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WORLD〜ワールド〜

第十二話 宴もたけなわ(1)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 9/10

 妙神山修行の間。
 かつて美神が霊力の底上げを行い、また、横島と雪之丞が斉天大聖老師と手合わせした場所でもある。
 今、そこに二つの影があった。
 ひとつは男。
 やや小柄な体、つりあがった目が特徴的だ。
 名を、伊達雪之丞という。
 もうひとつは少女。いや、実際には少女といえる年齢ではないのだが。
 右手に二又に分かれた矛を持ち、顔には笑みを浮かべている。
 とても扇情的なボディラインが特徴的であった。
 名を、メドーサという。
 浅からぬ因縁を持つ二人が、今まさにぶつからんとしていた。
 雪之丞は考える。
 体全体から余裕を撒き散らす目の前の女を見ながら思考する。
 メドーサの実力は小竜姫とほぼ互角だと聞いている。
 精神的な駆け引き、戦況を見極める目などの点を含めて総合的に見れば、小竜姫よりメドーサの方に軍配があがるかもしれないが、今それは関係ない。
 自分の力は先日小竜姫と手合わせしたときよりさらに上がっている。
 それは間違いない。確かな手応えとして感じている。
 だが、それでも自分はメドーサに勝てはしない。
 『超加速』。
 その存在がなによりネックだった。

「大きなエネルギーをもって時の束縛から逃れ、緩慢な物として時の流れを見下ろす……例えるならそんなイメージでしょうか」

 小竜姫との手合わせの後、超加速について尋ねたときの小竜姫の返答をふと思い出す。

(……反則だろンなもん)

 心の中で軽く舌打ちする。
 超加速に入られたら、その動きを自分はまったく知覚することができない。
 おそらくあの二人が竜神の中でも実力者に位置するのはその力に拠るところが大きいはずだ。
 超加速に入られたら負け。
 なんとも分の悪い勝負だ。
 こんな化け物に喧嘩売るなんてまったく馬鹿なことをしたものだ。
 無謀な自分に呆れる。
 だが後悔はない。
 どうしようもなく血が滾る。沸騰する。
 どう考えても勝ち目の薄い闘いを目の前にして、雪之丞は己の闘気を抑えるのに一苦労だった。

「ふふ…震えてるじゃないか。強がっても体は正直だねえ」

 その雪之丞の姿を怯えと取ったのか、メドーサは雪之丞を嘲笑う。
 いつ火蓋が切って落とされるやもしれぬ戦場で、メドーサはどこまでも余裕だった。

(勝機は最初の一撃!!)

 そんなメドーサの様子を見つめながら雪之丞は決意する。
 超加速を使われたら負け。
 ならばメドーサが油断しているうちに全力を持って粉砕する。
 超加速を使う暇など与えはしない。
 雪之丞はできるだけ己の闘気を外に出さぬように静かに魔装術を纏う。

「へえ…まさかアンタごときが魔装術の極意を得るとはね……でもまさか、その程度の力を得た程度で私に勝つつもりじゃないよねえ?」

 記憶の中にある魔装術とは異なるフォルムを纏った雪之丞に、メドーサは感嘆し、嘲笑する。
 雪之丞は答えない。
 静かに己の中で闘気を研ぎ澄ます。
 準備は整った。
 雪之丞は練り上げ、研ぎ澄まし、極限まで高めた闘気を爆発させる。

「雄雄雄雄雄オオォォォォォォォ!!!!!!!」

 雪之丞の体から闘気が迸る。
 大地を砕き、大気を震わせ、空間を揺らす。
 そのあまりの闘気、霊気量はメドーサにまるで雪之丞の体から焔が舞い上がっているかのような錯覚を覚えさせた。

「な…に……?」

「破ッ!!」

 大地を蹴り、雪之丞はメドーサに迫る。
 その衝撃で、雪之丞が蹴りつけた地面はまるで爆破されたかのように砕け散った。
 雪之丞の拳が正確にメドーサのこめかみを打ち抜く。
 完全に油断していたメドーサは雪之丞の動きをまったく視認することができなかった。
 腹部に衝撃。
 雪之丞の拳が今度はメドーサの腹部を打ち抜いていた。
 続けざまに背中に肘打ち。
 なんとか防御しようとするメドーサだが反応がまったく追いつかない。
 打たれた背中に意識を向けたときには雪之丞が放ったハイキックが後頭部を捉えていた。

「がァ…!」

 まずい。絶対的にまずい。
 メドーサを猛烈な危機感が灼く。
 逃れなくては。そう考えてメドーサは飛び上がる。
 だがそれは叶わなかった。
 しっかりと、破壊的な握力をもって雪之丞がメドーサの足首を掴んでいた。
 そのまま雪之丞はメドーサを容赦なく地面に叩きつける。
 再び大地が砕け、破片が舞い上がった。

「くぁっ……」

(このまま決める!!)

 仰向けに倒れたメドーサに向かって雪之丞は拳を叩きつける。
 速度を極限まで引き上げる。
 降り注ぐ拳の雨。
 それは無慈悲にメドーサの体を打つ。
 メドーサの体は地面に叩きつけられ、大地にヒビを刻みながらバウンド。
 跳ね返った体を再び神速の拳が打つ。
 それが何度繰り返されただろう。
 千? 二千? いや、その程度では収まるまい。
 もはやメドーサはまったく動こうとはしなかった。

「とどめッ!!」

 今まで放っていたものより腕を大きく振りかぶる。
 拳を硬く握りこむ。闘気を纏う。
 その瞬間こそをメドーサは待っていた。
 身体をただ打たれるにまかせ、神経を研ぎ澄まして待っていた。
 そして訪れた一瞬の隙。
 いや、それは一瞬にも満たないわずかなものにすぎない。
 それでもメドーサにとっては十分だった。
 メドーサの姿が雪之丞の視界から掻き消える。
 そこでようやく雪之丞は己の犯した致命的なミスに気付く。
 だがそれはあまりにも遅すぎた。
 崩れ落ちる雪之丞。解けて空に溶ける紅き装甲。
 彼は気付いただろうか。
 二又に分かれた矛が、後ろから己の体を貫いたことに。
 砕けた大地の破片はまだ宙を舞っていた。





 超加速をやめ、メドーサはうつ伏せに倒れ付す雪之丞の傍らに降り立つ。

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 正直、立っているのがやっとだった。
 矛を杖代わりにしてなんとか体を支える。

「危なかった…本当に危なかった……こいつ、まさかここまでの力を……」

 メドーサは最初に雪之丞に打たれた時点で、雪之丞のスピードが自分を上まっていることを認めた。
 このような判断を冷静に、即座に下せるのが彼女の強さである。
 それからは防戦につとめた。
 なんとか致命傷を受けないようにして、超加速を発動する隙をうかがっていた。
 しかし、思った以上に雪之丞は迅かった。いや、それよりも、一撃一撃が重かった。
 あと少し。あとほんの一瞬超加速の発動が遅れていたら、本当に死んでいたかもしれない。
 生まれた一瞬の隙をついて超加速を発動。
 自分以外の全ての動きが緩慢になった世界で、メドーサは雪之丞の後ろにまわり、矛をもって貫いた。
 加速した空間で、メドーサが狙いを外すことなどない。

「………」

 徐々に呼吸が小さくなっていく雪之丞。
 致命傷、だった。

「思わぬダメージを負ってしまったが…まあいい。このままでも十分…横島を切り刻むのには十分だ…」

 呟き、ゆっくりと歩き出すメドーサ。

「………っ!」

 雪之丞の体がピクリと跳ねた。
 ほんのわずかに雪之丞は意識を取り戻す。
 薄く目を開いた。

(なんだ…こりゃあ……)

 その時雪之丞の目に入ったのは妙神山修行の間ではなかった。
 夕焼けにそまったそこは――――――

(墓地……?)








 子供が泣いている。
 『伊達』と刻まれた墓石にすがり付いて泣いている。

(あれはまさか………俺?)

 信じられなかったが、墓石にすがり付いて泣いているのは確かに幼いころの自分だった。
 泣いている幼い自分を俺は第三者の視点で見つめている。

(もしかしてこりゃあ…走馬灯ってやつか?)

 乾いた笑いを上げる。
 いよいよもってやばいようだ。
 なんともあっけない、情けない最後だった。
 俺は自嘲の笑みを浮かべた。

(それにしても……)

 いつまでも墓にすがり付いて離れない少年を見て、苛立ちを感じる。

(何をいつまでもメソメソしてやがる。男だろうが。いつまでも泣いてんじゃねえ)

 過去の自分だとわかっていても、いや、わかっているからこそどうしても苛立った。
 突如場面が変わる。
 目の前に映し出された情景は、またも見覚えのあるものだった。

(ここは…白龍会か。懐かしい……)

 そこは白龍門下生が修行を行っている風景だった。
 そのなかには俺の姿もある。
 母を亡くし、一人で生きていける力を求めた。
 そして自分に霊力が、GSとしての資質があることを知った。

(それで…俺の力を見出してくれた白龍にそのまま入門して………)

 修行を終えた俺に近づいてくる影がある。
 勘九郎、そして陰念だった。
 勘九郎が馴れ馴れしく頭に乗せてくる手を、俺は荒々しく振り払う。
 陰念はそんな俺たちの様子をみて笑いを漏らしていた。

(あぁ…そうだ、そうだったな。こんな時期もあったんだな。陰念…お前は今何をしているんだ?)

 どこで間違ってしまったのか。
 やはり安易に強くなる道を、魔道を選んでしまった時か?
 場面が変わる。
 GS試験。
 ピートと闘っている時だった。

(そうだ、こいつとの闘いを邪魔されて俺は嫌気がさした。もしこいつとの闘いがなかったら俺は……)

 場面が変わる。
 横島との闘いを、心から楽しんでいる自分がいる。

(横島………)

 そこから加速度的に記憶は進む。
 自分が辿ってきた道のりを改めて見つめ、思う。

(そうだ…俺は魔道から帰ってこれたんだ。ピートや横島…それにほかのみんなのおかげで)

 感謝してもしきれない。
 そうだ。俺だけが。勘九郎や陰念と違って俺だけが。
 魔道に堕ちて、それでも帰ってこれた理由。
 脳裏に横島、ピート、タイガー、仲間たちの顔が浮かぶ。
 戦友<とも>がいたから。
 盟友<とも>がいたから。
 親友<とも>がいたからだ。

(運がよかったんだな……勘九郎…陰念……すまなかった。俺はお前等の友になってやれなかった……)

 時は進む。
 時は進む。
 そして記憶は一人の女性を映し出す。

(かおり………)

 弓かおり。
 最愛の女性。
 こいつに出会ってから、俺の中で戦う理由は変わった。
 変わって、確固たるものになった。

(そうだ…俺は。お前を守るために…)

 再び景色は変わる。
 かおりの泣き顔が映された。
 泣いている。
 大粒の涙を流して。体面を繕うことなく。
 泣き叫んでいる。

(なんだよ…何泣いてんだよ……こんなの記憶にねえぞ………?)

 泣いている。
 かおりはすがり付いて泣いている。
 すがり付いて――――――?

(あれは……俺!?)

 かおりは俺の体にすがり付いて泣いていた。
 俺の体には大きな風穴が開いていた。

(これは…俺の記憶じゃない! なんだ、これは!? まさかこれは―――――未来!?)








 その情景を最後に、世界は妙神山へ帰還した。
 ゆっくりと立ち去ろうとするメドーサを視界の端に認める。
 ようやく状況を認識した。
 認識したと同時に、体中を熱い何か、まるで炎のような何かが駆け巡る。

「ふざっけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 立ち上がる。
 垣間見た未来を否定するために立ち上がる。
 メドーサは驚愕を顔に貼り付けて振り向いた。

「馬…鹿な……」

「ぁぁぁああああ!! 否定してやる!! あいつが泣く未来なんか認めねえ!! あいつは、あいつは笑顔でいるべきなんだ!!!!」

 メドーサは今度こそ言葉を失くす。
 確かに貫いた雪之丞の体。穿たれた穴。
 その穴が、塞がりつつあった。
 雪之丞は己の意志でもって霊力をコントロール。
 傷口に作用させ、自己治癒力を高める。
 なんのことはない。単なるヒーリングの応用だ。
 その行為自体は。
 しかし、その効果が問題だった。
 その治癒力はもはや霊力で引き起こせる範囲を超えていた。
 みるみるうちに傷口が塞がっていく。
 ヒトであったならば確実に死んでいるほどの傷。いや、『死んでいなければならない』ほどの傷。
 そう、雪之丞は今この瞬間、完全にヒトの領域を超えたのだ。

「雪之丞…アンタは………」

 戦慄し、震えだす体を必死に押さえ、メドーサは声を振り絞る。

「アンタは…危険だ。なんだかわからないがアンタは異質だ。神でも、魔でもない、別の『何か』だ。アンタは…今ここで死ななければならない!」

 超加速を発動するためにメドーサは力を集中する。
 雪之丞は再び魔装術を展開。紅の鎧を纏う。

(もういい。何も考える必要はねえ。今までゴチャゴチャと考えすぎてた。『超加速』の理屈とか、ンなもんどーだっていい。要は、そう、要は、だ。時の流れを遅らせよーが何をしよーが俺から見りゃただ単に『とんでもねえ速さで動く』ってそれだけだ。見切ってやる、追いついてやる。それができりゃ、終わりだ!)

 雪之丞は仁王立ちのままメドーサを睨み付ける。
 その全ての動きを認識するために。
 刹那の瞬間すら見逃さないように。
 メドーサの体が発光。
 超加速に入ろうとしていた。

「今度こそ殺す! さすがに頭を砕かれりゃ、蘇れはしないだろう!?」

 メドーサの言葉は聞き流す。
 今は余計なことに気をとられる余裕はない。
 集中しろ。
 集中しろ。
 集中しろ。
 目を凝らせ。
 眼を凝らせ。
 見ろ。
 観ろ。
 視ろ。
 雪之丞の精神が極限まで研ぎ澄まされた時――――――
 メドーサは超加速に突入した。






 加速した空間の中で、メドーサは雪之丞の目の前を飛び立つ。
 雪之丞の頭上を通り、背後へと着地しようとした。
 雪之丞の様子を伺って、硬直する。
 もう、笑いしかでなかった。

「なんなんだよ…アンタは……」

 加速した空間の中で。
 異なる時の流れに身を置く中で。
 雪之丞は、確かにメドーサの動きを目で追っていた。

「なんなんだぁッ!!!!」

 メドーサの絶叫。
 それと同時に肉薄する雪之丞。
 十分に闘気が込められた拳が、メドーサの頭を打ち砕いた。








 雪之丞は大の字になって地面に寝転がっていた。
 メドーサの姿はない。

「か…はぁッ、はぁッ……一瞬、ほんの一瞬だけ追いつけたな………」

 ただ、その代償というか、体を襲う疲労感は尋常なものではない。

「あぁ…だりぃ……もう動きたくねえなぁ………」

 ほんの数秒だけ目を閉じて、言葉とは裏腹に雪之丞は立ち上がる。
 ふらついた足取りで、修行の間の出口へと向かった。

「んなワケにもいかねえよな…ったく」

 ふらつく体を叱咤して、無理やりに前に進む。
 脳裏に浮かぶ、悪友<とも>の顔。
 その男も、今自分が迎えたような危機を迎えているはずだ。

「今行くぜ…横島」

 呟き、雪之丞は修行の間を後にした。


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