椎名作品二次創作小説投稿広場


図書館にて

祇園精舎の鐘


投稿者名:トンプソン
投稿日時:04/ 9/ 3

「じゃあ、せんせーは平家物語については少しは知ってる出御座るか?」
勉強熱心で無い横島が知る由も無い。
「まー、確か平清盛っておっさんが死んでから源義経がチンギスハーンになるまでだろ?」
こう耳に届くや。
「ぷっ!」
と、シロの失笑である。
「それ本気で御座るか?」
「違うのか?」
聞き返してたとしても、恥ではない世界である。
「あので、御座るな平家物語も諸説あり申すが、大抵は平清盛の出世が権力を持ったところからで御座る」
得意げに指を立てているのは無意識か。
「平家物語、特に『覚一本』というのが最も有名な権威書で御座る。拙者もコレを読んだで御座るぞ」
「ほぉー」
驚嘆するの横島である。
「ま、こんな所にいても面白く無いし、下で何か飲もうぜ」
「了解で御座る。じゃあ下で拙者が平家物語を教えるで御座るよ。学校のお勉強に役に立つと思うで御座る」
「じゃ、俺の先生だな」
「はい、せんせーの先生で御座る。えへ。なんかえらくなった気分」
「こいつ調子に乗りやがって」
こつんとシロの頭をたたいてやったのだが。
このうれしそうなシロの誘いを断る理由も無い。
流石に今の古文の授業で役に立つかどうかは別でも内容を知っておくのは悪くない。
外では皆が待った雨になっていたのには二人とも気が付いていなかった。

さて、
こういうところなので、安い料金で少量の紙コップでのジュースの自販がある。
クーラーが効き過ぎている事もあってホット紅茶を二つ買う。
一回の飲食可能なスペースに机を挟んで二人が座った。
「あちち」
横島が少し口にした。
シロはもう話の道筋を立てたのか、平家物語の説明に力が入る。
「それで平家物語の最初は例の有名な祇園精舎の鐘の声で御座る」
「あ、それは聞いたことがあるぞ」
あまりにも有名な一節である。
当然シロもこの部分も熟知しているし、ちゃんと横島に説明も出来ている。
「で、始まりはそこからで、終わりは建礼門院の大往生で終わるので御座るよ」
「ストップ!建礼門院って?」
「平清盛の実の娘で安徳天皇の母親で御座るよ」
「安徳天皇、って子供で一緒に入水した奴だよな」
「そうで御座る、そこの件は平家物語でも最大の悲劇で御座るな」
感想までシロは述べている。
それだけの余裕があるということか。
「で、先ほどせんせーが言った義経の東国下りは、『義経記』で御座る。これもは室町文学で、平家物語は鎌倉文学で御座るよ」
「そうか、いわりゃそうだろうな。歴史の流れ的にな」
このような感じで横島が話の途中で質問しても流暢に答えられるシロがいる。
マニア、としても過言ではなかったかもしらぬ。
30分はたったか。
ホットドリンクも人肌を優に下回っている。
それに気が付いたシロがコップを手に持ったとき。
ぴかっ!と雷光があたりを包んだ。
「雷じゃねーか!結構近いぞ!」
簡抜を入れず空気を切り裂く大音声。
そして空の桶をひっくりかえしたが如くの雨。
突然の出来事に漫画コーナーの子供の一人が読んでいた本を投げ出して耳をふさいだ。
「うわっ!」
シロも不意打ちを食らったが如くに尻尾を丸めている。
再度雷光があったと思ったら直撃かと思うほどの二度目。
実際かなり近かった。証拠は。
高い天井の明かりだ全部消えてしまった。
今となっては珍しい停電現象である。
「あー、すごいことになったな、大丈夫か?」
ほぼ真っ暗闇の状態に目が慣れてきた横島。
「おい、何処いったんだ?」
子供のすすり泣きまで聞こえてくる。
「くーん。ここでござるー」
すると、テーブルの下で縮み上がったシロがいる。
ふっと、息を吐き出して、
「ほら、大丈夫だよ、ちゃんと立って、床に座り込むなよ」
「でも〜だって〜」
三度目の雷光と音声。
「あぅう!」
更に身を小さくするシロである。
「ほら、大丈夫だって!」
「・・じゃ、せんせーの隣にいくで御座る」
甘えるなよ、とでかかったが、
「あぁ、いいよ。ほらちゃんと座って」
手を貸す形で隣の椅子に座らせた。
そして四度目の雷が落ちる。
「ぎゃん!」
「こ、こらっ!俺にしがみ付くなよ」
「・・・怖いんでござるよぉぉぉおおお」
よく見ると目から涙である。その姿は先ほどの先生から小さな雷を怖がる子供そのものである。
「ほら、俺が付いてるから、安心しろよ」
胸で怯えるシロの髪をなでてやる。
「・・うん・・で御座る」
こわばった体も徐々に柔らかくしていけたシロである。
すると、薄紙をはがしたかのごとく、太陽が顔を覗かせた。
あれだけの雨も雲に乗って移動を始めた。
そして電気が復旧。
図書館内の静寂も除々に人の気配が戻ってきた。
「ほら、雷は終わったぞ。離れて」
そして最後までくすぶっていた蛍光灯も完全に復旧したその時。
「あー、さっきのおねーちゃんと、おにーちゃん!うわーあっつあつー!」
先ほど漫画コーナーにいた子供達がこっちを向いている。
中には先ほどシロの行方を尋ねた女の子もいた。
「はっ!」
ぱっと横島から離れたシロが真っ赤な顔でうつむいてしまった。
「だっらしねーなー、おねーちゃん」
と、悪がきっぽいのが、シロをからかうと、
「何よ、雷がなったとき、泣いてたのは誰よ?」
女の子が彼女なりのフォローをシロに見せた。
人の気が完全に戻ると、さっきはすごかったなと、あちこちで異変の感想を述べる声が出てきた。
「・・・出るか?」
「そうで御座るな、せんせー」
どちらともなく、席を立ち、やや急いで外に出た。
「うわー、気持ち良いで御座るなぁ」
「派手な夕立だったな、今年初めてじゃないか?」
そう思えるほど、今年は暑く雨も少なかった。
「どうする?これから軽くどっか行くか?」
そう提案する横島であったが。
「今日はもう帰るでござる。でせんせー」
「ん?」
「自転車の後ろに乗せて欲しいで御座る」
「・・ま、いいか。ちょっと遠回りになるけど」
図書館に来るときは最初は軽くしか横島に触れてなかったシロであったが。
「ちょっと苦しいな。もう少し力弱めてくんない?」
「あ、はいで御座る。あとせんせー」
「ん?」
「雷を怖がったのはみんなに秘密にして欲しいで御座る。絶対で御座るぞ!」
何かと思ったが、そんなことかと、笑みを浮かべて。
「あぁ、黙っといてやるよ」
振り返って顔を見せるが。
「せんせー、前、前、前見てー!」
不安にさせてしまったようだ。
前方にたまった水溜りが涼しさを醸し出しているが、
そこを避けて事務所に向かう二人である。
セミも驟雨から復活し、けたたましいほどである。
親雲から離れた子雲がそこかしこに残っていた。

FIN


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