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WORLD〜ワールド〜

第十話 狂宴〜パーティー〜(5)


投稿者名:堂旬
投稿日時:04/ 8/27

「ふ〜、お店どうしようかな?」

 ため息をつく黒い帽子に黒い服、片手にほうきをもった女。
 その姿は一言で言えば、魔女。
 魔鈴である。
 そのそばには男には異常ともいえるほど長い黒髪を持った自称・英国紳士、西条もいる。

「いつまでここにいなきゃいけないのかしら? とりあえずお店は臨時休業にしてきたけど…ホント、美神さんって勝手なんだから」

「まあまあ…きっと令子ちゃんにも事情があるんだよ。さっきの彼女の様子を見ただろう? あの令子ちゃんをあそこまで必死にさせる何かがおそらく起こっているのさ」

「それにしたって……理由くらい教えてくれてもいいじゃないですか」

 確かに、と西条は思う。
 いや、それも事情があるのだろう。
 彼女は自分たちを気遣って、事件のあらましを話そうとしないのだ。
 分かっている。
 それは分かっているのだが――――

(水臭いじゃないか、令子ちゃん)

 ひとつ、西条はため息をつく。
 頼ってほしかった。
 それは彼の切実な思い。
 いつからだろう。彼は美神に対して男と女としての感情を抱くことをやめていた。
 西条は気付いている。
 美神があれほど必死になるときは、必ず横島が絡んでいることを。
 そんな彼女の姿を何度も何度も見せ付けられてきたのだ。
 嫌でもその胸に秘めた思いは忘れざるをえなかった。
 それでもなお。
 想いを隠して、否定して、消し去ってもなお。
 美神令子の姿を目で追う自分に気付く。
 なんだ? 自分はこんなにも執念深い、しつこい男だったのか?
 情けない―――そう思って自己嫌悪に陥りかけたこともあった。
 だが、違った。
 彼女が無茶をすると胸の奥を焦燥が駆け巡る。
 彼女が傷を負えば胸の中を激しい怒りが燃えさかる。
 そして彼女が笑えば、胸の内を充足感と満足感が隙間なく満たす。
 それはたとえ、そのとなりにあの男がいたとしても―――――
 なんだ、そういうことか。
 簡単だ。
 実に簡単だ。
 要は昔に戻ったのだ。
 自分は彼女の兄。彼女は自分の妹。
 ただ、それだけのこと。
 そのことに、西条は気付いていた。
 だからこそ――――――――

(頼って、欲しかったな)

 そう心の中で呟いて、西条は苦笑する。
 ふと視線を横に向けると、魔鈴と目が合った。

「美神さんのことを考えていたんですか?」

 魔鈴が口を開く。

「まあ、ね」

 別に嘘をつく必要はない。
 そう考えて西条は答えた。

「そうですか………」

 それっきり会話は途絶えてしまった。
 なにやら重苦しい雰囲気が二人を包む。
 西条は焦った。

(なんだ!? 一体どうしたんだ!?)

 元々根っこの部分は実は横島とそんなに変わらない西条。
 その雰囲気を嫌って、焦って焦ってなんとか場を取り繕おうと試みる。

「あ〜、え〜と…魔鈴くん? 僕は何かまずいことを言ったかな?」

「……………」

 返事はない。
 西条はさらに焦る。

(そんな馬鹿な!? 僕は女性の扱いについてはそこらの有象無象の百倍は長けている! こんなことで狼狽するのは断じて僕のキャラではない!!)

 そんなことを心の中で叫びながらなおも場を取り繕おうとする西条。
 すると魔鈴がようやく口を開いた。

「大学でのこと、覚えていますか?」

「あ、ああ。オカルトゼミのことかい?」

 西条と魔鈴が出会ったのは、イギリスで共にオカルトについて学んでいたからだ。
 しかし、いきなり何を?
 西条はそう思わずにはいられなかった。

「最初の頃は、誰も私に話しかけてくれたりはしなかった……」

「………」

「そんな中で、西条先輩だけは普通に話しかけてくれて…結構救われてたんですよ、私」

 魔鈴は、一般的とはいえないオカルトゼミの中でも異端だった。
 オカルトゼミに所属しているのは、大抵がオカルトGメンを志望する者だ。それこそ西条のような。
 GSの力を持ちながらそれをただの生活の手段とするのを良しとせず、社会に貢献しようという者ばかりだったのである。
 だからこそ、魔鈴は異端だった。
 ひたすらに失われた古代魔法を求め、研究を続ける彼女を皆忌避した。
 常に身にまとっていた魔法使いを気取った格好(ゼミの皆にはそういう風にしか見えなかった)も、皆を遠ざける一因となっていた。
 だがそんな中で、西条だけは違った。
 西条だけは彼女を忌避することなく、実に気軽に話しかけてきた。
 彼が何回魔鈴をお茶に誘ったかは数え切れない。
 自身の研究が忙しく、誘いを受けたことは少なかったが、内心魔鈴はとても嬉しかったのだ。

「本当に…嬉しかった……」

「いや…まあ…君は美人だからねえ。そりゃ話しかけるよ。そんな大したことじゃない」

 ずっとうつむいていた魔鈴が顔を上げる。
 そして西条の顔をまっすぐ見つめた。
 当然、西条が目をそらすようなことはないので、二人の視線は熱烈に絡み合うこととなる。

「………」

「………」

「……………」

「…………魔鈴くん?」

 視線が絡みあったまま無言。
 さすがにたまりかねて西条は口を開いた。
 途端、魔鈴は満面の笑顔を浮かべ、言った。

「西条先輩。私、日本に来てからも毎年先輩にチョコあげてるじゃないですか、バレンタインに」

「あ、ああ。いつもおいしくいただいてるよ」

「あれ、本気なんですよ?」

 今度こそ、西条は固まった。
 まったく思いもよらなかった告白に、頭の中は大混乱、完全メダパニ状態で、なにも言葉が出てこない。
 意味をなさない呻き声をあげるだけで精一杯だった。

「え、え、ええ!?」

「西条先…西条さんは、やっぱり美神さんのことを…?」

 魔鈴の目は真剣だった。
 その目を見て、西条もようやく自分を取り戻す。
 きちんとした答えを返さねばならないと思ったのだ。
 本気には本気で返さねばならない。

「うん…好き、だったよ」

「今は?」

「ふふ…見ればわかるだろう? 彼女の隣にはもう横島くんがいる。そこに割り込むほど無粋な男ではないよ、僕は。でもこれは負け惜しみでもなんでもなく、悔しくはないんだ。僕にとって彼女…令子ちゃんは妹のようなものだったんだよ。気付いたのはけっこう最近なんだけどね」

 そう言って西条は微笑んだ。
 本当にさわやかなその笑顔に少し魔鈴は見惚れてしまう。

「じゃあ……私の気持ちに答えては……くれませんか?」

 勇気をふりしぼって魔鈴は言った。
 固く握り締めた拳は震えてしまっている。
 そんな魔鈴の様子を見て、西条は考える。
 美神に対する自分の思いは男女のソレとは違っていた。
 では、魔鈴は?
 自分は魔鈴のことは決して嫌ってはいない。いや、むしろ確実に好意を抱いているといえるだろう。
 それも当然だ。
 魔鈴は美しい。料理もプロ級だ。全ての家事をそつなくこなす。
 少々特殊な趣味嗜好、歯に衣着せ過ぎぬ言動を差し引いても、男にとっての理想像といえる。
 だがしかし。だがしかしだ。
 今はもう美神に対しての想いは兄の妹に対する想いのようなものだと気付いている。
 でも少し前までは確かに女として好きなのだと思っていたのだ。
 今魔鈴の気持ちに応えるのはなんだか不誠実なようにも思える。
 顔を伏せながら西条はゆっくりと口を開く。

「すまない…まだ君の想いに対して応えることはできない」

 我ながらひどい、自分勝手なことを言っているな、と思いながら西条は顔を上げた。
 すると、意外にも明るい表情をしている魔鈴が目に映った。

「『まだ』、なんですね? 可能性、あるんですね? それじゃあ私、待ちます。大体、こんなときにするような話じゃなかったですもんね。すいません」

 ちろっと舌をだしながら魔鈴は頭を下げる。
 なんだかそんな仕草がとても可愛らしくて、西条は思わず魔鈴の両肩を掴んだ。

「謝るのはこちらだよ。すまない…だが、必ず答えは出す。約束するよ」

「はい……!」

 少し目に涙を浮かべながら魔鈴は頷いた。
 西条は微笑み、ゆっくりと魔鈴の肩から手を離す。

 突然だった。

 西条の視界から魔鈴の姿が消えた。
 そしてほぼ同時に何かが激しくぶつかったような音が鳴り響く。
 西条がゆっくりと音のしたほうを振り向くと―――――
 魔鈴が倒れていた。

「魔鈴くん!!」

 叫び、西条は魔鈴の元へ駆け寄る。
 岩壁に激しく体をぶつけているらしく、魔鈴は意識を失っていた。
 命に関わるようなダメージを受けた様子はないが、決して軽い傷であるとはいえない。

「ははははは! 吐き気がするメロドラマを楽しませてもらったよ! ただどうやら脚本は三流のようだがね」

 またしても突然、ひどく癇に障る声が響いた。
 西条は、今度はすぐに声のしたほうを振り返る。
 そしておかっぱ頭の、ひどく目の鋭い少年の姿を認めた。
 だが、ヒトではない。
 少年の放つ禍々しい魔力を西条の霊感は感じ取っていた。

「貴様……何者だ!! 一体いつの間に…」

「さあ…? 私も知らんよ。この吐き気がする神気はどうやら妙神山のようだが…なにやらおもしろいことになっているようだな」

 邪悪に満ちた笑みを浮かべて少年―――デミアンは答えた。

「まあとりあえずお前等の口から『美神令子』という単語が聞こえたんでな。軽くストレス発散をさせてもらったよ」

「ストレス発散だと…!?」

「ああ。かつて私を殺したのは美神令子だ。なぜ蘇ったかは知らんが復讐だけはちゃんとしなければなるまい?」

「そんな…そんなくだらないことのために貴様は魔鈴くんを!!」

 西条はジャスティスを抜き放ち、デミアンへ飛び掛った。
 即座に距離を詰め、ジャスティスを振り下ろす。

「馬鹿が」

 少年の姿をしたデミアンの体が真っ二つにひび割れる。
 そしてその割れ目から押し寄せる肉、肉、肉。
 西条は吹き飛ばされ、魔鈴と同じようにしたたかに岩壁に体を叩きつけられてしまった。

「ぐはっ!!」

 しかし魔鈴とは異なり、まったくの不意打ちというわけではなかったので、なんとか受身をとり、ダメージを軽減する。
 西条は立ち上がり、もはや完全に魔物の姿となった少年に目を向けた。

「……そうか。君は『デミアン』だな? かつて妙神山で令子ちゃん達に消滅させられたという……」

「正解<イグザクトリー>。確かに私はデミアンという名さ。それを知っているということは間違いなくお前等は美神令子の仲間ということだな」

 言って、口を歪めて笑うデミアン。
 しかし、すぐに怪訝そうな顔になる。
 西条も笑っていたのだ。
 かつて美神からデミアンの話を聞いた時、西条は思ったものだ。
 話を聞いていると、対デミアンとしては自分がもっとも相性がいいとしか思えない。
 なぜ、自分がそばにいなかったのかと。
 かなり後悔したものだ。
 自分ならば。
 自分がいたならば―――と。
 そんな相手が突然目の前に現れたのだ。
 つい、西条は笑いが込み上げてしまった。

「その様子だとどうやら私の弱点は知っているようだな。しかし、もう私は油断はせん。お前が私の本体を見つけることなど不可能だ」

 西条の浮かべていた笑いは愉悦から来たものではない。
 あまりにも大きな怒りに表情が狂ってしまったのだ。

(お前が…お前如きが―――――)

 デミアンの言葉など西条の耳には入っていない。

(魔鈴くんを傷つけたというのか!!)

 突然西条は懐から銃を取り出すと弾切れをおこすまで撃ち続けた。
 しかし打ち出された十数発の弾丸はデミアンの本体に届くことなく全てが肉の中に埋まる。

「無駄だよ。そんな弾じゃあ私の肉を貫くことなんてできない。怒りに任せて撃ったようだが、無駄だったな」

 デミアンの言葉には一切反応せず、西条は銃を懐にしまうと再びジャスティスを取り、デミアンにむかって駆け出した。

「ははっ。どうやら相当頭にきているようだな。正常な判断もできちゃいない」

 嘲り笑いながらデミアンは肉の塊を西条にむけて突き出す。
 しかし、一瞬前までそこにいたはずの西条の姿は消えていた。
 その肉の塊は西条を貫くことなく、背後の地面を穿つ。

「なにっ!?」

 突き出す肉の数を増やしても同じこと。
 まるで猛牛の突進をかわすマタドールのように、西条は実に華麗に身を翻して避ける。
 ついに西条とデミアンの距離はほぼ零にまで近づいた。
 ジャスティスをデミアンに突き立てる。
 デミアンは一瞬焦った顔をしたがすぐに平静を取り戻し、言った。

「だから無駄だと言っているだろう。この距離ではさすがにかわせまい。死ね」

 そして西条の目の前の肉が膨らみ、西条の胸を貫こうとしたとき。
 ようやく西条は口を開いた。

「ジャスティス・スタン」

 声と共に電気と似たような、それでいてまったく違う性質へ変質した霊波がデミアンの体を駆け巡る。
 霊気の流れが止んだとき、デミアンの体は動くことをやめていた。

「な…んだと………?」

「さすがにその図体の隅々まで霊波を通すのは難しいがね。『本体』のある大体の位置さえつかめればこんなもんさ」

 この男、西条は激情に流されているようでいてあくまで冷静だった。
 さきほど、感情のままに撃ったように見えた銃弾は、わずかな肉の流れを見ることで、体に埋まった本体の位置を特定するためのものだったのである。

「そして本体の大体の位置さえわかれば……」

 西条は再び懐から銃を取り出す。
 西条が何をしようとしているのかわかったのだろう。
 デミアンは唯一動かすことができる口を開いて必死で言った。

「ま、待て…私が悪かった! もう美神令子にもお前達にも手出しはしない! いや、それだけじゃない!! 協力もしよう!! 今何が起きているのか知りたいだろう!? 私も魔界の側から調べてみるから、だから―――」

 だが、怒りに満ちた西条はあくまで冷酷だった。
 無言で銃を『本体があるであろう場所』に向ける。
 銃の装填はすでに済んでいた。

「待―――!」

 撃ち尽くす。
 装填。
 撃ち尽くす。
 装填。
 撃ち尽くす。
 装填。
 撃ち尽くす。
 装填。
 撃ち尽くす。
 装――――――――

「………弾切れか」

 すでにデミアンはただの肉の塊と化していた。













「……う…ううん」

 魔鈴は西条の背中で目を覚ました。
 目を覚まさぬ魔鈴を西条が背負っていたのだ。

「西条さん…?」

「よかった。目が覚めたかい? どこか痛いところとか…」

「そういえばちょっと痛い……何があったんです?」

 体を走る痛みに耐えて魔鈴は尋ねた。
 西条は少し首を曲げ、魔鈴のほうへ顔をむけて答える。

「いや…大丈夫。もう片付いたことさ。それより、まだ休んだほうがいい。そんなに少ないダメージでもないだろう?」

「あ…はい、じゃあそうさせてもらいます……」

 言いながら魔鈴は目を閉じる。
 痛みで頭が朦朧として上手く働かない。状況の把握は無理だろう。
 ならば今はなんだかタナボタな今の状況を楽しむとしよう。

(えへへ…西条さんの背中…広くて、あったかい)



 魔鈴を背負いながら西条は考える。

(魔鈴くんがやられた時、頭が真っ白になって、心が真っ赤に燃え上がった…そんな感じがした。僕らしくもない。今までこんなことは経験がなかったんだが……)

 思いながら、西条は背中の魔鈴の顔を盗み見る。
 どうやらまた眠ってしまったらしい。
 そのあどけない寝顔に西条は己の胸が高まるのを感じた。

(う〜ん、やはり僕は魔鈴くんのことを………?)

 しかし、やはりはっきりとした答えはでない。
 西条はこれからも悩んでいくだろう。


 かなり前向きな答えをだすであろうことは、すでにわかりきっていることであるが。


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