椎名作品二次創作小説投稿広場


迷子の中年

調査官


投稿者名:ちゅうじ
投稿日時:04/ 9/20

地上五階地下四階という、神界にはめずらしい建物がある。
一般人は入ることもできないこの建物で、つんざく音が鳴り響いていた。

「人界のP140―43にて、空間に穴が開きました」
「魔界からか?」
「いいえ、これは…次元門です!」

その言葉を聴いて緊張が走る。次元門は別次元に繋がる穴だけに、扱いには注意を要する。
数万年前には世界が滅びかけるほどのの災厄が、こちらの世界に迷い込んできたことがあるらしい。

「推定される直径は五メートル以下。二十時間以内に自然消滅すると思われます」
「直ちに修復作業に入れ。LEVEL3が発生したと局長に連絡しろ」
「周辺での霊的質量増加しています。現在観測されたのは2000±100です」

そのあとも次々に連絡が入る。なんとか閉塞することに成功したようだ。
そのニュースが入ったことで、ほっとした空気が流れてきた。
集まったそのデータを分析する。部下と検討しているうちに、局長が入ってきた。
時計を見れば発生から一時間もたっていた。敬礼しようとしたがそれは局長に遮られた。

「挨拶などせんでいい、それで状況は?」

局長は貴族ではなく、生え抜きの調査官だった人だ。
さすがにその判断は早い。データを見て瞬時に状況を悟ったようだ。

「自然現象だと思うか?」
「観測データからはそう予想されます。人為的に生じたものではありません」
「ここ何十年も次元門なんてお目にかかってないからな」

次元門が発生する確率は低い。
ここに勤務して百年にもなるが、その間に発生したのは一度しかなかった。

「問題は何が入ってきたかだ」
「質量から見てたいしたものじゃありません。私見ですが霊的密度の濃い空気が入ってきた可能性が高いと思います」
「理由は?」

自然発生であっても、何者かがそれを利用する可能性はある。
しかし、この短時間で行うには無理があるだろう。
門が開いたところで、それを超えるには莫大な力が要るのだ。
その準備には時間がかかる。そのように説明した。
局長も同じ意見だった。説明を求めたのは自分の考えを補強するためだったのだろう。

「過去二千年の記録を調べましたが、この短時間で何者かが利用できたことはありません」
「だが万が一という可能性もある。放ってはおけまい。一番近い拠点はどこだ?」

人界の地理には詳しくない。地図を取り出して確認する。

「妙神山ですね。」
「穴を塞いだとはいっても調査官を送る必要がある。人選は任せる。すぐに出発させろ」
「武官はどうしますか?」

人界に調査官を送るときには、武官を同行させねばならない決まりがあった。局内に武官はいない。
手間はかかるが軍に協力を求めたほうがいいのではないか。そう遠まわしに言ったつもりだった。
調査官だけが行ってなにかあったときに、局長の責任を問われることを恐れていた。
副局長としていちおう逃げ道は用意しておいたほうがいい。
こちらで連れて行かないならば、現地の武官に協力を取り付けることもできる。
どちらにせよ書類が必要になり、裁可を仰ぐ必要がある。

「軍からは人を回せないと連絡を受けている。問題があれば、現地武官を派遣するそうだ」

ここに来る間に連絡を取っていたらしい。
人が回せないなんて、軍の担当者が手間の増えるのを嫌がった結果だろう。
なにかあれば自分たちの責任になるのに、馬鹿な連中だ。

わかりました。そう返事をして自分の机に戻る。
周りを見れば、大事にはならないことがわかったことで安心感したのか、力を抜く局員の姿が見える。
本来ならその行為を咎めるべきだが、とてもその気にはなれなかった。
夜通し緊張していたのでは、とても持たないことが分かっていたからだ。
そのまま勤務表を取り寄せ、手の空いているものを確認する。

「ヒャクメ調査官を呼んでくれ」



「というわけで〜。久しぶりに人界に来れたというわけなのね」

はぁ、なるほど

親友が何年ぶりかに顔を出したかと思えば、そういうわけだった。
彼女が行く場所はここからそう遠くない。
最近は修行に来る人間もめっきり減った。時間は十分にある。
一人で行くという彼女が心配で、手伝おうかという申し出をしたが首を横に振られた。

「理由も無いのに同行してもらうわけにはいかないのね。多分危険はないっていうはなしだから、だいじょうぶなのね」

許可が無ければ何もできないことが悔しかった。
そんな表情をしていたのに気づいたのだろう、彼女は笑った。

「じゃあ何かあったら電話するのね〜。………まさかと思うけど、電話が無いってことは?」

失敬な。以前、彼女に薦められて取り付けたものがある。
そう言うとあぁ、と納得したようだ。

「そういえばそんなこともあったのね。てっきりもう壊れたかと思っていたのね。だって小竜姫よく機械壊すじゃない。それに取り付けたのは十年以上前よ」

たしかに私が触れると機械が壊れる。どうしてかは分からないけど。
それでも複雑な機械じゃなければ大丈夫なのだ。

「電話があるならOKね。じゃじゃーん! これなんだと思う?」

そういって彼女がかばんから取り出したのは、黒い長方形の小箱。
たしか以前見せてもらったことのある、“とらんし〜ば〜”といったか。

「ふっふっふっ」

彼女も女性なんだから、そんな笑い方はやめてほしいと思う。
そう思ったが彼女の説明を聞いて驚いた。これが電話だというのだ。備え付けの黒電話とはえらい違いだと思った。

「わっ! これが“けーたいでんわ”ですか?」
「へへーん♪ いいでしょう♪」

人界でもまだ普及していなし、使えるところも限られているらしいが、重たい無線機を担ぐよりはずっと便利だ。
情報局にこれを導入した人はさぞかし先見の明があるに違いない。

彼女はお茶を飲んだ後で現地に向かった。

黒電話が鳴り響いたのは彼女がいなくなったすぐ後だった。
電話越しの彼女は、とんでもないものを見つけた子供のように興奮していた。


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp