りた。



それからどうやってここまで来たかは曖昧だった。
後ろから殺気が迫ったくる。小動物のように怯え、人ごみに紛れ込んだ。
気配が遠のいたときは安堵のあまり、通行人に支えられる始末。
神社の軒下に入り、やっと腰を落ち着けることができた。
ここにも結界が張られていたから、外からは見つけにくいはずだった。
そして考え出す。タバコをふかしながら呟いた。

「いかんせんどうすればいいかな?」


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