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WORLD〜ワールド〜

第十一話 狂宴〜パーティー〜(6)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 9/ 4

 小竜姫は焦っていた。
 向かっている先は横島夫妻の元である。
 他の面々とは違い、彼らは戦う術を持っていない。
 この妙神山を襲っている異変を感じ、彼女はすぐに横島夫妻がいた部屋へと向かったのだが、部屋はもぬけのからだった。
 精神を集中し、彼らの気配を探りながら、彼女はできうる限りの速度で走る。




「な〜んか騒がしいなあ」

「ホント」

 事態をまったく把握していない横島大樹、百合子は時折辺りを揺るがす衝撃に対して能天気な声を上げた。
 小竜姫に案内された部屋を出て、息子の姿を求めて二人は歩き回っているところである。

「それにしても忠夫はどこにいるんだ?」

「見つからないわねえ」

 けっこう歩き回ったのだが妙神山はなかなかに広い。
 お世辞にも最早若いとは言えぬ二人。
 さすがに歩きつかれてしまった。(それでも同年代に比べれば二人の体力はずば抜けているのだが)
 適当な岩を見つけて腰を下ろす。

「ふう〜。ちょっと休むか。百合子も座ったらどうだ?」

 腰を下ろそうとしない百合子に大樹は声をかける。
 しかし百合子は首を横に振った。

「忠夫は今もきっとつらい思いをしてる。それを考えたら、このくらいなんともないわ。あなた、行きましょう?」

「……そうか、そうだな。早くあいつに会って一言言わなきゃな」

 言って大樹はすぐに立ち上がる。
 ふと地面に目を向けると、『自分のものでも百合子のものでもない影』があることに気がついた。
 不審に思い、上空を見上げる。
 そして目を疑った。
 人が、飛んでいた。いや、はたしてそれは人なのか。
 ソレは大きな翼を持っていた。
 大きな翼に腕はほとんど隠れてしまっている。
 逆光でよく見えないが、翼と胴体部を覆う毛皮さえなければ美しい女に見えなくもない。
 ならばソレに対して好意を抱けるかと問われれば答えはNOだ。
 ソレはなんだかとても異質だった。異様で、不快だった。
 逆行の中、ソレの口がニイィと歪むのを大樹は見た。
 そしてなにかがキラリと輝くのとそれは同時だった。

「百合子っ!!!!」

 咄嗟に大樹は百合子に覆いかぶさるようにして百合子を押し倒す。
 一瞬前に大樹が立っていたところと、百合子が立っていたところには羽が突き刺さっていた。

「なにっ!? あなた、どうしたの!?」 

「気をつけろ!! 上に何かいる!!!」

 大樹の言葉で百合子もようやく自分たちの上空を飛ぶその物体に気がついた。

「な、なにアレ?」

「わからん! あれが妖怪ってやつなのか!?」

 大樹は再びソレが歪んだ笑みを浮かべるのを見た。

「来るぞ!!!」

 今度は羽を飛ばさず、急降下してくるソレ。
 なぜか大樹にはその翼が大きな刃に見えた。
 迫り来る翼をなんとかヘッドスライディングの要領で横に飛び込むことでかわす。
 その妖怪は、今度は百合子に飛びかかった。

「百合子っ!!」

 一連の動きが大樹にはスローモーションのように見えた。
 翼がゆっくりと百合子に近づいていく。
 百合子も必死で避けようとしているが間に合わない。
 その翼がゆっくりと百合子を引き裂く―――――ことはなかった。
 矢が現れた。
 突如現れた矢をかわすために妖怪は大きくのけぞり、そのまま旋回して再び上空へ舞い戻る。
 大樹は矢の飛んできた方向に目をむける。
 そこには赤子を抱えた一人の女が立っていた。

「美智恵さん!」

「ご無事でしたか!?」

 二人の下に美智恵は駆け寄った。
 ちなみに先ほど一同に会したときに、お互いに一通りの自己紹介はすんでいる。
 少し息を切らした様子の美智恵に今度は百合子が声をかける。

「どうしてここに?」

「実はずっと探していたんです。奇妙な異変がおき始めてから」

「奇妙な異変?」

「ええ。なぜか魔物が突然発生しだしたんです。それも、『過去に横島クンが退治に関わった魔物』たちが」

「忠夫が!?」

 美智恵の言葉を聞き、大樹が声を上げる。
 そして美智恵の言葉の矛盾に気付き、尋ねた。

「ちょっと待ってください。『退治』?」

「そう、現れている魔物は『すでに死んでいるはずの者』ばかりなのです」

 そう言って、美智恵は上を見上げる。

「まさかまた会えるとは思っていなかったわ。久しぶりね、ハーピー」

 上空を漂ったまま、攻撃を仕掛けることもなく三人を見下ろしていた魔物が、初めて口を開く。
 怨嗟を込めた声で。殺すべき復讐の対象の名を。彼女は呼んだ。

「美神美智恵えぇぇぇ………!」




 小竜姫たちが普段住んでいる屋敷。
 そこからそう遠く離れてないところに犬塚シロはいた。

「先生の修行はまだ終わらんようでござるな。ちょっと退屈でござる。まったく、あの狐はどこにいったんでござるか?」

 ぼやきながらその場に座り込む。
 先ほどまでタマモも一緒にいたのだが、いつの間にか彼女はふらりといなくなってしまっていた。

「あ〜、退屈でござる〜〜。せっかくだから武神斉天大聖老師に稽古をつけてもらおうと思ったのに断られてしまったし……なにかやることは………っ!?」

 その時、なにか奇妙な感覚を彼女の超感覚は捉えた。

「なんでござるかこれは…!? 妖魔の気配が次々と増えているでござる! ハッ!?」

 そして自分の周囲でも魔力の発生を感じた。
 慌てて神経を研ぎ澄まし、不測の事態にそなえる。
 後方に、気配を感じた。
 霊波刀を右手に発現させながら振り返る。
 そこにいたのは、白い髪、白い肌、そして白い着物を纏った妙齢の美女。

「雪女!? なぜこの妙神山にこんなものが!?」

 シロは一体なにが起こっているのかを必死で整理する。

「まさかこれもあのパレンツという男の力なのでござるか…?」

 まさか死者を蘇らせてくるとは思いもよらなかった。
 パレンツが創始者であるという事実を、実感をもって再認識する。
 雪女が口を開いた。

「匂いがする…匂いがするわ……あなた、人狼ね…?」

 ゆっくり、ゆっくりと、確認するように呟く。

「それに…この匂い…あなたにかすかにこびりつく、忌まわしいこの匂い」

 突如、雪女の様子が変わる。
 殺気が、溢れ出す。

「あの女の匂い!!!!」

「うわっ!?」

 叫びながら雪女はその腕から吹雪を発生させる。
 シロは大きく距離を取り、なんとか吹雪に巻き込まれることを避けた。

「あの女! あの女の匂いがする!! あの女はどこだぁ!!」

「あの女!? 知らんでござる! だれのことでござるか!?」

「かつて私から誇りも何もかもを奪って殺した、あの女!! 絶対に許さない!! 吐きなさい! あの女の居場所を!!!!」

「だからあの女って誰でござるかーーーー!!!」

 再び雪女から吹雪が発生する。
 再び大きく飛びのいて避けるシロ。
 雪女との距離が大きく開き、雪女の表情が読み取れなくなっても、彼女の狂気がはっきりとシロには感じられた。

「何がなんだかわからんでござるが…売られたケンカは買うでござるよ!!」

 シロは深く体を沈みこませ、地面を蹴って跳躍した。
 そのさすがの脚力で一度の跳躍で雪女との距離を詰める。
 右手に発現させた霊波刀を左から右に薙ぎ払った。
 雪女の着物が裂け、胸元があらわになる。
 だが雪女は気にもしない。

「ちっ! 浅かったでござるか!」

「あくまで吐かないつもりか! もういい! ならば凍れ!! 身も! 心も!!!」

 雪と冷風がシロを襲う。
 切り裂くような寒さがシロを襲った。

「くっ……!」

 危機感を感じて再びシロは雪女との距離をとった。
 確認するように体の各部を動かす。

「どうやら凍傷を起こしたりはしてないでござるな」

 雪女の方へ顔を戻すと愉悦に歪む雪女の顔が目に入った。

「もう遅い…お前は凍った」






 美智恵は霊体ボーガンをハーピーの方へ狙いをつけたまま尋ねた。

「さて、なぜあなたが復活したのか聞かせてもらおうかしら?」

「さあ? そんなのは知らないじゃん。気がついたら復活してたじゃん。でも、そんなことはどうでもいい……美神美智恵。お前だけは絶対に殺すじゃん!!」

 ハーピーより放たれる超速のフェザーブレット。
 退魔札を盾とし、それをかわす。
 そのために霊体ボーガンは手放さざるをえなかった。

「くっ……!」

 美智恵はひのめを抱えているため、動きが制限されてしまう。
 加えて、重ねた年月が彼女の体を鈍重にしていた。

「あはははは! 動きが大分鈍っているじゃん! アンタはアタシの知ってる美神美智恵よりいくつ年上なのさ!?」

「女に年のことを尋ねるもんじゃないわよ!」

 霊体ボーガンを拾い上げ、狙いをつけると同時に撃つ。
 しかし、その矢はハーピーをかすることなく空をきった。
 再び放たれたフェザーブレットは美智恵の手から霊体ボーガンを弾き落とした。

「くあっ…!」

「美智恵さん!!」

 つまずき倒れた美智恵に百合子が駆け寄る。
 大樹は二人を守るように立ち塞がった。

「邪魔な奴らだね! お前等から殺してやるじゃん!!」

「…危ない! 大樹さん、避けて!!」

 美智恵は必死に声をあげる。
 だが、それよりも大きな声をあげる者がいた。

「ふああ!! ふああぁ!!!」

「ひのめ!?」

 どうやら目を覚ましてしまったらしい娘を見て、美智恵の脳裏にある考えが浮かんだ。
 同時にハーピーからフェザーブレットが放たれる。

(もうこれしかない!)

 美智恵はひのめが身に着けている服の中に乱暴に手を突っ込むと、そこに縫いこまれていた念力発火封じの札を破りとった。
 直後に空間が歪んだ。

「大樹さん、どいて!!」

「え、ええ!?」

 美智恵のただならぬ様子と突如発生した猛烈な熱気に嫌な予感を覚え、即座に大樹はその場を離れた。

「ふあぁ! ほああぁ!!」

 ストレスによる能力の暴走。
 ただ幸いだったのが、その力の向きがハーピーのほうへと一直線に向いていたことだった。
 フェザーブレットを焼き尽くし、炎の渦がハーピーの元へと向かってゆく。

「なにっ!? うあ、グアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 炎はゆっくりとハーピーを包み込んだ。
 そしてそのまま彼女の体を焼き尽くす。
 しばらくして炎は消えた。
 あとには黒く燃え尽きたハーピーが残るだけだった。

「な、なんとか…上手くいったみたいね」

「美智恵さん、今のは…?」

 へなへなと座り込む美智恵に、放心した様子で百合子が尋ねる。
 大樹は背広に燃え移った火を消そうともがいていた。

「この子には生まれつき念力発火の力が備わっていたんです。ごらんの通りの威力ですので、まだコントロールしきれないうちはお札で封印しているんですよ」

 答えながら美智恵は予備のお札を服の中に押し込む。
 とりあえずはこれでもつだろう。

「それは…大変ですねえ」

 お互い子供には苦労しますね、と百合子は疲れて再び眠ってしまったひのめを見つめながら続けた。

「ええ、本当に…」

 美智恵はもう一人のどうしようもない意地っ張りの娘を思い浮かべ、苦笑しながら頷いた。
 ハーピーがゆっくりと立ち上がったのには気付かなかった。






 シロは雪女めがけてがむしゃらに霊波刀を振り回していた。
 かわしきれず、全身に無数の切り傷を刻んだ雪女の目は驚愕に見開かれていた。

「馬鹿な!? 確かに凍らせたはずだ……お前の心を、情熱を!!」

「訳のわからんことを!!」

 シロが振るった剣がまたひとつ雪女の美しい肌を切り裂く。
 白い肌に紅が映えた。

「くっ…ならばもう一度……!」

 再びシロを冷気で包む。
 雪女は確かな手ごたえを感じた。

「凍った! 今度こそ凍った!! 今度こそ、お前の心は…」

 振るわれた刃が再び雪女を切り裂く。
 もう雪女は叫ぶしかなかった。

「なぜ!? なぜだ!! 常人ならすでに確実に廃人と化すほどにお前の情熱は食らっている!! なんなんだお前は!!!」

 対するシロは何も答えない。
 ただひたすらに剣を振るう。
 ただ、その太刀筋は先ほどよりも鋭く、確実に急所を狙っていた。

「ならば何度でも! 凍てつかせてやる!! 心を! 魂を!!!」

 最大級の吹雪を巻き起こそうと大きく両腕を広げた一瞬の隙をついて。
 シロの霊波刀が雪女の胸へと吸い込まれた。

「かはっ……」

 口から紅い血の塊を吐き出す。
 彼女に唯一残っているヒトの部分が、白い肌を紅く紅く染めていく。

「なんなんだお前は………」

「名は犬塚シロ。先ほどお主自身が言ったように、人狼の誇り高き戦士でござる」

 そう、彼女の名は犬塚シロ。
 無限の情熱をもつ女。
 多少情熱を失ったぐらいのほうが、彼女にとってはちょうどいい。

「おのれ…おのれ…ただでは死なんぞ……お前も…道連れに……」

「ッ…!? しまっ…」

 体を貫いている刃もそのままに、雪女はシロを抱きしめた。
 猛烈な冷気がシロから体温を奪っていく。

「う…あぁ……」

「さすがに…身体まで凍ってしまえば……どうしようもないでしょう?」

 雪女の体を払いのけようとしても、もはやそれすらかなわない。
 凍りついた体はまったく言うことをきいてくれない。
 雪女の小さな小さな笑い声が辺りに木霊した。






 ハーピーは死んでいない。
 そのことに美智恵が気付いたときにはすでにフェザーブレットが放たれていた。
 狙いは当然、自分。
 しかしその射線上には百合子の体もある。
 そのフェザーブレットは易々と百合子の体を貫き、そのまま自分へ突き刺さるだろう。
 打つ手無し。
 死に直面した故の超集中で加速した思考は、一瞬でたったそれだけの答えをはじき出した。
 その、はずだった。
 この後に起こったことは完全に美智恵の理解を超えていた。
 大樹が、自分たちの前に躍り出た。
 盾になろうというのか。
 美智恵は最初そう考えた。
 だが違った。
 大樹はなんと超速で迫り来る羽を易々と掴み取ってみせた。
 夢を見ているようだった。

「がっはっは! 社内草野球チーム『ベースボーラー・オブ・ナルニアン』の不動の4番をなめるなよ!! 同じ球筋ならば三度も見れば見切ってみせるわ!!!」

「あなた、やっておしまい!!」

 実に豪快に笑う横島大樹。
 その妻百合子。
 美智恵はあんぐりと口を開くしかなかった。
 そしてそれはハーピーも同様である。

「そんな…そんな馬鹿なことがあるはずないじゃん!!」

「ふはははは!! 無駄無駄無駄ァ!!!!」

 ハーピーが放つフェザーブレットを大樹はことごとく掴み取る。
 ハーピーはもはや悲鳴にも似た叫びを上げた。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! お前は本当に人間なのか!?」

 ハーピーがそう叫ぶのも無理はない。
 美智恵でさえ同じ心境だったのだから。

「ならば! ならばこれならどうだ!!」

 まさに最後の力を振り絞ってのことだろう。
 ハーピーは実に数十本もの羽を同時に放とうとしていた。

「げっ!? そりゃさすがに無理だ。百合子、美智恵さん、逃げるぞ!」

「逃がすものか!! 死ィねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「ちぃぃぃぃぃッ!!」

 今度こそ大樹は自分の体を盾にするために百合子と美智恵(とひのめ)の前に立ち塞がった。
 襲いくるであろう激痛を覚悟し、目を閉じる。
 だが、いつまでも痛みはこなかった。

「…?」

 怪訝に思い、目を開く。

「おわっ!」

 大樹の目に映ったのは、身体を縦に真っ二つに両断されたハーピーの姿だった。
 いや、それだけではない。
 腰に神剣を携えた美少女、小竜姫の姿がそこにあった。

「よかった、間に合いましたか。ご無事ですか?」

「あなたは確か…小竜姫様、でしたかな? いや、助かりました。正直死にそうでしたよ」

 そう言ってがっはっはと笑う大樹。
 それはとても先ほど死を覚悟した男には見えなかった。

「美智恵さんも、ご無事のようですね。横島さんのご両親を守っていただいたようで…感謝いたします」

 美智恵の姿を認め、声をかける小竜姫。
 しかし、当の美智恵は呆けていて、なにも返事を返してこない。

「……美智恵さん?」

 その言葉もまた、美智恵には届いていない。

(なんともはや……横島クンも常識では計りきれない子ではあるけれど………)

 美智恵は呆けたまま、百合子の肩を抱き、陽気に笑い続ける大樹を見つめた。

(なるほどね…『かえるの子はかえる』『この親にしてあの子あり』ってことかしら)

 もう苦笑しかでなかった。
 小竜姫はそんな美智恵の様子をただ不思議そうに見つめていた。







「ふふ…もう少し…もう少しでお前は命を保てなくなる。魂まで凍り尽きる」

「あ…あぁ……」

 シロを抱きしめ、口の端に紅い筋をたらしながら、雪女は艶やかに微笑む。
 シロはもはや指一本動かせなかった。
 そしてシロの命がその炎を絶やそうとしたその時。
 突然二人を炎が包んだ。

「な…! これは……!! あ…アァ!!」

 炎が二人を焼き尽くす。
 しかし、シロを包む炎はあくまで優しく、彼女の身体を暖めるものだった。
 自然の炎でこんな現象は起こせはしない。
 雪女の視界に金髪を九つに房分けして、ポニーテールのように纏めている少女の姿が映った。

「まったく…この馬鹿犬。ちょっと目を離したらこれなんだから」

「なんだ…お前は……」

「知ったって意味ないでしょ。すぐに消えちゃうんだから」

 その言葉通り、雪女を包んでいた炎がいっそう激しく燃え盛った。
 ついに雪女はその存在を保てなくなる。

「あ、あああアアあああアァァァァァァ!!!!!!!」

 どろりと。
 雪女はただの水と化し、地面に染み込んで消えた。
 それを見届けて、少女―――タマモはシロのもとへと歩み寄る。
 そして倒れているシロを蹴飛ばした。

「ほら…起きなさいよ、馬鹿犬」

「ふにゃっ?」

 蹴られた衝撃で目を覚まし、目をこしこしとこするシロ。
 しばらくぼけ〜っとしてからようやくタマモに目を留めた。

「あれ…? タマモ…? 拙者、なんで寝てたんでござるか…?」

「なんかしんないけどアンタ雪女に抱きつかれてたのよ。寝てたんじゃなくて死にかけてたの」

「ほえ?」

 しばらく物思いにふけるシロ。
 すると突然大声を出してタマモに詰め寄った。

「ああーーー!! そうでござる! 大変だったんでござるよ!! このアホ狐! この大変なときにどこ行ってたんでござるか!?」

「そんなことアンタに言う必要ないでしょっ! ほらっ! なんか起こってんでしょ、今! 行くわよ、もう!!」

 シロの問いに顔を赤らめて後ろを振り向き、タマモはさっさと歩き出す。
 シロも続いて歩き、なおも問いただした。

「お前さえ勝手にいなくならなければ、あんな雪女楽勝だったんでござるよ! いわばお前のせいで拙者は死にかけたといっても過言ではないでござる! ええ〜い吐け! 吐かんか〜〜!!」

 思いっきり過言なことを言いながら、タマモを後ろから締め上げるシロ。
 けっこう手加減なしに締め付けられ、タマモの顔が真っ赤に染まる。

「だあぁぁ!! わかった、わかったわよ! 言う、言うから!!」

 なんとかシロの腕を振り解く。
 圧迫から解放された喉がケホケホと咳込んだ。

「ならば言うでござる!」

「………たのよ」

「聞こえん! もっと声を張らんか!!」

「トイレに行ってたのよ!!」

 タマモは顔を再び真っ赤にさせながら、シロのお尻を思い切り蹴飛ばした。


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