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WORLD〜ワールド〜

第十三話 宴もたけなわ(2)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 9/18

「はあぁッ!」

「ふん……」

 犬飼はその手に握った八房を渾身の力を込めて振るった。
 斉天大聖老師は鼻で笑いながらその太刀を如意棒で受け止める。

「この程度の太刀筋で…ヌッ!?」

 老師はほんの少したじろいだ。
 確かに斬撃は一撃だったにもかかわらず、老師を八つの剣閃が襲ったのだ。
 しかし少々不意をつかれたものの、老師は難なく残りの斬撃を弾く。
 老師は警戒し、油断なく犬飼を睨み付けた。
 対する犬飼は薄く笑みを浮かべている。

「さすがは武神・斉天大聖老師…我が八房の一撃を易々と弾くとは、噂に違わぬ武力」

「今の一撃…なるほど、その魔剣によるもののようじゃな。なかなかにおもしろい」

 老師の顔に笑みが浮かぶ。
 特殊な斬撃を描く八房に老師は少し興味を覚えたようだ。
 体を流れる武芸者としての血が、闘いを予感し歓喜しているのだろう。
 その血の叫ぶままにゆるりと勝負に興じようとした老師だったが、直後の出来事に即座に我を取り戻した。

「この気配は…! 横島め、修行場を出おったのか!?」

 この妙神山の神格は高い。
 斉天大聖や小竜姫のような者が常駐しているのだ。
 それは当然といえる。
 その様なところに、今多くの魔族の気配が入り乱れている。
 まず間違いなくパレンツの仕業だろう。
 老師はそう判断していた。
 だからこそ、横島には自分の作った修行場から外に出てほしくなかったのだ。
 パレンツの狙いは、その横島なのだから。

「まずい…! 急いで横島の下へ行かねば…!」

 焦り、駆け出そうとする老師。
 しかし、その前に犬飼が立ち塞がった。

「斉天大聖、覚悟っ!!」

「おのれ、うざったい!!!」

 犬飼は驚異的な剣捌きで、一瞬で八回の斬撃を繰り出した。
 すなわち、老師を襲う斬撃の総計は六十四。
 まさに嵐のような斬撃が老師を襲った。

「殺った!」

 たとえ武神斉天大聖といえども、この斬撃をかわすことは不可能。
 そう判断した犬飼は歓喜の声をあげた。
 しかし――――――――

「かぁッ!!!!!」

 走る剣閃。
 金属音が『八つ』鳴り響いた。

「なんと…!」

 武神・斉天大聖は犬飼が思っているよりも遥かに『武神』であった。
 激突の一瞬、老師が発した霊気により、八房から生み出された五十六の刃は全て掻き消されてしまったのである。

「所詮、その魔剣より生み出される刃は霊気によって形作られた偽りのものにすぎん。ならばより大きな霊波にぶつかれば砕けてその形を失うは必定」

 まるでなんでもないことのように老師は言う。
 だが、物体を斬るほどにまで(それこそマリアの超合金を切って落とすまでに)圧縮された霊気を無造作に放出した霊気で破壊するなどと、誰にでも出来ることではない。
 犬飼はあきれたように声を出した。

「なんとも…なにをどうすればそれほどの境地にまで至れるのか……」

「さて…時間はかけてやれん。すまぬが一撃で終わらせてもらうぞ」

 言うなり闘気を爆発させ、老師は犬飼に向かって突進、如意棒でもって犬飼の体を貫いた。
 如意棒を引き抜く。
 犬飼の体に穿たれた空洞から、勢いよく、止め処なく血が溢れ出す。
 致命傷。
 疑う余地もなかった。
 老師はそのまま背を向ける。
 横島の気配を探り、位置を特定しようとした。
 だが、その時。
 老師の背中を強烈な圧迫感が襲った。
 それは闘気。
 魂より放たれる苛烈な生命の煌き。
 あまりに大きな闘気が、半ば質量を持って老師の背中を圧迫していた。

「なんじゃとッ!?」

 慌てて老師は振り向く。
 その瞳に映ったのは―――――

「さすが…さすがとしか言えぬよ、斉天大聖老師。今の一撃、目にも止まらなかった。恥ずかしい話だがまったく反応できなかったよ……やはり…やはり『武』では『武神』に勝てはせぬか………ならば拙者の持ちうる『暴』をもってお相手しよう! 『暴』をもって『武』を駆逐してみせよう!!」

 犬飼の姿が変貌する。
 人狼の姿から、さらに禍々しく―――――それは雄々しくさえあった。

「見よッ!! これが窮極の大神<オオカミ>、フェンリルの姿だッ!!!!」

 妙神山に、滅びた神、異形の神、在らざる破壊神が再び降りたった。







 エミがピートを捜しに、タイガーと魔理の下を去ってから数分。
 遂にタイガーと魔理にも異変は襲い掛かった。

「タイガー………」

「魔理サン、ワッシのうしろに…」

 タイガーは魔理をかばうように一歩前に出る。
 その視線の先には一見すると人のように見えなくもない、しかし明らかに人とは異なる影が姿を現していた。
 その姿は一言で言えば―――そう、鳥人間とでも言おうか。
 タイガーと魔理は、その魔物と出会ったことはない。
 故に二人はその魔物の名を、ガルーダという名を知らなかった。

「こいつ…強い……!」

「只者じゃあありませんノー」

 その佇まいから武術の類に長けている者だということをタイガーはかつて激戦を戦い抜いた経験から、魔理は積み重ねた喧嘩の経験から判断した。
 二人は注意深くガルーダの動きを観察する。
 するとガルーダの体がふいに沈み込んだ。

「フオオオオォォォォォォッ!!!!」

 響くガルーダの咆哮。

「来るッ!!」

 魔理の叫びと同時にガルーダは地面を蹴って跳躍、そのまま急降下して二人に蹴りを見舞う。
 突き出された鋭い爪をタイガーは右、魔理は左に跳ぶことでかわした。
 ガルーダは着地と同時に方向転換、そのまま魔理を狙う。

「ホワァッ!!」

「くッ…こいつ、疾ぇ!!」

 次々と繰り出されるガルーダの拳。
 時には蹴りを交え、実に多彩な動きで魔理を翻弄する。
 そもそものスピードが違う上、白兵戦の技量はガルーダの方が遥かに上だ。
 魔理が防げたのは最初の数撃のみ。
 苦し紛れに出した拳を難なくガルーダに流され、魔理は大きく体勢を崩してしまった。

「しまっ…!」

 ガルーダは貫手の形を取り、そのまま魔理めがけて突き出した。
 魔理は激痛を覚悟し、目を瞑る。
 ―――――しかし、いつまでたっても痛みはこなかった。
 怪訝に思い、目を開く。
 ガルーダは貫手をあらぬ方向に突き出していた。

「グア…?」

 ガルーダ本人も何が起こっているのかわかっていないようだ。
 貫手を出した状態のまま、辺りをキョロキョロと窺っている。
 その目には魔理の姿も映っていないようだった。

「これは一体……」

 魔理は事態を把握できず、ただ唖然としていた。
 すると、背後から声が聞こえた。
 目を向ける。
 タイガーが魔理に向かって走りながら、何事かを叫んでいた。

「魔理サン!! 今、ワッシの精神感応でそいつの視界を奪いました!! 今そいつには魔理サンの姿は見えとりませんケン!!!」

「そういうことか!!」

 魔理は未だ必死に辺りを窺おうとしているガルーダに走り寄る。
 霊力を右手に集中、裂帛の気合いと共に突き出した。

「イカスぜ!! タイガー!!!」

 魔理の右手が深々とガルーダに突き刺さった。






 フェンリルとなった犬飼の闘気と瘴気に押され、たまらず老師は数歩あとずさった。

「まさか…フェンリルとはな……。予想外じゃったわい」

 フェンリルと化した犬飼の姿はもはや妖怪というより、神というより、怪獣というのが最も適切だった。
 その全高は十数メートルに及び、その口は人など簡単に丸呑みできてしまうほどに巨大だ。
 犬飼の姿を前にしては、老師の姿は小さく、矮小ですらあった。

「さあ斉天大聖! 我が腑にあなたを落とし込んでみせよう!! あなたの血も、肉も、武も!! 全て我が血肉としてくれる!!!」

 犬飼の体毛の隙間から巨大なノミが顔を覗かせ、ぽろぽろと零れ落ちてきた。
 ざっと見渡しただけでも二、三十匹は優にいる。
 一匹一匹の力も決して弱くはない、が、老師の前では塵芥も同然だ。
 しかし、いかんせん数が多かった。
 老師が如意棒を奮い、屠っても屠っても次から次へと現れる。

「おのれ小賢しい!! 時間がないといっておるだろう!!」

 堪りかねて老師は再び闘気を爆発させる。
 それだけで老師の周りに群がっていたノミ達は全て存在を保てず消え去った。
 しかしまたどんどんと犬飼の体から現れる。

「おのれ、きりがない……!」

 再び目の前を埋め尽くすまでに布陣したノミ達を睨み付ける。
 そしてノミ達に跳びかかろうとした、その時だった。
 なんと犬飼は突如口を大きく広げ、ノミごと老師を飲み込もうとしたのだ。

「なんじゃとッ!!」

 これには老師も不意を突かれた。
 上下から迫る牙を受け止めながら、わずかに、だが確かに油断していた自分に苛立ち、舌打ちする。

「喝ッ!!」

 気合いを入れ、一気に犬飼の口を押し広げる。
 そのまま迫り来る舌を蹴り、空に脱出した。
 空中で振り返り、犬飼へと目を向ける。
 犬飼は口を広げたまま、老師の方へと頭を向けていた。

「ウオオオオオオオオオン!!!!!」

 ――――――咆哮。
 その咆哮は大気を震わし、霊力を交え、圧倒的な破壊力をもって老師に襲い掛かった。
 老師はその大気の振動に巻き込まれ、吹き飛び、岩壁に激突した。
 砕けた瓦礫が老師を覆い、埋め立ててゆく。

「クハハハハ!! 例え武神といえどもこの大神であるフェンリルには勝てぬ、ということか!! クハハ!! 拙者はあの武神・斉天大聖に勝ったのだ! 狼どもよ! 世間より隠れて日々を安穏と暮らす犬どもよ!! 誇りを取り戻せ! 大神は勝った! 武神に勝ったのだ!!」

 フェンリルの姿のまま、犬飼は高らかに笑う。
 勝利を確信して笑う。
 来たる狼の世界を予感して笑う。

 ―――――それも仕方あるまい。

 なぜなら犬飼は武神としての斉天大聖老師しか知らないのだから。
 『イレギュラー』を知らないのだから。

「調子に…乗るなよ」

 声が、響き渡る。
 犬飼は笑いをピタリと止めた。
 代わりに恐れる。戦慄する。
 まるで腹の底から底冷えするような恐怖が犬飼を襲った。
 ガラリと瓦礫を押しのけて、老師が再び姿を現す。
 服についた埃をパンパンと払い落とす。
 老師が負ったダメージはただそれだけだった。
 犬飼はただ口を開き、老師の姿を見つめている。
 気付いてしまったからだ。
 老師の力の強大さに。
 自分とはまるで違う領域にいることに。
 老師の姿が変わってゆく。
 その闘気の巨大さにふさわしい姿へと―――――
 ―――――猿神<ハヌマン>の姿へと。

「あ…あぁ……」

 犬飼は、ただ、見ていた。
 見ていることしかできなかった。








 魔理はこのまま腹を突き破れとばかりに拳をガルーダに押し込める。
 だが、ガルーダの防御力は並ではない。
 ガルーダは何事もなかったかのように魔理の腕を掴み取った。
 そうすることで、ガルーダは視界の有る無しに関係なく魔理の居場所を認識する。

「やばっ………」

 自分の犯した致命的なミスに、魔理は青ざめた。
 掴まれた腕を振り払おうとするも、ガルーダの握力のまえにどうすることもできない。というか、このまま握りつぶされかねない。
 なんとかしようとするも、なんにも事態は好転しないままガルーダの拳が魔理に向かって振るわれた。
 破壊的な力がこもった拳が魔理の端正な顔を打ち砕く―――――その刹那。
 タイガーの体がガルーダにぶち当たった。
 たまらずガルーダは手を離し、吹き飛ぶ。

「大丈夫ですか!? 魔理サン!」

「あ、あぁ。サンキュー、タイガー」

 ガルーダはまたも大したダメージは負っていないようだ。
 タイガーの精神感応がとけたのだろう。
 その目はしっかりと二人を捉えていた。

「ゴアァッ!!」

 タイガーは再び虎のような姿になり、ガルーダに幻を見せようと試みる。
 だが、ガルーダは静かに両目を瞑った。

「なっ!?」

「ど、どういうつもりジャ!?」

 狼狽し、声を上げてしまった二人にガルーダは迫る。
 その爪は正確に二人を狙っていた。

「危ない! 魔理サン!!」

「タイガー!?」

 タイガーは魔理をかばい、背中を大きく裂かれてしまう。
 ガルーダは再び目を瞑り、静かな水面のごとくゆったりと構えた。

「ぐが……!」

「タイガー、大丈夫か!?」

 ガルーダはゆっくりと目を瞑ったまま、二人の方へと向きを変える。
 二人は慌てて口をつぐんだ。

(間違いない…あいつ、気配だけで私たちの位置を探ってる)

(ワッシの精神感応が混乱できるのは視覚だけジャ。さすがに触覚まで狂わせることはできんノー)

 打つ手なし。
 二人はとにかくガルーダに位置を感知されないよう息を殺すしかなかった。







 猿神の姿になった老師は犬飼の喉笛を掴み、そのままむしり取った。
 千切られた喉から盛大に血が溢れ出る。

「ヒュー……ヒュー………」

 もはやうめき声もでない。
 声はかすれた空気となって喉から零れ落ちるばかりだった。
 不意に視界が『下がった』。
 原因は簡単だった。
 如意棒によって砕かれた前足が自重を支えきれずに崩れ落ちたのだ。
 ついで背中に打撃。砕ける脊椎。
 それが致命傷だった。

(ふはは…もはや笑いしかでぬよ。あれだけの巨体が『見えない』のだからな……くく…ははは………)

 急速に光を失う視界の中で、犬飼は冷たく自分を見下ろす老師の姿を最後に認めた。



 老師は猿神の姿から普段の姿へと戻り、ため息をついた。

「結局いいように時間を稼がれてしまったか。これが狙いだったんじゃろう? パレンツ……」

 フェンリルの姿から人狼の姿へ戻り、それから光の粒子となって犬飼は消えていく。
 老師はそれを最後まで見届けてから横島の気配を探り出した。
 そして見つけ出した。
 横島と、もう一つの気配を。

「なっ…! この気配は……!!」

 横島の気配のすぐそばにある気配。
 覚えのあるその気配に、老師は歯軋りする。

「そうか……それが狙いだったか、パレンツ!!!!」

 老師は胸の内に芽生えた敗北感を無理やりに押し込め、横島の下へと駆け出した。








 終局は、突然だった。
 タイガーの視界に小さな小さな影が映った。
 それは遥か上空から、徐々に徐々にこちらに近づいてくる。
 しだいにはっきりしてくるその形。
 小学校低学年ほどの体躯しかない。
 その『少女』をタイガーはよく知っていた。

「なんなんでちゅかーーー!? ちょっと外に出て戻ってみれば、これは一体何事でちゅ!?」

「パピリオっ!?」

 ガルーダは目を瞑ったまま突如現れたその気配を敵として認識。
 パピリオに襲い掛かった。

「ホアアアアアァァァァァ!!!!」

「なんなんでちゅか! うっとおしーーーー!!」

 パピリオの右掌から放たれた莫大な力の奔流。
 それはガルーダを飲み込み、その存在をあっけなく無に帰した。

「あ〜もう、一体何がなにやら…ん? そこのお前、見覚えあるでちゅ。確か南極でパピリオをいじめまくった奴らの一人でちゅね?」

 パピリオは服についた埃を払い落とすとタイガーに向き直った。
 タイガーは大いに焦り、魔理は頭の周りにハテナマークを浮かべている。

「一体今何が起こってるんでちゅか!? しっかりはっきりりろせーぜんと説明するでちゅ!!」

「そうは言ってもワッシにも何がなんだか……」

「なあタイガー、この子誰だ? なんでこんな凄い力を……それにいじめたって?」

「えーい早くするでちゅ! パピリオは待たされるのが嫌いなんでちゅ!! 大体なんでお前が妙神山にいるんでちゅか!?」

「ワッシはただ呼ばれてきただけで…ぐぇぇ………!」

「ちょっとアンタやめろよ! タイガーは背中怪我してるんだぞ!!」

 タイガーの襟を掴み、半ば締め上げるようにして問いただすパピリオ。
 為すがままのタイガー。
 パピリオを引っ張りおろそうとする魔理(純粋に善意からの行動なのだが結局タイガーの首を絞める手伝いをしてしまっている)。
 いつまでも続くかと思われたやりとりだったが、不意にパピリオがタイガーから手を離し、地面に降り立った。

「この気配は……ヨコシマでちゅ!! ヨコシマがここに来て……え、この気配は………」

 横島の気配を感じ、喜色満面だったパピリオは突如として押し黙ってしまう。
 そんなパピリオの変貌に、何があったのかと二人が思案していると、パピリオは急に物凄い速度で駆け出した。
 あっという間に二人の視界からパピリオは姿を消す。
 取り残された二人はとりあえずパピリオが駆けていった方向へ駆け出した。








 時間は少しさかのぼる。
 長い黒髪を持った男が妙神山を見下ろしていた。
 無論、姿を隠すための結界を周囲に張りめぐらせている。
 混乱に陥る妙神山、そこを歩く赤いバンダナの少年を認めて男―――――パレンツは酷薄な笑みを浮かべた。

「ではそろそろ切り札<ジョーカー>を切るとしよう。ふふ……横島忠夫には『彼女』を絶対に殺せはしない…………」

 最後に再び――今度は声を出して――笑い、パレンツは姿を消した。


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